夕闇男爵をすりつぶせ
シーフの二次職は二種類、ファントムとバンディットがある。イイリコさんはバンディットを通って三次職に転職していた。というか普通はそうだ。
バンディットはシーフの完全な発展型で、戦闘や探索における中盤の要であるといえる。得意のスピードに攻撃と体力が加わり、前衛の一次職に比べてもタフになる。
ファントムは逆に、シーフの特徴である『盗み』に特化した職業だ。対象がモンスターだけでなくNPC、果てはプレイヤーにまで及び、盗めるものもアイテムやGに加え、スキルやステータスなどの非物質が搭載される。回避力は全職でずば抜け、どこかに侵入したり逃げるためのスキルも充実している。反面、肉弾戦はシーフとさして変わらなず、前衛としてはなかなか運用方法が限られてしまう。
ファントムはイメージの悪さから希少職で、WWではソロが多かった。生存能力に長けているから、むしろソロを好むプレイヤー達にウケがよかったんだ。いたずらもできる。
だからといって、ネクロマンサーが殴り合って勝てるようなレベルじゃない。一次職と二次職にはそれだけ開きがある。
せめてこっちも二次職になれば、素でも渡り合えるだろうに。
男爵もどうせそれをわかってて決闘を提案したはずだ。そもそも男爵が勝ったらイイリコさんを取るとか言ってるけど、そんなのがゲームで遵守されるはずがない。嫌だったらログアウトしてしまえば、リアルでの名前や顔を知らない男爵にはどうしようもないんだ。
軟派な顔の下に隠していることがある。僕の提案に乗ったのも、レツリンから漏れた僕の情報に興味を持ったからのはずだ。
男爵には目的がある。男爵が本軍から抜けたのを知った時から薄々思っていたけど、これではっきりした。ただ気ままにノリアキングのランタンを盗んだわけじゃないんだ。
それに僕らを付き合わせるつもりでいる。
「二分後だ。正太郎が合図する。それが決闘開始のゴング。ルールを復唱する」
鬱蒼と茂った森に囲まれて、僕と男爵は相対していた。一晩明けて、朝の十時前。
できることはやった。ユージン達に頼み事もした。
だから男爵は自分の勝ちを信じて疑わないだろうけど……だって誰が見ても男爵が有利だ。臆面もなく自分に都合よく場を仕切るのはむしろすがすがしい……だけど、勝つのは僕だ。
協力してもらうぞ。
「時間無制限。決着はどちらかの戦闘続行が不可能になること。デス、ログアウトは言うに及ばず、とにかく戦闘できない状態になったらそいつの負けだ。戦闘する意思を宣言しても同様。ただしキーワードは『まいった』に制限する。小隊のメンバーは手出し無用。ただし決闘の邪魔にならない範囲で、割り込んできそうなモンスターがいれば排除してもいい」
WWと全く同じルールなのはわかっている。システムの都合上、合図は手動。決闘のエリアも曖昧ではあるけど、その辺は特に問題ない。
「アイテムは自身が持てる範囲で無制限。別に重量オーバーで動けなくなっても構わないし、ペットに持たせるのもアリだ。今回はどっちもペットいないけどな。それ以外のルールはない」
そう。ルールの穴はもう一つある。男爵が気づいていないわけがないけど、僕からあえて質しもしない。
手出し無用は小隊員のみ。
男爵一派は二小隊。そのうち一小隊はフリーになる。僕らにもサクラさん小隊がいる。
これがこの決闘のキーポイントだ。
WWではシステム上、決闘中の二人にはヤジを飛ばすしかできない。そもそも辻ヒールなんかの対象外になる。だけど決闘のシステム自体がないCHでは、まず小隊員の手出し無用が一種の紳士協定だ。これはWWの決闘ルールに書かれているのを引っ張ってきただけだけど、男爵は自分で言いだした以上そこは守るだろうし、僕も受け入れた。
でも所属する小隊員以外がなにかをやることに、制限はない。
「文句はないな」
「ない」
満足そうに笑う男爵。
お互い、正攻法で勝つつもりはなさそうだ。男爵はネクロマンサーがなにをできるか知らないだろうし、メイジ系だから呪文を警戒しているだろう。僕以外にネクロマンサーはいないから情報を仕入れることもできないはずだ。
「始めっ!」
それを差し引いても、やってくることはわかっている。
速攻。
正太郎の合図と共に、男爵は僕をめがけてまっすぐダッシュしてきた。メイジへの対処法は接近戦に持ち込むことだ。ジェスチャーマクロにセリフを組み込んでいる場合はそれを邪魔できるし、効果範囲の大きい魔法は自爆を恐れて発動できなくなる。そしてシーフなら、詰め寄る時間は他の前衛と比べものにならないほど短い。
思った通り、速い!
