ジェストと新藤良介。同じ僕のこの差を探れ
地平線を埋め尽くすモンスターの群れ。初日に見たのと似ているけど、相手のモンスター構成は全然違う。
今のところ人類の平均レベルは適正より少し高い。まだ攻略速度は致命的な遅さじゃない。
震え出す体を押さえつけて僕は走り出した。
イイリコ小隊の最後尾。直前を走るユージンの背中が頼もしく見える。
『目標、スカイラプター。ジェストくん、ブラインド行ける?』
いけない。いやさすがにこれくらいはノータイムでやれよ『僕』。
『い、い……行け、ます』
通信で返事。新藤は邪魔だ。いくらこちらのレベルが高くても、防衛戦は一発ゲームオーバーの可能性が常に存在する。気を抜いてなんていられないんだ。
そしてイイリコパーティの起点は、だいたいにおいてブラインドなんだ。
『エンカウント!』
ジェストが働かなくてどうするんだ!
ジェスチャーマクロ。確認しないと今の僕じゃ正確に入力できない。指で円を描き、拳を握る。
よし、行けっ。
僕の右手から放たれた黒い霧が、スカイラプターの一匹に直撃する。暗闇は……かかっていない!
ちくしょう、スカイラプターは特に暗闇に耐性をもってるわけじゃない。こんなときは運まで悪くなるか。いやいや、今の僕にそういう考えは危険だ。ただの確率の問題だ。一発目の暗闇が不発だなんて珍しいことじゃないだろう。出てくるな、新藤!
もう一度だ。イイリコ小隊は遠距離火力に乏しい。イイリコさんのナイフ投擲を除くと、ガートランドのリーチが多少長いくらい。空を飛んでいる敵はどうにかして近づける必要がある。
前衛職業は、一次職ではなかなか遠距離攻撃を修得するのは難しい。数が少ない上にコストに見合うリターンが得られにくいのが理由だ。遠距離から攻撃するより接敵した時の破壊力、防御力を上げるスキルを取った方が遙かに役に立つ。
だからWWでは「鳥専用ハンター」なる特殊な人種も出てきていたわけで、今は全く関係ない。
もう一度ブラインド。一つの動作に要する気力が段違いだ。
スカイラプターが盲目に陥ったのを見て、僕の視線は地面へと向かった。まずい、気が緩んだ。理由無く下を見るのはまずい。気持ちまで落ち込む。
「ジェストくん!」
エイタローの声で、ジェストが反射的に空を仰いだ。盲目のスカイラプターはきりもみを描いて地面に落ちつつある。そっちはいい、問題は……
元気な方が僕に向かってくる!
しまった、体が動かない。まだ回避には余裕があるというのに、ここで死んで城に戻れと『僕』が縛り付ける。座して死を待つ、新藤の悪徳の中でも最たるもの。
だって命がなくなるわけでもないし。
新藤良介にあらがっている間に、回避は不可能な距離まで接近を許していた。戦闘機に狙われたらきっとこんな感じなんだろう。濁った水色の翼を大きく広げ、スカイラプターの嘴がまっすぐ僕を狙う。
今までデスを覚悟した場面は何回かあった。そのたびに誰かに助けられてきて、でも今回、僕は生き残ってもたいして役にたちはしない。きっとみんなもそう思っているはずだ。僕が苦しんでいるのは知っている。だからきっと、ここでは僕を見捨てる。それが僕のためだと、思っているはずだ。
そう、僕がいなくても……
ドスッと鈍い音が響いた。自分が胸を刺された音だと思った。
死ぬほど痛いけど楽になれる。この後に及んで『僕』はジェストを凌駕しつつある。デスに安堵を覚えるのがその証拠だ。
だけど死んでなかった。
僕に食いつこうとしていたスカイラプターの胸を、姫代子の拳が捕らえていた。
グラップラーの職業特性、カウンターが発動する。誰かに攻撃行動をとっているモンスターを正面から殴った場合、ダメージが二倍に跳ね上がる。条件を満たしたときに自動発動するタイプのスキルで、リチャージは三分。厳密にはスキルではないので、他の職業では修得不可なものだ。
「あんた、いまちょっとホッとしてたでしょう」
地面に落ちるスカイラプターではなく、僕を振り返って、姫代子は言った。
「イイリコ小隊を冒涜するつもり」
そこまで言うほどか。
黙れ。僕は知っている。何度も感じたんだ。何度だって確認するんだ。
CHはともかく、イイリコ小隊はもう遊びじゃないんだと。
姫代子をにらみ返すと、満足したのかしてないのか、彼女は地面のスカイラプターにストンピングを加え始めた。
「いいザマじゃない!」
こっちは先にジェスチャーマクロを入力することで、踏みつける動作の攻撃力が一定時間上がる。というスキルの性質からみると、今のセリフがマクロなんだろう。なんてヤツだ。
