魔王軍将ベスラムをすりつぶせ
『ジェスト小隊、目標が見えないのでしたら応えてください。他小隊、すでに交戦中』
ジュリアさんの通信が入ってくる。
ちらりと、イイリコさんが僕の方を見た。
他の小隊に任せてもいい。そう言っている。
「真琴」
僕は真琴の手を握り返して、
「ありがとう」
何度目になるかわからない言葉を伝えた。すぐに耳に手をあてて、
『お待たせしました。迷惑かけてすみません。い……行けます』
『待ってました。エイタローくん、シャーマンまでは私たちで大丈夫。もう少しだけジェストくんについてあげてて』
『はい』
応えた真琴は僕を見て、
「キスされるかと思った」
僕にそこまでの度胸はない。それに僕はまだ、そう、ジェストじゃなくて『誰か』じゃない僕は、
まだ真琴を好きになったばかりだ。
「言ったろ、僕ら、これからだ。特に僕はまだまだお子様で、だからまずは第一段階」
「それが、呼び捨て?」
「僕の引きこもり具合なめんなよ。僕が誰かを呼び捨てにできるほど仲がよくなった相手なんて、小学生のときまで遊んでたいとこだけなんだ」
「それ、女の子」
「男だけど」
真琴は笑うと、
「じゃあ、私、初めての人だ」
なんか真琴もエイタローとキャラがちょっと違うな。そんなもんか。大事なのはエイタローも真琴も、同じ人をちょっと違う角度から見ただけだということ。
そして、僕もそれは同じだってこと。
ジェスト……いや、呼びかけるのはよす。こうなったら僕らは一心同体だ。すぐには無理だろうけど、僕はジェストと同じ所までたどり着いてみせる。
ジェストも『誰か』も僕も、全部が僕だって胸を張って言えるように。
胸をはって真琴に好きだと言えるように、なってみせる。
『そのレイダー倒したら走ります、ユーくんごめん、ジュリアさんへの通信お願いしていい?』
『残念、俺ジュリアさんフレンドじゃないんすよね』
『ウソ!? ユーくんが女の人をフレンドにしてないなんて』
『まさか、ジュリアさんは野郎か』
『なに言ってんすか。そういうこともあります。んでもって小隊でジュリアさんに通信できるのは……』
ユージンがジュリアさんに通信できない。それはありえないと断言できる。あいつの正確はともかく、僕はあいつとジュリアさんがフレンド登録しているところを見ている。
あえてのパスだ。ここは乗ってやるさ。まずは今まで蚊帳の外だったこの戦場に復帰することだ。
『僕がやります』
『大丈夫なの?』
『返事するだけです』
真琴、たぶん大丈夫だけど、まだ手は離さないでいてくれると嬉しい。
深呼吸。二回。
よし。
『遅れてすいません』
数秒して、返事が返ってきた。
『ジェストさんですね。なにかトラブルが?』
『ええ、まあ、ちょっと。片付いたので、目の前を殲滅したら突入します』
了承。
『左翼に通達。イイリコ小隊が前進したら護衛についてください。足止めで結構です。ボス前に戦力を減らさないように注意してください』
レイダーが死んだ。
『とっかん!』
僕らは、走り出す。
怖い武器を振り上げたリザードマンのすぐ脇を抜ける。それと同時に、違う小隊のナイトがちょっかいを出してくれる。
僕はWWナンバーワンだ。人類への働きで他の誰にも負けるもんか。どれだけ怖くたって、ここがどれだけリアルだって、僕が人生を捧げてきたゲームであることに変わりはないんだ!
