なんかややこしくなってきた……?
腰が痛い。
野営する時は薄い毛布を持ち歩いている。正直インベントリを圧迫するから邪魔なんだけど、ないとどうも落ち着かないし地肌に直だと翌朝に体がギシギシいうからたいていの場合、必須である。これはCHを始めてから味わうことなので、長距離を移動する場合はWWに比べて節制が必要だ。
寝る時は大体、草の柔らかそうな所を探すのが常だった。でもここは草なんか生えてないし、五人が横になるスペースもないから座ったまま寝るしかなかった。
砦に囚われていたノリアキング達はもっと長かったし、トイレの心配はないとはいえ相当きつかったに違いない。よく保ったな。僕には正直無理だと思う。
……ん。
あれ?
反対側で寝ている姫代子が九十度傾いている。いや違くて、傾いているのは僕だ。
あちゃあ、横になってしまったみたいだ。足を折り曲げてるからそんなにスペースを占拠してるわけじゃないけど、それにしたってちょっと気まずい。
でも頭を地面につけてると、場合によっちゃ固さで痛くなって目が覚めるはずだ。この快適さは一体なに。首も楽だし、なんか暖かいし。
僕が頭を乗せてるこれは。
これは……手触りが、なんか……
「ジェストさん」
「うおおっ!」
突然声をかけられて、思わず叫んでしまった。僕が乗っていたそれがびくりと震えて、同時に小さな悲鳴が上がる。
「……ん?」
姫代子も目を覚ました。その時には僕はもう起き上がっていて……利家も抱え込んでいた兜から頭を上げて、何事かとまぶたをこすっている。
「なになに、どうしたの」
「え、あの……」
答えに窮する。まさかここで言うようなことじゃないし、そこまで僕はバカじゃないし、だけど、ああ、そうだ。ちょっと悪夢を見たとかなんとかいって誤魔化せば……
「ジェストさんがエイタローさんに膝枕してもらってました」
呪うぞ。
あんなにサディスティックな姫代子は初めてだった。レイプされた気分だ。
今までの鬱憤を晴らすかのようにネチネチと絡まれ、エイタローが止めてくれなかったら泣かされていたと思う。結構淡泊なイメージだったけど、それもやっぱり姫代子の一面にしかすぎなかったんだと思う。
おかげで朝から気分は最悪だ。つーか寝起きですぐにあんな酔っ払いみたいなテンションを発揮できるのはどう考えてもおかしいんじゃないか。
やっぱ、姫代子も完全にリラックスできてなかったんだ。きっとそうだ。敵地だもんな。そう考えておこう。
「で、昨日の手紙ってなんだったの」
起きてみたら見張りがいなくなっていたから、話せなかったことを話しておこうと思う。
「横から見てたけど意味わかんなかったわ」
「というよりアレ、誰にあてたんです?」
姫代子もユージンも理解しかねているようだ。
「そりゃわかんないよ。レツリンだけにわかるように書いたんだから」
僕の言葉に、四人はハテナマークで答える。
「レツリンさんだけに……って、ジェストくん、まさか知り合いだったの?」
あれ、エイタロー、ちょっと怒ってる?
「知り合いだったらもっと他にやりようはある。昨日、僕がレツリンに本を貸す時、ちょっと探りいれたんだ」
「オリジナルとかなんとか言ってたっすね。マーシャヴェルナで本買った時も聞いた気がします」
あれ、言ったっけ。よく覚えてないや。別にどっちでもいいし。
「マーシャヴェルナで、僕ら、なんのこと話したか覚えてる?」
リアル時間では半日とちょっと前の話になる。僕らはゲームとリアルを行き来しているから、体感時間はもっともっと長い。覚えてないかもしれない。
「宇宙人のことっす」
「それはユージンだけだろ」
とはいえ、少なくともユージンは覚えていたようだ。
「このゲームが妙によくできてるって話。バランスとかはおいといて、世界がね。WWから比べても異様にリアルだし、砂粒一つまで描画されてるし、まあ要するに、現実と遜色ないといっていいと思う」
少なくとも僕の頭は、この世界に現実味を覚えて新藤を呼び起こしてしまった。
「それでずっと気になってたのが、城の図書館とかマーシャヴェルナの本屋とかにあった本の中身。これが全部書かれているのか、書かれてるなら内容はどんななのか。例えばさ、全部に別々のオリジナルな内容が書かれてたとして、可能だと思う?」
「城の図書館だけでも数え切れないくらいあったよね」
「だろ? いくら何でも手間がかかりすぎると思うんだ」
だけど僕が持ってたのは『暗闇のベルタニーシュ』だけだったから。
「だから、本を読んでたレツリンにカマをかけたんだ。『あなたも僕と同じ疑問を抱いてますか』って」
「……ええと、レツリンさん、読んだのは全部オリジナルだったって言ってたね」
「それで、そっからどう話が転がるのか早く教えなさいよ」
ううん、姫代子はゲーム攻略と色恋以外には興味なさそうだな。
「僕にちょっと興味を持ってもらうように、もう一息カマをかけた」
そしてそれに対する返答は、ちょうど開いた扉の向こうにあるだろう。
僕らが声を潜めると、足音と共にヤツが現れた。
「よう、よく眠れたか」
夕闇男爵。
手には、昨日レツリンに渡した手紙がある。
よし。レツリンが手紙のことを話すのは当たり前のことだし、ばれてなおよし。
「女の子達にはベッドを用意してたんだが」
男爵の後ろには、イイリコさんとレツリンが立っている。
「奥ゆかしいね。ところで……そこの」
仮面で半分隠れた顔を僕に向けて。かかってくれたか。
「ネクロマンサー。お前、俺と勝負しろ」
よし……は?