今のにらみ返しはいらついてのものじゃない。萎えていた闘志がまだ僕の中にあるのだと、それを伝えるためだ。
だったらいいなあ。
僕らとエンカウントしたのは三体。一体は暗闇で、ガートランドとエイタローが殴っている。一体は姫代子がご褒美中で、残りの一体をイイリコさんが相手している。
『敵後方に変化ありっす。遅れていた本隊、来ます』
戦況を確認しておこう。現在こちらに直接攻撃しているのは全てスカイラプターだ。なぜならここから見えるとおり、東の平原に大きな塹壕のような落とし穴ができ、大砲で攻撃が浴びせられている。事前の説明では、落とし穴は落下ダメージの他、混乱やひるみのステータス異常を与える攪乱系の戦略スキルである。そのため空を飛んでいないモンスター達は一時的に足止めを食らい、スカイラプターが突出する形になった。空と陸、両方攻められるのは視野角的に面倒くさいので、先に空を潰す。
もちろん事前にモンスターの種類がわかっていたわけではないので結果論である。スカイラプターがいなかったら大砲の攻撃ももっと集中して行え、相手への損害はまだ大きかったはずだ。
その先陣が、僕らに対して突進してくる。
リンク。三体目のスカイラプターを倒したのと同時。
わかってるな、僕。ここで躁屍だ。あのセリフはとてもじゃないが言えない。だから事前にジェスチャーマクロを、声を出さないでよいものに変更している。
両手で杖を掲げ、その後、消滅しつつあるスカイラプターに向ける。入力完了。スカイラプターの足下から瘴気が立ち上って、僕に操作権が移った。
そう、体は動かなくとも頭は動く。新藤は相変わらず邪魔をするけど、肉体ほどじゃない。モンスターを操るには思考が働けば十分。
突っ込め!
「デポイズン、いきます!」
スカイラプターを突っ込ませるのと同じタイミングで、ユージンがグリーンスライムにデポイズンを放った。本来は解毒だけど、毒で構成されているグリーンスライムには一撃死の効果がある特殊な魔法だ。命中し、グリーンスライムは跡形もなく消える。
『リザードマンリンク、エイタロー、お願い!』
「僕が相手だ!」
仁王立ちを発動しつつ、エイタローはリザードマンに斬りかかる。ガランスギュエックがそうだったように、リザードマン系のモンスターは火炎を吐く。殴り合いにも強く、だからフレイムピアスと盾役のエイタローがあたるのが最も適任だ。
死ぬな、エイタロー。今の僕は助言を行うほど余裕がない。だから信じるしかない。
どうやったら倒せる。新藤良介に、どうやったらジェストは打ち勝てる?
このままモンスターを倒していっても新藤は消えないだろう。普段以上の疲労がのしかかるから現実的でもない。であれば、どこかでブレイクスルーが必要だ。
起死回生の一手。これを意識しないといけない。戦闘の中に身を置くのは、自分を追い詰める荒療治だ。
MPはそれほど残っていない。スカイラプターは地上にあてるより、空からの攻撃を邪魔させた方がいい、たぶん。ガートランドと姫代子は砦戦でゴブリンレイダーと戦っているはずだ。終盤のちょっとしか見てないけど、タイマンであれば十分渡り合える。
となると、やはり問題はリザードマン。今回のモンスターの中で、ステータス的には一つ頭抜けている。
だけどブラインドは禁物だ。暗闇状態に陥ったリザードマンは火炎の頻度が高くなる。炎耐性装備がフレイムピアスだけで、しかもCHは火に巻かれた際のデメリットが大きい。エイタローには苦い思い出もあるし、暗闇を狙うのはまずい。
となるとやはり対象はゴブリンレイダー。姫代子の攻撃力に期待し、一方的に攻撃してもらおう。頭数を減らせば姫代子がサポートに回れる。
姫代子と接敵しているゴブリンレイダー二匹に向かって、僕はブラインドを撃った。一匹が暗闇。そいつに連続拳を食らわせて、あっという間に瀕死に持っていった。グラップラーやべえな。とするとこれ以上の攻撃力のスパルタンは、ともすれば一撃で殴り殺しかねないってわけか。
よし、なんとか動く。空から攻撃を受けないように注意すれば、前衛の充実しているイイリコ小隊だ、なかなか攻撃はもらわない。
今のうちに考えろ。新藤良介はいじめられて引きこもり、そのまま生身の人間を拒絶して仮想世界に潜り込んだ男だ。その結果、ジェストは高レベルでプレイヤースキルも高い、最も固いナイトになった。
つまり……ジェストがいるのは、ある意味で新藤のおかげなわけだ。
待てよ、僕は新藤を倒す、ジェストで倒すことをずっと考えていた。
それでいいのか?
