今にも壊れそうな君と
「……エル」
「だよー」
かがんでいた上半身を反らし、いつものポーズ。
「どうしたんです?」
「エックスさんからの伝言。『なんか面白そうなことになってるらしいな。無粋なことは言わねえ』」
似てない。
「『実力のほどが見れて満足している。陰口は気にすんなよ』。いあ、エックスさんアーシュアにいるんだけど、サンダマスヴェリアに先に戻ってるって。だからあたし達も今日、クエスト受けて出発するの」
ふうん。
なんか妙にユージンが緊張しているように見える。僕は立ち上がると、ローブについた埃を払った。
……ん? このゲーム。ダメージ以外で外見の変化あったっけ。
「XXXさんによろしく伝えといてください。おかげでずいぶん気持ちが楽でした」
「そうでしょうとも。もし昨日の件で居心地悪くなったら頼っていいからね」
縁起でも無い。確かにノリアキングを躁屍したことについてはこれから問題になってくるだろう。ラメ達は昨晩、夜にもかかわらずさっさと出発したらしい。
「そうならないように努力します」
「あ、うん? ええと、そうだね。それが一番……かな」
「御大もいないんですよね。四人で大丈夫ですか」
しかも前衛がオーシーしかいないし。
「昨日の野良シーフの、宗佑くん、一応確保できたから。あの人、自分の所属していた小隊が砦戦で壊滅しちゃってアーシュアにいるから。後は大帝がいるから大丈夫。逃げ気味に行くし」
「気をつけて」
「まあ死んでも、ここに戻ってくるからね」
挨拶。
「……こえー」
去って行くエリスレルを見ながら、ユージンが一言。
「なにが」
「なにがって……こえー」
だからなにがだ。
エリスレルの登場で送れたけど、メッセージボックスをもう一度開く。相手はもちろんエイタローだ。
『WWの頃……』とエイタローの陥っていた問題を書いていく。
『パーティを抜けたくなったことはありませんか』
ちょっとぶしつけかもしれない。失礼かもしれない。
だけど送っちゃったよ。
返事が来ない。まずかったのか。
ただ待つのもアレなんで、マーシャヴェルナで買った『暗闇のベルタニーシュ』という小説を読むとする。親に捨てられて町の暗黒街で殺人鬼として育ったベルタニーシュの話。 読んだことはない。読書家だったわけじゃないから、なんかの本をそのままコピペしただけでも僕にはわからない。万が一と思ったけどとくになかった。
とすると運営は、あの山のような本の内容を全部書いたのか? まさか、ありえん。適当にキーボードをカチカチ叩いても、あの山のような本を作るには途方もない労力が必要なはずだ。だけど見たところ、少なくともこの本には内容がある。それがだいたい……ええと、396ページ。
馬鹿な。書けるはずがない。どんな技術だよ。
CHのありえない技術力はどこから来ているんだろう。ユージンのせりふじゃないけど、宇宙人の技術だと言われてもおかしくないほどには、今までのVR技術を凌駕している。 現実と空想の境界が曖昧になる。古くから使われてきたテーマだけど、これからさらに進化していくとそうなってもおかしくない。もちろん需要がない、と前に言ったはずだ。だからそれはありえなかったはずが、この有様だ。なんか超技術が使われていないとありえないような代物だ。
なんか怖いなおい。それとも真っ先に体験できたことを喜ぶべきなのか。
メッセージが届いた。
『ジェストくんがいました』
うごお。
しまった、ダメージが大きい。
まさかこんな返事が返ってくるとは思わなかった。どうすりゃいいんだ。なんて返せばいいんだ。
リップサービスか? そうなのか? 違うのか?
