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キャッスルガード・ヒーローズ  作者: 栗原寛樹
第四次侵攻 あるいはいかにしてジェスト青年は答えをだすか
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今にも壊れそうな僕と

『全員に通達。魔物の終わりが見えません。可能性としてモンスターの数は無限、時間で終わるものか、もしくはなにがしかの条件を満たしボスを出現させ倒す必要があるか、いくつか考えられます。対策中。申し訳ありませんが踏ん張ってください。補給隊を送ります』


 ジュリアさんからの通信。落ち着いているけど、困惑しているのは間違いない。すでに九時を回っていて戦いは泥沼の体をなしてきている。防衛戦に限りプレイヤーは『城内にいる』という扱いになるため夜間戦闘のデメリットはない。けど、暗くなればその分視界は制限されるし、見ろ、モンスターの姿がいっそう禍々しくなる。


 塀の上から、戦闘忌避組のライトメイジが数人、ウィスパーライトで戦場を照らしている。ウィスパーライトは名前とは裏腹に意外と明るい。僕らの所までは十分に届く。それにジュリアさんが通信してくる間は、少なくともゲームオーバーの危険はない。


 ガートランドが買ってきてくれた回復薬も尽きつつあった。


 モンスターの大群。今回のベスラムからの予告からして、そいつを倒さないと防衛戦は終わりそうにない。問題はジュリアさんのいったとおり、時間を凌げばいいのか、それとも特殊な条件を満たす必要があるかだ。


 僕にはわからない。全体を俯瞰できない前線にいることが一つと、そこまで頭を回す余裕がないことが一つ。今は『僕』への対処を考えないといけない。


 今の僕は果たしてどちらだ? ジェストを嫉妬している『僕』なのか、それとも嫉妬されているジェストなのか。どちらも同じ僕のはずなのに、急に二人が僕ではない独立した存在になりつつある。


 ジェストと『僕』は対立している。でも僕はそれはマズいと考えている。どちらが勝っても僕に先はない。ジェストが打ち勝てばリアルでの僕は新藤を枷として生きなきゃいけないし、『僕』が勝つとジェストが消えてゲーム内で引きこもりになってしまう。


 僕が僕であるために、このままゲームを続けられ、そしてリアルでの僕としても変わらず、いや、できれば今より多少でもマシになる選択肢はないか?


 ジェストが『僕』に歩み寄り、


 『僕』がジェストに近づくための方法。


 くそ、頭がこんがらがってきたぞ。


『ジェストさん、ガートランドさんに回復!』


 ここに来て戦闘も満足に行えなくなりつつある。ユージンの指示通りに体を動かすだけで精一杯だ。イイリコ小隊の足を引っ張っていることにジェストは憤りを覚え、『僕』は逃げ出したいと思っていて、僕は情けなさを感じている。


 同じ僕だろ、協力しろよ!


 今となっては『僕』を叩きつぶすわけには行かない。まず原因から考えろ。新藤はジェストに嫉妬している。ジェストはまず、イイリコさんへの裏切りを乗り越えた。ついでにリアルで話すことも乗り越えた。あれは新藤ではなく、ジェストだった。そして恋愛についても乗り越えつつある。新藤が超えることを望まなかった障壁を打ち崩しつつある。


 『僕』はなにが望みだ? ここで出てきたらゲームもエイタローとの関係も、依存してきたイイリコ小隊との関係も終わることはわかっていたはずだ。このままゲーム内で引きこもって、ゲームからドロップアウトして、それでいいのか?


 違うはずだ。ジェストがそうだったように、『僕』はゲームが人生の一部だったはずだ。例え遊びだったとして、遊びではないと言い切れるほどに時間を捧げてきたはずだろ。


 ……遊びじゃ、ない。


 遊びじゃない。


 エイタローとの関係も、CHも遊びじゃない。


 イイリコ小隊の仲間とも遊びじゃない。


 まさか、


『ノリアキング小隊、イイリコ小隊、辰丸小隊、オメガ小隊、補給を受取り次第、敵陣奥のゴブリンシャーマンを狙ってください』


 突然、ジュリアさんからの通信。


『前線にいる部隊は道を開くために突撃。城の守りは控えを全員出します。おそらく、これが条件です』


 ゴブリンシャーマン!


