嫌悪派からの意味のわからない要望。なんだよそれ。
一時間。
議論は次第にヒートアップしていく。どうやら僕の推測の他、様々な可能性を検証しているようだ。
僕はハズレで水を飲んでいる。ルシェイナさん、イイリコさんも一緒だ。
「あたしはジェストくんと同じ意見でいいよ」
とイイリコさん。一応メッセージはユージンに転送してなにか気づいたことはないかをきいている。
最初の意見を僕が言った、のは議論を進める上でネックになっているらしい。強硬な反対派と慎重派でグループが真っ二つになっている。
反対派はモリサキというナイト。慎重派はユタ。
「とりあえず変なこと言って反応が欲しいだけだ! 口だけで結局全部独り占めするんだろ。証拠なんてなにも無いじゃねえか」
「メッセージしかないんだ。推測になるのは当然だ。今は明日攻めるべきかを考えているんだ、彼の信用は関係ない」
端から聞いてたら酷い言われようである。それだけ信用がないのも問題だが、それよりもっと明白な問題があるのは間違いない。
ノリアキングがここにいないことだ。
ヤツがいなければこの共同体は霧散しかねない。ノリアキング小隊の誰かでもいれば別だったろうけど、残念ながら全員と連絡がつかない状態だ。
ほとんどの小隊はノリアキングに依存しているから、彼がいないとまとまることすらできない。今更ログアウト禁止についての疑問まで掘り返されて、もはやぐちゃぐちゃだ。
なんとかしないと、行動の指針が決まらないまま朝を迎えてしまう。それ以前にすでにモチベーションがダダ下がりの連中までいて議論自体が停滞しかねない。
動かす方法はある。だがおそらく、僕が言うと反発が必至である。
もう一度ルシェイナさんに頼むか。
でもこそこそ話しているとまた目をつけられかねない。議論放棄で僕の動向に目をこらしている無産組がやけに腹立たしい。
イイリコさんもルシェイナさんも気づいているだろうか。ノリアキングに依存しているからこそ、本来この共同体が団結できる方法がある。
……
しかたない。
「イイリコさん、すいません。これ以上立場悪くなったら僕を外してください」
返事を待たずに、僕は立ち上がる。
「時間の無駄です」
話し合いが止んだ。いきなりなに口挟んできやがる、頼むからこれ以上変なことは言わないでくれ、という各者の悲鳴が聞こえてくる。
「攻める以外に選択肢、あるんですか」
ざわめき。
「いいですか。さっき場をかき回したことは謝ります。僕の意見は推測が100パーセントで全然信用できない。それもわかります。それを踏まえて、ノリアキングが捕まっている。連絡が取れない。それなら砦を攻めて、実際のところを確認するしかないじゃないですか」
「うるせえ、黙ってろ!」
「あんたの言うとおり攻めて、レベルが足りなかったらどうするんだよ」
やはり深刻である。このゲームがあまりにリアルであることの弊害。未だに引きこもりが解消しておらず、またこの議論がもともと不要であることを気づかせない、みんなが自然と恐れてしまっていること。今のセリフに誰も反論しないことでそれがわかる。
「そのときは死ぬだけでしょう。ホームポイントのアーシュアに戻るだけです。かわりにモンスターの情報が手に入る。メッセージの正誤はどうでもいい、実際に攻めたら情報は手に入ります。僕ら、死ねるんですよ」
デスを恐れる風潮。
レベル上げが遅々として進まない原因は必要経験値があがっただけではない。効率的な狩り場を見つけていないこともある。アーシュア近辺でしか狩りが行われないため、15を超えると取得経験値が下がってしまうのだ。
ではなぜ狩り場がないかというと、遠出しないからである。日没までに帰れるところまでしか行かない。そのなかに効率的な狩り場がない。単純な理由だ。
野宿を恐れる。夜間戦闘を恐れる。夜間戦闘自体はデメリットしかないが、シーフやハンターなどはキャンプが見つかりにくくなる特技を持っている。WWではそれによって夜間戦闘を避けつつ、遠くへ出かけることも普通だった。