瞬く間に距離が縮まり、男爵の持つステッキが僕を捕らえる寸前まで来ていた。このまま一気にたたき伏せるつもりだ。
だけど僕だってそのままやられるつもりはない。男爵が避ける暇もないような距離まで近づいてくるのを、待っていたんだ。
男爵のステッキは迷わず僕の顔面を狙っていた。容赦ない。避けれそうもないから一発はサービスだ。さすがに一撃でデスしたりはしないはずだ。
ステッキがあたる直前、僕はブラインドを放った。
直後に痛み。右頬に衝撃が走って、体がぐらつく。でもここから、僕は行動に出なきゃいけない。
ボン、と男爵の顔に暗闇が命中し、向こうも体制を崩した。もし暗闇になってくれたなら楽勝だけど、そんな期待はするだけ無駄だ。かかってない前提で僕は走った。ブラインドは暗闇にかかるかどうかにかかわらず、命中時の一瞬、相手の視界を奪う。
その間に、僕は湿地の中に飛び込んだ。
「……?」
男爵は顔の暗闇を払いながら、疑惑の視線を僕に向けてくる。こっちだって、こんな臭くて汚いところに入るのはごめんなんだ。
だけどマジメにやって勝てないなら、ズルするしかないだろ。
湿地はファントムの天敵だ。移動速度が下がるだけじゃなく、たぶんマントも引っかかるだろう。脱いでしまえばいいんだけど、そうするとマントの特徴である回避力ボーナスがなくなる。僕の魔法は命中しやすくなる。
だからといって、男爵の頭に湿地に入ることはなかったはずだ。
なぜならこの決闘にはモンスター割り込みの可能性があるのだから。
「みんな、頼む!」
僕の声で、ユージン達が僕を追って沼地に入り込んだ。男爵の小隊から抗議の声があがったが、男爵自身は思案顔で立っている。僕がなにを企んでいるのか、看破しようとしているに違いない。大丈夫、ユージン達はただモンスターを退治するだけだよ。
「……正太郎、そこの連中をキルしろ。一匹たりともモンスターを倒させるな」
僕らを観察してたなら、そこの予想には至るだろう。男爵が察したとおり、僕の狙いはユージン達にモンスターを殺してもらって、そいつを操ることだ。男爵の速さを封じるため湿地に潜り、出てくるモンスターはユージン達に倒してもらい、残骸は僕が操る。 問題は時間。速くエンカウントしてくれ。
男爵の小隊は、すでに名前を知っているレツリン、正太郎の他、ハンターの二次職のレンジャー、サムライの二次職のケンゴウ、グラップラーの二次職のハンマーナックル。僕らと同じように、かなり前衛に偏っている。そいつらがユージン達を追って湿地に入り込んだ。もう一つの小隊は見えるところにはいない。たぶん森の中に潜ませているんだろう。そっちを動かさないとなると、なにか作戦があるのか。
だけど、とりあえずはブラインドだ。
「!?」
僕が放ったブラインドが男爵小隊の五人に命中し、ハンマーナックルが暗闇にかかる。小隊員が決闘者に手を出すのは禁じられているけど、決闘者が小隊員になにかするのはルールにはない。WWではシステム上できない抜け道だ。
案の定、男爵の小隊員は戸惑っている。こっちに来ないとじり貧だぞ、男爵。
男爵の手から何かが飛んだ。
注意してないととても見えない速さで、当然避けることはできなかった。右の脇腹に鋭い痛みが走って、ローブやシャツ、その下の肉が避けているのがわかった。ダメージは微。ステッキの一撃の方がよほど痛い。
飛び道具。ファントムはシーフで取得できるナイフ投げの他、投げられる武器の種類も増える。たぶん今のはカード。
このレベル帯なら、まだ特殊効果は付加されていないはずだ。