「なんだって?」
「しょ・う・ぶ。もう一度聞き返したら一生中に入っててもらうぞ」
予想外の言葉に、ちょっと取り乱してしまった。ニヤニヤ笑う男爵。ちくしょう、あからさまに手紙を持ってきて全然関係なさそうなことを言って、僕の予想を外したのがそんなに嬉しいか。
「なんで僕と勝負……いや、なんの勝負なんだ?」
「そりゃもちろん、イイリコを賭けて決闘だ」
話が見えん。
条件の一つで、こっちで作戦会議させろと男爵を追い出すイイリコさん。
「出ていいよ」
牢の鍵を開けてくれて、でもログアウト不可は改善されない。あくまで制限付きの自由行動って扱いらしい。
僕らの前でバツが悪そうに頭を掻くイイリコさん。こっちもいろいろ聞きたいことがあるけど、会話を聞くに僕との勝負はなんか取引の結果らしい。
「その……ごめんなさい」
エイタローに頭を下げる。
なんか嫌な予感がする。
「あの、ジェストくん、彼氏ってことにしちゃって」
待て待て待て。
「すいません、順番にお願いできますか」
一連の流れはこうだ。
男爵のヤツ、どんな取引を持ちかけてくるかと思ったら本当にただ口説いてきただけだったらしい。最初は何人か男爵のメンバーがいたらしいけど、そのうちに一人また一人と抜けていって、最後は二人になった。
「そこでさ、ほんとしつこいから、相手がいるってことにして」
僕の名前を出したらしい。最初は信じなかった男爵だけど、つうか今でも信じてないらしいけど、それならと持ちかけてきたのが僕と男爵の決闘。男爵が勝ったらイイリコさんは僕と別れて男爵のものに。
なんだそりゃ。
「あの、そんな前時代的っていうか漫画みたいな」
……ん?
漫画みたいな?
「だいたい、僕じゃなくてユージンって言えばよかったでしょう。いかにもってツラなのに」
「ジェストさん、なんか言葉が汚くなってませんか」
「褒めてんだ」
「んー、ユーくんはちょっとねえ。なんかハマりすぎてて逆に危ないっていうか」
なんかユージンの耳が動いた気がする。耳動かせるのか、見間違いなのか。
「……その、いくらなんでも、それ……」
遠慮がちに批難しようとするエイタロー。
「ごめんなさい。でもジェストくんが勝っても負けても、ほら、あたしがその場所取るわけじゃないから……えと、気が済まないなら、平手の準備はしてるから」
「待った待った。今はそういうのは止めときましょう。先に男爵との決闘をどうするかが問題です。決闘、詳しく教えてください」
男爵が持ちかけたのは、小隊員の手出し一切無用のガチタイマンだ。PKが標準で備わってるこのゲームで、決闘とはつまり普通の戦闘である。ゲームの仕様上、片方が相手を敵対アクションの対象に選んだ時点でエンカウントが発生する。その後はいつもの通り、自分のアクションで相手を倒す。
アイテムは持てる範囲で制限なし。好きに使ってよい。場所によっては地形を生かすのもアリで、とにかく相手のHPをゼロにすれば勝ち。
「決闘は明日。今日はジェストくん、ここで一泊して。捕虜状態だとホームポイントが上書きされないから、デスったら砦に戻っちゃうから」
「それ、ここが拠点扱いってことですか?」
「詳しくは聞いてないけど、男爵が運営に聞いた限りだと、ここ……エイリルって言うんだけど、ここみたいにいくつか『魔物に敵対している勢力の拠点』があるらしいのよ。そういった場所は住人の信頼をとりつければ拠点として使用できるし、襲撃の対象にもならない。まあ、旅の宿みたいなものね。逆に完全に人類の支配拠点にもならないみたいだけど」
ここ以外にもいくつか、ねえ。
「まあ、これは念のためっていうか、どうするかはジェストくんに任せるんだけど、ログアウトしたり逃げたりしたらその時点であたしは男爵のもの」
まあ、そんなもんだろ。
「男爵も意地が悪いっすね。一次職と二次職じゃ勝ち負けはほとんど決まってるもんなのに。しかもネクロマンサーってステータスはかなりヘボいんですよね?」
「まあ……タクティシャンやファーマシストよりはマシって程度。ファントムのステータスなんか詳しく見たことないから、どれだけ差があるかはわからないけど、正攻法じゃ無理っぽいかな」
「あたしは転職で吟味したことあるから、大まかな所は教えることができるわ。正直ああいうのってあんまり好みじゃないから、勝ってもらうために最大限努力する」
