エイタローがエイタロー(♂)だったころ
「クエスト?」
食事後、目をこすりながら外に出る。ガートランドとユージン。姫代子はエイタローの所に行った。中庭には多くのプレイヤーがいて、出発の準備をしている連中もいる。
「いいけど、戦闘あるならイイリコさん達に連絡取らないと」
「ないっす。てか、すぐに達成できるものじゃないんで」
なんの話だ。
「ここからサンダマスヴェリアに武器防具を届けるクエスト。一定以上のプレイヤーが達成すると、城の販売品のランクが上がる。そろそろ武器も心許ないっしょ」
ふうん。
クエスト『武器防具輸送』。200ある砦の装備をサンダマスヴェリアへと輸送する。武具は一つにつきアイテムインベントリを10占有する。僕の筋力は16で、インベントリは全部で20。回復薬やコウモリの羽なんかで12埋まっているから、今だと一つも持てない。一番筋力の高いガートランドにコウモリの羽を渡して空きを作った。
すでに先行プレイヤー達がいくつか持って行っており、残りは128。次の防衛戦には間に合わないだろうけどやっておいて損はない。
「そういや、ガランスギュエックのドロップってなんだったの」
「不明っす。獲得したっていうプレイヤーがいませんから」
なんだそりゃ。
少なくとも僕、ルシェイナ部隊、XXX部隊、宗佑部隊とハンター、シーフの数人に聞いた限りはいない。
僕らが話してくると、見覚えのあるランサーが歩いてきた。周りをキョロキョロ伺いながら、リューだ。
「おいす」
今更なんの用か知らないけど、とりあえずドロップ品はないぞ。あっても渡さないけど。
「いや、いいのよ、もう、それは。逃げたの俺たちだし。それを謝っておこうと思って」
「別にどうこういうつもりはないです。結果的に本隊に僕らのこと伝えてくれたんで、むしろ感謝してます」
「そういってくれると助かるよ。ほら、ロクサニウス、うちのスパルタンだけど、ああいうヤツだけどいちおう俺の小隊員だし、攻撃に必要だからはずせないんよね。つきあいも結構長くてさ」
リューの話によると、ロクサニウス以外のリュー小隊は僕らのことを嫌っていない……というより、どうでもいいらしい。小隊内でのロクサニウスの発言権が強いからそんな風になっているとのことだ。
「俺もさ、ドロップがもらえるならまあいいやって思ってさ。だからノったんだけど、悪いね。なんつーか、まさかあそこで突撃するとは思わなかったから。こう……中途半端なんだな、昔から」
「それはいいですけど、僕らと話してるの、ロクサニウスさんに見つかったらまずいんじゃないですか」
「そうなんだよね。あいつまだ起きてないと思うけど、そんなわけで、そんじゃ」
去って行った。なんだあいつ。
僕らはクエストを受ける。僕が1、ユージンが1、ガートランドが3。これがナイトだと4はいけるわけで、メイジの、特にネクロマンサーの貧者っぷりは凄い。
「防衛戦まで日はありますけど、まあ、出発は明日ってことで。今日はゆっくりしてください」
とは、エイタローへの返事を待ってからということが言いたいんだろう。僕の答えが出るまでは小隊を組まないという考えのようだ。
僕はメッセージボックスを開く。新規作成、送信先はエイタロー。
『輸送クエスト始めました』
送信。
なんで敬語なんだろうか。でもなんか、こう、タメ口がはばかられるというか、文章で口語を書くって苦手なのよね。
即レス。
『僕は3持ってます』
さすがサムライ。てかエイタロー達もクエスト受けてるのな。
こんな風に、僕らは頻繁にメッセージのやりとりをしている。どうでもいいことからどうでもいいことまで、とりあえずなんかあったら。
僕が今まで、いかに他人に興味を持ってなかったかを埋め合わせるために。
プレイヤーとしてではなく、人としてのエイタローを知るために。
ん、ちょっと待てよ。
MMO内で恋人ができた。結婚もした、という話はよくある。でもあれはアバターでのことで、たぶんロールプレイの一種だと思う。実際リアルまで発展した例もあるけど、あくまでゲーム内でのことだ。
そして僕らは今、ゲーム内だ。
これは『ジェスト』と『エイタロー』の関係なのか? それともそれぞれ中の人についての関係なのか?