なぜCHでそれが行われなくなったかといえば、単純に死ぬ確率が高いからだ。それは僕らも同じである。
プレイヤーはデスを避ける。可能な限り。
みんな、これがゲームだと知りつつも、死ぬことを恐れている。すでにデス経験者は多いから慣れているかと言えばそうじゃない。デス後の強烈な全身の痛みは、二度と死にたくないと思わせるには十分だ。オトメノがそうだったし、他にもそんな連中はいる。
「開放できなくてもノリアキング小隊は助けられるかもしれない。攻めた場合のデメリットってないんですけど、なんで攻める攻めないの話になってるんですか」
大事なのは正論をぶつけることだ。下手に出たら嫌悪派につけ込む隙を与えることになる。
「それともノリアキングを放っておくつもりですか。明日行かないと、困ったことになりますけど」
「困ったこと?」
ユタが聞いてくる。さっきより偉そうな僕に、ちょっと不快感を覚えているようだ。
「十二日は城か港に襲撃がくる。明日、遅くても明後日でないと、二回攻められません。24レベルだったら功績値全部使えばなんとか三日程度でいけるでしょう。明日出て四日に攻める。そのとき万が一敵が強くて全滅しても、帰りはデスルーラで帰れる。三日間鍛えてもう一度攻める。これで襲撃までに二回いけます。ただし遅れると、僕らはノリアキング抜きで防衛戦を耐えないといけない。これがどういうことかわかってますか。ノリアキング抜きです」
ヤツの名前を強調する。ここにいるプレイヤー達の大半が、ノリアキングに依存していることはわかっている。僕だけじゃない。おそらく全員がわかっているはずだ。
なにせこいつら、全員廃人なんだ。少なくともTOP500であることに変わりはない。
今はCHでの考え方を知らないだけだ、と断定する。傲慢な考え方だけど、そうでも思い込まないと自分の言葉に自信を持てない。
もちろん廃人はプライドも高い。だから依存については明言を避ける。
爆発。
僕への罵倒がまず投げつけられた。それが五分ほどつづいて、今度は止めようとするプレイヤーも少ない。僕があんまり偉そうだから多少むかついているんだろう。
それでいいんだ。だから僕はあえて、むかつくように振る舞った。どんどん罵倒しろ。よかったらPKしてもいいぞ。むしろキレた誰かを僕は待ち望んでいる。
もちろん僕はMじゃない。ただ殺してもらった方が都合が良い。僕を殺したそいつは絶対に罪悪感を覚えるし、その他の連中はいったんショックを受けるはずだ。ゲーム内とは言え、殺人を犯した、と錯覚するはずである。CHでリアルになった弊害が、ここで生きてくる。
そして、もちろん僕はホームポイントのアーシュアでリスポン。なにごともない。痛いけど、復活する。
別にここまで行かなくてもいい。大切なのはみんなに冷静になってもらうことだ。冷静になるのであれば、この罵詈雑言で疲れてもらうだけでも全然構わない。
いったん冷静になれば、絶対にみんなは気づく。
僕の意見の、少なくとも『デメリットがない』部分は間違っていないと、絶対に気づく。
何度も言うけど、こいつらみんなWWのトッププレイヤーだ。僕への嫌悪感が邪魔しているだけで、大体は効率厨だ。そして思い出すだろう。WWでは特攻も当たり前だったという、事実。
レベルが5高いくらいで様子見することの無意味さを知っているはずだ。
だから、僕は悪役になってもいい。
防衛戦の時にノリアキングがいないことに比べればマシだ。
翌朝。
「100人」
ルシェイナさんとユタが僕のところに来た。
思ったより少ない。
「ジェストさんには悪いけど、今回は一番槍で行ってもらう。そうしないと動かない小隊がいる。そいつらからもう一つ条件がある」
言い出しっぺの時点でそのつもりだった。もう一つの条件ってなんだ。
「ジェストさんはソロでお願いします」
……?