続けて三枚男爵の手から飛ぶ。一枚がミスで、二枚を食らう。今度はカスリじゃなくて直撃。痛さもそうだけど、自分の体にカードが突き立っているのは見てて気分がいいものじゃない。
お返しとばかりに、僕は昨日覚えておいたダークを発動した。アシッドアローはMP消費が大きいし、その割にダメージが低い。ここはまだ勝負の付け所じゃないから、牽制で十分だ。
男爵がステップして、ダークは目標から外れて霧散する。普通の速さなら追跡するのに、ほとんど瞬間移動みたいな速さはさすがに追えないか。ファントムには魔法を当てるのも大変だな。
後ろで戦闘が始まる。モンスターか、それとも男爵小隊か。どっちにしろ騒いでたらモンスターが寄ってくるので、男爵小隊もユージン達だけを相手にするわけにはいかないだろう。時間は稼げる。
男爵の手から更に二枚が飛んだ。僕のHPが黄色くなり、即座に回復薬使用、緑まで戻る。
回復薬は七個。MP回復薬が同数。これで僕のインベントリは一杯だ。特殊効果を持つアイテムはそもそもほとんど持ってない。
急げよ。相手のカードも無限じゃないだろうけど、僕が湿地の中、相手が追ってこないなら、いつ決着がつくかわからん。時間が無制限なら、いつかはまとまったダメージを与えるためにどっちかが動かなくちゃならない。それは可能な限り、有利な僕じゃないとダメなんだ。
「ジェスト、右!」
姫代子の声。来たぞ。
上半身を右に向けて、僕は視界内に崩れゆくジャイアントスワンプワームを捕らえた。対男爵のモンスターとしてはあまり上出来じゃないけど、とにかくモンスターを操るのが先決だ。
杖を両手で持って『躁屍』。それと同時に覚悟を決める。
ざくざくと次々に鋭い痛みが走った。僕が目をそらせば、男爵はここぞとばかりに攻撃してくるに決まってるんだ。声を漏らさないよう我慢して、HPがまだ安全圏にあることを確認する。
行け!
躁屍したジャイアントスワンプワームが飛んだ。沼の中では素早く動き、体のバネを生かした飛びかかりと毒効果のある体液が主な武器。着地と同時に泥の中に潜り込ませ、カードでダメージを食らわないようにする。
それと同時に、僕もジェスチャー開始。ブラインドを男爵に放つ。
また男爵がステップする。だけど、僕が読んだとおりに左側だ。右だとジャイアントスワンプワームが消えた所に近いから、攻撃を警戒したんだろう。だけどワームはすでに、泥中で縁に近いところを横切っている。
ちょうど男爵が避けた左側に。
男爵の着地に合わせて、ワームが顔を出した。そのままの勢いで毒液を浴びせかける。
男爵が笑った気がした。
同時に、男爵が消えた。いや、消えたように見えただけだ。更に一歩ステップした男爵は、毒液が飛び散るのを横目に、僕めがけてカードを投げつけてくる。
クソ、思った以上に速い。そしてカードの攻撃は素早く、こちらは湿地で動きが鈍くなっている。
長期戦は覚悟してたけど、もう回復薬の二つ目。
どうにか男爵を引きずり込むか、そうでないなら、
「ユージン、そっちどうだ!」
『一分くらいっす。さすがに保ちません』
通信でユージンの声。あまり時間はかけられない。
「できればもう一体よこして」
『期待しないで待っててください』
支援がなくなるなら、僕は沼から上がらないといけない。右手の岸に動きながら、男爵がこれないようにブラインドとワームの毒液で牽制した。
とりあえず男爵の勝ち筋の一つ、『僕になにもさせないで速攻』は潰した。
ここからが本番だ。