 最初のモンスター構成には確かにいたゴブリンシャーマン。だけどこちらに向かってくるのはリザードマンとゴブリンレイダー、グリーンスライム、スカイラプターのみ。


 いない。少なくともイイリコ小隊が戦った相手にゴブリンシャーマンがいない。


『ジェストくん、覚悟決めて』


 わかってる。今や僕一人の都合でグズグズしていられる戦況じゃないんだ。


 おい『僕』、お前の気持ちはわかったぞ。ジェストに嫉妬して邪魔してるんだと思ってた。ジェストのゲームをぶち壊そうと出てきたんだとずっと思ってた。そこが間違ってたんだな。


 嫉妬という表現は正確じゃなかった。


 羨ましかったんだな。


『補給部隊到達。前線の小隊は受け取ってください。補給部隊はそのまま突撃に加わってください。城内の小隊は全員準備を。私たちも出ます』


 サムライが走ってきて、僕にトレードを開くようにいう。


 WWは遊びじゃないといったって、ネット上での交流に違いなかった。ディスプレイのむこうのプレイヤーはそれぞれの生活があったし、『僕』もジェストを通して表面上の付き合いをしてきていた。


 CHがそれを崩している。WWとCHの違い。もっとも大きな違いはここだ。


 CHをプレイし始めてから僕らイイリコ小隊は劇的に変わりつつある。ゲームプレイの基本は変わってないけど、互いの意思疎通は密になってるし、僕は今まで知らなかった、キャラクターの向こうにいるプレイヤーを知りつつある。姫代子がボクシングしてることだって、ガートランドが30超えていることだって、ユージンの本名だって、イイリコさんが思ってたより遙かに繊細で責任感が強かったことだって、WWのときには知らなかった。


 エイタローが女の子だったことも。


 僕のことを好きだったことも。


 真琴っていう名前だったことも。


 『僕』が逃げてきたリアルが、仮想の中に存在し始めている。


 それに関わるジェストを羨ましがって、うざったく感じていて、あこがれていて、敵意を持っていて、仲間入りしたくて、自分がなりかわりたくて、


 真琴にいいところを見せたくて。


 でも自分ができるかどうか怯えていて。


 長年培った引きこもり癖に引きずられて。


「おい、速くトレード開けって!」


 疲れるはずだ。ジェストと『僕』の対立だけでも辛いのに、『僕』こと新藤良介は一人の中に矛盾した感情を煮えたぎらせていた。


 自分のことがここまでわからないのも大変だ。最終的に『僕』になにが可能なのかさっぱりだ。


 もしかしたらこの結論が間違っているかもしれない。そうだったらここで僕は一人でゲームオーバーになってしまうだろう。


 だけど決めた。


 イイリコさん達には申し訳ない結果になるかもしれない。今まで迷惑かけっぱなしだった。でも最後、もしかしたら最後、一度だけ。


『イイリコさん、姫代子、ユージン、ガートランド、エイタロー。お願いがあります』


 シカトされたサムライが何か叫んでいるが、今はそれどころじゃない。


『ジェストくん、喋れてるよ』

『今はジェストですから。ちょっとわかりにくい説明かも知れませんが、ダメな僕を押さえつけています』

『頼みってなんだ』

『はい。今から僕は僕を叱咤します。僕を奮起させて、僕をどうにか戦えるようにさせるつもりです』


 なにを言ってるかわからない可能性が高い。


『回りくどい。さっさといいなさい』

『はい。よかったら僕を、仲間にいれてやってくれますか』


 みんなの動きが止まった。奇跡のように、周りのモンスターが全滅したタイミングだった。


 まずエイタローが僕に振り返った。彼女はわかっているだろう。新藤のことは全て伝えている。この戦いで僕がこの結論に達した道筋は理解出来なくとも、いいたいことには気づくはずだ。


