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キャッスルガード・ヒーローズ  作者: 栗原寛樹
第三部 再びキャッスル
71/115

なにこれ

「ゲーム内でなにがあった」


 僕を見る帝の目は、本当に短い付き合いだけど、その中で一番鋭かった。


 伊佐木さんと出て行った時は特に変わりなかったはずだ。この三十分ほどで、僕に関する何かを知ったということになるのだろうか。


「患者を刺激しないでください!」


 そして伊佐木さんもそれを知っている、が、帝とは立場が違うから僕の体調を第一にものを言う。


「質問が漠然としすぎてて」


 僕の逡巡を見られただろうか。


「いいや、君には心当たりがあるはずだ。それを言うんだ。勘違いするなよ」


 隣で僕の手を取る真琴をちらりと見て、


「ゲームプレイで君に起きたことが、他のプレイヤーに起きるかもしれんのだ」


 ……やっぱり、僕のはただの体調不良なんかではなく、ゲームに酔ったわけでもなく、なにか異常な状態に陥ってるってことか。でなけりゃ帝がこんなにも心配するはずがない。深刻な状態になっていれば、このイベント自体がおだぶつかもしれないもんな。


 もう覚悟を決めるしかないな。


「わかりました、権利の剥奪は嫌です。手を離してください」


 話そう。ただしこの二人が信じるかどうかは知らん。


「一つ確認したいんですけど」

「言ってみろ」

「僕の体調に異変、でしたっけ。いつからです」

「ログアウトの十五分ほど前だ」


 じゃあその十五分、なにをしていた。やっぱり裏がありそうだな。


 でも時間としては、おそらく。


「帝さん、今の僕と、ここに来たばかりの僕、違いませんか」


 横目で真琴を見る。僕がなにを話すか察しがついたようで、手を強く握ってくる。


 面倒なことに巻き込んじゃったかな。小隊のみんなの所に行かせればよかったかもしれない。


 でも僕は、真琴にもきいていてほしい。


「無礼を承知で言うと、数時間前の君は対人恐怖症の気があったと思っている。俺の見立てじゃ、ちょっとした事務的な受け答え以外じゃ電話か、画面ごしでなきゃ会話が続かんはずだ。最初に会った時俺が喋り続けてたが、十年プレイし続けたゲームについてほとんど質問しないなんてありえん」


