彼女の事情
「160人参加すればいい方かな」
一連の話を頷きながら聞いていたノリアキングは、開口一番そう言った。
くそ、妙に眠いな。
「参加できる全員が受けてくれた場合の上限な。俺が知ってる限り、やる気があるヤツらは大体250人いる。だけどそのうちかなりの数は、食料の調達の方が重要」
そう、食糧問題は未だ解決していない。
慢性的に食料が不足している。単純に考えれば、一人が一日二つの食料を調達すればなんとかなる計算だ。だが誰もがわかっているとおり、コトは単純じゃない。
一番の問題は引きこもり組だ。過半数を数えるやる気ナシ組が攻略組の足を引っ張っている。
いややる気ナシは言い過ぎだろうか。そのうちのさらに200人程度は城の拡張にあたっていて、これは結構重要な仕事だ。特に城壁の補強などは近いうちにきっと役に立つ。
だが問題は、そいつらが狩りに出たがらないこと。特に職業バランスが崩れがちなのがまずい。
引きこもり組には前衛職が意外と多い。実は意外でも何でもなく、前衛はモンスターとの殴り合いが多いのが理由だ。CHになって進化した、痛みを忌避しているのである。
そのせいで余りがちな後衛職はソロで行くわけにもいかず、やはり手持ちぶさたになる。彼らはやる気があってもステータス的に外に出にくいからやはり城の中が活動拠点だ。
そういうわけで小隊を組めるのがだいたい40ほど、という計算になる。引きこもり組でもいくつか小隊を組んだりしてるからちょっと多い。
特にやる気のある後衛が戦力にならないのはつらい。
「特に目前の問題は食糧事情だ。港を攻めるのは、どうにかそっちが解決してからと考えるやつもいる。ま、それぞれだな」
そういうノリアキングの顔は、とくに何か問題があるというようなものではない。僕もそう考えている。今回の港攻略に限っては、それでも大丈夫だ。
「ただまあ、相手の戦力なら160いれば十分じゃねえかな。レベルにばらつきはあるけど、平均したら10くらいにはなる。追いついてない連中も、今日いっぱい狩りすればなんとかなるだろ」
ただし今回に限って、ただ勝つだけじゃダメだ。
僕はテーブルの向い、ジュリアさんの隣に座るトシヒコを見た。
こいつが使い物になるかどうか。やっとそれがわかる。
「せん……ジェスト」
わざと言ってないか。
「俺は君らの事情を知っている。だけどあえて言うぞ。今港を攻めることにどんな意義がある?」
これだ。
僕らにとって、この港攻めは積み重ねられた論理の上に成り立っている。だが他の連中にとっては、食料あつめをサボってぶらぶらしている道楽者にしか見えない。
だから、ノリアキングの試算した160人を動かすための理由が必要なんだ。
「まだ三日目だ。明日攻めるとして四日目。昨日の時点で、エリアが17に別れてるんじゃないかって情報が流れている。ここまで急ぐ理由はなさそうに見えるぜ」
「水です」
だから、用意してやる。
「水が圧倒的に足りていない。森の中には泉も川もなかったらしいですね。あっちこっちで喉が渇いたって話を聞きます」
「そうだな。森の果物だけじゃとても足りてない」
「港の近くに川があります。山を越えれば豊富な水がある。港を落とせば、少なくとも水を得るための脅威がかなり減る」
どうだ、ノリアキング。
水は大事だ。
リアルでもインフラの中では最後まで止められない。なぜかって、電気やガスと違い、水は止まったら死ぬ可能性があるから。
人は食べ物がなくとも、水があれば一ヶ月は生きられるとの噂だ。
真偽を調べたことはないけど、そんな話が出るくらい水は大事なのだ、きっと。
だから水が得られるとなればそれはモチベーションになる。
「川があるのか」
僕らの地図を、ノリアキングにも渡す。それをしばらく眺めたあと、彼は満足げに笑った。
「近いな。話の通りにモンスターが港にいるなら、確かにこりゃ落ち着いて補給できない。この地図ばらまくぞ」
「どうぞ」
「いいね。情報の共有、大切ね」
「せっかくなんでバトルオークの情報も共有してください。引きこもり組にも」
「いいけど、なんでまた」
「レベル13にHP1300。これ、WWじゃ雑魚もいいとこです。そんなのにびびってるんですよ、トップ500が」
こうかは てきめんだ!