 つづいてユージンが振り返った。ヤツとは一度キャラクターとプレイヤーの話をしている。もしかしたら、いや、勘がいいから、わかっているかもしれない。


 姫代子。よくわからんけど、なんでも知ってておかしくない雰囲気がある。僕の欲しい言葉をいつもくれるから、心を読まれていてもおかしくない。


 イイリコさん。どんな突拍子もないことをいっても受け入れてくれる。いつも僕ら小隊員を信じてくれる。


 ガートランド、こいつはたぶんなにもわかってない。


 だけど、


『いまさらなに言ってんだ。お前が誰だって、こいよ』


 こんなヤツだから僕は救われるんだ。


 こい、新藤良介。イイリコ小隊は受け入れてくれる。だから自分が望んでいることをやり遂げられるか試してみろ。死んだら死んだで、そのときは僕が責任持って一緒に死んでやる。どうせお前がいないと成り立たないんだ。


 ジェストほどうまくやらなくていい。精一杯でいい。だけどこの戦場から逃げ出さず、最後まで生き残ることができれば……いや、デスっても死ななきゃ、そのときは……


 そのときは、きっと何かが変わっている。


「お願いします」


 ジェストは協力してやれ。新藤じゃない、協力するのはジェストの方だ。


 僕はトレード画面を開いた。


「くそっ。さっさと開けってんだ」


 回復薬を受け取る。準備はしてやるぞ。


『それじゃあ、みんな。新藤良介をお願いします』


 そして僕は……


 新藤良介への一切の抵抗をやめた。







 ゲームの中がリアルになる。全く言葉通りの意味で、ここで活動している『僕ら』はここをリアルだと認識しつつある。


 典型的なゲーム依存症。今までゲームとリアルを切り離してきた僕にとっちゃ鼻で笑うようなアホ臭さだ。ついに引きこもりが極まって二次元の世界に飛び込んでしまったか。


 だけど実際に『初めて』見るこの世界に、恥ずかしながら僕は魅了された。


 所詮、筐体のディスプレイに映っている映像のはずだ。


 僕は今も狭いカプセルの中で、スポンジに埋もれて寝そべっているはずなのに。


 それなのに大地を踏みしめ、風を感じ、剣戟の音を聞き、目の前のモンスターに恐怖している。


 ありえない。こんなことはありえない。


 ありえないことが起きている。だってWWの時には、ゲームをプレイする際に喋れなくなったり逃げ出したいと思ったり倦怠感を覚えることはなかった。何時間だって操作できた。バイザーで頭が痛くなることはあったけど、ジェスチャーユニットが故障してプレイできないこともあったけど、ゲームの中は僕が活躍できる聖域だったんだ。


 それをCHは奪い去ろうとしている。いや、CHがWWより進化したというのなら、僕がそれについていけていない。


 僕はあと何年WWをプレイできる? CHが商品化されるまでに何年かかる? それよりも、これから先WWをプレイできるような状況でこのキャンペーンを終えられるだろうか。


 WWが無くなったら僕はどうなる?


 イイリコさんを迎えに行く前は、WWをやめて、なにもせずに引きこもろうと思っていた。


 でも今の僕は、ジェストは、なんで抵抗しているんだ。


『時間無いぞ!』


 黙れよガートランド。


 なにもする気が起きない。アバターであるはずのジェストに肉体の重みを感じる。ステータスで設定されただけのものじゃない、何か。


 CHは僕の手に負えなくなっている。ここまでリアルだと、僕の感覚すら直にフィードバックされてくる。ジェストというフィルターを通せなくなっている。でも今まではプレイできていただろ。なんで急にそれができなくなったんだ。ジェストと僕は、どうして争わなけりゃならないんだ。


 ……わかってるよ、ジェストでも僕でもない、ジェストであり僕である誰かが決断した。


 僕は、抜け出さないと行けないのだと。


 そうしないと全てが終わるのだと。


 多数決の要領だ。これからも引きこもっていたい、これが少なくともイイリコさんを迎えに行くまでの僕らの相違だった。だけどリアルでイイリコさんと関わって、ジェストが反旗を翻した。