結局夜まで返事ができず、僕は食堂に行く。ユージン達が座って話している。
「うお、どうしたん、その顔」
どうした。なにかおかしいのか、僕の顔。
ぎょっとするガートランドとユージンの横に座りながら、自分の顔を触ってみる。鏡ないからな、ここ。
あれ。なんか違和感がある。
「ちょっと、こっちに」
せっかく座ったのにユージンが僕を連れ出した。
「目立ってました?」
「入り口あたりにいたのは、もしかしたら見てるかもしれん」
「ジェストさん、気づいてないんですか」
いや、気づいた。
頬が濡れている。
なんでだ。
「まだ部屋にいた方がいいっすね。ちょっと落ち着いてください」
「今までに無く落ち着いてるけど」
「んならこんな顔で出てきたりしません」
確かにそうだ。てか最近、僕泣きすぎじゃないか。涙腺がどうかしたのか。しかも今回は原因がさっぱりわからんぞ。
「なにがあったんすか」
「いや、特になにも」
「なにもなくて泣く人がどこにいるっすか」
「そりゃそうだ」
「なんすかその返事。やっぱおかしいですって」
「あー、連れて行こう、連れて。メシ食いたいなら持ってくから、俺が」
ちょっと、おい、待てって、ちょっと。
部屋に放り込まれる。この部屋にいたらどうにかなりそうだから出てったのに戻ってきてしまった。
どうしろってんだ。
その後ガートランドが夕食を持ってきてくれて、でも二人ともすぐに出て行く。少しくらい話し相手になってくれたっていいじゃんよ。
でも、まあ、しかたない。他に話せる人はいないか。もちろん直接的な言葉じゃなくて。
イイリコさん、はダメか。姫代子もそうだけど、二人ともエイタローと親しい。それにあの二人から僕への助言は大体もらってるはずだ。姫代子からは直接的に、イイリコさんからはこれまでの関わりを通して。
となると他にこういった相談ができそうなのは……ルシェ
いや、やっぱ自分で考えよう。あんまり他人に頼ってもいられないし、そこまで相談できるほど仲が良いわけじゃないし。それに酒盛りの時に女性陣の言葉は大体聞いている。そういうわけでエリスレルもナシだ。
……ええと。
エイタローか?
さすがにないだろおい。本人に尋ねるのはおかしいだろ。
おかしいよね? それは僕もわかってるよ。
だからとりあえずおいておこう。
おいておくにしてもやっかいだ。日付が変わってしまった。
返事の期限。今日の夜、いや、ぎりぎりまで引っ張るのもなんだし、今日の夕方頃までには結論を出さないといけない。
じゃあ出せそうか、というとこれが微妙。
どうにも難しい。
そんなに悩むほどエイタローのことが嫌いか、と僕のなかの怠惰成分が呼びかけてくる。
違うに決まってるだろ。嫌いならこんなに悩まない。
繰り返しになるけど、僕はエイタローが好きだ。だけど告白に答えるかというと、それはまた別種の問題になる。僕はまだ、今の自分の気持ちが友人として好きなのか、恋愛として好きなのかの区別がついていない。
息苦しい。やっぱこんな狭い部屋のなかで考えるから悪いんだ。
顔を触ってみる。よし、今度は気づいてないうちになにかあったりとかしてない。
外に出て風にあたろう。ちょっと頭が茹だってるだけで、落ち着けばいい考えも湧くさ。
食堂からはまだ騒ぎが聞こえる。調子に乗ってるとまた食糧難になるぞ。
外、といってもいくつかある。中庭、塀の上、砦の外。外はモンスターがいるから現実的じゃない。風にあたろうって言うんだから塀の上に行こう。
石造りの塀。いやに高い。高所恐怖症じゃないけど、それにしたって下を見るのはちょっと勇気がいる。そんな高さ。人里離れた砦だから、辺り一面木と岩の山の中。明かりもないから全然面白くない。
逆に空は綺麗だ。大きな月が浮かんでいて、無数の星が瞬いている。天の川のような星野帯もあって、およそ現代の日本では拝めない絶景といえる。
風が涼しい。そろそろ暑くなり出したけど、夜はやっぱり少し肌寒かった。
おお、いい感じじゃないか。体も冷えるけど頭も冷える。
冷静に考えられるぞ。