 言葉を選ばん人だな。伊佐木さんとは正反対だ。あってるけど。


「それで、今の君は違うようだが、まさかそれが関係しているのか」

「それはそっちで判断してください。ゲーム内で起きたことを話すだけです」


 正確にはゲーム内というより、僕の中であったことだ。


 新藤良介とジェストのこと。ログアウトの十五分前、となると、ちょうど新藤が主張し始めた前後。


 話を聴いている間、運営側二人の反応は特になかった。信じているのかいないのかさっぱり想像がつかない。


 終わりの頃になって、伊佐木さんがお茶を淹れてくれた。


「君のログを見た」


 帝が紙の束を取り出す。


「ここから先は新藤くんの個人情報だ。申し訳ないが、君は退室してくれないか」

「僕は構いません」

「君らが構わんでも俺が構う」


 真琴にはみんなの所に行っておくよう伝えて、三人に。


「ゲーム内で恋人になったらしいな」


 そんなこときいてどうするんだよ。


「仮想現実への没入で一番危惧されているのは、現実との境界が曖昧になることだ。現実に対しての『現実感』が薄れる。もしかして今、そんな状態になっていないか」


 ぎくり、と痛いところを突かれた気がした。ログアウトしてから絶えず感じる、体が自分のものではないような違和感。


 少なくとも四半日、ジェストであった時間の方が長い。


「君の言う二つの人格、よくある思春期の妄想に聞こえる」


 そりゃそうだ。でも笑い飛ばさないんなら、なにか根拠があるんだろう。


「脳波だ。君らの筐体は様々な身体データを取得して正常かどうかチェックしているが、今回の最初の異常は脳波だった」


 詳しいところはわからないが、人格障害を客観的に判断する方法の一つに脳波の変化があるという。正直難しくてわからん。


「大人の人格と子供の人格であきらかに形が変わった事例があるわ」


 伊佐木さんは長ったらしい説明の後に付け加えた。


「でもそう判断するのは早計。ロールプレイから素に戻るなんてよくあることだし、そのときの脳波なんてサンプルもない」

「だが今の話じゃ、今の彼にはゲーム内のジェストがインストールされているんだろう」

「いくらでも説明はつきます。本人が認識しておらずとも、演技の可能性は十分あります」


 伊佐木さんの話によると、現実的な仮定はもちろんある。イイリコさんの時に僕がやったように、意識してジェストを演じている可能性。そもそも僕が「喋れなかった」のがある種のロールプレイであった可能性。


 でも僕の実感だと、どちらも違っている。僕の本質とも呼べるものが変化している感じがする。


「それなんですけど……僕の人格が二つにわかれていたとして、なにか問題があるんです

か」


 つまるところ問題はそれだ。


 この問答にどんな意味があるのか。


 それを帝は説明しない。


「切り上げだ」


 帝から出た言葉は、だけど、予想を裏切るもので……いや、予想通りか。


 なにか隠している。


「タバコ吸ってくる。伊佐木さん、あんたも来い」

「煙草は吸いませんが」

「いいんだ。新藤くんの次について、相談がある」


 僕のいないところでかよ。くそ、結局僕がゲームを続けられるかどうかは、この帝が決定権を持つ。まな板の上の鯉ってこのことだな。


「さっき君の小隊の仲間にちょっと話をきいた。まあ、本人が喋らないならなにも言わんと突っぱねられたが。だがこれから休憩時間だそうだな。大人しく寝ていろ。悪いようにはしない」


 そんな約束を信じられるほど真実を語っていないくせに。


 二人が出て行くと、僕の頭は急速に動き出す。結局は人格がどうのこうのといった話になったけど、最初の言葉はもっと違ったはずだ。なんだったか。


『仮想現実への没入で一番危惧されているのは、現実との境界が曖昧になることだ』


 これだ。帝は僕と真琴が話している間、ログを伊佐木さんに見せて人格障害の話をきいたはずだ。だから血相変えて僕をプレイ権利剥奪で脅し始めた。


 そのくせ最初は人格に関係ない、ゲームを批判するための永遠のテーマをもってきた。いみじくもゲーム制作者がそれを持ち出すからには、脳波とは関係ない所に根拠があるに違いない。


 だけどそこまでだ。僕は帝の知っている情報の一欠片も得ていないし、ヤツのスタンスもわからない。そもそもあいつ、僕をどうするつもりなんだ。


 ふと、机の上に帝が持ってきた資料の束が目に入った。


 クリップで留められた、僕のログ。


 そこになにか、帝だから知り得ることが載っていたに違いない。それは僕の頭の異変が体に及び、強制的にプレイを中断させなければいけないほどの影響を与えた、なにか。


 見るか。


 ここで退く理由はない。見ても意味がわからない可能性はあるけれど、もし僕に見せるのがまずい資料なら忘れていくはずがない。となれば可能性は二つ。


 まったくなんの変哲もないことが書かれているか、もしくは見せてはいけないことが書かれているにもかかわらずわざと置いていったか。


 そんなことをする理由はわからん。僕は机まで歩いて行って、一枚めくってみた。


 なにが書かれてあるのか理解出来なかった。いや、専門用語で書かれているわけじゃない。平易な文章とは言いがたかったけど、それよりも表題が問題だ。





『異世界からの人類侵略に対する防衛プログラム

 新藤良介に帝陽志が与えられる情報は以下のものである。このページは部屋に持ち帰り即座に焼き捨てること。


・開始時に与えたプレゼントはゲーム終了時までに必ず閲覧するよう要請する。現時点では即座でなくとも構わない。そこに書かれている情報を誰と共有するかは任せる。ただしその場合はログアウトし、ログが残らないように直接本人と会うべし。キャッスルで運営による監視装置が無いのは各個室と医務室だが、誰が出入りしたのかはわかるようになっている。注意されたし。