 エイタローに告白されて、今度は『誰か』が掌を返した。


 今、現状維持を望んでいるのはもはや僕、新藤良介だけだ。


 いや。


 違う。


 ジェストがエイタローの本名を知った時、僕は怖くなった。


 ジェストが僕を侵食してくる。エイタローではなく『真琴』と相愛になりつつある。


 僕を無視し始めている。


 憎い。ジェストがたまらなく憎い。僕が生んだはずのジェストが僕を越えていく。僕にできないことがジェストにできる。


 嫉妬。


 『誰か』はうまいこと言ったもんだ。


 それを邪魔しようとして僕が出てきたのなら、ざまあみろだよ。本当に。


 でも、でもさ。


 どうして僕の手は震えてるんだ。


 情けないんじゃないのか。だってそんな僕にさ、ジェストと『誰か』はチャンスをくれたんだろ。僕だったら簡単にフイにするとわかってて、知ってて、でも万が一そうじゃなかった時のことを信じて、僕を押さえつけるのをやめたんだろ。


『あ……あ、あと、少しだけ……すこ、すこしだけ……』


 モンスターが迫ってくる。僕を置いて行ってしまったって全然かまやしない。ネクロマンサーは所詮直接のダメージソースにならないし、回復薬は全部ユージンとイイリコさんに渡せばすむ。なにより、もうジェストじゃない新藤良介に期待するのが間違ってることは、イイリコさんを迎えに行った時にわざわざジェストを上書きしたことでわかってるだろ。


『準備できたら言いなさい』


 でも姫代子は。


 内気功を使って、突っ込んで来たリザードマンに躍りかかった。


『こんだけ戦ってるんです。あとどれくらい長引いても、そんな変わらねっすよ』


 そんなはずはないのに、ユージンはいつものすました顔で言ってくる。


 イイリコさんが何かを口にした。僕には聞こえなかったけど、それをきっかけにエイタローが前線を放棄して、僕の方に近寄ってきた。


 この数日間やってくれたように。


 僕の手を両手で包み込んで。


 余計なお世話なのに。


 どうせ好きなのは僕じゃなくてジェストなのに。


「……ぼ、僕、僕はジェスト、じゃない……あ、あらふじ」

「ジェストくんで……新藤くんで……」


 深呼吸した。僕ほどじゃないにしても、エイタローは自分の主張を伝えるのが苦手だ。そう思っていた。だけど盾宣言をした時、ジェストに告白した時、僕が予想もしてなかった言葉を、唐突に言うのもエイタロー。


「私が触れてるのは、同じ人だよ」


 全部、全部、ジェストに関係することだった。


 ……ああ。


 今気づくなんて、僕は本当にダメなヤツだ。


 きっと他の人なら意識もしないことなんだろう。キャラクターとプレイヤーが同じだなんて、全然、全く、疑問に思わないことなんだろう。


 そして思い返してみると、ジェストと『誰か』は気づいていた。ユージンとエイタローのことを話した時、確かにそんな会話をした。


 だから一歩踏み出したんだ。


 僕はあのとき、一緒に理解しなきゃいけなかったんだ。これまで避け続けていた人生が邪魔をした。


 いや、そうだ、他に責任を押しつけたがるのは僕の悪いクセだ。


 ずっとそれを知っていながら、改善する気も無かった。


 全ては僕のせいだ。


 いままで起きたなにもかも、僕の責任で……


 それなら、僕は。


 僕はもっとマシになりたい。


「……ま、真琴」


 息を吸え。エイタローがそうしたように、僕も深呼吸するんだ。


 一言の勇気を振り絞れ。


 僕の人生が変わる、僕の人生を変える一言を出せ。


 後戻りするつもりにもならない、立ち止まっていられない、そんな選択をするんだ。


「呼び捨てで、いい?」


 真琴はちょっと驚いたような顔をして、


 すぐに笑顔に戻って、頷いた。

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