地下へ
WW、およびCHの魔法には、全て公式で設定された呪文がある。呪文はそれ自体がマクロとなっていて、コマンドを選択する、ジェスチャーマクロを設定する、に続く第三の発動手段である。
ぶっちゃけジェスチャーマクロの方が使い勝手がいい。そっちのほうが手短だし楽だ。用意されたかっこつけた文章を読み上げるのに羞恥心が働きやすいこともある。ではなぜこんなものが設定されているかというと単なるフレーバーではなく、呪文詠唱でなければ発動できない、つまりジェスチャーマクロに設定できないものがいくつかあるのだ。
これについてはまた要素が登場したときに詳しく説明するとして、コールドジャベリンはジェスチャーマクロに設定できる。にも関わらずスーパーマギが呪文を唱えたのは、おそらくヤツが数少ない公式呪文フェチだからだろう。
公式呪文の気恥ずかしさは聞く方にも影響を与える。聞いていて恥ずかしい、という状況を作り出すわけで、とりわけ僕は公式呪文が苦手だ。
だから不意打ちは勘弁して欲しい。
しかしスーパーマギの呪文はかなり効果を上げた。ゴブリンレイダーは見える範囲で通路の奥までに五匹。そいつらのHPは半分以下になっていて、大部分が凍傷にかかったと見える。凍傷は被ダメ上昇に加え動作が鈍くなるから、カイトへの攻撃も緩くなる。大帝とエリスレルの攻撃力も相対的に上昇するわけで、僕らは一気に形成優位に立った。
フェアリーメイジの強みは相手の弱点を突けることだ。多数のモンスターには弱点や耐性が設定されていて、WWと同じであればかなりの数が解析済みである。データを全て覚えているわけじゃないけど、三人寄れば文殊の知恵と言うし、うろ覚えでも知っていればずいぶん違う。特に種族系統別の弱点は覚えやすいので、フェアリーメイジが役に立つ。スキルポイントを全てに振るのはほぼ不可能な点を考慮しなけりゃいけないけど。
「ルシェイナさん、行きましょう」
「あの筋肉、人をものみたいに……」
確かにあれはビックリした。というより、他キャラを持ち上げる際には筋力で判定がされるはずで、すなわちハンターであるマッスル大帝はもともと筋力はあまり高くない。にも関わらずひょいと持ち上げたのだからスキルポイントをかなり振っているんだろう。弓の引き分けが速いのもそれか。
じりじりと廊下を進む。地下への階段が見えてきた。あの先がたぶん牢獄だ。
「おい、まだか!」
背後から叫び声。声からしてモリツグだ。XXX、オトメノと一緒にオーシーを援護しているはずだ。
「もう少しです」
そう、もう少し。ただしその少しが大変。
階段があるのは通路の曲がり角で、門へ続くと思われる角の向こうからレイダーの増援らしきものが見え隠れしている。外の援護がないから砦中のレイダーが僕らに殺到してきているはずで、通路が狭いのが幸運だった。
無理矢理な感は否めない。
外の連中はどうなっているだろうか。僕らが消えた、という情報は伝わっているだろうか。ルシェイナさんは通信不可エリア前にユタに対して、砦侵入を伝えている。だけどそれに外の連中は協力を申し出るだろうか。今回もやはり独断である。
やっぱ期待できないか。ユタはあくまで僕らに敵意をもっていないだけで、積極的に協力してくれるほどじゃない。イイリコさん達に連絡しておけば、とも思ったけど、イイリコ小隊一組で僕らの助けになるような援護はできないだろう。
「そろそろだよ」
ルシェイナさんの言葉。レイダーの多くはHPがかなり削れている。そろそろスーパーマギのMPが回復する頃合いで、二発目のコールドジャベリンで壊滅するはずだ。
「オーシー! 僕がそいつらにブラインドかけたら走れ!」
タイミングが大事だ。後ろを守るオーシー達は絶対的に火力が足りていないので押され気味である。前に進むのだから問題は無いけど、最悪の場合オーシー達がこの通路に取り残されてリンチをくらう。
座り込んでいたマギが立ち上がった。戦闘中に座るのは通常愚の骨頂だけど、レイダー達は近接攻撃しかできない上に、通路が狭く、どうあがいてもマギに攻撃が届かないことが功を奏している。
「いくべ」
呪文詠唱開始。僕は振り返ると、すし詰めになっているレイダーをターゲッティング。
「射て!」
「ブラインド行きます!」
背後で効果音。僕の杖から暗闇が飛び出して、ほぼ全てのレイダーに直撃した。
ステータス異常の成否を確認する暇も意味もない。そのまま走り出して、ぽっかりとあいた通路を階段まで進んだ。
「速く、急いで!」
階段はさらに狭く、一人が精一杯だ。先になにがいるかわからないので先頭は突破力のあるルシェイナさん。続いてルシェイナさんが万が一にも死なないようにえみさん。カイトは引き続き、門側から押し寄せるレイダーを押しとどめる役割。エリスレルと大帝はそれを援護している。スーパーマギは一仕事終えてMPがまた枯渇した。コールドジャベリンは現段階では一ランク上の魔法だ。後ろからXXX、御大、おおたま、モリツグ、オトメノ、オーシーが合流しつつある。
「オーシー、お願い」
「お前ってやっぱ人使い荒いよな」
といいつつ、背中を叩いてくるオーシー。ナイト二人に門側と僕らが入ってきた側を守ってもらう必要がある。
オーシー側は何体か暗闇に陥ったようだけど、この狭さだとあまり意味はない。僕らにできることはなるべく急いで牢獄までたどり着くことだ。
