これまでのあらすじ
一年目が終わるにあたって、一度整理しておいた方がいい。
少なくとも僕の中でまとめが必要だ。キャッスルガード・ヒーローズというゲーム内外で起きたことの理解が追いつかない。
まず……そう、まず疑問点の一つ目、このゲーム。
今までも何となく、話題に上がったりはした。みんなWWの経験者だからうすうす考えてはいるはずだ。ヘッドマウントディスプレイとグローブ式のゲームから、いきなりSFじみたカプセル筐体内での疑似フルダイブ型へ移行したCH。仮想現実はある程度の発展を遂げたとはいえ、ここまでリアルで広い世界、とくに触覚のフィードバックに力を入れたものはなかった。なぜかって、それだけ難しいからだ。
ローディングなし。物理演算は現実のトレースにほぼ成功している上に、ポリゴン同士の干渉も現実的な範囲で収まっている。今のところポリゴンの隙間に落ちたような話しも聞かないし、そもそもバグ報告すら一件もない。
ブリーダーが作ったペットの墓はいつまでも残るし、少しずつ風化していく。戦いの後はみんなやモンスターの足跡が残って、雨が降ったら流れる。体に触れれば暖かいし、心臓の鼓動も聞こえる。エロいことも出来るという。
正直、どの程度の技術力があればこんなのができるのか想像もつかない。僕はコンピュータ知識に詳しいわけじゃないけど、明らかにオーバーテクノロジーだと思う。
問題点の二つ目、帝ヨーシ。
僕にネクロマンサーを勧めてきたこのゲームの「開発者の一人」。怪しさ抜群でいろいろ信用できないけど、その最たる者は以前にログアウトした際に見せられた資料。
――異世界からの人類侵略に対する防衛プログラム
現実味の欠片もない、なにかの冗談のような文面。
わざわざログや監視カメラに留意した上で、それを拡散させたいようなアドバイス。
まるでアニメとかラノベに出てくるようなヤツだ。どんな秘密があってもおかしくないが、全部異常者の妄想だと言ってしまえばその通り。
問題点の三つ目、ロダン。
ゲームのNPC。転職施設であるアールター神殿の、おそらく地下深くに封印されている。それはいい、そういう設定で特におかしくない。魔王の息子で、特に今の人類とモンスターの戦いには興味がなくて……そういうのも、最近はよくある。なんだかんだで戦うハメになるんだろう。
大事なのは設定とかじゃなくて、実際に会った時の会話と、反応。
僕が本をインベントリから取り出して、受け取った本をインベントリにしまう一連の動作を見た時の、ロダンの反応。
CHはゲームだ。本はアイテムと扱われ、重量制限内ならインベントリ内にしまって持ち歩ける。邪魔にならないよう、特定のジェスチャーを行うことで消える。
消える、という現象を観察していたようなあの目は……ゲームでの「お約束」に疑問を持っているような、あの態度。
――君たちはどこから来たのだ?
このゲームの設定上、僕らは人類最後の生き残りという風になっている。そのはずだ。
だからNPCとして、その発言はおかしい。
NPCは普通、そういう疑問を持たない。
問題点の四つ目、男爵――もとい、レツリン。
タクティシャンの二次職、スキーマー。夕闇男爵一派に属していたけど、今は抜けて本軍に合流している。性格:オカシイ。男爵一派に共通する「ロールプレイがロールプレイらしくない」印象の極北を行く。帝もそうだけど、レツリンこそアニメに出てきそうな女だ。現実味が全く無くて、妙なしゃべり方をして、人にいきなりキスしてくる非常識人で、なにより……
――この世界は実在している。
この、なにを根拠にしたかわからん、妙な断言。
だけど本当の問題は、レツリンの頭がオカシイってことじゃなくて……
そうじゃなくて、今挙げた問題点が何故かどれも「このゲームは現実である」と言っている。
実のところ、肝心な疑問は一つなんだ。
ここが現実だという、その可能性はあるのか?
