エイタローがやっぱおかしい
つまらない話をした。
エイタローとの話がつまらないのではなくて、この陽気、海のそばに二人並んでゲームのことしか口に出ない僕がつまらないのだ。
「鎧、暑くない?」
首を振るが、兜は外すエイタロー。アバターだから衣装による寒暖の差はあまりない。WWと同じであれば極寒の中では防寒着を着込む必要があるだろうけど、それ以外では基本的に服装は自由だ。好みだったり修正値だったり、各職業毎に用意された物を着ればいい。重量計算は必要だけど。
サムライたるエイタローはこてこての武者鎧に身を包んでいる。夜とか脱ぐのめんどそうだけど、装備欄から外すことでショートカットができるから無駄な心配だ。
いやいや。
今はそんなことを確認している時ではない。
アバターは美男美女に作られる傾向にある。ネタ目的でない場合、不細工に作るような人間はあまりいない。時たま自分の顔をモデルにしている(自称)ヤツとかいるけど、たいていは美化されているはずだ。
僕もエイタローも例に漏れない。だけど兜を外したエイタローの顔に、リアルで会ったエイタローの顔を重ねてもしっくりくる。ゴツい鎧に似合わぬ小さな体は、リアルで感じたおとなしさと同じ印象を受ける。
エイタローは……CHが始まるまでは男だと思っていたからそのギャップを差し引いたとしても、可愛い。
だから邪推してしまうのだ。
人と交流した経験なんてほとんど無い。『キャッスル』でエイタロー、姫代子、イイリコさんと話した時間は、きっとそれまでに女子と話した時間よりも多い。
勘違いの可能性は大いにあって、しかもおそらくは勘違いが正しいとわかっていても。
「ねえ、ジェストくんって、イイリコさんのことどう思ってる?」
エイタローが僕に、好意以上の感情を持っているのではないかと。
「……急にどうしたの」
「なんか急に聞きたくなって」
「僕らの小隊は」
どの口が言うのか、と思いつつ、僕は答える。
「イイリコさんがいてこそだよ」
「そうじゃ、なくて」
「最初はイイリコさんと姫代子の二人だけだったんだ」
知ってる、と頷くエイタロー。
「僕はそのとき、まあ、すでに結構な廃人だったから。ガチ攻略の連中に野良で参加してた。そのときって、イイリコさん、まだ中堅くらいだったんだよ」
それも知ってる、とエイタロー。何度かやった昔話である。
「だから僕のコバンザメ目的なのかって思ったら『なんとなく楽しくやれそうだなって思って』だって」
今度はエイタローの知らない話だ。僕がこれを話すのは初めてである。
トシヒコの件といい、この港にはなんか変な暴露の縁でもあるんだろうか。
「イイリコさん、僕のこと知らなかったんだよ。ぜんぜん。あのときは超恥ずかしくてさ。でも始まって三年くらいで今みたいに安価で手に入らなかった時期だし、海外で発売されたばっかりだったし、ずっと人数は少なかったのよ。そのときからプレイ時間トップで掲示板に晒されたりとかしてたからさ、有名人だって思うじゃん」
ええと、 僕はなにを言いたいんだっけ。
「で、無礼なヤツだから一回だけ組んでおさらばしようと思ってたんだけど。でもなんかいつの間にか、ログインしたら最初に連絡取るようになってたんだよね。特に意識はしてなかったけど、これって要するに、僕に攻略以外の人間関係を教えてくれた人がイイリコさんだったんだ」
ちなみに姫代子が効率厨になったのは僕の影響である。ガチ勢だった僕が講釈を垂れ流したおかげで、ゲーム開始直後で純真無垢だった姫代子を染め上げてしまった。だから今の姫代子は僕が育てた、じゃなくて、今の姫代子があるのは半分僕の責任だ。もう半分は勉強熱心だった本人。
「イイリコさんって、みんなそんなんでスカウトしたんだよね。エイタローも覚えてるだろ?」
「うん」
「この人には敵わないなあって。だからイイリコさんは、なんて言うか、センパイなんだよ。中学から引きこもってた僕の、センパイ」
「だからあそこまでして、迎えに行った?」
「受けた恩を返したって言い方は変かな」
「変じゃない、けど」
僕の邪推はバーでのことをエイタローがきいてきたところから始まる。その前後から盾役への意欲が極端に上がり、僕によく相談してくるようになった。他のメンバーには内緒で。
もちろんそれが、小隊での役割を自覚し始めたという線もある、というかそっちが濃厚なんだけど、もしも、もしもだよ。
