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これが後に伝説になる五枚盾である(本当)

 オークのHPはすでに二割ほどになっている。エリスレルの狙撃の成果だと思う。だがまた一分のリチャージがあるから、しばらくは地味な削り合いになる。


 こんな形になるとは思わなかったけど、なってみたら最初に思い切り削ったのがありがたい。ルシェイナさんが加わったことで、攻撃の層が厚くなった。


 スパルタン。


 CHの新職。説明にはタイマンでの火力ならサムライやグラップラーをも凌ぐとあった。単純な攻撃力なら初期職中最強ということになる。ルシェイナさんが素手でモンスターをボコボコにしているからグラップラーとの違いがわかりづらいけど、一番大きいのは剣や盾を装備できる点だ。剣を装備したときの攻撃頻度がグラップラーと同じ、そして攻撃力が高いのだから恐ろしく強い。逆にタイマンに特化しすぎているため、複数の敵を巻き込んだ際のダメージが激減する。


 同時に多くの敵を相手にするには不向きな職業だ。いわゆる『強敵用』に分類されるのかもしれない。


 攻撃力と言えば、バトルオークのそれも侮れない。可能な限りばらけているとは言え、ヤツの巨大な斧は横薙ぎ時の攻撃範囲が異常に広く、三人がダメージを食らうことも多々ある。メインのターゲットをオーシーが挑発でとり続け、かつ大防御しているから被害は甚大とまではいかないが、笑って見過ごせないのも確かだ。


 特にガートランドは他の二人に比べてレベルが低い。ランサーはHPもあまり多くないから、オトメノの回復が遅れると一気に危険域に達する。ちなみに僕が送り込んだハウンドは何回目かのバトルオークの攻撃で死んでいる。


『ジェストさん、ノリアキングから伝言っす』


 ユージンからの通信が入る。


『さっきのバトルオークの突進、目が赤く光るのが予備動作みたいっす。あんまり目立たないんで見逃さないようにと』

『どうも。そっちの様子は?』

『一小隊をさらに援軍に行かせました。雑魚は問題ないっす。まあ……こっちも被害ゼロってわけにはいかないっすけどね』

『わかった。ありがと』


 通信OFF。えみさんに予備動作のことを伝えながら、民家をのぞき込む。


「気をつけろ! 目が赤く光ったら突進来るぞ、見逃すな!」


 おう、と中の返事。といっても二階の二人からはバトルオークの目を見ることは出来ないから、必然的に正面に立つオーシー、その延長線上にいる僕が見えるかどうか、になる。


 オークキングの目はかなり小さい。あまり目立たないって、どんな感じなんだ。


 もどかしい。もっと近くで見たら絶対にわかるのに。


 僕がナイトだったなら――


 いや、グチはやめよう。そんなのはネクロマンサーを選んだときにわかっていたはずだ。


 僕はネクロマンサーだ。


 帝が言った「全サーバーでの一位」が本当かは知らないが、僕にだってプライドがある。ネクロマンサーを選んだのなら、こいつが地雷であれなんであれ完全に使いこなして見せる。


 十年間、僕はゲームだけを選び続けてきたのだ。だから見逃さない。


 バトルオークの目を、ほんのわずか、赤い影のようなものが揺らめいた――


「よけろっ!」


 気がした。何かを考える前に叫んでいた。


 次の瞬間、バトルオークとオーシーが激突した!


 バトルオークの体を包む鎧と、オーシーの構える盾が火花を散らし、激しい金属音が響いた。


「おおっ!」


 と気合いを入れるオーシーだが、準備万端で待ち受けたにもかかわらず力負けしている。もとより跳ね返すのは至難に決まっているが、それにしたってこのままだと――


 このままだと、広場に戻る!


 それはいいことなのか? しまった、予備動作に集中しすぎてこの可能性を考えるのを忘れていた。オーシーの体はすでに後ろにずり下がり始めている。だんだん速くなり、いずれははじき飛ばされるだろう。


 広場に戻ればバトルオークをまた囲めるかもしれない。だけど僕はこいつを追いかけてきてからの広場の正確な状況を知らない。何人が集まって、戦闘可能なのかがわからない。もしバトルオークの突撃線上にいたら交通事故で死ぬ可能性もある。


「もたねえ、もたねえ!」


 オーシーの悲鳴が聞こえる。やっぱりバトルオークを逃がすわけにはいかない。このまま戻すと不確定要素が多すぎる。もしかしたら広場を突き抜けて反対側に行かれてしまうかもしれず、その場合再捜索までにHPを回復されてしまうかもしれない。


 いや、その選択も愚策じゃないんだ。この中の雑魚を全滅させて、外の連中とも合流して、それから探し出してもいい。安全を考えるならこっちの方がむしろいい。

 じゃあなんで僕はこいつにこだわるんだ?