『ジェストさん、MP尽きました。回復のサポートお願いします』
防衛戦が始まって長い。止めどなく押し寄せるモンスター。だけど人類は一歩も引かずに迎え撃っていた。おそらく押し返す余裕もあるだろう。だけど大砲やハンターの射程を考えると、ここで戦った方がいい。
攻められてはいるが人類は優勢。そこはいい。
問題は僕だ。
ふと思い立った疑念から、新藤の勢いが強くなっている。新藤を敵として見ていたからジェストは奮起していた。だけど今、僕の中で新藤、『僕』が強まりつつある。
だけど考えてみろ。僕は今ジェストだ。だけどそのジェストは新藤から生まれた。そして今ジェストを操作しているのは、やっぱり新藤だ。
前にやったみたいに、新藤良介にジェストをコンバートする。悪くないけど長くはもたない。キャッスル内ならともかく、現実に戻れば僕の戸籍は新藤良介だし、人はみんな僕をそう呼ぶ。あくまであれは、新藤でいる時間が短いからこそできたものだ。
じゃあどうする。新藤が完全に消えてしまうまで叩くことは可能か? 無理だ。同じ理由で、僕はリアルに戻ったらどれだけ嫌がっても新藤良介だ。それは変えられない。
考えろよもっと。新藤を打ち負かすのは現実的じゃない。ジェストは新藤から生まれた。そこから得られる結論はなんだ?
『ジェストさん!』
しまった。
エイタローのHPバーが危険信号。袖を通して回復薬を取る。
いいか、投げ間違えるなよ。エイタローを狙え。投擲スキルがなんだ、僕は砦戦では回復役だったんだ。
自信を持って投げろ。大事なのは速さじゃなくて正確さ。ミスったら回復薬が一つ減って、エイタローは危険なままだ。
よし。
回復役を投げる。命中。これだけの簡単なことが、簡単にはできない。
急げ、急げ。ユージンのMP回復はボスが現れるまで行わない。ボスがいつあらわれるかわからない。だから今、イイリコ小隊は最も辛い時間帯だ。
そんなときに僕がうまく動けないなんて死ぬまでの恥だぞ。
モンスターは減らない。初回の防衛戦は僕らが慣れていないこともあって、そして撃退のための人数が少なかったこともあって時間がかかりまくった。最後のモンスターを倒した頃には日が変わっていた。今回は違う。効率よくモンスターが倒せるように遠距離からも攻撃しているし、プレイヤー達もCHの戦闘システムに慣れている。実際、前二回の防衛戦は短い時間で終わるようになっていたって話だ。
ここからわかるのは、防衛戦は時間制じゃなくて、あらかじめ攻めてくるモンスターの数が決まってるってことだ。それを倒すのが早ければ早いほど、早く終わる。
そして今回、人類は今までに無いペースでモンスターを倒している。大砲六門が大きいし、レベルが適正より高いのも大きい。
でもモンスターは終わる気配がない。
おかしい。なにかおかしいぞ。クエストのときの違和感と同じだ。襲撃頻度と同じ違和感だ。このゲームは一定じゃない。見ろ、最初は余裕があったプレイヤー達が、今は真剣だ。戸惑っているのもいる。
今回の襲撃はなにか違う。
まるで永遠に終わらないような。
そんな気がする。
くそ、くそ、考えろ。何かがあるはずだ。ヒントがあるはずだ。
ちょっとは協力しろよ、新藤良介。待ちに待ったCHだろ。ここで終わっていいのかよ。今までジェストを演じてたんだろ。ここに来て自己主張するなよ。
それともなんだ。
お前は、『僕』は、ここでジェストを侵食しないと行けない理由でもあるのか。
……
くそ。
そうか。
そうだったのか。
心の奥を、自分でも見られなかった奥底を、やっと、ちらりとだけど覗けた気がした。
『僕』があらわれたのは、エイタローの好意に僕が応えた後。いや厳密には、エイタローの向こうにいる『真琴』に僕が応えた後。
ジェストは新藤が生み出した。だから納得がいく。ジェストがエイタローに告白されて答えを出すのに時間がかかったのは、これまで恋愛の経験が無かったことが原因。でもこれはジェストの元である新藤の記憶だ。
ジェストはもともと新藤良介から派生した。だからゲーム内以外の記憶は新藤と共通している。恋愛に疎く、人付き合いが下手で、ボイスチャットだと認識できているからうまく話すことができる。
ジェストはそれを乗り切りつつある。新藤でなく、ジェストは。
新藤良介のやつ、ジェストに嫉妬している。