虚構の世界じゃなくたって、ゲームなんだ。恐れを感じる必要なんてない。他のプレイヤーもいるし、イイリコ小隊の仲間もいるし、なにより僕はジェストだ。新藤良介で、閃光のジェストで、ネクロマンサーのジェストだ。
『ゴブリンシャーマン発見、なんか詠唱してるけど攻撃じゃないみたい。リザードマン二隊、ユーくん、ガートランドくんにフィジック』
「うす、フィジック、いきます!」
「竜の加護よ!」
出会い頭の火炎ダブルをドラゴンハートでしのぐ。効果時間が短い代わりに火炎ダメージのカット率は高い。継続ダメージを併せて、回復薬で十分全快できる。
頼むぞ、僕。動けよ。
袖を通して回復薬を取り出し、投げる。動きは若干ぎこちないけど、今までに比べたら全然スムーズだ。いける。一瞬のミスが命取りの高レベル帯ならともかく、今ならまで十分働ける。
「真琴、僕は大丈夫。リザードマン二人は辛いから援護をお願い」
イイリコさんは不要だっていったけど、もしそうだとしてもエイタローがいて邪魔になることはない。ここでの最善はいつもの陣形に戻して、フレイムピアス装備のエイタローに耐えてもらうことだ。イイリコ小隊は前衛四人。どの二人がリザードマンに止められても、残りの二人でゴブリンシャーマンを倒すには十分な火力。
『残りシャーマン、イイリコ隊のみ』
ジュリアさんからの通信。もう塀の上じゃなくて戦場にいるはずなのに、凄いな。
できればリザードマンにあたるのはエイタローとガートランド。
考えろ、まだ鈍ってるぞ。戦闘はガートランド。すぐ後ろでイイリコさんと姫代子が隙をうかがっている。やはり二人はゴブリンシャーマンを殴りに行きたい。けど今だとガートランドが一人で、後衛にまで攻撃がいくことを心配している状態。
やることは一つ。深呼吸。
「エイタローが向かっています! ブラインド、いきます!」
この二言。叫んだ。叫べた。
ジェスチャーマクロを入力し、ブラインドがリザードマン二体に飛んだ。ギリギリ四メートル圏内。運が良いが、暗闇は成功しなくていい。一瞬の闇があればイイリコさんと姫代子はすり抜けられる!
ヒット!
三秒後には理想型。リザードマンを背中に、イイリコさんが背中からナイフを投げる。ヒット。その背後で、ガートランドの防御にあわせてエイタローが斬りかかる。
姫代子の連続拳がヒット。
この攻撃でシャーマンは撃沈。体から浮いていたもやのようなものが霧散し、消える。
『シャーマン、撃破です!』
僕は通信で呼びかける。
それと同時だった。
ガートランドの目の前のリザードマンが消えた。それだけじゃない。戦場のあちらこちらでモンスターが消えてゆく。残ったのは半分ほど。
初めての現象だけど、WWに似たようなイベントはあった。特定の術者を倒さない限り無限ループするダンジョン。
幻惑系の魔法。魔物軍にいたゴブリンシャーマンが仕掛けていた魔法。
モンスターを水増ししていたのか。だから実際よりもずっと多く、いつまで戦っても終わらない気がしていたんだ。倒す数が半分だったんだから終わらないに決まってる。
そして、そいつはいた。
モンスターの群れの中核、全身を金属鎧に包んだ、僕の倍くらいの背丈がある人型のモンスター。
そいつが槍を手に、一番近いオメガ小隊に向かって走り出した!
『ベスラム出現! オメガ小隊が交戦、前線の部隊は集中攻撃お願いします!』
待ってましたといわんばかりのジュリアさんの通信。
『大砲部隊、両翼のモンスターを狙ってください。守備隊、モンスターが攻撃隊を素通りしてきます、城門を死守!』
「行くわよ、みんな!」
イイリコさんのかけ声で、僕らは再び走り出す。残った一匹のリザードマンはシカトだ。ヘイトが溜まってるから追いかけてくるかもしれないけど、後続の攻撃隊に任せる。
戦況が一気に動く。空から見れば、二百人規模の人類がベスラム一体に向かって突撃しているように見えるはずだ。待って待って待って、やっときた好機。誰も逃すつもりはない。
僕だって。
新藤良介だって、逃してたまるものか!
ベスラムが突如スピードを上げた、走るというには速すぎた。ほとんど目にもとまらぬ速さでオメガ小隊を突き抜ける。手には禍々しい槍。
通り抜けた後のオメガ小隊の後衛三人がデス。
『後衛を直接攻撃してくる、注意しろ!』
今度はノリアキングからの通信。あっちも僕らと同様、反対側から走ってきている。
最初にたどり着いたのはルシェイナ小隊だった。一番槍が大好きなルシェイナさんが飛びかかって、槍を身に受けながら渾身の一撃、なんとベスラムが吹っ飛ぶ。
『オメガ、下がれ! 壊滅するぞ!』
『もう壊滅はしてますわ。俺らだけ功績値もらうのもなんなんで、せいぜい盾で使ってください』
オメガ小隊の前衛はそのまま背後からベスラムに斬りかかる。
ルシェイナさんを狙った槍をカイトがかばった。えみさんのヒールが飛ぶ。
『丸薙ぎやってくるぞ、気をつけろ!』
特段根拠があるわけじゃないだろうけど、ノリアキングの言うとおり、人間型の高ランク槍使いはだいたい全方位攻撃の丸薙ぎをやってくる。たぶんベスラムも、ボスだからするだろう。
ガランスギュエックの時と同じ。まず敵の攻撃方法を見極めろ。
今度はヤツは槍を地面に突き立てた。それを中心に、衝撃波が地面を這う。範囲……広い!