そのときちょっと離れたところでドアが開く音がして……きっと僕と同じように眠れない人が、気晴らしの散歩でもしようと思ったのだろう。
ただそれが、まさか、
エイタローだとは思わなくて。
特に興味もなかったから、そのまま空を見ていた。
足音が近づいてくるから、もしかして知り合いかなとは思った。
「……こんばんわ」
僕は星を眺めたまま、固まった。
聞き覚えのある声。確かに僕の知り合いだ。
知り合いもなにも、同じ小隊だ。
同じ小隊で、つい一昨日、僕に向かって好きだと言った、エイタローの声。
どうしよう。見るべきだ。だけどなんか、動けない。
「……こっ」
これは反則だろさすがに。いや、でも僕がここにいるって知ってたわけじゃないし、エイタローだって僕を見つけて驚いたかもしれないじゃないか。
そう、もしかしたらエイタローだって、ただ単純に眠れないから……外に……
「こんばんわ……その、寝ないの?」
「うん、まだ眠れなかったから」
「そ……そう」
なんで? って聞くまでもないだろそこは。
昨日の夜に徹夜して今眠れないんだから、僕が原因なのはほとんど間違いない。昨日の徹夜も僕が原因だ。
しまった。こんなタイミングで会うとは思ってなかった。完全に準備不足。
顔を見たい。けど動けない。
どうにも手が汗ばんで止まらない。
しばらく言葉もなく、僕らはたたずんでいた。僕の方はそんななまやさしいものじゃなかったけど、とにかく第三者がもし見たらたたずんでいたと思うだろう。
エイタローの様子はわからなかったけど、僕と同じように空を見ているようだった。ような気がした。
果てしないほど長い時間が経ったように思う。
思い切ってメニューを開いてみたら、僕が出てきてまだ十分くらいしか経っていなかった。安心したけど、この寒空にあまりエイタローをおいておくのもなんだと思う。
「……」
でも声が出ない。貝みたいに口が閉じて動かない。
これはまずい。
「あの」
声をかけられた。心底びびった。
「あの……」
その後が続かないので……相変わらず動けないままいぶかしんでいると、ローブを掴まれた。
「ごめん、なさい」
は?
なにを謝ることがあるんだ。一連の出来事のどこでエイタローが気に病んだんだ。
気がつくと、僕はエイタローを見ていた。俯いてて表情が見えない。
「おい、エイタロー……」
肩を震わせて、僕の服を掴んだまま、俯いてて。
なんだ、いったいどうした。
「ごめんなさい」
わけがわからんぞ。なにに対して謝ってるんだ。
謝るのは僕の方だ。告白への返事を延ばしただけじゃなく、僕のわがままに付き合わせた。人付き合いに未熟な僕のせいで、エイタローに迷惑をかけている。
それなのに、どうしてエイタローが。
声をかけないと。
なんて言えばいいんだ?
「エ、エイタロー、どうしたの」
顔が見えない。表情がわからない。でもわかる。わからないヤツなんていないだろう。
エイタローは泣いてる。
「どうしたんだって、ねえ」
頭一つ低いエイタローの顔を見るために、僕は中腰にならないといけない。
のぞき込もうとすると、それを避けるようにエイタローは膝をついた。冷たい石畳の上に。慌てて僕も片膝をつく。
月しか明かりのない夜、顔は暗くぼやけている。
ローブを掴むエイタローの手に体重がかかっているのがわかる。
逃げたんじゃない。
立っていられなくて、かがんだ僕に引きずられるように座り込んでしまったんだ。
今も手を離せば、おそらく伏せってしまうんじゃないか。
嗚咽を上げるエイタローに対し、僕はなにができる?
涙を流す女の子に対してなにができる?
支えてやろうにも手が動かない。彼女の体に触れていいのかもわからない。
「……れて」
蚊の鳴くようなか細い声を、僕は聞き取れなかった。
「なに?」
「わす、れて」
忘れて。
エイタローが絞り出した言葉を、今度は理解出来なかった。
なにを忘れる。
やりとりしたメッセージの最後、『ジェストくんがいました』か?
それともやりとりした全てのメッセージについてか?
エイタローが僕に告白したことか?
エイタローが僕のことを好きだという、その事実か?
