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キャッスルガード・ヒーローズ  作者: 栗原寛樹
第四次侵攻 あるいはいかにしてジェスト青年は答えをだすか
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現実と虚構の狭間 恋と自我の間

 眩しい。これが朝チュンというやつか。


 隣にエイタロー。寝息を立てて、僕に寄りかかっている。


 やってねぇよ。そんな度胸あるはずないだろ。屋外だしここ。


 あのあと、エイタローはいきなり崩れ落ちた。突然死かとびっくりしたけど、なんのことはない。寝ていただけだ。なんかデジャブだな。


 部屋に戻そうにもエイタローの部屋はわからず、かといって僕の部屋に連れ込むのも気が引けて、結局僕のローブをかぶせて風のあたらないところにひっぱってきた。だからここは、入り口前のなんのためにあるのかわからないちょっとした横穴だ。たぶん、荷物なんかが通るときにいったん身を避けるところなんだと思う。


 二人で座っているとちょっと窮屈だけど、寄り添うことで暖かいからいいだろう。


 何時間だろうか。メニューを開いてみると六時。日が変わった頃にここに来て、エイタローと話して、だから五時間以上はこうしている。


 凄い目が重いけど、眠れそうになかった。


 隣にエイタローがいるんだよ?


 眠れるわけないじゃん。


 だから目をこすりながら、僕はずっと座っていた。


『ジェストさん、どこいます?』


 ユージンからの通信。応えるとエイタローが起きてしまうかも知れない。


 だから通信は無視して、メッセージを送った。しばらくして近くの扉が開いて、ユージン達があらわれる。


 ユージン、姫代子、イイリコさん、ガートランド。


 何かを言おうとする前に、僕は静かに、というジェスチャーを取った。姫代子が呆れたように手を動かして、しばらくするとメッセージの着信が入る。


『部屋に連れてく。風邪引かせないで』


 それもそうだ。でも起きるんじゃないか。


『起こしていいから。あんたも寝なさい』


 眠れんけど。それに今日はサンダマスヴェリアへ出発する日だ。


「いいから」


 差し出された姫代子の手をとる。まあ、こういうことは姫代子に従っておいて悪いことはないだろう。僕はともかく、エイタローは大事にされている。


 エイタローは僕に寄りかかっていたので、崩れないようにイイリコさんが支えた。体がすげえ痛い。何時間も同じ姿勢だったからな。石の床も壁も固かったし。


「凄い眠そうだぞ。大丈夫か」

「平気平気。なんか眠れそうになくて」

「それってやばいんじゃないか」


 大丈夫だって。


 エイタローをお姫様だっこで抱え上げる姫代子。本来は僕がやるべきなのかもしれないけど、


「あんた、倒れるからだめ」


 そこまで力は弱くない。確かに筋力判定は微妙だけど、抱えきれないほどじゃない。


「そうじゃなくて、倒れるからだめ」

「ジェストくんも一度、部屋に行って横になりなさい。昨日も徹夜だったんでしょう」


 ああ、そうか、そういや二日間徹夜だっけな。


 なんかそう思うと、急に眠気が襲ってきた。


 一瞬前まではそのまま戦いに出ても大丈夫そうだったけど、


「あ、これ、やばい」


 足下がふらついて、立っているのが恐ろしくおっくうになって、


「ジェストさん」

「ジェスト!」


 ガートランドが支えてくれたけど、それもほとんど認識できないまま、僕は眠りに落ちた。





 

