ユージンが僕をいじめる
騒ぎの中を僕は歩いて行く。
あちらこちらで侵攻戦に参加したプレイヤー達が踊り、うんざりするほど続く花火にあわせて歓声を上げている。
いくらなんでも騒ぎすぎだろ。日本人ってもっとおとなしいんじゃなかったのか。いやまあ、別にいいんだけど。
そんなプレイヤー達に混じって、見知らぬおっさんおばさんに子供達。若者もいる。服装が明らかにモブのそれだ。
NPC。
僕らが拠点を開放する、すなわち人類支配圏を取り戻すと、どうやらその拠点にもともと住んでいたNPC達が現れるらしい。それがどういう意味を持つのかはわからないけど、きっとゲームシステム的にもなんかあると思う。調べてもいいけど後回しだ。
広場に面したオープンカフェみたいなところに、ユージン達は座っていた。
「お疲れ」
「お疲れさまっす」
「お疲れ。オーシーとオトメノは?」
「解散はジェストさんじゃないとできないっす。だから別れましたけど、まだ小隊員です」
ああ、そういや僕、小隊長だったな。
ログ画面から小隊を解散する。けどその前に、ちょっと小隊員を眺めてみた。臨時で組んだオーシー、オトメノ、エリスレル。
「僕、久しぶりにイイリコ組以外とパーティ組んだんだ。嫌われてないかな」
思い返してみれば――。
隊列の指示、戦闘時の行動の指示。小隊を全滅においやったこともあった。あのときはみんなが僕を裏切ったんだけど、そもそもあそこに行く前に撤退しておけば問題なかったんだよな。
ずいぶんワガママにやっちゃったなおい。別に偉いわけでもないのに、偉そうに後ろから指図して、特にオーシーにはずいぶん迷惑をかけた。
「え、いや、嫌われるはないでしょ。なに考えてるんっすか」
「だって偉そうだったろ僕。わるい癖だよなぁ、ホント。バトルオークの時も勢いで指図しちゃったし」
ユージンとガートランドの視線がおかしい。困っているようだ。
「僕らの小隊、他の連中のサポートだったろ? ホントはバトルオークがノリアキング小隊をやったとき、雑魚から守らなきゃいけなかったんだし。それに部屋でバトルオークが突進したときも、僕らだけで止めようとせずに広間にスルーした方が効率がよかったし。ほら、結局僕、あのときどうにかして自分でバトルオークを倒したいって欲がさ、なんていうか、欲張ったんだよ」
そう。これがきっと答えだ。
自分でもあやふやだったあの決断。
バトルオークを民家から逃さず、ケリをつけようとしたあの時。
僕は欲張っていた。
ここで、自分の手で、バトルオークを倒したかったのだ。
「全員で倒した方が安全だったに決まってる。僕らがバトルオークを追いかけなかったら死ななかったやつもきっといる。そっちを優先すべきだったのはわかってたんだけど、だからごめん」
二人が顔を見合わせて、
「ジェストさん、これゲームっすよ?」
心底心配そうにきいてくるユージン。なんだその哀れみの目。
バカにされている気がする。
「いいじゃんかよ。自分がとどめさせるときにさしてなにが悪いっての。ルシェイナも言ってたじゃねーか。なんだっけ、死にかけのモンスター見逃すバカがどこにいるって」
「それは結果論であって、そもそも点取ればいいってもんでもなくて、軍団の協調を――」
「閃光のジェスト」
うわっ。ビックリした。急に声かけんな。てかその呼び方、もう直す気ないな。
ノリアキングがいつの間にか背後に立っていた。
「今だいじょぶか。お疲れさん。放り投げて悪かった」
「あ、いえ、こちらこそ。サポート入らなきゃいけなかったのに」
「ん?」
片眉を上げて意図をはかりかねているようなノリアキング。
ユージンがベラベラとまた人の悩みを勝手に話しだす。花火はやっと収まってきて、街も穏やかさを取り戻してきていた。
「ははあ。なるほど。いや、まあ、確かにうちは三人死んだけど」
「本当にすみません」
「ま、それぞれだな。別にどっちが間違いってわけでもない。じゃあ考えてみるが、閃光のジェスト、君らがバトルオークを追いかけずに俺たちのフォローに入ってたらどうなっていたと思う」
そりゃあ、すでに死んでいたのはともかく、助けられた後衛もいるはずだ。その後僕らは広間を制圧して、ゆっくりとバトルオークを探せばいい。
「じゃあここで問題です。この戦いで俺たちが倒したモンスターは何匹でしょう」
「何匹って、そりゃあ191以下でしょう。雑魚190体にバトルオーク一体。バトルオークを倒せば占拠なんだから、それ以下です」
「ところがこれを見る」
ノリアキングの送りつけてきた情報。今回の戦績のようだ。
人類の勝利。別に問題はない。討伐モンスター数211……ん?
