元旦の怪
「ジョークだよ、年末ジョーク」
「意味わかんねっす。裏切ろうかと思ったっすよ」
今年も残り一時間。
夕方頃から始まった宴会で、すでにみんなベロベロになっている。食堂はアルコールと焼いた肉とか魚のニオイが充満してて、いるだけで酔いが回りそうだ。
「そういや……返事しておかないと」
メッセージを開いて、その向こうにあるエイタローの顔に気づいた。ちょっと不安そうだ。
「南西域に行く時、何小隊かついてきたいって言ってるんだよ。出かけるのがちょっと延びること、言っておくだけ」
それに全員来たってしょうがないし。
名乗りを上げている小隊は四つ。
ルシェイナ小隊、XXX小隊、りんねい小隊、そして……
「ユタ……って、どこかで聞いたな」
よく思い出せない。アルコールのせいもあるだろうけど、ちょっと印象が薄いヤツだった気がする。
「ジェストくん、明日にしたら。一杯でそんなになってたら、ちゃんとメッセージ打てないんじゃ」
エイタローの言うことももっともだ。今も潰れてないのが奇跡的なのかもしれない。
「さすがに元旦から出発するとは思ってないだろ……お前、本当に大丈夫か?」
なにが。
ガートランドが差し出してきた水を飲む。うえ、ちょっと気分悪いかも。
「いや……早い方がいいと思って。やっぱ、ぼくら、ちょっともたないかもしれなくて」
「なに言ってるかわかんねぇよ。そんな調子で返事したら向こうも困るだろ」
確かに。指が滑って、メッセージの返事も自分でなにを打ってるかがよくわからない。文字が表示されているのはわかるけど、なにがなんだか……
「こりゃ朝まで持ちそうにないな。ジェストに飲ませたの誰だ?」
「あはは……ごめん、私」
ガートランドとイイリコさんの声が、遠くで聞こえた。
急がなきゃいけない。
相変わらず、僕は焦っていると思う。自分でもよく思う。
ユージン、ノリアキング、レツリンと話した時、帝のことは全部伝えた。
三年目くらいで、ゲームオーバーになり得る。
つまり今のままだと、やっぱり僕らは戦力不足なんだ。
それを解消する手段はいくつかある。今回の、いわゆる内輪もめみたいな状況を利用するのもその一つだ。
本軍も一枚岩じゃない。それが実感できただけでも収穫だし、これをどうにかこうにか「全員参加」に持っていければ、それだけでずいぶん状況は改善するはずだ。
だからきっと、これはかなり本気で取り組まなきゃいけない問題なんだと思う。
犯人の思惑を確認しないとわからないけど、最悪の展開は本軍が分裂することだ。ゲームオーバーを望んでいるプレイヤーはあんまり多くない(と信じたい)から、しばらくは防衛戦もなんとかこなせるだろう。だけどゲームが進むにつれて、襲撃してくる敵は強くなる。いずれ無理が出てくる。
そうなってからじゃ遅い。ここでなんとか食い止めないといけないんだ。
……
ええと。
ここどこだ?
