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ひきこもりだったくせに。あ、僕もか

「つっても、そんな簡単に治るもんなのか?」


 ガートランドの疑問は至極もっともだ。十年以上かけて培った僕の非リア体質をなめんな。


「治そうとしたら長い時間が必要でしょう。だから抜け道っすね」

「抜け道ってなんだ」

「ジェストさんは一回ログアウトしてます。サポートを受けるために。そのときって、どんな感じだったんですか。2分じゃ、顔を合わせるのは無理だったっすよね」

「あれは、僕らの寝てる筐体でテレビ電話みたいなのが出来るようになってる」

「テレビ電話なら会話は大丈夫なんですね」

「……あのときは、事前に質問も決めてた」


 でも僕はゲーム開始前に、結構長い間アロハと話している。あまり自分のコミュ可能範囲を分析したことはなかったけど……『目の前にリアルに人がいる』。これが線引きを示す条件の可能性は高い。


「そこから考えましょう。なら、事前にセリフを決めておき、面と向かってでなければまともに話せる。これは真か偽か」

「……」


 自信が無い。話せるかもしれないが、話せないかもしれない。


 それにユージンは気づいているだろうけど言及していないことがある。ヤツは『長い付き合いだから嫌われない』と言ったが、あれだって確証があるわけじゃないんだ。


 僕は自分が気持ち悪いことを知っている。話せないし悪態はつくし、自分の環境を人のせいにするしいつもぶすくれているような顔だ。帝にだってたぶんいい印象を残しちゃいない。


「……」


 ふと頭に浮かんだ、嫌な予感。


 僕が自分のことを棚に上げてログアウトを急ごうとした、その理由が。


 自分でも気がついていなかったその理由が、今になって表れる。


 ユージンが言ったとおり、イイリコさんを迎えに行って、ろくに話せなくて、僕はみんなから嫌われて、『健闘むなしく』諦めて。


 そう言い訳して、何食わぬ顔をしてゲームに戻ってくるつもりではなかったのか。


『戻ってきて欲しかったけど、ほら、気持ち悪いし僕。しょうがなかったね』


 そう言い訳すればイイリコさんを残してのゲームプレイを正当化できるのだと、心のどこかで考えていなかったか。


 いや、考えていても全然おかしくはない。僕は十年間、自分が引きこもった原因を父さんに押しつけてきた。


 きっかけは父さんだ、間違いない。

 だけど僕は、そうやって毎晩、部屋に引きこもる理由を自分で確認していたんじゃないのか。


 視界が暗く、






「すいません、さっきは言い過ぎました」


 その声で、僕は自分の手が震えているのに気づく。 


「……ごめん、ユージン。ちょっと頭冷やしてくる」

「ジェスト、顔色悪いぞ」

「どうにかできたらしてくる」


 足下もおぼつかないが、ここにいたくなかった。

 頭の中がこんな状態で、二人の前にいたくなかった。


「ジェストさん」


 立ち上がる。


「俺らが考えるのは、今からどうするかっす。過去じゃありません」








 ……気がつけば喧噪は遠く。

 ボートに揺られて、寝転んで。


 やべぇ、死にたい。

 こんなに死にたいと思ったのは初めてだ。


 一度頭をもたげてしまった自分への不信感がどうしてもぬぐえない。


『だって、そんなことならあのときさっさとログアウトしたはずだろ』

『あの時にログアウトして万が一城が落ちたら、自分がゲーム続けられなくなるだろ』

『ずっとイイリコさんを連れ戻すのを第一に考えてたろ』

『そうか? 僕にはただ単にゲームを攻略してたようにしか見えないけど』

『なにを根拠に! いつもイイリコさんを迎えに行くことを前提にしてたじゃないか!』

『そりゃ、一回は迎えにいくフリしなきゃいけないからな。でもじゃあさ、僕がきくよ』




『イイリコさんを迎えに行くと決めてからユージンに指摘されるまで、どうして一度も自分のコミュ力を本気で心配しなかったんだ? 食堂でまともに話せないのを思い知ったばかりなのに』




 ちくしょう。

 ちくしょう。



 

『ジュリアさんのフレンドの話を聞いたときもそうだろ。あのとき、もっと自分で言及するべきだったろ。『イイリコさんが迷惑がるかもしれない』。なんでそこで思考停止したのさ。ログアウトした人を説得するのが難しいって自分を例にしてたくせに、どうしてあそこで『イイリコさんを説得できないかもしれない』ってかけらも考えなかったんだ?』