馬鹿な。
できるわけがない。
やっちゃいけない。したくない。
僕が生まれて初めて言われたかもしれない、告白。
それだけじゃない。エイタローからの告白。
忘れようとして忘れられるもんか。
「いやだ」
「なにもなかった。明日からは……また、前みたいに」
「無理だ」
「それがいい、よ。だって……だって私なんて」
だめだ。
その先を言っちゃだめだ。
それだけはなんとしても止めないと。そう思った。だから本当になにかしないと、エイタローがどうにかなってしまう。
もはや救いようのない所まで落ちてしまう。
僕はノープランだった。だからいつの間にかエイタローを抱きしめていて、そのことに自分でびっくりする。
エイタローの髪が頬にこすれる。甲冑を着てない、と情けないことにようやく気づいた。エイタローは部屋着だった。麻の服の下、華奢な体の感触がある。
僕はとんでもないことをしてしまったんじゃないか。
ふとそんな懸念が頭をよぎった。
エイタローの言葉は確かに止まった。だけどかわりに、しゃくり上げるような体の震えがどんどん大きくなっていく。
「忘れろなんて言うな。嬉しかったんだ」
こうなったらもう、自分の心に従って言葉を出していくしかない。頭でこねくりまわしたような答え、なんだってエイタローに不誠実だ。
「僕、あのさ、引きこもりだったから……誰かに好きだって言われたことなんて一度もなかったんだ。エイタローが僕のことを好きだって知ったときも、言葉であらわせないくらい驚いた。まさかこんな僕を好きになってくれる人がいるなんて思いもしなかった」
エイタローの両手は、今はローブを千切らんばかりに強くなっている。
「やっぱり嬉しかったよ。でもさ、その……自分の気持ちがよくわからなかったんだ。エイタローに感じてる自分の気持ちが、どんなものなのか」
抱きしめているからわかる。エイタローの体が硬直した。
緊張か恐れか。
もちろん、エイタローの恐怖がなにに対してなのか、わかってる。
「エイタローに応えるにも、僕の気持ちが友人以上じゃなかったらエイタローに失礼だと思った。だからどうしても、自分の気持ちを知る必要があったんだ。呆れるだろ。25の男がこの様だもんな。きっと他の人ならぜんぜん気にしないんだ。ユージンとかなら、それこそすぐに見つけてしまうんだ。僕にはそれができない」
エイタローの手が、ふと緩んだ。
「できなかったから、エイタローに迷惑をかけた。他のみんなにも、小隊のみんなにも迷惑をかけた。ごめん。謝らなきゃいけないのは僕の方だ」
風が吹く。あたりはなんの音もしない、静かな夜。
エイタローが僕の腕に手をかけた。そのまま顔を持ち上げて……だから、だから目の前に、エイタローの目が。
月の明かりは色を消す。だけど泣きはらした真っ赤な目が、見える。頬を伝う涙の跡も、まだ乾かない瞳の潤みも、驚くほどの近くで見える。
外見はアバターだ。だけどその中に、確かにエイタローはいる。アバターを動かし、感情や五感を共有するプレイヤーのエイタローが、存在する。
エイタローは何かを言おうと薄い唇を動かして……結局、なにも言葉はでてこない。
「小隊より深い仲になるってことがどんなのかわからなかったんだ。だからそうなるのが……怖かったんだと思う。さっきエイタローが言ったみたいに、僕も心のどこかで、告白前に戻れたら、なんの心配もなくて、今まで通りで、いられたんだって、思ってたんだ」
でも、時間は戻らない。
いや、エイタローの気持ちを知ってしまったのなら、戻ったって意味はない。
「前に戻って、それでいいわけないだろ。戻ったってエイタローは僕のことを好きなんだろうし、僕はそれに気づいてないアホだ。そんな状態、許せるもんか」
エイタローが顔を伏せた。いや違う。
僕の背中に両腕が回ってくる。
僕の耳に、たぶん、おそらく、エイタローの耳が触れて、また髪の毛の感触。
そのとき、ストンと、自分のなにかがはまった。
エイタローに告白されて、その後。ずっとエイタローのことを考えて、エイタローと夜通しメッセージをやりとりして、自分が泣いていることに気づかないほど取り乱して、エイタローの涙を止めようと必死になって。
ああ、僕ってヤツは結局、最後は頭で考えないとわからないんだな。しかも抱きしめてもらわないと、それもできなかった。
「僕ら、これから仲良くなれる。今よりずっと、ずっと」
なんせ僕、覚えたしな。人の気持ちを知ろうとすることと、自分の気持ちを知ろうとすることを、この年になって、やっと。
「好きだ」
だから、僕ら、これからだ。