ノリアキングが出て行って二時間ほどで、予定のメンツは揃った。やっぱヤツの人脈はあなどれん。
嬉しいのは、引きこもりのうち十人くらいが参加を表明したことである。
「バトルオークの情報が効いたのなら、素晴らしいことです」
ジュリアさんが言う。
僕ら……食堂には、僕らの小隊六人と、ジュリアさんの小隊六人。そして十数名の関係ない連中が集まっている……は顔をつきあわせて、どこから攻めるのがどうのこうのと話合っていた。時間はたっぷりあるから、死に戻りも悪くない。オトメノはまだショックらしいけど、一応参加はするとのことなので注意しながら運用しよう。
「それで、トシヒコさんはなんでまたジュリアさんの小隊に」
話が一段落ついたところで、僕は件の話題を持ち出した。
「今日の朝、ちょうどジェストさんと通信したあとです」
相手、ジュリアさんだったんだ、というエリスレルのつぶやき。
「タイミング良く、ルシェイナさんが、軍団長の旗を譲ると発表しました」
言いながら空中で手を動かすジュリアさん。通常、メニュー画面は共有しない限り他人からは見えない。だからWWなんかのゲームになれていないとちょっと滑稽に見える。
「私が譲り受けました」
なんと返答すればいいかわからん。
勝手なイメージだけど、ジュリアさんは誠実なイメージがある。今時丁寧な話し方もあるけど、大部分はその振る舞いだろう。上品というか、そんな感じ。
だから、これも勢いでやったわけではない気がする。
「ログアウトした私の友人のことをお話ししましたね。まだ戻ってきてません」
伏し目がちに話し出す。
「メッセージを送りました。少し考えて、残るかどうか決めるとの返事です。WWに戻りたいと言ってましたから、どうなるかはわかりません。ただ私がログアウトしようとしたら、来るなと」
その気持ちは……わからなくもない。
僕が引きこもり出したとき、数少ない友人が外へ遊びに行こうと誘いに来た。
その時と同じだと考えるのは、思い上がりだろうか。
リアルが楽しいやつらのことが、僕はどうしても理解出来なかったんだ。
だから、このゲームを楽しんでいるジュリアさんを、楽しめなくなった友人の人が理解できない、と考えるのは、おそらく自然なことだろう。ゲームや生活だけじゃない。よくあることだ。
そういう時は、どれだけ親しい人でも接触するのが嫌になる。なにか言葉をかけられても、ネガティブにしか受け取れない。そっちはいいよそれで。こっちはこっちの人生の楽しみ方があるんだと、半ば負け惜しみのように考えてしまう。
結局のところ、負の連鎖だ。説得しに来た方は不快感だけが残り、こっちは口からでまかせだったはずの言葉を無気力の内に正当化するようになる。
僕が引きこもりになったのも、思い返せばそんな感じ。
そしてジュリアさんは、おそらく今の僕ほどワガママになれないのだ。
僕はイイリコさんがいないと楽しくない。だからイイリコさんが楽しめるように、どうにか知恵を絞りたい。だけどそれがイイリコさんにとっては迷惑かもしれない。そんなことが頭をよぎったりもする。自分がされて嫌なことをしようとしている自己中心的な考えは嫌になるが、僕がCHを楽しむにはイイリコ小隊の存在が不可欠なのだから。
「ですから、私は彼女が帰ってくるまで、この城から離れず守ろうと思いました」
そこまでするなら呼びに行けよ。
そう言いたくなるような、思考の袋小路。ジュリアさんの出した、もしかしたら最悪かもしれない妥協点。彼女はゲームを満喫することができず、友人も戻ってこないかもしれない。
踏み出せない人もいる。なんてことだ。
「すいません」
「私は期待してるんです」
沈痛な空気の中、ジュリアさんは言った。
「ジェストさんが感謝してくれるのを。トシヒコさんを動かしたことを、もっと感謝してください」
ジュリアさんはそのとき組んでいた仲間を抜けた。何人かついてきたみたいで、新しく小隊を組んだ。そして、城を中心として活動することをトシヒコに告げ、小隊の一員として迎え入れた。
城を守るのが目的のパーティだから、タクティシャンにとっては悪くない。一抹の不安を覚えながらも、トシヒコは了承。