なんか深く考えると頭が爆発しそうだ。ジェストは、今、僕だ。だけどこれは他のMMOで言ったら画面内のアバターが一人称視点になっているわけで、つまり僕が見ているエイタローもアバターのエイタローである。本人にはあったけど、容姿や服装はまるで違う。僕っ子なのもネナベ時代の名残で、だからゲームが関係ないリアルだと違うはずだ。
……んん?
僕が告白を受けたエイタローって、誰だ?
「ユージン」
「なんすか」
「僕って、ジェストだよな」
「またなんか難しい方に考えてるっすね」
やっぱ余計な考えかな、これ。
「お前はユージン。でもさ、本名ってあるじゃん」
「ユージンが本名っすよ。勇ましく仁に篤い、勇仁」
なんだと、そうだったのか。てかそんな簡単にバラしていいのか。
「でも言いたいことはなんとなくわかりました。つまりエイタローさんは、キャラクターのジェストに惚れているのか、それとも中の人であるジェストさんに惚れているのか、でしょう」
さすがに鋭い。
「確かに興味深い疑問っす。特にジェストさんは他のプレイヤーに比べると、リアルとの違いが大きい」
ろくに喋れんからな、そりゃ。
「リアルで俺に会ったとき、どう思いました? 全然違いました?」
「や、一瞬でわかったよ。こう、同じなんだな、雰囲気とか」
「でしょう。俺もわかりましたよ。立ち方とか仕草とか、同じですもんね。だからジェストさんは特殊な例外として、過度なロールプレイをしてない限り、このゲームだと本人ってことでいいと思いますけど。マッスル大帝、弟もいるんでしたっけ? さすがにあの兄弟がリアルにいるとは思いたくないっすね」
「エイタローもそう?」
「そりゃまあ、本人にきいてみないと確かなことは言えませんが……ああ、そうっすね。エイタローさん、ネナベでしたもんね。バレバレでしたけど」
なんだと。いや言われてみれば確かに、と思うけど言われなきゃわからんかった。
そういうの多いな僕。
「しかしまあ、ジェストさんがそんなに考えるくらいならこのゲームも成功なんじゃないっすか」
「なんの話?」
ユージンは頬を掻きながら、
「それだけリアルってことでしょう。少なくともWWまでなら、そんな疑問はなかったはずっすよ。リアルと、ゲームのどちらかなんてはっきりしてたっすから」
なるほどと思う。そうか。僕がひっかかっていたのはそこか。ゲームのせいか。
リアル、リアルだと思っていたけど、最近ははっきりと意識することはなくなった。僕らはすでに長い時間をこのジンジャーゼルで寝食し過ごしている。いくつか致命的な差異はあれど、ログインし続けて違和感がないほどにこのゲームは自然な振る舞いをする。
僕はそれに惑わされていた、としておく。ゲームと現実との区別が曖昧になってきていて、だから妙な所にひっかかって『エイタローは誰なのか』とかばかげた疑問を抱いてしまったのだ。
エイタローはキャラクターネーム。だけどその向こうには、確かにキャッスルで会った彼女がいる。本名も知らないけど、エイタローと同一人物だと確信できるほどにそっくりな仕草の彼女がいる。
はっきりしてきたぞ。ふらふらしていた思考がまとまり始めた。僕が理解しなきゃいけないところがわかってきた。
順番に、順番に。僕が僕の心を知る順序。
詰まるところはそこだ。
エイタローを操っている、リアルの彼女。
僕は彼女のことを知るべきなんじゃないか。
いや、知りたいんだ。このエイタローというアバターを通して、その奥にいる彼女のことを知る。
僕はずっとそれに無関心だった。だから姫代子がボクシングをやってるとかも知らなかったし、ユージンが意外と腹黒いのも気づかなかった。エイタローが女の子だったことも、僕に好意を寄せていたことも気づかなかった。
以前の僕なら、少なくともCHを始める前の僕なら、それを煩わしいと感じていたと思う。引きこもりから連れ出そうとしたクラスメートを追い返し、説得する両親を唾棄し、仮想世界へ入り浸った、これまでの僕なら。
でも今は違う、断じて違う。
イイリコさんを迎えに行ったとき、僕は一度思い知ったはずだ。
この七日間は、遊びではいられないと。
