ノルマと直結中とジュリアさんの困惑
僕らが本当に不毛な言い争いを繰り広げていると、なんか話す声が上から聞こえてきた。声の方に顔を向けると、
「おい、始まるから参加しないなら行けよ」
ヨッシーから耳を疑う言葉。
マジで?
今降りてきている人数、全員で、その、やんの?
五人くらいの集団だった。男三人、女一人。なんかすれ違ったことあるような気もするヤツもいる。
「あ、軍団長」
その一人が、ジュリアさんに気づいた。
「軍団長、ついに……」
感無量と言いたげなナイト。なにを想像してるかしらんが、これ殴ってもよさそうかな。相手は初期職だし、日が差さないから僕のステータスもだいぶ上がってるし。
「違います。部屋に戻るよう、先のお二方に注意を」
「えーっ。約束が違うじゃないですか」
約束?
なにかあるのか。ジュリアさんも覚えがないようで困惑している。
「約束、とは……」
「改修のノルマこなしたら好きにしろって、上の人が言ってましたよ。二時間くらいかかるんですから、消化するの」
「ノ、ノルマ……改修の、ですか?」
様子がおかしい。僕とユージンはお互いに見合った。
「引きこもり組って呼んでるんですよね、あたしらのこと。外に出ないんだから改修くらいやれって、もうウザくてウザくて」
全員初期職。この時期に初期職ってことは、当人が言っている通り、彼らは引きこもり組なんだろう。
でもなんだ、これ。なんか雰囲気が違うぞ。
引きこもり組ってもっと、もっとこう、ネガティブだったろ。
「ノルマなど……課してはいません」
「はあ? あんだけやらせといてそりゃないよ、ジュリアさん」
しまった。これはどうやらノルマ、あるぞ。
ジュリアさんの知らないところでなんか起きてる。
「ジュリアさん」
僕はジュリアさんの手を取って、ユージンに合図して歩き出した。
「ジェ、ジェストさん! わた、私は……」
「今は仕方ないです。先にノルマのこと確認しましょう」
「そりゃやってるよ」
改修の具合を見ていたグレイトマギを問い詰めたところ、あっさりと……というか、さも当然のように答えた。
ジュリアさんはどう反応していいかわからず、何かを言おうとしては口を閉じる。
「だって攻略組と違って、引きこもり組はなにもしてないんだから。私らがマーシャヴェルナ攻略して手に入れた食料とか水とか、ただで食ってるんだよ?」
「し、しかしそんな、ノルマなどと……」
「ジュリアさんはやさしーから、私らが言ってるんじゃない」
やさしー、に含まれた、ある種の皮肉。
「攻略組じゃ手が回らないから、せめて改修くらいきっちりやってもらわないと。働かざる者食うべからず」
「こ、これはゲームなんですよ」
「ゲームだからでしょう。みんなが楽しめるよう、協力しないと」
ダメだ、話の前提がずれている。
ゲームに対する考え方が、ジュリアさんとグレイトマギで全然違う。どっちが間違ってるわけでもなく、どっちが正しいとも言えない。
「し、しかし彼らの、その、行為は……」
「いーじゃない、やることやったらあとは勝手にどうぞ。そんな所まで面倒見切れないし、見たくもないし」
しかしこれは、また。
とんでもないことになってるな。
イイリコ小隊と近衛隊の十二人が、会議室に集まっている。別に全員揃える必要はなかったんだけど、そんで僕を見る姫代子の目が恐ろしいんだけど、それよりも直近の大問題に関して共有が必要だった。できればルシェイナさんとかにもいて欲しかったけど、いないから仕方ない。
ジュリアさんはショックを受けているようで、顔色が優れなかった。
「知ってたよ」
組んだ手の親指をくるくる回しながら、トシヒコ。
「てかジュリアさんが知らなかったってことは、知られたらマズいってこと、わかっててやってたんだろうな」
確かに。ずいぶん前……ちょうどノリアキングがログアウトしたあたりから、こういった行為が始まったらしい。そろそろ三ヶ月くらいか。