「ジェストくんの部屋に向かってるよ」
耳元から聞こえてくる声。
エイタローの声。
「う……え、エイタロー?」
「ジェストくん、やっぱりお酒ダメなんだね。あんまり飲まない方がいいかもね」
そりゃ仕方ない。実時間では、昨日初めて飲んだんだから。
「い、いや……やっぱ、言い訳は、よくない」
「なに?」
「なんでもない」
このぐるんぐるん世界がまわる気分。
悪くないっちゃ悪くないんだけど、でも気持ち悪くなる波があるから、そういうときはかなりヤバい。酒が好きな人の気持ちもわかるけど、やっぱ飲むべきじゃないよな、僕。
……
「え、エイタロー!?」
僕は思わず離れようとして、でも立てなくて壁に頭をぶつけた。いてぇ。
エイタローが慌ててしゃがみ込んでくる。すげえ、いつの間にか尻餅ついてた。
「大丈夫? 無理しなくていいから」
「ほ、他のは」
「飲んでるよ、まだ。ジェストくん、あれからすぐに潰れちゃって」
「……ん、そか」
てかなんでエイタローが……確かに筋力の高さは小隊でも姫代子に次いで高いけど、こういう時ってガートランドあたりが出しゃばれよ。
エイタローに担がせちゃったよ。情けない。
エイタローに手を取られて、どうにか立ち上がった。きっと気を利かせたつもりなんだろう、みんな。でもこんな状態の僕を連れて行かせるって結構な苦行だぞ。それになんといっても……女の子なんだし。
姫代子のヤツは馬鹿にするけど……僕だって、男なんだし。
……
「やっぱダメだ……」
「なにが?」
「いや、なんでもない」
引きこもりっていうのは頭でっかちで、だからその、インターネットとかで『やりかた』の知識は無駄にある。
だけどああいうのって、その後どう接すればいいのかとか、そういうのは全然教えてくれない。
だからやっぱ、僕は無害っぽい。
みんなにボイスチャットで別れを告げて、僕はヘッドギアを外した。今日のWWでの冒険は終了。ディスプレイの時計を見ると午前二時。
他のメンツは仕事とか学校とかマジメに行ってるからな。僕は夕方からずっとインしてたけど、明日のために寝ておかないと。
指先のユニットを取って、キーボードの上に放り投げる。ディスプレイの電源を入れると、真っ暗な部屋が薄明かりに照らされた。
腹減ったな。
すえた臭いの汚い部屋を歩く。空気の入れ換えをするため、カーテンと窓を開けた。
なんだ、雨降ってるのか。
冷えた空気と、ささやかな湿気が入り込んでくる。僕の顔をなでてゆく。
僕の城。
誰にも侵されない、小さな砦。
でもなんだろう、この違和感。
もうコンビニに出る以外はずっと過ごしているこの部屋が、少し息苦しい。
冷たい雨粒が鼻を打って、僕は身を乗り出していることに気づいた。サッシに手がかかっている。危うく落ちるところだ。
窓を閉めて鍵をかける。
今のはなんだろう。
雨が降っているはずなのに、音も聞こえない。
ああ、そうか。
いまどきゲームだって、雨が降ってたらサウンドが設定されているだろうに。
……だから、これは現実なんかじゃなくて……ましてやゲームでもなくて…
僕は顔を上げた。
窓に顔が反射した。
ジェストの顔。
「夢か……」
自分の寝言で目が覚めた。
妙に暑い。CH内は真冬だし、城に暖房なんかないし……そうはいっても、ある程度ゲーム的に体感調整されているけれど……だけど、寝苦しいほどじゃない。
まだ頭がはっきりとしてない。もう酒は飲まないようにしよう。昨日はせっかくの大晦日だったのに、みんなもカウントダウンとか企画してて、ちょっと楽しそうだったのに、結局参加できなかった。
そういうの、なにもなかったもんな。WWでは結構イベントもあったけど、そんでCHもゲームには違いないけど、こう、リアルだものな。やっぱ僕に取って、みんなでカウントダウンみたいなことって、ちょっとあこがれてたりしたし。
一年。七年のうちの、もう一年だ。ログアウトしてた時間が結構長いから、なんかちょっともったいない。本当ならずっとログインしっぱなしでもっともっと攻略すべきなんだけど……イイリコさんを連れ戻したかったし、新藤の件でみんなに迷惑かけたし、この中で話すわけには行かないことを相談しなきゃいけなかったし……
抱き枕を引き寄せて、僕はもう少し怠惰に浸ることにした。結構明るいけど、もう少し寝てたって構わないだろう。元旦だし、どうせ誰もゲーム攻略にはでかけないはずだ。
……
抱き枕なんかあったか?