万が一ってこと、あるよな。
無いなら無いでいい。でも万が一あった場合。
僕はどうすればいいのかわからない。
「ノルマ、終了」
七月の初日、つまり砦攻めのデッドライン予定日。日が暮れるより幾分早く、僕らは目標を達成した。
平均レベル20。
途中から必要経験値が跳ね上がったのにはマジでビビった。功績値ブーストがなかったら本気で間に合わなかっただろうことを考えると、半分以上使った甲斐があったというものだ。
「今日はみんな早めに休むこと。ジェストくん、一応ノリアキングさんに伝えておいて」
「了解です。イイリコさん、ノリアキングとフレンド登録してなかったんですっけ」
「してるよ。でもまあ、ジェストくんが一番親しいし。内緒話もしてるし」
イイリコさんはたまに冗談と捉えていいのかわからないことを言う。
アーシュアから東に離れたところで戦い詰めだったおかげで、他の小隊の連中とはあまり会わずにすんだ。宿に戻るとたまに冷やかされたりするのが不快ではある。でもそうでないプレイヤーもいるし、今はとにかく砦を生き延びることを考えよう。
もちろん、これまで積もり積もったヘイトはどこかのタイミングで解消しなければならない。協力型というシステムである限り、他の小隊との連携はどうしても必要だ。針のむしろでプレイしたくもない。
そのためにも砦攻略には参加すべきである。だからこの第一段階はどうしてもクリアしておきたかった。
「それじゃあ、村に戻って準備しましょう。お疲れ様」
「お疲れす」
鬱蒼とした森の中を歩く。疲れてはいるけど達成感もあって悪い気分じゃない。戦い続ける、というのは気にかかることを忘れるためにもいいことだ。夜もぐっすり眠れる。
……忘れちゃ、いけないことなんだけどな。
ただし今はそれ以上に気にかかることがある。ノリアキングに送ったメッセージの返事がない。ヤツは今日まで砦へ斥候に行ってるから通信は控えていた。すぐそばにはおそらくラメがいるだろう。
ただ忙しいだけならいいんだけど、そんでメッセージってのは返事が必要な件では使わないのが普通だからおかしいことではないんだけど。
なにも無けりゃいいんだ。僕らの現状を報告する。
「ちょいとジェストさん」
作業しながらだから必然的にみんなより遅れる。そこにユージンが寄ってきた。
「どうしたの」
「ええと……後でお話が」
「メッセージは送ったから今でもいいけど」
「部屋に行きます」
「今じゃダメなの?」
「それでは」
おい。
妙にこそこそしたユージンの態度が意味不明だ。用件を言わないのがさらに不明で、なんかあるときは真っ先に本題に入るヤツらしくない。みんなに聞こえちゃまずいことなのか。
……
ノーマルだよなあいつ。
ドアがノックされて、僕はユージンを招き入れた。
あれ、なんで姫代子もいるの。
「お酒」
陶器製の麦酒(250G)を手に。なんだなんだ。
とりあえずお疲れってことで乾杯。でもなんでみんなじゃないんだ。他のメンバーはどうした。
ユージンも姫代子も無言で飲み干す。僕は一口だけ。アルコール怖い。
「あのですね」
そういや姫代子のグラップラーじゃない衣装を初めて見た。宿に用意されている部屋着で、上も下も布製の地味なヤツである。ユージンも同じ。
なんだこいつら。
「エイタローのことなんだけど」
ぎく。
姫代子の責めるような視線が痛い。なるたけ平静を装ってみたけど、二人にはばればれみたいだ。
「……その、盾の件?」
「はあ?」
勘違いのフリも的中せず。二人が僕の評価よりバカだって可能性に賭けてみたけどそんなわけはなかった。
じゃあきっともう一つの方なんだろう。僕の邪推があたっていたという意味でもある。
「あの子があんたのこと好きだって、まさか気づいてないわけないでしょうね」
マジでか。あっさりとネタバレしやがった。
「いや、それは、その」
「それで、どうなの」
「どうって、その……なんとなく、もしかしたらとは」
イイリコさんが戻ってきてから、明らかにエイタローとの接触が増えている。盾という建前があるにしろ、異常なほどに。みんなも……少なくともこの二人は気づいていたのか。
「最近露骨でしたからねえ。前はもっとさりげなかったんすけど」
「前って、いつ?」
「二年くらいっす」
なんだと。
「その顔、知らなかったって言ってるけど」
いや知らん。知らんぞそれ。エイタローが、二年前から僕のことを好きだって?
