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キャッスルガード・ヒーローズ  作者: 栗原寛樹
第三部 再びキャッスル
70/115

保健の先生と恋人に挟まれて……ねーよバカ

 筐体だ。ゲームプレイのための筐体の中にいる。


 残像でぶれる中、僕はどうにか考え出し始めた。頭が殴られたように痛い。頭だけじゃなくて体全体がどうにかなってしまいそうだ。息苦しい。


 出たい。ここから出たい。でも、ああ、この筐体、どうやって開けるんだっけ。確か右、いや左……ちくしょう、どうなってんだ、痛い!


『××くん、落ち着くんだ』


 突如耳に、帝の声が飛び込んできた。長いこと聞いてなかったけどなんとか思い出せる。でも、なんで。


『君の体調に異変が起きたので強制的にログアウトした。医者が向かっている』


 体調に、異変?


 なんのことだ。いや、異変は起きている。どうしてこんなに気持ちが悪いんだ。ゲーム中ではなんともなかったじゃないか。


 なんとも……なかったわけ、ないな。


 くそ。


『息を吸ってくれ。空調は効いている。大きく、そう』


 帝に促されて、僕はゆっくりと息を吸った。この狭い中でろくに身動きもできないけど、そんでもって自分の吐いたゲロで臭いけど……頭は痛いけど、


『おち……つき、ました』

『よし、右手にハッチ開閉のボタンがある』


 右手で探る。突起を押し込むと、ガチャリと音がしてディスプレイ部分が持ち上がっていき、与えられた部屋が見えた。


 起き上がろうともがいてもうまく体が動かない。まるで自分の体じゃなくなったように不自由で力が入らない。どうにか筐体の端を掴んで、今までに無いほど力を振り絞って、絨毯の上に転がり出た。


 くそ、ゲームプレイ用の服にゲロがついてる。あの様子だと中も酷いことになってるはずだ。まさか取り替えてくれないとか、ないよな。


 ベッドに寄りかかって息をつくと、途端にログアウト直前の光景がフラッシュバックした。


 ベスラム、どうなった。


 ゲームはどうなった。


「みかど……帝さん、ゲーム、どうなってますか」


 返事はない。筐体のディスプレイにはなにも映ってなくて、どうやら通信も切れているらしい。


 そのうちにバタバタと白衣の男女が入ってきた。


 ああ、女の人、最初の健康診断のときの人だ。


「心拍数が高いわ」


 僕の左目を開いて、ライトを当ててくる。


「とりあえず保健室に運んでちょうだい。歩け……ないわね。押見くん、空鷹くん」


男二人に抱えられたとき、僕の意識は今度こそ暗闇に落ちた。







 嫌な夢だ。


 どんなのか忘れてしまったけど、最高に不快な状況で目が覚めた。


 見覚えのない部屋。というかカーテンで仕切られていて僕の周りしか見えない。


 起き上がると、さっきの意識混濁がウソのようにすっきりしている。だけどずっと、なんだかこの体が『自分のものじゃないような』、そんな気分は晴れない。


 なんかこれ、気持ち悪いな。


 どうすりゃいいんだ。


 今が何時かもわからない。状況がさっぱり掴めない。体調に異変、それもわからない。


 とにかく把握しないと。


 僕がカーテンを開けると、そこは診察室、のように見えた。幼稚園くらいの頃、おたふくで小児科にいった時のそれに似ている。でも子供向けのぬいぐるみなんかはなくて、成人サイズの椅子と机、素っ気ない診療器具なんかが置いてあった。


 誰もいない。


 そういや僕、それから何回病院にいったっけ。コンビニより遠いところに行くのが死ぬほど嫌だったから、よっぽどじゃないかぎり行かなかったな。おかげで一番鮮明に思い出せるのが幼稚園の記憶かよ。


 ベッドからおりて、立ってみる。うん、大丈夫。ふらついたりもない。違和感はあるけど問題ない。服も替えられている。


 ええと、さっきの夢、なんだっけ。なんか凄く大事なことのような気がする。思い出そうとしても霞を掴むように霧散する。ぼやけていて、そのくせ頭の隅に陣取っていて、そこだけが妙に不快だ。そのほかはとても鮮明だっていうのに。


「あら」


 きいたことのある声。


 女の人が立っている。白衣にメガネの、ロングヘアの、僕よりちょっと年上っぽい女性。


「もう起きたの。一晩は寝続けると思ったのに」

「ええと、その……」


 ききたいことがいくつかあるけど、僕はやっぱり違和感を覚える。なにかがおかしい。


「ゲーム、どうなってます。まさかゲームオーバーに」

「安心して」


 女性は……名前、なんだっけ。珍しい名字だった気がするけど……手のコピー用紙をめくりながら、読み上げていった。


「まず、君が参加していたサンダ……サンダマス、ヴェリア城? の防衛は成功。ボスを倒して、モンスター達も撃退、らしいわ」


 胸から何かが下がっていくような安堵感。よっぽど緊張していたみたいで、ほとんどため息みたいになった。


「君の知人、ええと、イイリコっていうプレイヤーには事情を説明してあります。だからまあ、急にゲームから消えたわけだけど、心配する必要はないわ」

「僕がログアウトしてから何分くらい」

「十五分ね」


 十五分。三日程度か。


「好きなだけ休んでるといいわ」

「僕の体になにがあったんですか」


 そのとき、僕は自分の覚えていた違和感に気づいた。


 今の僕は誰だ?