ジュリアさんは言っていた。ホラーゲームで怖がって前に進めないプレイヤーがいると。 結局、トシヒコはそれだったわけだ。ヤツにとっての居場所があれば、CHをプレイし続けようという気力が沸いてくる。
そこにルシェイナさんから旗の委譲話が持ち上がり、ジュリアさんは願ったり叶ったりだった。
僕らがいないころ、この城で起きた一連の出来事である。
「ありがとうございます」
「需要と供給が一致しただけです」
このいい話に水を差して申し訳ないといえば申し訳ないが、約二人分の視線を感じる。
トシヒコとエリスレル。なんだお前ら。
「ええと、いいっすか、ジュリアさん」
ユージンが口を出してきた。
「明日は参加されるんですか。トシヒコさんはなにがあろうと連れて行きますけど」
「連れて行ってください。それが私の小隊に加入する条件です。私は軍団長として、この城に残ります」
「最初の攻略戦っすよ。後悔しませんか」
「もし私が離れている間に襲撃が起きたら、そちらの方が後悔します」
ユージンは時に辛辣である。最初はもっとおとなしいヤツであった。
これは、僕は常々思っていたことなんだけど、ユージンにはイイリコ小隊のメンバーの要素がちょっとずつ詰まっている。ゲームをこころゆくまで楽しもうとするイイリコさん、ゲスゲスとものを言う姫代子。時に下品なノリのガートランド。周りによく気を配るエイタロー。そんでちょっと理屈っぽいのが僕。
ワシらが育てたと言ってもおかしくない。
「わかりました。じゃあトシヒコさん」
僕の顔を妙に睨んでくるトシヒコ。でも怖くないぞ、お前の顔。
「明日はよろしくお願いします」
「わかってるよ。タクティシャンが使えなかったとしても俺のせいじゃないからな」
卑屈なところは相変わらずのようだ。
「明日、最初に大変なのトシヒコさんですからね。よく寝ててください」
と言った瞬間、僕の視界がぐにゃりと歪んで、
「ジェストくん、起きて、起きて」
ペシペシと頬を叩かれて、僕は目を覚ました。
「……ええと」
「おはよう。エリスレルちゃんだよ」
でっかいハットの下からエリスレルの声。キメ顔らしいが、太陽の影になってて全然見えん。
「あの、なんでしょう」
「なにって、出発だよ」
「どこに」
「港。攻めるんだからね」
「明日でしょうに」
「その明日が今日だよ」
なんかいいことを言いつつ、腕を引っ張るエリスレル。身を任せて起きると、あたりがやけに騒がしい。ここどこだ?
「ここは割り当てられた部屋だよ。ホントに500あるんだよね。すっごい広いよこの城」
言われなくてもわかっている。しかしなんで僕は部屋のベッドの上にいるんだ。
妙に強い日の光が差し込んできている。太陽の位置が妙に低い。
……この、妙に済んだ空気。
マジで?
「え、朝?」
「おはようって言ったでしょうよお」
それと同時にどやどやと入ってくるユージンとガートランド、後ろからオーシー、オトメノ。
「うす、ジェストさん起きてるっすか。昨日は突然倒れたから……」
頭を掻いてた手を止めて、ユージン達はUターンして出て行く。
扉の向こうから、
「申し訳ないっす。おじゃましました。準備が出来たら来てくださいっす」
とくぐもった声。
死ねよお前ら。とりあえず無視。
「昨日、倒れた?」
「覚えてないの?」
とエリスレルはビックリしたように、
「話してる途中でガンッてテーブルに突っ伏して、凄い音したんだよ」
それはどうでもいい。
「最初は突然死したかとみんな大慌てで、でもユージンさんが『寝てるっすねこれ』」
似てない。
「『初日からろくに寝てないんすよジェストさん。初日はさんざん騒いで次の朝までは結局二時間くらいしか寝なかったですし昨日の夜はログアウトしてて朝までタイムトリップしたっすからね。体感だとそろそろ限界だと思われるっす』」
無視して続けなくてもいいから。そんな長いせりふ、よく覚えてたな。
だけど確かに、僕はあんまり寝てない。そう考えると、準備が一段落したあのタイミングで睡魔に勝てなかったのも不思議じゃない。
でも、いきなり意識が切れるってのは異常じゃないか? どうなんだその辺。
「あ、急ごう急ごう。ノリアキングさん、待ってるよ」
というか、なんでエリスレルが僕の世話役みたいになってるんだ。