最初は本当にこそこそやってたんだろう。それが時間が経つにつれ新参が増え、徹底されなくなってきたってところか。
僕らはほとんど城にいなかったから気づかなかったのもたぶん仕方ない、とはいえ、それなりにショックを受けてもいる。
「好きにやらせとけばいいじゃない。関わらなきゃ」
姫代子の意見。
「まさか参加してないわよね、あんた」
話をふられたトシヒコは慌てて首を振った。
「アホか、やるかそんなの……やんねぇし! 見んなこっちを!」
その慌て方……いやいや。
トシヒコはジュリアさんに惚れている。だからまあ、たぶん安心だと思う。あいつにアドバイスされた時も、やり手とかそういうの微塵も感じなかったもんな。そんな器用じゃないはずだ。
「まあ、そっちよりも問題なのはノルマのことでしょう」
イイリコさんが遮る。
「ジュリアさんとしては、やらせようとは全く思ってなかったわけよね」
黙ったまま頷くジュリアさん。
「だとすると、別の誰かが言い出したってことになるわ。心当たり、ある?」
「いいえ、私は……」
そうだろうな。心当たりがあるんなら、最初に確認しに行くのはそいつの所だ。
ノルマという体制自体は組織的な要素が強い。となれば「ノリアキングピラミッド」の中の誰かのはずだ。つまり年がら年中外に出ている攻略組の誰かじゃなくて、ピラミッドの中枢、仮に階級があるなら、かなり高いところにいるヤツのはずだ。そうじゃないと勝手にノルマなんか作っても誰も従わない。
その上で、ジュリアさんから意図的に隠している、ノリアキングがログアウトしてから始めている……マズいな、どうせいつかバレることはわかっているはずだ。その上でやってるなら……
「ジュリアさん、本軍の連絡系統ってどうなってます?」
「ノルマを課していることをジュリアさんに隠している、その動機は今のところ二つ、思い当たる」
正式に組織だっていたわけではない。ノリアキングがそれを嫌がっていたから、暫定的に数人の小隊長が、それぞれ数小隊の動きを把握している、という体になっているらしい。
そのうちの、あえて言うなら『内政組』。
職業の偏りが原因でなかなか小隊が組めず、ステータス的に外に出られない。準引きこもり。今は強引に組んで出る連中もいるから少なくなったけど、まだいる。
それと様々な理由で、そもそも城から出る意思がない引きこもり組。
一年経っても、その二つを合わせて70人ほどいる。しかも乱交が始まってから、もともと外に出ていたのに、おこぼれに預かろうと攻略を放棄するヤツまで出てくる始末だ。それを合わせて100人近い大所帯。
「一つは、ジュリアさんやノリアキングが嫌がることを知っている上で、それが必要だと強固に信じている場合。よかれと思ってやっているからタチが悪い。だけど、こっちはまだいい方。問題は――」
問題は、下克上でも狙っている場合。
名前の挙がった四人の小隊長。
内政組のまとめ、ジュリアさんの『次』に位置する、言ってみれば内政組四天王。
アライ
松葉
わくわく
ノリ
この中の誰かがノルマを発案したのは間違いない。いや、内政組でも、攻略に多少でもやる気のある、進んで城の改修に取り組んでいた派閥と、ただログアウトしていないだけの派閥があった。そういう連中を見てて、誰もがうすうす思っていたことではあると思う。
だから発案者というより、実行者だ。
「し、しかし四人とも……そんな人では」
「人がなに考えてるか、わかったもんじゃないです」
あの直結厨の考えとか、特に。
「いなきゃいないで、他のプレイヤーをあたります。ただジュリアさん」
ここまで前提として、犯人を見つける、という話で進んできた。
だけど軍団としての方針は、ジュリアさんが決める必要がある。
「確かにゲーム内での性行為が『運営によって備えられた機能』なのは事実ですし、それによるペナルティも今のところ与えられていません。ノルマもいい気はしませんが、引きこもり組が働いてくれるのは攻略上でも嬉しいことです。問題は一点、ノリアキングとジュリアさんがそれをどう考えるか」