「俺たちはバトルオークに戦力を裂いたから雑魚の殲滅は間に合っていない。にも関わらず倒したモンスターの数は予定より多い。倒したのは外の連中だ。この数字の矛盾、俺は無限沸きだと考えるね」
無限沸き。特定の条件を満たすまで、雑魚が無限に出てくる。
「あそこで君らがバトルオークを追いかけなかったら? 俺たちは立て直せたかもしれん。だが同時に敵も立て直しただろう。特にやっかいなのは、あそこまで有利な状況を作り上げて削ったバトルオークのHPが自然回復しちまうことだ。満タンまで回復されたら、それこそ伏兵の意味がない。たぶん今も、港は落ちていなかったと思うぜ」
「それは、結果論でしょう」
「結果論、おおいに結構。さらに見る」
下に進むと様々な情報が出てくる。一つ一つ読んでいくと、
『サンダマスヴェリア城へ日に500の食料と水が納められます』
「う、うおっ!」
思わず声を上げてしまった。
「これが人類支配圏のメリット。見つけた時は俺もそんなんだったよ」
なんてこった。日に500って言ったら半端ない量だ。僕らの食糧問題がかなり解消されるぞ。
拠点を開放することでメリットがあるかもとは思っていたけど、ここまで大きいとは……
「まあ、これは最初に解放する拠点だってのもあると思うけどな。俺たちは初日に食い過ぎたから緊急性があったけど、この人数だとどっちにしろ食料問題はおきたはずだ。そこで攻めたらこの量。うまいこと作ってると思う」
なにが言いたいかというと、とノリアキングは続ける。
「結果論として、閃光のジェスト。君がオークキングを追いかける選択をしたことで、いたずらに戦闘を長引かせず、食糧問題を解消し、プレイヤーに開放のカタルシスを味わわせ、引きこもりを10人減らした……これでも不満か?」
「結果だけ見れば確かに、そうですね」
「ちなみに君はその後、バトルオークの突進をみんなに止めさせ、あそこから逃がさないようにした。これもやはり、結果だけ考えると賢明な選択だ。だが俺があそこで参加したのは君が賢明だったからじゃない。戦闘の時にそんなことは考えない。今度こそヤツを止めたかったからだ。プライドの問題だよ」
ノリアキングは――こいつは、あきれるほどに複雑なヤツだ。
防衛戦では一番最初に飛び出し、チキン組を戦いに扇動し、気づけば大量の人脈を得て、ゲームの些細なシステムに気づき、ほとんどあったばかりのオタク達を指揮し、ボスと真っ向から対峙し、そして今、僕を慰めようとしている。プレイヤーの状況を把握し、先のことを考えて……よっぽど、リーダーに向いている。
「トシヒコも最後は自分で殴りにいったらしいし、外組でバトルーオーク狙って街の中に入ってたヤツもいる。みんなそんなもんだよ。確かにあそこは最初の役割を果たす手もあった。それでもいいし、そうでなくてもいい。間違えたからってホントに誰が死ぬわけでナシ、もっと楽しもうぜ。ゲーマーならボスは自分で倒したいだろ。これ、一番大事ね。まああいつはボスじゃなかったけど」
「え?」
「ジュリアさんに確認したよ。バトルオークはあの石版には描かれていなかった。俺たちが進んだのはホントにちょっとだけだぜ……」
去った後に頭をこねくりまわしてみたが、ノリアキングの言ったことがよくわからない。ようするに僕はなんなんだ?
「いや、まあこれは後でいいや。とりあえずログアウトしよう。集まるところは食堂がいいかな」
「ストップです、ジェストさん」
なんだユージン。僕らの準備は終わったはずだ。次はイイリコさんを迎えに行くんだろ。
「って考えてますよね」
「なんて考えてんだよ、俺わからねえよ」
大丈夫だガートランド。ただのハッタリだ。
「ハッタリじゃないっす」
エスパーだこいつ。
「ジェストさん、ときどき恐ろしくわかりやすいですよ。いいっすか。俺たちの最終目標はイイリコさんです。だからこそ、ここからは慎重に行くべきです」
「だって、一刻も早く迎えに行くべきだろ」
「じゃあききますけど、ジェストさん、イイリコさんを説得するアテはあるんですか?」
あるかそんなもん。
「このゲームが始まってジェストさんのスタイルがわかったんですけど、最初にできるだけ勝ちのパターンをくみ上げるタイプですよね。なんでここに限ってノープランで急ぐんっすか」
「ば、ばか、相手がゲームならそれでいいけど……人を説得するのって、そんなんじゃないだろ」
だって僕は、イイリコさんがなぜあそこまで思い詰めたのかがわからない。二人の話をきいた限りではエイタローの放心がちょっとだけ背中を押した程度で、妙に責任感を感じてしまっていた、ということしか情報が無い。それを差し引いたって、人を攻略するための作戦なんて、僕らにそんなことあっちゃいけないと思う。
「逆です、ジェストさん。俺たちはなんとしてでもイイリコさんを連れて帰らないといけない。そのために打てる手は全て打つべきです」
「そーはいうけど、ユージン。なにすればいいんだよ」
「とりあえず最初の問題はジェストさんです」
はあ?
「前々からジェストさん、言ってましたよね。リアルじゃろくに話せないって。ホントっすか」
ぐっ。人のコンプレックスをつきやがったな。確かに食堂の一件からして、僕の対人スキルは回復の兆しを見せていない。
「……そうだよ、悪いかよ。チャットなら大丈夫。電話でも大丈夫。手続きとかも大丈夫……でも面と向かって世間話は、ダメ。人が目の前にいるって感覚、ダメだ」
「それが本当なら、今はどうです」
「ゲームの中だからな。最初は不安だったけど。僕の前にはユージンだし、ガートランド。ゲームのアバターの延長みたいなものだと思えば、大丈夫だと思う」
「じゃあ今話せても、ログアウトしたら話せないかもしれない……これでよく、ログアウトしようとしたっすね」
やかましいわ。僕のことなんかどうでもいいじゃないか。イイリコさんを追いかけて、追いかけて……
追いかけて、どうする?
「ジェストさん、逃げないでください。イイリコさんを連れ戻そうとするなら、今のジェストさんじゃ話にならない。まともに話ができないのに、説得なんてできるわけがない」
「だって……最初、言ったじゃないか。嫌われることはないって」
「嫌われるのとイイリコさんが戻ってくるかどうかは別問題です。最初に決めたリミットにも半日以上ある。今日一日使って、作戦を考えるべきです。イイリコさんを連れ戻すことができる方法を」