ゲーム開始前に帝からもらった「攻略情報」。
開いてみたら、文面はこうだ。
『このファイルを開いた時点で抱えている疑問はボスティレムで解ける。地下を目指せ。ゲーム上の推奨レベルは110。ただし攻略にあたっては天上カルタの秘法が必要となる』
攻略情報とは言えないだろこれ。
でも――正直なところ、帝のヤツ、僕がこれを開くタイミングがわかっていたとしか思えない。
風が吹いた。
もう一年が終わる。始まったのが四月だから厳密にはまだ九ヶ月だけど、十二月っていうのはそういうものだ。みんなどこか気が緩んで、来年こそはって決意を新たにしたりして、だからとりあえずあと少しはダラダラしようっていう、そんな時期。
まあ、ゲームの外では一日も経ってないんだけど。
「おかえり」
横からエイタローの声。
しまった、また考え込んでた。
「あ……た、ただいま」
視界に景色が戻ってくる。ずっと眺めてたはずだけど、考え込むと周りが見えなくなるってこういうことなんだな。
「まとまったの?」
「……ん、えと、一応……」
「まとまってなさそうだけど」
ごめん、いじめないで。謝るから。
そう、もう年の瀬。
ゲームのタイムリミットまで、あと六年。
「エイタロー、ちょっと僕、ログアウトしてくる」
「ログアウト?」
不思議そうな顔で、エイタロー。
「どうして?」
「戻ってきたら全部話す。今は……ちょっと待ってて」
姫代子に言われた。
なるべく全部話せと。
でもこれは別問題だ。こんなくだらない妄想じみた話に、エイタローを付き合わせるのはどうかと思う。
もっと、こういうのには適当なのがいるだろ。
「ユージンと男同士の話し合いしてくる」
筐体の蓋が持ち上がって、僕はリアルに戻ってきた。
この前程じゃない。でもやっぱり、体がだるい。都合三回目のログアウトだけど、最初の一回に比べてどうも様子がおかしい。本当に大丈夫なのか僕。
吐き気を耐えながら顔を洗っていると、チャイムが鳴った。
……やっぱ、この顔、ジェストに比べるとな。
「ユージン?」
『うす』
ドアを開けると、リアルのユージン。与木勇仁。21歳イケメン。僕が今年25だから、オリンピック1回分の差がある。
「ジェストさんの部屋、ずいぶん後ろの方ですね」
「先着順だったらしいからみんなが早かったんだよ」
「らしくないすね。WWは命かけてたのに」
CHにも命かけてるよ、いちおう。
「それで、話ってなんすか。ゲーム内じゃできないってかなりアレなんすけど」
「帝の話じゃ、個室に監視はついてないから」
ユージンの表情にとくに変化はない。だけど僕の言葉が異常なのは伝わっている。
話す相手にユージンを選んだのは、ひとえにユージンが「バランスよくスペックが高い」からだ。頭もいいし、社交的だし、言っちゃいけないことは絶対に言わないし、人を励ますのもうまいし、なによりパニックにならない。なにより判断が速いのが助かる。
「ログに残っちゃマズいって、なんかサスペンスの香りがするっすね」
「そこまで気をつけなきゃいけない話しなのかまだわからんけど……でも、帝がすごい秘密っぽく言ってきたから」
「その帝さん、うさんくさいって言ってましたよね? 監視がどうとかも信じていいんすか?」
「まあ、このことを話す場合、ログが確実に取られてるゲーム内より、公共の場所より、個室が一番リスクが少なそうなのは確かなんだ」
ユージンは備え付けの椅子に座って、勝手にお茶をいれだす。
「小隊のみんなじゃなくて、俺だけっすか?」
「イイリコさん達に話すかどうかの判断がまだつかない。だからユージンと、あと二人だけだ」
「二人?」
チャイムが鳴った。ようやく来たな。
「一応、厳選したよ」
正直に言う。ちょっとびびった。
ドアを開けたらヒゲがあった。なんかマッチョでごつくて、しかも僕より年上っぽい。
「よう、閃光のジェスト」
こう言ってくれなかったら、たぶんわかんなかったんじゃないか。いや、よく見たら一挙手一投足はまんまだ。ゲーム内と同じ。違うのはゲームに比べて、こっちの方がよっぽど強そうな体してるってことくらいで……
「ようこそ、ノリアキング」
部屋に招き入れる。
「……え、え?」
大げさに驚くユージン。いやなんか本気で驚いてるっぽいぞ。
「ノ、ノリアキング……そのツラで?」
「殴るぞ」
のしのしと歩いていって、小型冷蔵庫からジュースを取り出すとベッドの上に座る。遠慮しないなこいつ。
「ちょうどよかった。自分で言った手前、フライングでログインするわけにもいかなかったからな。ヒマだったんだ」
「小隊のメンバーは?」
「ゲーム内でずっと一緒なんだ。ログアウトしてる間くらい休憩してもいいだろ……まあ、寝る前は酒盛りしたし」
……寝る前?