 僕はイイリコさんを絶対に連れ戻すんだって、そう信じて疑わなかったからだ。


『どうして自分のコミュ能力をそこまで信じられたんだ?』


 だって、大事なのはコミュ能力なんかじゃなくて、心じゃないのかよ。イイリコさんに戻ってきて欲しいって、僕は心から思ってるよ。


『振り出しに戻る。そこまで誠心誠意に取り組んでいたならな、僕よ。リアルで人と何年も話さなかったのが原因でまともに会話できないようなヤツがだよ。人との関わりを自分から絶って電子に引きこもったオタクがだよ。どんな印象を与えるかを、一番最初に心配するはずだろ』


 イイリコさんはそんなことを気にする人かよ。


『イイリコさんなら、僕がどれだけクズでも言うことをきいてくれると本気で思ってたの? 目の前でアウアウ震えてる20過ぎのオタクに向かって、笑いかけてくれると本気で思ってるの? ずいぶんと都合がよくないか』


 ……。


『結局のところ、僕は本気でイイリコさんを迎えに行こうなんて思ってなかったんだ。認めろよ』

「イヤだ」


 声に出さなければ、僕は死んでしまう。


 自分を責める声に負けて、水に身を投げてしまう。


『わかってるよ。死んだら城に戻れるもんな』


 そうじゃない。

 そうじゃないだろ。






 僕はイイリコさんを迎えに行くための最大限の努力を怠った。


 それは言い換えれば、イイリコさんを本気で迎えに行くつもりがなかったってことだ。


 太陽の光が目に痛い。

 ぬぐってもぬぐっても目が染みる。


「情けないなぁ、ほんと」


 ここまでダメ人間だとは思わなかった。


 やめようかな。


 ゲームやめて、今度こそ本当の引きこもりに戻ろうかな。







 体を起こす。マーシャヴェルナの港。船はいっぱいあるけど、隅の桟橋、そこに浮かぶ小さなボートの一つ。


 気持ち悪い。酔ったか。


 どのくらい時間が経ったろうか。時刻を確認してみると、ちょうど昼を過ぎたところだ。一時間くらいか。


「……どうしようかな」


 本当に気持ち悪い。自分に吐き気がするのももちろんだけど、それ以前に船酔いがやばい。


 あがろう、と思って桟橋を見ると、トシヒコがいた。

 なにやってんだこいつ。


 桟橋にうんこ座りして黄昏れている。人気の無いこんなところになんの用だ。それをいうなら僕もだけど、そうするとトシヒコのヤツもなんかから逃げてきたのだろうか。


「……ジュリアさん」

「アホですかあんた」

「うおおあああっ!」


 しまった。思わずツッコんでしまった。だって悪いのはトシヒコだ。


「な、なな、なんでお前、こんなとこにいるんだよ!」

「先に来たの、僕ですよ」

「趣味わりぃなおい! なに盗み聞きしてんだ!」

「おめでとうございます。なにもきいちゃいません」

「あ、ほ、ホントだろうな……って、そういやお前、友達迎えにいくんじゃなかったんか」


 余計なことを。


 そういやトシヒコも僕が引きずり出したようなもんだったな。

 いい迷惑だったろう。一連の僕の工作がイイリコさんを迎えに行くように見せかけるものだと考えると、こいつも被害者の一人だ。


「なんでそんな暗いの、お前」

「ネクロマンサーなんで」


 桟橋に上がる。トシヒコはしばらく首をひねってたが、


「あー、お前、迎えに行くのイヤなんだろ」


 まさか、こんなにもあっさりと心情を当てられるとは思っていなかったので――僕は何とか取り繕おうとしたが、どうやら失敗だった。


 トシヒコは目を閉じてニヤニヤ笑いながら、


「人を説得するの下手だもんな。俺を連れ出そうとしたときもさ、あんなんで従うヤツがどこにいるよ。ジュリアさんみたいに、ほら、優しく、時に激しく……」


 ジュリアさん、どんな説得したんだ。こいつを小隊に入れただけなんじゃないのか。


 とにかくこいつは、僕が自己嫌悪していた理由については思い切り外しているのがわかった。


「恨んでますか」

「なんで?」

「いや、思い出してみると結構乱暴したような」

「それについては墓まで許すつもりはねえよ」


 恐ろしいまでに陰険だな。


「冗談だよ。てか別になんとも思ってない。お前、特になにもしなかったし。乱暴つっても屋外に出しただけじゃん……うお、そういやあのとき、俺ジュリアさんに触れてんじゃん!」