・ゲーム内をよく観察すべし。不自然な点を集積し、これが単なるゲームでないことを肝に据えて考えれば一つの結論にたどり着くはずである。それを知った場合にどうするかは任せる。


・ゲームのプレイ時間は七日間だが、最終日は訪れないことを前提にプレイすべし。


・現在の戦力では三年目にゲームオーバーになる可能性が高い』






 ……


 なんだよこれ。


 わけがわからないぞ。


 あれだけ僕の頭に関してどうのこうの言っていたくせに、なんでここにはゲームのことしか書いてないんだ。しかも一つ一つが異常だ。


 最初の項目。ゲーム開始前に帝が僕の重要インベントリに放り込んだ「攻略情報」。だけどここに書かれていることはそんなお気楽なものじゃない。僕が読んで、そして、わざわざログが残らないようにリアルで伝えるようにとの但し書き。わざわざ監視カメラがない所まで教えてくれている。


 二つ目の項目。単なるゲームでは無いってなんだ。確かに伊佐木さんの心配したように、VR没入型であるCHがこれまでのゲームとひと味違うのは知っている。プレイしたから実感してもいる。だけどこの書き方だと、もっと違うなにかがCHにはあると言いたげだ。

ゲームの中の不自然な点。僕にはいくつか覚えがあるけど、仕様以上のことがあるっていうのか。バグとかそういうレベルじゃない、もっと意図されたなにかが。


 三つ目。最終日は訪れない。これだけだとさっぱりわからん。だけどここからわかるのは『このゲームは七年かけて攻略するものではない』ということ。しかも最終日は強制的にゲームプレイを禁止されているような物言い。


 四つ目。


 帝が前に言った。


『このままだと君ら、全滅だぞ』


 これと同じ意味なのか?


 どういうことだ。帝のやつ、僕になにをさせようとしているんだ。


 CHって、なにかあるのか。







「ゲームに戻っていい。だが守ってほしいのは、これから八時間の休息を絶対に得ること。朝七時より前にログインが確認された時点でゲームプレイの権利を剥奪する」


 この言葉は予想通りだった。帝は僕にゲームを続けてもらいたがっている。後ろの伊佐木さんは明らかに不満そうで、それに僕の体調不良の原因がわかっていないにも関わらず、だ。


 帝はなにを隠している?


 資料の一枚は折りたたんでポケットに入れている。あの意味不明な事柄が書かれていた紙。


 不気味な情報。


 もう一つの可能性から考えてみる。僕の体調不良について一つ仮説を立ててみた。


 異変が起きたのが新藤良介の出現と同じ。となると、ジェストと新藤が衝突したのが体に負担を与えたと考えることは可能だろうか。少なくとも帝や伊佐木さんは、その可能性も考えているだろう。そして新藤が出現したのが『ゲーム内でリアルを認識し始めたから』だとすると、つまり……そう、帝が言ったように、僕が自嘲気味に考えていたように、仮想とリアルの境目がなくなりつつある、ということだ。


 まだそう考えるのは早いけど、もしそうだとすれば……帝がこの資料を作ったのは伊佐木さんと話す前のはずだから……帝は僕のログを読んで、新藤がなにをしたかを知っているから……


 境界が曖昧になりつつある僕だから、帝は一連の情報を与えた。


 くそ、だとしても情報の内容がそれとは関係なさそうに見える。今はまだ答えを導くことはできない。情報の通りにゲームをプレイするしかないか。


 僕は解放されて食堂へ行った。


 小隊の面々。


 僕は話すべきだろうか。


 このわけのわからない、意味不明な情報を……まだ、話すべきじゃない。


 イイリコ小隊には負担をかけっぱなしだ。少なくともそれを返して、それからだ。


「平気? 朝まではログインしないから、辛いなら寝てても大丈夫だけど」


 イイリコさんに言われて、でもとりあえず座る。


 忘れたい。今だけは忘れて、みんなと話したい。


 もう無理かも知れないけど、無邪気にゲームのことを。


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