「ジェ、ジェストさん! こっち、はやく!」


 進路上から遠ざかりながら、えみさん。あ、そうか。僕も進路上に……だからこのままだと……いや!


「オーシー! 絶対に諦めんな!」

「ば、バカ言えっ! 無理だって!」


 わかってる、そんなことわかってる!

 考えろ。なにかある。このままここに閉じ込めてしまって、封殺する方法が。


 なんで僕はこんなこと考えてるんだ?


 みんなでやってしまったほうがいいだろ。でもそれがイヤなんだ。どうしてだ?


「カイトくんっ!」


 ルシェイナさんの号令。


「ナイトくんの後ろにつきなさい!」

「うええっ、ま、マジで?」

「ごちゃごちゃ言わない!」

「は、はひっ」


 カイト、意外と気が弱い。


「もうダメ! 俺ダメ!」


 オーシーが叫んだ次の瞬間、吹っ飛ぶ。カイトは間に合わない。しまった、僕も逃げ遅れた。自業自得だけど。

 抑えるものがなくなったバトルオークが今度こそ――いや、まだ、


「ルシェイナさん、無謀だ!」


 立ちはだかったのはスパルタン。


 自殺行為だ!


「うっさい!」


 バトルオークに向かって、肩から激突する。盾ももっていないスパルタンが抵抗できるはずがない!


「あたしの獲物ったら獲物なんだから! 逃がすわけないじゃない! どっかいくんならあたしの屍を超えていきなさい! 見せてあげるわ、人生を捨てたゲーマーの! 意地と、モットーと、欲望を! 死にかけのモンスターを見逃すバカがどこにいるってのよ! あんたはおいしく焼かれてあたしのお腹に入るのがおにあ」


 吹っ飛ばされる。当たり前だ。


 そこに続けて、カイトが盾を構えてバトルオークに立ちふさがる。突進の勢いは減じていないように見える……保つか、どうか。


 激突。


「ちょ、か、カイトくん!」

「たた、盾は俺の役目なんだ! ルシェイナがやったんだから、俺が、俺が!」


 なんかドラマがあるらしい。

 だが防ぐだけではどうにもならん。MPが全快したから、僕は少しでも手助けしよう。


『狙撃、今やっても大丈夫?』


 エリスレルからの通信。


『こうなったら殺しきるつもりで。僕も足しになるかわかりませんが、スポイル撃ちます』

『了解』


 あと二割も無いんだ。どうにか殺しきってしまえば、


「あいてて……チクショウ、死ぬかと思った」


 ふと気づけば、隣にオーシーが立っている。HPが回復してるところを見ると、オトメノのおかげだろう。


「ジェスト、さっきはよくも無茶ぶりしやがったな」

「すいません、無意識に」

「いーんだよ、確かWWだとホーリーナイトだったんだろ」


 ユージンから聞いたのか。


「盾は止めてなんぼだもんな。うしっ」


 カイト、脱落。

 民家を出たところで、オーシーが盾を構えた。


 えみさんに引っ張られる僕の目の前で、ついに民家を脱出したバトルオークとオーシーが、二回目の激突。


「ふんぬぁ!」


 またも気合いを入れるオーシー。最初の時に比べると、勢いがかなり下がっているらしい。これはもしかして……


『狙撃、いきます』


 通信、の直後に銃声、バトルオークの頭部で血しぶき。HPがぎりぎりまで削れる。だが突進は解除されない。


『ああっ、オトメノさん! 大丈夫!?』


 どうやらオトメノの耳にも深刻なダメージがいったらしい。屋外だから、二階から狙えないもんな。オトメノの肩を使ったか。


 僕はスポイルを発動しつつ、ふらふらと立ち上がるルシェイナさんを見つける。えみさんのヒールが飛んだようだ。なんか笑いながらブツブツつぶやいている。怖い。


 くそ、スポイルじゃ足りない。


「あ、しまっ」


 オーシーの断末魔。いや、待て。もうちょっとなんだ。あと少しでこいつにとどめを……でも、どうやって!?


 ……どうやってでも、だ!