「ジェスト、行け、行け!」
XXXに階段へと押し込まれ、そのまま転げ落ちるように階下まで走った。次第にひんやりと空気が冷えていき、上の喧噪が遠ざかる。
ここがゴールであればよし。そうでなかったら……もしかしたら人類は詰むのではないか。そんな自己中心的な不安を抱きながら。
そもそも下が牢獄だと決め打ってたけど、そうでない可能性もあるわけだ。デストラップだったりしたら目も当てられない。
いつだって情報不足だし、僕の推論は楽観的にすぎる。根拠はだいたいないし、理論構築は不完全だ。それでも冒険できるのはこれがゲームだからで……情報不足を補うために特攻したりも日常茶飯事だった。それもこれも時間が無限にあったし、WWは大人気だからサービス停止という事態にも陥らないし、要するに「ゲームが続くから僕らは死ねる」のだという、そんなどうしようもない仮定に、今の今になってたどり着く。
僕らはここで全滅してはいけないんだ。そうなったら、きっと二度目は辛い。不可能とも言える。かといって突入を諦めていたとしても辛いのに変わりはない。
相手が「捕獲」という戦術を使ってきた時点で、僕らの選択肢は実質一つしかなかったんだ。一度の攻撃で、必ずそれを成功させなければいけなかったんだ。ノリアキングが囚われたんだから、他のプレイヤーだって可能性はある。
それを十分考慮しなかったのは、きっと僕が焦っていたからだと思っておく。
数日前に偉そうに演説をぶったけど、あれがまるっきり的外れだと気づいて一人恥ずかしくなる。このゲームは僕らの行動によっては先が保証されていないし、僕らの戦力は有限だ。普通のMMOとは決定的に違う。
階段が唐突に終わった。
ルシェイナさん達の背中が見える。その向こうに広がる、広大な空間。
「……地下牢?」
えみさんのつぶやきの意味は十分理解出来る。
牢獄にしては広い。石畳は途中から土に変わり、まるで洞窟。耳を澄ませば水の流れる音が聞こえるし、およそ人工のものには思えない。
しかし壁には鉄格子が所々はまっていて、その中には……
いる。
いる。
いるぞ。
捕まったプレイヤー達が転がっている。多くは偵察に出たシーフやハンター。
助ければ戦力になるし、なによりここにノリアキングがいる可能性が高くなった。
安堵する僕の後ろで、叫び声が聞こえた。
「崩れた、来るぞ!」
反射的に左目を閉じると、カイトのHPがゼロになったところだった。
しまった。
「これ、扉!」
走り降りてきたエリスレルの声に振り返ると、僕らが入ってきた所は両開きの鉄門で封鎖できるようだった。
「閉じろ、ジェスト、ルシェイナ!」
XXXの指示に、飛びつく。
「オーシー! 合図したら飛び込め! 何匹か入っても構わん!」
そのほかのメンバーは門の前に陣取り、漏れを刈り取るためにスタンバイ。
鉄製だけあって重い。一つに二人がかりでやっと。
「いち、にの……こい!」
全力。
重っ。
オーシーが転がりこんで、扉が閉まって、僕は冷たい感触を背中に感じながら座り込む。門の向こうではレイダーがガンガンと武器を振っているけど、さすがにこいつを突破するほどの力は無いらしい。
二匹、入り込んだ。オーシーは瀕死になっていたから、代わりに残りの連中がストレス解消と言わんばかりに袋だたきにしている。
正直なところ……この門がなければ危なかったと思う。
綱渡りは今更だが、この鉄門、妙に都合がいい気もする。普通こんな所にあるか? 敵が攻めてくるような場所でもあるまいに、木製の扉で十分だと思うけど。
もし運営が僕らのような突破方法を考慮していて、それに併せてゲームバランスを調整していたとしたら感服である。まんまとはまっている。
だけどもし、この鉄門に別の意味があるのなら。
たとえば、地下から攻めてくる敵から砦を守るためのものだとしたら。
「カイトくんのカタキ」
とどめを刺したルシェイナさんが一息。同時に僕らは捜索を開始する。
かなり広い。テニスコート三面分くらいはあり、その周囲に転々と鉄格子のはまった牢屋がある。高さも結構。大ホール、と形容してたぶん間違いない。
どうして砦の地下にこんな空間があるのか理解に苦しむ。もしかしてこの山奥に砦があるのもこれが原因だろうか。
鉄格子の前に立つと、それに気づいたシーフが顔を上げた。
「う……うぉ、助けか?」
「そんなもんです。ただ鉄格子を開ける手段がありません。なにか知りませんか」
ハンターが身を乗り出してきた。
「モンスターが持ってる。俺、見たよ。この奥に通路があって、その先にレイダーが歩いて行った」
「数は?」
「俺が連れ込まれたときは三体いた」
「どうも」
よく見ると、確かにこのホールから通路が延びている。僕は近くの小隊員を呼ぶと、その旨を伝えた。
「モリツグに斥候に行ってもらいましょう。念のためあたしも行く。敵の数によっては全員であたらないといけないわね」
とりあえず任せておく。僕は先にしなきゃならんことがある。
小走りにホールを回って……ここは明かりもあまり多くない……ようやく、一つの牢屋の前で立ち止まることができた。
あぐらで座り込んで、いつも通りのなにも心配していなそうな顔で、こっちを見てくるナイト。
「ずいぶん余裕ですね」
「攻略にかけては君を信じている。そう伝えてたはずだ」
ついに見つけたぞ、ノリアキング。