つっても、正攻法で勝てないならズルするしかない。でもズルするためには時間と自由が足りない。なにせここから移動できないし、サクラさん達を呼んで装備やクスリを補強する時間もないだろう。
「……んん、まあ勝ったら協力するってのはずいぶんオイシイ話ですし、ちょっと考えてみましょうか。ただ勝ち目はかなり薄いんで、覚悟はしててください」
「こっちが勝手に決めたからね。どうなっても文句は言わない」
にしたって、僕の名前出すのはちょっと波風が立つというか、これがどう形を変えて本軍に届くかわかったもんじゃない。イイリコさんは有名プレイヤーだし、親しいプレイヤーも多い。また下手に敵ができんだろうな。
それにちょっとエイタローが怖い。黙っててくれよ、とにかく、今は。
「やるんなら、できるだけ勝つよ」
そう言ってはみたが……なんか、勝ってもあんまりエイタローの得にはならんのだよな。
「受ける」
男爵を呼び出して、僕は答えた。不敵に笑っている佇まいがいかにも怪盗然としていて、この世界観にあってないのも含めてなんだか滑稽だ。だけどそれ以上に……夕闇男爵って、こんなキャラだったか?
たしかネタ元の作品じゃ、もっと紳士的で妖しい魅力があって、WWの男爵もある程度それを踏襲したRPをしてたって話だけど……目の前のは女たらしのナンパ野郎だ。
「では日時は明日の十時。場所はお前らがワームに襲われた、湿地帯と山岳地帯の境界だ。開けてるからな」
「確認事項がいくつか。まさか午後十時じゃないと思うけど」
吹き出すのを我慢するようにクク、と男爵は笑って、
「夜だとワームが出てくるだろ。朝だよ。心配するな」
「一対一ってのは、事前の支援魔法は?」
「ナシ。素の状態だ」
「全部いちいち確認は面倒だから、つまりWWの決闘ルールってことでいいんだ?」
「そうだ」
WWにはPKがない。代わりに、当人同士が合意すれば『決闘』を行うことが可能だ。だから男爵はここでも決闘という言葉を使ったんだろう。
WWでは、決闘は世界に数カ所ある闘技場で行われる。予約しておいた時間になったら召喚され、その時点で良悪問わず全てのステータス異常が一旦解除される。その後戦闘開始で、どちらかが倒れるまで戦う。このとき両人ともパーティから外れるので、パーティを組んだ際の恩恵は一切受けられない。まさに個人の力量が物を言う。見物人はどっちが勝つかで賭場を開いたり参加者の応援をしたりと、いろいろ楽しいイベントではある。
「なら、モンスターが割って入った時は」
「それも同じだ」
闘技場、はあくまでフィールドの一地域を指す言葉で施設があるわけじゃない。だからモンスターが湧いたりするし、たいていは見物人が始末するけどたまに決闘の邪魔をすることがある。この場合、どちらに襲いかかっても決闘は中断されない。あくまでHPが尽きた方の負けで、もし魔物が自分をターゲットしたら運が悪いと諦めるほかない。
「じゃあ質問は終わり。僕らから一つ提案がある」
「男からの提案は受けない」
それどんなキャラなんだよ。
「まあいいから。僕の決闘はイイリコさんと男爵の取引だ。それに僕が負けた時に比べて、買った時のメリットが少ない」
せっかくだから、イイリコさんが僕を恋人宣言したことをうまく使おう。
「彼女とあんただと、ちょっと重要性が違うのは理解してもらえると思うけど。だからこうしよう。僕が勝ったら、ランタンをもらう」
「こっちはお前が勝ったら協力するって言ってんだ。ランタンなんか使わせてやるよ」
「協力だと拘束力が弱いから、はっきりさせておきたい。僕はランタンを取り返してノリアキングに返すことで、ちょっとでも地位を回復したいんだ。僕が勝ったら、ランタンは僕のものだ」
「……まあ、聞くだけ聞いといてやる。で、俺が勝ったら?」
「なんでも好きなようにしてくれ。なんなら一つ、命令されたことを命を賭けてやり遂げるよ」
「男にそんなこと言われても嬉しくも何ともねえ」
「こっちの立場が弱いことはわかってるんだ。強制はできないってことはわかってるよ」
男爵は思案顔で黙り込んだ。受けるはずだ。男爵があの手紙を、その内容をレツリンから聞いていたのなら。
僕には利用価値があるはずだから。
「……よし、受けよう。俺が勝ったら、一つ命令する。それに従ってもらう」
よし。