ヤるのはぶっちゃけ勝手だ。どれだけ注意したってなくなるもんじゃない。
だけど『ノルマ』はなかなかマズい。廃人連中は自分でアホみたいな目標を定めることはあっても、ノルマを課せられるのは嫌う。不満が溜まるのは避けられないし、それが向かうのはトップの二人だろうし、なによりその二人が事態を知らなかったってのが更にマズい。嫌悪は犯人に向くだろうけど、二人の統率能力が問題視される可能性がある。
「私たちは強制してはなりません。私もノリアキングも、いちプレイヤーに過ぎないのです」
「では、ノルマを課すなと強制もしない?」
ジュリアさん達は一つ勘違いをしている。
二人がどうであれ……『本軍』は一つの組織になりつつある。ほぼなっていると言ってもいい。
明確な目標があるこのゲームではある程度必然だと思う。特にプレイヤーのほとんどが参加必須である『襲撃』があるから、最低限の人数を集めるためにも、組織だった体制が必要なのは間違いない。
そのトップには、絶対に権力と責任が発生する。これは理屈とかそんなんじゃなくて、そうしないと組織は組織として生きていけないからだ、と思う。
むしろトップに権力が発生するからこそ、この集団は組織と呼べるんじゃないか。
「自由を尊重するのであれば、ノルマという制度を導入することも尊重しないといけません――ようするに、線引きが必要です」
ジュリアさんが本軍の軍団長になったのは、ログアウトしたままの友人が戻ってくるまで、ゲームオーバーを防ぐためだ。決して権力を望んでいたわけじゃない。
だけどそうも言ってられない事態になりつつある。ヘタすると人類のモチベーションがかなり下がるぞ。
「……ジュリアさんとノリアキングの認識は同じだと思う」
二人とも『みんなが自由に目的を持ってプレイする』というスタイルだ。だから理由さえなければ最前線にいるだろうし、それを望んでもいるだろう。
だけど同時に、二人は軍団の長として、侵攻戦や防衛戦で指揮を取ってもいる。これもやっぱり必要なことだ。全体を俯瞰して効率よく指示を出さなければ、僕らはもっと苦戦を強いられたのは間違いない。
「ジェストくん」
食堂で、イイリコ小隊六人。
「私はできる限り彼女の助けになりたいと思ってる。ジェストくんもそうね」
「俺もっす」
ユージンが手を挙げた。続いて姫代子が、
「本軍が分裂とかしたら即ゲームオーバーじゃない。許さないわ、そんなの」
いかにも姫代子らしい意見。
「二人は?」
エイタローは言葉を探しているように目を泳がせてから、
「あの……ぼ、僕は……その、廊下を歩いてたらは、裸の人と会うのは……」
すげぇ心配してるな。
「俺はこういうのは苦手だから、適当にそれっぽいことしてるフリでもやってるよ。頑張ってくれ」
ガートランド、こいつ……
イイリコさんは頷くと、
「それじゃあ、イイリコ小隊としては彼女の手伝いをする、でOK? 念のためだけど、ちょっと時間かかりそうよ」
「どんなに遅くても二月まででしょう」
ノリアキングがログインするあたり。
そうなれば、ノリアキングの行動は予測できる。トップの権限を発動することも考えられるが、とにかく止めようとするだろう。
「だから犯人は、それまでにある程度の地盤固めを終えるつもりのはずです。それが本軍をより強固にするためか、もしくは味方を増やして乗っ取りを企んでいるのか……目的がどっちであれ、味方を増やさなければいけないのは確かだ」
ノリアキングのログアウトからすでにかなり経過している。秘匿にボロが出てきたところからいって、結構な規模になっているはずだ。
ただし、全員のコンセンサスが一致しているわけでもないはずだ。狙い目はそこだ、きっと。
「内政組まとめの四人を問い詰めるのは今は避けたい。これから正月ですし、しばらくはあまり動かず、末端から情報が得られないか確認しましょう。ユージン」
こちらを見てくるユージン。
「直結厨はまかせた」
「はい……は、え?」