数十メートル離れている僕らの所まで届く強烈な範囲攻撃だ。突撃している人類の大半が食らって、一時的に移動不可になる『不動』のステータス異常になる。
こんな範囲、反則だろ!
だけどダメージはない。代わりにヤツは今度は槍を振り上げた。曇り空だった空で、にわかに稲光が起こる。
まさか……まさか、こいつ。
「オオオオオオオッ!」
地を震わせる怒声の後に、フラッシュを焚いたような光が連続して続く。とんでもない轟音が耳を刺激し、動けない僕らは身をすくめるしかなかった。だけど目は離さない。どれだけ怖くたって、ジェストは目を離さないんだ!
天から無数の落雷。雷系の上級魔法、ライトニングスコール。フェアリーメイジの二次職、天雷導師の取得可能魔法。
こいつ、大規模戦闘用に調整されているモンスターだ!
小隊単位で戦うガランスギュエックやウルフキングとは違い、数十人単位への攻撃が主なボス。今までに無い未知の調整。
もしかしてここからがCHの本領発揮だといいたいのか。
落雷が止むと同じ頃に不動が切れた。幸い僕らの小隊に被害はない。ランダムに落ちる雷は対象を取ることができず、あたるも外れるも運次第。あたったらかなり痛い。
進軍再開。他の小隊の被害を確認するには範囲が広すぎる。
「エイタローくん、行けるわね」
「はい!」
エイタローが先頭、姫代子、イイリコさん。ガートランドは僕ら後衛の護衛のポジション。できるだけ直線にならないよう、僕とユージンは横に広がる。
ユージンがエイタローにフィジック。エイタローは仁王立ちを発動しながら、ベスラムに接敵。
正念場だ。
ベスラムのHPはもちろんわからない。バーを確認すると、一割程度減っている。スパルタンの一発とオメガ小隊の全力攻撃でこれだから、ガランスギュエックよりもHPが高い。スパルタンにグラップラーと同じようなカウンター性能があったとするともっと高い。やっかいなのは相手の攻撃が素早い点。ガランスギュエックのように見て避けるのは難しい。体格もそれほど大きくないので、援護射撃に弾幕を当てるのも難しい。それに魔法と技で後衛を積極的に狙ってくる。地震のような攻撃で足止めし、距離を置くことも許さない。
魔王軍本隊ってことか。こういう相手はとにかく動かさないように量で押しまくるのがいい気がする、というよりそれ以外の戦法は時間がかかりすぎる。広範囲攻撃を持つ相手は長引けば長引くほどジリ貧だ。
エイタロー、間に合ったノリアキング、オメガが同時に切りつける。ノリアキングの小隊はあらかじめ打ち合わせていたのか、流れるように全員が一発ずつ入れていった。さすがにエリート集団だな。
金属鎧でベスラムの肌は全く見えない。となると斬撃にもある程度の耐性があるんだろう、期待した結果には少し届かなかった。
『エイタロー、相手がこっち向いたらガン防御! 攻撃はある程度、姫代子に任せろ!』
『了解』
殴った方が効く。実際に攻撃したエイタローが身をもって経験している。
……ん?
おい、今僕、指示出したな。
自然に出たから気づかなかったけど、自然に出たな。
これは、
地響き。
しまった、衝撃波が!
足が地面に張り付いたまま動かなくなる。ちくしょう、こういう攻撃はタイミングをあわせればかわせるんだ!
最前線にいたプレイヤーはルシェイナさんを除いて全員動けなくなっている。上半身は動くけど、攻撃するには体勢が悪い。衝撃波が真っ先に届くししかたない。防御が賢明。
だけどベスラムはここから、思いも寄らぬ行動に出た。
自らの槍をバネにし、空高く跳び上がった!
しまった、ジャンプがあったのか。一人に対し空から急襲を繰り出す物理攻撃。ガートランドもレベル3まで取得しているけど、あんなに高くまでは飛べない。高度に比例して高くなる攻撃力と、反比例して低くなる命中力、というより実際に落ちる場所をプレイヤーが操作しなきゃ行けない。
だからWWでは足止めのスキルを他のプレイヤーが撃つのが基本だった。グローバの蔦地獄なんかが代表的だ。
それをモンスターがしてきた。
……いや、違うぞ。
空に跳び上がったベスラムに、急速に近づいてくる大きな影。
よく見えない。だけど嫌な予感がする。こういうときの嫌な予感は大体あたる。
『ドラゴンライダーだ! 火炎に注意しろ!』
誰かの通信。
まさか、空まで飛ぶのかよ。