 ジェストなのか僕なのか『僕』なのか。どちらにせよ、こんなにはっきり声が出ている。リアルなのに。


「なにかって……やあねえ。そんな大げさなものじゃないわ。ちょっと長旅の疲れとゲームに酔ったのが合わさっただけよ。東京からでしょう?」

「はい。もう大丈夫なんで、ゲームに戻ります」

「それは許可できないわ」


 ほらみろ。警告もなしにログアウトして、あんな状態になってて、疲労と酔いなんてことがあるもんか。と、思う、たぶん。


「まだ十五分。少し寝て気分は晴れたと思うけど、すぐに戻るのはだめ。万が一がないように、少し検査するわ」

「どのくらいですか」

「協力してくれるほど早くなるわ」


 いちいち逃げ道をなくす言い方だ。慣れてるなこの人。


「ベッドに座って、左腕をまくって」


 素直に従っておいたほうがいいだろう。僕だって、なんか変なままゲームを続けたくない。


「右目を閉じて、次は左……なにか違和感は」

「目にですか」

「そう。他にどこか、違和感がある?」


 なんていえば良いんだろう。体全体といえばそうなんだけど、言ってわかるものだろうか。それになんかとんでもないことになってドクターストップがかかるのも、終わり方としては最低の部類だ。


「いえ、特に」

「血を採らせてもらってもいいかしら」






 針こええよ。痛いし、自分の体から血が抜けていくのを見る時の嫌な感じ、二度と経験したくない。


「あの、血液検査ってすぐにわかるものなんですか」

「今日明日じゃ無理ね。このイベント後になにか起きたら大変だから、それも兼ねて。まあ、なにもないとは思うけど決まりだからね」


 なんかこの人、言葉を選んでる感じがするな。


「あの、もし本当はなにかあるなら、そう言ってもらえませんか」

「正直に言うとね」


 こともなげに女医は話し出す。


「国会で問題になったように、VRに没入するというのはなにが起こるかわからないのよ。っていっても、まだ新しい分野だからなんだけど。ニュースなんかで聞いたことあるかも知れないけど」


 そりゃ、WWはそれで発禁にまでなりかけたんだ。プレイヤーで知らない人間はいないだろう。


「今まではなにごともなかった。でも今回のはまた違ったアプローチでしょう。実時間の何倍もの体験ができるわけだから、医者としてはちょっと敏感にもなるものよ。もちろん理屈では、まったく問題ないとはわかっていても。慎重なのはそのため。ちょっと待ってて。あ、私、健康診断の時にも名乗ったけど伊佐木洋子」