ジンジャーゼルは第二の現実と呼べるほどに完成されている。その生活のなかでは、今まで遊びだったものが変質していくのだと。
もう一度気合いを入れよう。
エイタローに誠実に。僕自身に誠実に。
とは言ったものの、どう話せばいいかわからず。
結局は一人で考えるしかない。結構なことに、今までの僕とは全く違い、今はエイタローのことを知りたいというポジティブな考えがある。やる気がある。
少し昔を思い出してみよう。WWプレイ時代だ。
エイタローがイイリコパーティに所属するようになって四年。最初に会ったときから大人しい印象があった。でもプレイスタイルはガチガチの肉弾戦派で、ホーリーナイトの僕の隣で最前線を張っていた。にも関わらず後衛の把握をしようとして死んだりすることも多い。
パーティプレイでは大事なことだけど、キャパシティが足りないなら自分の役割を果たすことに留意すべきだ。だから僕と姫代子はかなり口を酸っぱくしていた。指揮官ぶるのは悪い癖だと思っていたけど、それがエイタローの性格だと気づいたのはイイリコさんに言われてからだ。
指揮官ぶるのではなくて、全員を気にかけてしまう。万一貧弱な後衛に攻撃が飛べばダメージは前衛の比じゃない。それが心配で、だからエイタローは苦しんでいたはずだ。ユージン、イイリコさん、ガートランドは、僕からしてみればまったく心配の無い最高の後衛メンツだけど、そしてそれはエイタローにとっても同じだったろうけど、それでも安心していられない。結局それが意識して外せるように、つまりサムライとしての役割を全うすることに注力できるようになったのは一年ほど前。
それまでのエイタローの心持ちはどんなのだったろうか。
自分がよかれと思っていることが否定され、そして残してきた実績から忠告の方が正しいとあからさまにわかる。でも改善するには、その状態は長かった。非難まではいかなかったけれど、快く思われていないのは確か。イイリコさんはそういう、効率が個性を殺すことを嫌うけれど、それが原因で死んでばかりいるとエイタロー自身も泥沼にはまっていくから彼女を全肯定もしない。
ガートランドは言いもしないが否定もしない。ただしエイタローがピンチの時はすぐにフォローに入るし、結果としてそれがエイタロー自身に欠点を伝えることになっている。ユージンも同じだった。回復の頻度が明らかに多いと、それだけでエイタローのプレイがおかしいと伝えているようなものだった。
エイタローにしてみれば、いっそのことたたき出してくれた方が楽だったのではないか。
それでもエイタローはイイリコパーティにいたし、だから僕も疑ってはいなかった。向上心があるヤツで、僕と同じくイイリコさんのところが居心地がよかったのだとずっと思っていた。それはそうだろう。だけど思い返してみると、エイタローはずっとずっと苦しかったんじゃないかと思う。
メッセージボックスを出す。
「ジェストさん」
ぎく。
うわ、やべえ。そういやすぐ近くにユージンとガートランドがいた。忘れてた。
「今、えみさんから通信が入ってるんですが」
「は? えみさん?」
それをなんで僕に伝える必要があるんだ。昨日の二人を見ていたら、別に通信していてもおかしくはないけど。
「いや、ルシェイナさんがジェストさんに通信したけど出なかったみたいで」
言われてメニュー画面を見直してみると、確かに着信が入っている。いつだよおい。二分前か。全然気づかなかったぞ。
「あ、ホントだ。かけ直す」
「大丈夫です。ルシェイナ隊、今から出発するみたいでその連絡っすね」
「よろしくいっといて」
「うす。別に出て行けって言うんじゃないっすけど、考え事してるんなら部屋に戻ったらどうっすか。ねえガートランドさん」
「なんで俺にふるの」
「だってそうしないと、ガートランドさんいないみたいじゃないっすか」
「いるよ? ずっといるよ俺、ここに」
まあ……ありがたく甘えておくか。他にしなきゃいけないこともないし、何より優先しなきゃいかんことだもんな。
立ち上がろうとした僕の両肩に、手が置かれた。
「どう、進んでる?」
声が振ってきた。
見上げると、エリスレルがのぞき込んできている。