「ホントに?」
「ウソ言ってどうすんのよ」
「ほら、僕を冷やかして……」
「どうしてエイタローをネタにあんたにウソつかないといけないの」
おっしゃる通りです。こんな切羽詰まったときに僕みたいなリアクションのつまらんヤツを釣って面白いわけがない。ユージンはともかく、姫代子はもともとそういうノリを嫌う。
「ねえ、本当に知らなかったの?」
「はい」
二人が無言で視線を交わす。こいつマジやべえぞ、みたいな。
しかしだよ、僕が気づかなかったのはともかく、二年も片思いってありえるのか。引きこもりの僕にはとても予想できないが、そういうのってフィクションの世界の話だと思っていた。
二人の目はマジだと言っている。
だけど、どうすりゃいいんだ。
この二人は僕になにを求めてるんだ。
「ジェストさんはどうです」
「な、なにが」
「お節介だと自分たちでも思うっすけど」
お節介だ。明日が砦攻略だって時になんでこんな修学旅行(行ったことないけど)の夜みたいになってるんだよ。
「エイタローが挙動不審でやりにくいのよ」
挙動不審って、おい。
「きっかけはこの前のっすね。俺らが先にゲームに戻って、イイリコさんとジェストさんが二人リアルに残った、そのときのことを気にしてるっぽいっす」
「なんかきかれなかった?」
聞かれた。一連の流れを白状すると、姫代子は僕を睨んできて、
「ウソじゃないでしょうね」
どこに疑うことがある。部屋でのことも、港でのことも正直に話した。さすがにユージンも驚き顔で、
「部屋に……って、相当思い詰めてないっすか」
あ、やっぱ部屋に来るのおかしい? WWと違ってCHは没入してるから、他人の部屋を訪れるというのに妙な緊張が伴う。パーソナルスペースに侵入するとか、そんな感じ。
「ちょっと、ジェスト。一回部屋に連れ込んだとき、そういうことは気づいてたの?」
連れ込んだって言うな。人聞きの悪い。
あのときはどっちかっていうと「まさかな」だった気がする。なんでエイタローがバーでのことを気にするのか不思議だったけど、そんでチラッと考えもしたけれど、ゴシップ的なことに興味を持ってるのだという的な結論がどうのこうの。
「それでマーシャヴェルナの時に、イイリコさんとはなにもないって答えたわけね」
「う、うん、そう」
……なんかおかしいこと言ったか?
「それで、あんたは」
「それでって?」
「あんたはあの子のことどう思ってるの」
うぐ。
きた。エイタローの件だと聞いてからずっと恐れていた言葉がきた。
なんで恐れているって、僕はこの四日間、それを忘れるために戦闘に没頭していたからだ。この歳になって、僕は人の好意にまだ慣れていない。ゲームでのやりとりならいいよ。僕は働いた分の礼をもらうし、このメンバーとはずっと仲間でやってきた。
……ん? ずっと?
「ちょっと待って。あのさ、エイタローが女だって、二年前から知ってたの?」
「知らなかったのジェストさんとガートランドさんだけっすよ。てかジェストさんは気づいていると思ってたんすけど。ゲーム開始の時にビックリしてるのみてツッコミたいの我慢してましたし」
「……ああ、そりゃ気づくわけないか。男だと思ってたんなら」
なんだと。自分が悪かったですみたいな顔で姫代子。それ、間接的に僕のことバカにしてないか。
「まあ確かに、少なくとも俺が加入してからみんなの前で女とは一言も言ってませんでしたけど。話し方とかでなんとなく思いませんでした?」
「全然」
「で、あの子のこと、どう思ってるの」
詰め寄ってくる姫代子。怖い。『どうすればいいかわからない』なんてこと言ったら殴られそうな剣幕である。
そのとき、視界の端に封筒のエフェクトがあらわれた。メッセージが届いた合図だ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。ノリアキングからメッセージ入った」
「後でいいでしょ」
といいつつ、姫代子はコップに酒をつぎ出す。その間にメッセージを開いて、本文確認。
……
……。
「なんだこれ」
「なんかあったっすか?」
いや、あったというか。
なんだこれ。
用件がおかしい。
ゴブリンシャーマンのことでもなく、さっき送信したものへの返事でもない。明日のことでもない。いや、厳密に言えば明日のことに関係していると言えるけど、これは尋常じゃないぞ。
「どうしたの」
あまりにも僕の様子が変だったのだろう。さっきの剣幕はどこへやら、姫代子もコップを置いて聞いてきた。
これは、まずい。メッセージの通りなら異常事態だ。今までの違和感なんか軽く吹き飛ぶくらいのとんでもないアクシデントだ。
『みんな起きてる? 下に集合できる?』
突然、イイリコさんから通信が入る。二人はすぐに返事をして立ち上がった。
「ジェストさん」
ユージンの呼びかけに僕は返事もできない。
ノリアキングからのメッセージから目を離せない。
タイトルはこうだ。
『SOS』