 そうだ、伊佐木さんだ。


 彼女は机の上の電話を取って、


「帝さん? ××くん、目覚めました。はい、お願いします」


 あれ、今の僕の名前か。なんでうまく聞こえなかったんだろう。


 ええと、なんでだっけ。最初に帝に呼ばれた時も……そうだ、僕の名前に意味はなくて、大事なのは仮想世界のジェストで……


「あなたに会いたいっていうプレイヤーがいるみたいだけど、どうする」

「会ってもいいんですか」

「もちろん。ただしここで。あ、名前確認するわね」

「いえ」


 誰かって、わかるよ。


「会います。伝えてください」






 ドアが開いて、帝が入ってきた。その後ろに……大人しそうな女の子。


 真琴が。


「あまり刺激しないように。彼は少し疲れてるから」


 伊佐木さんの言葉に頷いて、真琴は僕の方に近寄ってきた。


 リアルの真琴を見るのは二週間ぶりで、だから実際に会ったのは二回。


 だけどその真琴の表情は、エイタローがしていたものと同じで。


「伊佐木くん。ちょっと話がある。ここじゃなんだから食堂でも行こう」

「ええと、わかりました。そこの二人。そこのコールを押せばすぐに私が来るから」


 二人して出て行く。その時に振り返って、


「言っとくけどセックスは許可できないからね」


 なんてことを言いやがる。


 おかげでなにか話そうにも微妙な空気になってしまった。真琴なんて顔真っ赤にして俯いてるし、僕も両手で覆わないと赤面が見られてしまう。


 五分。


 やけに長いような、短いような時間。


 僕は真琴がつっ立ったままなのにやっと気づいた。


「その……座りなよ。とりあえず」

「……あ、うん」


 メガネを外す必要も、ないなこりゃ。いったい僕になにがあったのか、とにかく喋ることができてるんだからラッキーだと思っておこう。あくまで今のところは。


「あの帝さんっていう人、体調不良だって言ってたけど」

「伊佐木さんもそう言ってた。あ、さっきの医者」

「横になってなくて平気なの?」


 頷く。


「よかった……××くん、ゲームで大変だったから」


 ……おい。


 僕はそれをよしとしてなかっただろ。


 そうだ、妙な頭のもや。これに関してなにか掴めた気がする。


「真琴。もう一度名前、呼んで」

「え?」

「もう一度」

「……」


 真琴は少し恥ずかしそうに、


「×すけくん」

「もう一度」

「どうしたの?」

「いいから、お願い。フルネームで」


 戸惑っているようだった。でも僕にも根拠が説明できない。なんとなくそう思っているだけだ。


 でもそれが大事なことだと、今は信じている。


「あらふじ、りょうすけくん」


 新藤良介。


 そうだ。


 僕の名前に意味が無いなんて、そんなのはもう、


 許さない。


 頭の隅にあるもやが全て晴れたわけじゃない。だけど少しすっきりした。


 なにがあったかはわからないけど、『僕』は僕を受け入れつつある。きっかけは、もしかしたら覚えていない夢にあるのかもしれない。


 僕と真琴は少しの間話し合った。僕が強制ログアウトされた、その後のこと。


 ベスラムは二度落とされた。これに関しちゃ、本当に大帝がいてよかったと思う。あのひとの人外なプレイヤースキルが僕らを延命させたと言っても過言じゃない。その後はユージンの指揮の下、ノリアキングを筆頭に前衛がベスラムを完全に押さえ込んだ。そう時間は経たず、ボスは倒れた。


「モンスターも全部倒して、防衛戦は終わり。その後に帝さんがログインしてきたの」


 帝が?


 真琴によると、歓声の中で僕が消えたことに戸惑うイイリコ小隊のすぐそばに帝が現れたらしい。NPCの格好だったから何事かと面食らったそうだ。


「良介くんの体調が悪くなったことと、運営の方で強制ログアウトさせること。とりあえず検査待ちだけど、ゲームに酔ったんじゃないかってこと。取り乱さないで連絡を待ってほしいって言ってた」


 その後、すぐに真琴がログアウトして帝の連絡を待っている状態。ノリアキング達に挨拶して、みんなもログアウトしている。


「みんなも、こっちに?」

「うん。あの、いっぺんに大勢だと大変だからって、最初に私だけ」


 一応食堂で待機中とのことだった。


「ゲームやってもらってていいのに」

「だって、心配だもん」


 第四次防衛戦を終えて、一度人類側も休憩を取ることになった。時間的にそろそろ限界組、三時くらいまでなら頑張る組、朝までやってやる組にわかれて、順番にログアウト。


「ほとんどは朝までやれるって言ったんだけど、そこはノリアキングさんがね。私はもうログアウトしてたから又聞きだけど、七日間ぶっ続けでやれないならちゃんと休むべきだって」


 常識的な言葉だ。確かにログアウト時のデメリットはゲーム内時間が進むことだけど、ゲーム内で寝たからといってリアルの方が寝ているわけじゃない。催眠状態だから半分寝てるとは言える、けどWWの経験上、催眠状態であっても眠くなる時は眠くなる。


 それに僕みたいな例を考えると、あんまり不健康なプレイはゲームオーバーが早まるだけかもしれない。


「だけど、防衛戦の時に人が少ないのはちょっと怖いな」


 こういう動きになることは当然だから、運営側がそれを想定していないとは考えづらい。僕らがイイリコさんを迎えに行く時も、そのメタ読みはあった。


 だけど、いざそうするしかなくなると……


「ん? じゃあもしかしてイイリコ小隊は」

「そう、最初の休憩組」


 なるほど。となると問題は、残ったプレイヤーだ。


「そこはね、ノリアキングさんとジュリアさんが別の時間帯にログアウトすることになってるから、大丈夫だと思う」


 それなら安心だ。組織のトップであるノリアキングと次点のジュリアさんがいなくなると全体の連携が鈍るから、それだけは考えないといけない。


 なにせ、たとえば休憩のプレイヤーがもろもろ併せて八時間抜けたとして、その間の襲撃は実に四回。全体のローテーションが終わるまでには少なくとも十二回以上、つまり一年程度の時間がかかる。もちろん重複時間があるしプレイヤーの気分次第でログアウト時間は増減するから誤差はある。だけどこれまでみたいな盤石な人数は無理だから、その点を運営がどう考えているかによって難度が変わってくるだろう。


 参ったな。外でもやっぱりゲームのことばかりだ。


「じゃあまあ、この辺でゲームの話は終わりで」


 首を傾げる真琴。


「真琴の話がききたい」






 三十分ほどして、帝と伊佐木さんが戻ってきた。様子がおかしい。


「帝さん! 話すにはわからないことが多いので許可できません」

「新藤くん」


 ちゃんと聞き取れる。


 帝は僕の両肩に手を置いて……まだアロハだよ……真剣な顔で、こう言ってきた。


「俺の質問に正直に答えるんだ。でないとゲームプレイの権利を剥奪する」

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