「ソロ、ですか」
「連中の意見だと、モンスターがメッセージの平均より弱いのなら小隊を組まなくても平気だろうと。さすがに俺も殴ろうかと思ったけど、条件をのまなかったら60人に減る。それは攻める上で痛い」
つまり五小隊が嫌悪派ってことだ。実際はヤツらもノリアキングを助ける必要性は理解しているだろうから単なる脅しだと思う。せこい嫌がらせだけど乗らないわけにはいかない。
「わかりました」
「一応あたしの小隊がサポートするよ。さりげなくね。今回、イイリコさん達は全然別行動にするって息巻いてるから」
「すいません」
昨晩、終わった後でみんなに平謝りした。僕の立場が相当悪くなったことは間違いなく、自分でもかなり頭が悪いと思う。だけど僕が言ったことも間違いないという自信がある。
僕を嫌っている連中は、つまりノリアキング信者だ。そうでない連中も、ノリアキングが必要なことはわかっている。つまりヤツ本意で考えればいずれたどり着くはずなのだ。とにかくヤツを助けないとなにもならないということが。
今回は時間がなかった。遅くとも襲撃までにヤツを助けておかないと、防衛戦を乗り切れる気がしない。ジュリアさんも結構リーダーシップはあるけど、おそらくノリアキングの方が格が高い。となると、ジュリアさんが仕切っているときにもノリアキング救出云々の議論が続くことは想像に難くない。そんな状態で襲撃を迎え撃つのははなはだ不安である。この二ヶ月でヤツが精神的主柱になっていることは間違いない。
というようなことを説明した。一応頷いてはくれたけど、小隊員のみんなが僕にどういう評価を下したのかはわからない。
姫代子なんかは「ノリアキングがそんなに大事なヤツなの?」とか言いそうだったけど、それより僕への怒りが大きかったみたいだ。なにも言わずに部屋を出て行った。
「お願いします」
ルシェイナさんと握手。陣頭指揮をとるユタとも握手。
「準備はいい? 出発するよ」
問題があるとするなら……今回の敵の中で、少なくとも絶対にいるモンスター。
キラーマンの無音をどうするかだ。
「ジェストくん」
手を出してきたのでまた握手かと思ったけど、何か持っている。
受け取る。
お守り。
「無音対策のお守り。エイタローくんから」
ルシェイナさんの言葉が、僕は一瞬信じられなかった。
「……えっ。いや、まずいですよ。あいつ盾なんですよ!?」
「女の子に恥かかせない」
いや、そういう問題じゃない。エイタローが機能しなかったらただでさえ五人でステータス補正が受けられない状態なのに、もっときつくなる。ユージンとイイリコさんがうまく立ち回ってくれるはずだと信じているけど、僕に無音対策を渡すなんて意味が無いことをする必要はない。
姫代子が反対したはずだ。それともエイタローの独断か?
いてもたってもいられず、ユージンに通信した。
『ユージン! お守りのこと知ってる?』
『うーす』
気の抜けた返事。
『知ってるっすよ。さっきエイタローさんから相談されたんで。みんなの合意です』
『アホか、そっちが無音対策足りなくなるじゃないか!』
『大丈夫っすよ。ガートランドさんがやっぱりアクセに無音つけてたんで、それをエイタローさんに渡して解決っす。あの人ならそうそう死なないと思うっすよ』
『そうじゃなくて、そっちは全員無音してるべきだよ。ソロなんて無音無くても死ぬんだぞ』
『ジェストさん。それじゃ困るっす』
『なにが』
『いいっすか。今回のジェストさんの使命は生き残ることです。あれだけ啖呵切ったんならそれくらいやってください』
できるわけねぇだろ。僕がメッセージよりもモンスターが弱いといった、それは間違ってないと今も思ってる。だけど低いと言ってもキラーマンはレベル18、9が平均のパーティにとって適正値である。ソロで行くにはもっとレベルが必要だ。
生き残るなんて無理ゲー過ぎるぞ。しかもネクロマンサーで。