 夕方。


 夕方だよおい。


 ベッドで目覚めた僕は思いっきり焦る。いくらなんでも寝過ぎだよマジで。


 時間は午後四時二十分。今から出発してもすぐに日が暮れる。


 おいおい、しまった。誰か起こしてくれよ。別に急いじゃいないだろうけど、ノリアキングの件がある。早いにこしたことはない。


 それに、そうだ。


 エイタローどうなった。


「さっき起きた」


 風邪引いてないか。


「大丈夫」


 そうか、よかった。


「あんたね、七月っていっても、なんでまた外で夜を明かしたりしたの」


 うおおい! 姫代子さんなんでここにいるんですか。


「説教しようと思ってさっき来たのよ。なんで部屋に連れて行かなかったの」

「だってエイタローの部屋、知らないし」

「ここは知ってるでしょう」

「だだだ、だめだろそれ、いきなり連れ込んじゃ」

「あのねえ」


 姫代子はため息をつく。ああ、僕のこと馬鹿にしてるな。


「誰も心配してないから、そういうの。たぶんエイタロー本人も」


 微妙な気分になる。


「てかあれだろ、姫代子と二人で部屋にいるとあらぬ疑惑が」

「誰も心配してないから、そういうの」


 ちょっと落ち込む。


「いい? これからは外で寝かせたりしない。泣かせたりしない。思わせぶりな行動はしない」


 説教が始まった。


「あの子心配性の上に、あんた時々なに考えてるかわかんないから、できるだけ話してあげて。難しいことでも、くだらないことでも」


 頷きながら聞く。


「あたし達も空気読むから、小隊行動中はあんまりいちゃつかない」


 ぶっ。


「恥ずかしくても困ったらユージンに相談なさい。ガートランドは、まあ、ユージンがいなくて暇があったら、話半分に」


 あいつっていつからこんなポジションになったんだろう。


「あと、がっつかない」


 うんうん。


 ん?


「それって」

「皆まで言わせるつもりなら殴るからね」

「ごめんなさい」

「あんまり口幅ったいのは嫌だけど、これぐらい言っておかないと、あんたなにするかわかんないから。別の意味でもね」


 足を組んだまま、壁に向かってため息。


「気になるのもいるし」

「なんて?」

「なんでもない。そろそろ夕食だけど、食べる気あるならみんな呼ぶわよ」


 そうだな。


 そうしようか。まだ砦攻略が終わってから、全員で食事してない。






「……」

「……」


 対面にエイタローがいる。


 すっげえ気まずい。


 なんか気まずい。


 なんでエイタローと僕を正面においた。こうなることは予想できていただろうに。


「なんかこっちでの食事も慣れてきたわねえ。いくら食べても太らないなんて幸せ」

「イイリコさん、むっちゃ食べるね」

「文句ある?」

「ちょ、フォークはまずいって!」


 隣は平和だ。和気藹々と四人が卓を囲んでいて、僕らは完全に無視されている。


 何がしたい。見せしめかなんかか。それともあれが姫代子の言う「空気を読んでいる」のか。


 とにかく間がもたない。


 別に飯を食うときに一人でも平気だったし、ユージンたちと食べている時も会話がなくても問題なかった。そういうふうにできていると自分でも思っていた。


 エイタローの時はそうじゃない。


 ガチガチに固まっているエイタローと、ガチガチに固まっている僕の、なんかお見合いみたいな構図。たぶん端から見たら笑える。


 僕ら、これからだったはずだ。


 一歩目から先が見えない。


 勇気を振り絞って、なんとか声をかけた。


「あの」

「は、はいっ?」


 なんだその反応。


 異様に元気な返事をしたエイタローに僕はびびる。


「ご、御飯、食べなよ。さっきから全然……」

「あ、う、うん。そそそうだね、食べる」


 なんか静かになったと思ったら、四人がこちらを見ていた。


 その目やめろって、楽しそうにすんじゃねえって。


 勘弁してください。


「はいはい、そろそろいじめは終りねえ」


 手を叩くイイリコさん。なんだと。


「ジェストくんもエイタローくんも、お疲れ様」


 ええと、そういう言葉でいいのか。


 でもイイリコさんが助け船を出してくれたから、なんかちょっと、気が安らぐ。


「いい結果になって私も嬉しいです。これからいいお酒の肴にもなるし」

「ヒュウーッ」

「イイリコさん、極悪ーっ」


 男二人のヤジはどうにかならんか。姫代子はよくわからん表情で水を飲んでいる。


「で、これからなんですけど、今日はもう遅いけどすぐに出発。明日の朝だと間に合わないから」


 なんだって。


 慌ててカレンダーを見ると、思った以上に七月の第二週火曜は近かった。今日が六日の第二週日曜だから、明後日じゃないか。


「はいそこ、大丈夫です。今から出れば間に合うから。ただまあ、ちょっと強行して早く着いておきたいので、ガン逃げで行きましょう。索敵しながら三日。私たちのレベルなら夜間戦闘のデメリットを差し引いてもモンスターはザコです」


 エイタローのことにかまけててカレンダーを見てなかったのが災いした。イイリコさんは笑っているけど、人はたまに怒りより恐ろしい笑いがある。


「急げば明日の日付が変わる頃にはアーシュアにつけます。マップがわかって最短ルートもあるしね。今から三十分は準備。私と姫代子ちゃん、回復薬。ユーくんとガートランドくん、むこうの、特に嫌悪派の情報、なにかないか聞いといて」