 背負われたんだよ。


 どうやらトシヒコの頭はジュリアさんへの感謝と下心でピンク色のようだ。こいつくらい単純な頭なら……


「僕、あんたとジュリアさんを引き合わせましたよね」

「ん、そうとも言える」

「じゃあ貸し一つってことで、ちょっときいてくれませんか」


 なんでこいつに話そうと思ったのかはわからないけど……あのときのトシヒコと、今のイイリコさんの立場は似ている。


 僕が話している間、こいつはとてもつまらなそうな顔をしていた。途中でやめようと何回か思ったほどだ。確かにつまらん話ではある。


「……あのさ」


 僕がしゃべり終わった後、トシヒコは頭を掻きながら、


「ちょっと飛躍しすぎじゃね」

「どこが」

「努力を怠った→本気で迎えに行くつもりがなかったってところ」

「だって、そうなるでしょう」

「お前、ナルシストだな」


 はあ?


「自分が天才だと思ってるな?」

「ただの引きこもりです」

「いいや、自分なら全部の問題に気づくって思ってんだろ? キモチワルイ」


 だって論理的に考えればそうだろう。


 僕は引きこもりでうまく喋れない。これは日常生活を送る上でどうしても避けて通れない重要な問題だ。それを都合良く忘れるなんてことがあるか。


「自分なら全部の問題に気がついて、そのうまい対処法も考えられる能力がある。だから気づかなかったんじゃない。あえて無視していたんだって言いたいんだろ。ええー、勘弁してよ、イタイようこの人」


 いやだから、僕が喋れないのは非常にウェイトの大きい問題であって……


「いや別にさあ、お前がどう考えようともいいんだけど。俺は人の心がわかるわけじゃないし、お前の本心はわかんないよ」

「当たり前でしょう」

「そういやジュリアさんもお前のこと褒めてたもんなぁ。俺にはどうしてもお前がそんな頭いいとは思えんけど」


 失礼なヤツだな……いや、まあ……僕も十分失礼だとは思うけど。


「で、どうすんの」

「やめようかな」

「なんで」


 なんでって、こんなこと考えてた僕にイイリコさんを迎えにいく資格なんかないじゃないか。イイリコさんだって、こんなのとゲーム遊びたくないに決まってるし。


「え、いやだって、ユージンだっけ? そいつが指摘したんだろ。直せばいいじゃん」

「そんな簡単に直せるなら苦労しませんよ」

「ええー、お前めんどくさいな」


 トシヒコはぶつぶつつぶやきながら空中で手を動かした。メニュー画面をいじってるようだ。


 少しして、僕らの座ってる桟橋に肉と水が並べられた。


「昼飯食ってないんだろ。とりあえず頭冷やせよ。その人とゲームしたいんだろ」

「だから……」

「あのさ、お前殴るぞ。その人のために俺を引きずり出して戦力にして、この街を占領したんだろ? そこまでやってやめるのってアホじゃん」

「それは全部ポーズで」


 殴られた。


「だからさ、お前、さっきそれがイヤで泣いてたじゃねえか」

「泣いてないです」

「鏡見ろよ。俺は泣いたりしなかったよ。自分が図書室に引きこもったときも。そこまで悔しく思わなかった」


 だからそのときのトシヒコと僕じゃ立場が違う。トシヒコが泣かなかったのは、そこまで深刻な問題じゃなかったからだ。昔からの仲間を裏切るような、そんな気持ちに気づくとか、そういうのじゃなかった。


「お前が自分を特別だと思いたがるのは別にいいよ。でも泣くくらい悔しかったんならやり直すのもアリじゃね」

「やり直すって、どこから」

「いやどこからって、まだ実際にはなにもやってないから……気持ちを新たに、迎えに行けばいいじゃん」


 だからそれができたら苦労しないって。

 僕はイイリコさんを、イイリコ小隊を裏切ってきた。それなのに、気持ちを新たにって、


「いやあ、そこだよ。そうそう、そこだ。お前が友達を裏切ったって思ったんなら、謝ってみろって。それで許してくれなかったらやめりゃいいじゃん」


 なんかこいつ投げやりになってないか。面倒くさそうだもんな、僕。


「そうだな。お前は仲間を裏切ったと考えてる。それが悔しくて泣いた」


 泣いたのはいいだろ、もう。


「裏切ったんなら謝るのが筋だろ。謝って、それで許してくれなかったり、自分が許せなかったりしたらやめろよ。友達いるんだし、丸投げしてみれば。お前、一人だといつまでたっても結論出なそうだし」

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