しかも暑いのって、熱を出してるのはこのだきまく……
「……ん」
抱き枕がものを言った。
「うぉおおあっ!?」
情けなくも悲鳴を上げた。飛び起きて、さらなる惨事に気づく。
寝ているのはエイタローだ。なんで僕のベッドで寝ているのかわからないが……兜がない。いや寝る時に兜を脱ぐのは当たり前だし、問題はそこじゃなくて、は、は、は……はだ、
僕ははだけていた毛布を慌てて被せる。
なんでだ?
どうしてこうなった?
げえ、よく見りゃ僕も裸じゃないか! 上も、下も!
やばいぞ。なにがあったかわからんが、こんな所誰かに見られたら末代までの恥だ。
なにか隠すものを探して、なにもなくて、服とかはアイテムインベントリにしまわれることをようやく思い出す。左目を閉じてメニューを出して、アイテムを選んで……やっと普段着に着替えて、一息。
水差しから一気にがぶ飲み。
落ち着け、ようく思い出せ……だって、裸で寝てて、隣にエイタローがいて……それって、わざわざ考えるまでもなくさ……
マジで?
どうすんだよ。
どうするって、エイタローが起きたらどうすんだよ。
幸い、エイタローはまだしばらく起きない、ように見える。僕は椅子に座って頭を抱えている。
急に動いたから頭がむっちゃ痛くて、考えがまとまらない。ついでに昨日の夜、部屋に入ってからの記憶がない。
僕のリアルの部屋を舞台にした夢を見て、起きたらこの様。
やったのか?
やってしまったのか?
それが問題だ。つうかこの状況でやってないとは考えづらい。やったと仮定して、最悪なのはなにも覚えてないことだ。
酒の勢い。
連れ込み。
しかも記憶なし。
繰り返すけど最悪だ。
こんなんじゃさんざん貶してきた直結厨と一緒……とかそういうものの前に、エイタローにどんな顔で会えばいいんだ。
だって……だって、やっちゃったんだぞ?
頭の中で『やった』という言葉がグルグルまわっていると、通信の着信が入った。
姫代子。
こんな朝っぱらからなんの用だ。昨日は徹夜したんだろうに……もしかして今から寝るのだろうか。
『もしもし』
『おはよう。寝てた?』
『ちょうど起きたところ』
『……あのね、野次馬とかデバガメとか全然そんなつもりはないって理解してもらった上で、これはただの所在確認のためにききたいんだけど』
なんか姫代子にしては持って回った言い方だな。
『昨日の夜、エイタロー、部屋に戻ってなかったんだけど、あんたのとこにいる?』
血の気が引いた。
『……ええと、その』
『そう』
まだ答えてないのに。
『居場所がわかればそれでいいの』
通信が終わった後も、気が気じゃなかった。確かに僕を送ったエイタローが戻ってこなかったら、部屋に戻ってないかを確認するだろう。そこにいなかったら……つまり、僕の部屋にいなきゃ行方不明になるわけで。
だからきっとエイタローにもメッセージなんかが届いているはずだし、それで返事がなかったから僕のほうに連絡してきたんだろうし。だいたい、そんなに心配してなかったはずだ。姫代子の声も冷静だった。
つまりどういうことかというと……
昨夜なにがあったのか、イイリコ小隊の面々は大体わかってるってことだ。
そんで姫代子の回りくどいきき方も、やたら言い訳じみた口上も、さっきの通信がデバガメだっていう証拠だ。今頃みんなで好きなこと言って盛り上がっているに違いなかった。
本気でどうしよう。
……いやいや、待て待て。自分の保身ばっかり考えてるけど、なんかそれも最悪にやなヤツっぽい。
それよりエイタローが起きた時、どう接すればいいのか、それを今のうちにシュミレートしておかないと。
まだ寝てるよな。
僕はベッドを見た。
エイタローがいつのまにか寝返りをうって、こちらを向いていた。
目が開いてる。