「うす」


 どうして僕とエイタローにはなにも言わないんだ。


 困惑していると、イイリコさんは満面の笑みで、


「二人も今のままだと足手まといだから、三十分でどうにかしてね」


 うっほほおい、やっぱ怒ってるぞこの人。







 みんなが出て行って、食堂に僕とエイタローの二人。


 二人になると、エイタローはまだ固まっている。僕の方は、エイタローほどじゃない。どうにか気にかける余裕がある。


 じゃあここは僕がやらんと。


「と、とりあえず、出よう」

「あ、はい、うん」


 動きがぎくしゃくしている。この、視線がずっと動かないのはエイタローが緊張している時の特徴なのだろうか。


 確かにこれだと戦闘でも使い物にならない。いざとなれば多少はマシだろうけど、全面的に信頼するのは無理がある。


 そういや……この食堂にも、人がほとんどいなくなったな。多くは昨日のうちに出発したってことか。


 連れだって外に出ると、夕焼けが綺麗だった。中庭の隅で、昨夜みたいに二人で腰掛ける。


「あんまり緊張しないで。こっちまでなんか落ち着かない」

「う……だって、まさか、こうなるなんて」


 自分から告白しておいてそれか。


「あ、いや違くて、その、こうなったら嬉しいなって、ずっと思ってたんだけど、あのとき……その、あのとき、なんか、急に」

「あのとき?」

「うん……二日前、なんか急に我慢しきれなくなったっていうか……怖くなったっていうか……」


 二日前っていうと……エイタローが僕に告白した日か。


 そういや前後のエイタローの動き、不自然だった気がしなくもない。


「一応言っとくとさ、僕、思ってるよりダメなヤツかもしれない」

「え?」

「エイタローに迷惑かけるかも知れない。そんな時ってさ、我慢するなよ。きっとその方が、僕のためでもある」


 目を瞬かせているエイタロー。


「ちょっときつくやってくれた方がいいんだ。ずっとぬるま湯だったから。して欲しいことがあって、そんな時も、遠慮ナシで」

「あ……うん」

「ほら」


 右手を差し出す。


「握手。よろしく」


 おずおずと手を取るエイタロー。


「よろしく……って、なんか変だよこれ」


 そんなでもないだろ。これからよろしくなんだ。


「じゃあ、その……早速なんだけど、その……」

「なに」

「その……やっぱいいや、恥ずかしいし」


 なんだよおい。そんな恥ずかしいことさせようとしたのか。なんかつっこむのも気が引けるけど、遠慮するなと言った手前がこっちにもある。


「言ってみな」

「いいって、本当に」


 逆に気になるじゃないか。どんな恥ずかしいことさせようとしたんだ。


「じゃああの、その……二人の時でいいからさ」


 二人の時の、恥ずかしいことか。


「真琴って呼んでほしい、かな」


 それを聞いた時。


 僕の心境に変化があった。


 今まで見てきたエイタローが突然、変質していくイメージ。


 変な意味じゃない。今までエイタローだったアバターのその内側にあった、向こう側にあったイメージが、鮮烈に浮かび上がってくる。


 アバターのエイタローに、リアルのエイタローが重なっていく。


「だ、だめかな」

「……それ、本名」

「そう」


 そしてジェストである僕の体に、はっきりと浮かび上がってくる『リアルの』……僕。


「僕、僕は」


 ……


 ……


 あれ?


「あ……」


 しまった。


 僕がゲーム内で喋れるのは、僕がジェストだったから。


 リアルと切り離された、一種のロールプレイがジェストだ。だから現に、リアルでユージン達に会った時も、リアルの僕がジェストであることを意識するように段階を踏む必要があった。


 リアルの僕は、人と面と向かって話せない、引きこもりの、男。


 それはずっと感じていたはずなのに。


 エイタローがリアルをよりいっそう感じさせるようなことを言って。


 ゲームにリアルが入り込んできて。


「どうしたの、大丈夫?」


 口を押さえる僕を、エイタローがのぞき込んでくる。


「……だ、大丈夫……心配、し、しないで」

「ジェストくん……まさか」


 このどもりを聞けばわかるだろう。だってエイタローも、なぜそうなるのかはわからずとも、僕の異常には気づいた。


 うまく話せない。


 僕の内側にある敵が……もはや、敵となった『僕』が表出してきた。


「い、イイリコさん達呼んでくる」

「ま、待って」


 立ち上がろうとしたエイタローを制して、僕はどうしても言わなきゃならなかった。


「こ、克服しなけりゃ、い、いけないんだ。聞いて」


 倒さないといけない敵。その名前を、エイタローには知っておいて欲しかった。


「ぼ、僕の本名。あ、あ……新藤、良介」


 新藤良介。


 引きこもりで、MMO廃人で、クズで、人に愛される資格なんてなくて、自己中心的で、いつも誰かを見下していて、親に迷惑かけてもなんとも思ってない。


 リアルの僕。

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