『エル、とどめは任せます!』


 通信で叫んで、僕は走り出した。エルがリロードするための時間稼ぎだ。おそらく次の連射で倒せるはずだ。


 だから、僕が、オーシーの後ろに立って、


「いやいや、無茶だろ。手伝ってやるよ」


 隣にガートランドがいた。     


「……ありがと、たぶん一人じゃ全然保たない」

「俺全然目立ってねぇから……オーシー! ご苦労さん!」


 それを合図にか、それとも気が抜けたのか、オーシー二度目の敗北。


 さあ、僕らの番だ。盾としては貧弱なランサーと、後衛としても貧弱なネクロマンサーでどこまで対抗できるかわからんけど、数秒でも保てば僕らの勝ちだ。


 そのとき、ローブの襟を誰かがつかんだ。


 それがどんな意味なのかを理解する前に、僕は道路の脇に放り投げられていて……そして、混乱した視界の中でバトルオークとぶつかったのはガートランドではなかった。


 ノリアキング。


 ユージンが送ったもう一小隊。


 今頃現れやがって!


「閃光のジェスト! 君ぁ頭のいいプレイヤーだと思ってたが、今のは賢いとは言えんぜ! 後衛は後衛、前衛は前衛! 盾はおとなしくナイトに任せろって話だ!」


 気がつけば、ガートランドは反対側に放り投げられていた。


 ノリアキングは、今度は本当に凄かった。すでに四枚の盾によって突進力は減じているが、まだまだ勢いはある。それに対して一歩も引かずに押し合っている。


「さっきはよくもやってくれやがったな! こっちは後衛が壊滅しちまった! みんなのカタキはこの俺がとる!」


 熱いノリアキング。ここまで興奮しているのを見たのは初めてかもしれん。


 しかしこうなると、本当に自分がなにも出来ないのがもどかしすぎる。


 後衛は後衛っつったって、いまの僕には攻撃手段がない。スポイルでMPが尽きてしまったし、躁屍で操るモンスターもいないし、バトルオークにブラインドは効かない。あとほんの少し削るだけなのに!


「リロード完了!」


 そこにエリスレルの声。


「戦闘はあたしに始まりあたしに終わる! 見ててね、ジェストくん!」


 残念ながら屋内にいるから見えない。

 続けざまに銃声が響き……そして、ついにバトルオークのHPがゼロになった。


「ブオオオオオオオオッ!」


 ゴリラのようなライオンのような雄叫びが響き……そして体を痙攣させ、バトルオークは崩れ落ちた。


 僕らは動かなかった。いや、動けなかった。


 これからなにが起こるのかがわからなかったからだ。


 バトルオークは敵のリーダーで、確かに倒した。そして拠点を占拠する条件は、リーダーを倒すこと。


 つまり、僕らはこれで街を占拠したのか?


 なにも起こらないのが逆に怖い。


 おそるおそるまわりのプレイヤーと目を合わせていく。どう反応すればいいのか、はたして喜んでいいのか。


 ログを開いてみたけど、特になにも表示されていなくて。


 もしかしたら、なにか満たさなければいけない条件があったのかもしれないとちょっと不安になったそのときだ。


 頭上で何かが爆発し、僕らは悲鳴を上げた。






 

「……驚かせるね、もう」


 隣のエリスレルがつぶやく。頷きながら僕は空を見上げる。

 少し前から鳴り止まぬ花火の音。空を埋め尽くすような火の大輪。

 そして、やっと視界に現れたエフェクト。


『港町マーシャヴェルナを解放しました』


 今、周りは喧噪に満ちている。

 外組と中組も合流して大騒ぎだ。初日の防衛戦を思い出す。

 新鮮な驚き。新鮮な興奮。誰よりも早く未知の世界に足を踏み入れるという、この言葉に代えがたい喜びを、みんなは騒ぐことで表現している。


 僕もできれば混ざりたい。


「解放、成功してよかったね。フレンドの人を迎えに行くんでしょ?」

「はい。タクティシャンの有用性もわかりましたし、少なくともオークやハウンドなんかが相手なら十分撃退できる戦力がある。最初の防衛戦での最上位がプラントベビーでしたから、ログアウト中も心配しなくてすみそうです」

「そだね。うまくいくといいね」

「ありがとうございます」

「いあいあ、あたしもジェストくんの小隊で戦うの、今までで一番面白かったよ。抜けたくないのが本音」


 そう言われると、僕はなんと返したらよいのかがわからない。嬉しいけど、安請け合いも不可能だ。


「まあ、これっきりってわけじゃないし、また組める時は呼んでね。たぶんあたし、野良やってると思うから」

「……はい、そのときはまた」


 実のところ……エリスレルとはまたすぐに小隊を組むことになるのだけれど……それはまたそのときに。


 今はとりあえず、イイリコさんのことだ。


 エリスレルと別れた僕は、はぐれていたユージンに連絡を取った。

 僕らにとって、本番はここからだ。


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