「あ……ご、ごめん、確かログアウトしたの五時とかだった?」
ノリアキングは第三次、つまり最終ログアウト組だ。僕らとはかなりズレがあって、ログアウトして飲んだなら、九時過ぎの今はようやく寝始めた頃なんじゃないのか……?
「気にすんな、興奮してすぐに目が覚めた」
おかしいだろそれは。
「てかゲームやってる間、半分寝てるようなもんだからな。むしろ寝過ぎで体がだるいくらいだ」
……だるい?
いや、まあ、いいならいいんだ。とりあえずノリアキングは話しておかないといけない気がするプレイヤーの筆頭だ。
「ただまあ、内容が気にならないっちゃ嘘だよ。外で話すっていうならよっぽどだろ。しかも俺と」
言い方が気になるけど、ノリアキングには言っておきたいこともあったからな。
「じゃ、聞こうか」
「いや……待って、もう一人来る」
疑問点の五つ目。僕が対面で「話せる」ようになっていること。
ゲーム内で人生経験を積んだとかギャグみたいな話だけど、それにしたって急激に過ぎる。十年も培ったコミュ障がこんなあっさり治ってたまるか。
二回目のログアウトの原因は、新藤良介、つまりゲームで「ジェスト」を演じていた僕とは違う、リアルの僕が出てきたのが原因だった。詳しいことは今もよくわからないけど、というか僕がゲーム中で人と話せてたのがロールプレイだったってのが笑える。
とにかく、その後、僕は特に理由なくリアルでも「話せる」ようになった。一度目のログアウトの時はリアルでジェストであることを意識したり、眼鏡を外して相手の顔が見えないようにしたりと小細工をしていた。それがもう不要なのはちょっと不気味だ。
きっと揺り戻しがある。その時のために、今から対策はたてておくべきだとも思う。だけど今は、それがなんであれ対人恐怖症が治まってるんだから幸運だと考えておこう。
ドアの前に、吊り目の無愛想な女性が立っている。驚いたことに僕より背が高い。僕もそんなに高い方じゃないけどそれでも168(推定)くらいだから、175くらいあるぞこれ。
「……」
ゲーム内の印象からとんでもない格好で来ることも覚悟していたけど、意外とオシャレだった。ていうか化粧すれば十分綺麗なんじゃないか。こういうのって失礼なんだろうか。
「……お、女か? まさかジュリアじゃないよな?」
ノリアキング。なんだ、リアルであったことはなかったのか。
「そういう君はノリアキングだな。もう一人は誰だ」
「げ、その声……」
「用事はさっさと済ませようじゃないか。私は早くあっちに戻りたいんだ」
このしゃべり方。あれ、ロールプレイじゃないのか。
「ええと、わかったと思うけど、レツリン」
ユージンもノリアキングも、まさかレツリンが来るとは思ってなかったようだ。
「あの……どんな話するんすか? てか、なにこのメンツ」
「絶対に秘密を守ってくれると思った三人」
レツリンはまっすぐに小型冷蔵庫に向かうと、水のペットボトルを取り出した。ここまでくるともう驚かないぞ。
「特にレツリン、僕はレツリンから聞きたいこともある」
ようするに……これが話せないのは、なんか帝が隠そうとしているから、もしかしたらとんでもないものなんじゃないかって思ったからだ。
僕は十五分ほど話した。ゲームのこと、帝のこと、ロダンのこと、そして、
「レツリン――『この世界が実在している』って言ったこと、僕は信じかけてる」
空になったカップを置いて、僕は言った。
「根拠が欲しい」
レツリンは細い目を更に細めて、僕を見返してきた。
「僕は帝からへんな情報を受け取った。話したとおりの、まるっきりフィクションみたいなヤツだ。だけどレツリンはたぶんそうじゃない。だから――レツリンはゲーム内の情報だけでそう判断した。あそこまで断言したんなら、きっと『超リアルだから』って頭の悪い理由じゃないんだろ?」
「私は――そうだな。ここで理由を言ってもいいんだ。根拠がないと君に言ったりはしない――だが、ここで答えを言うのはちょっと面白くないな」
「どうして?」
「驚天動地だからさ。きっと私はジンジャーゼルが『なんなのか』、それを知ったと思う。だがそれを固めるための情報を全て揃えているわけではないし、『どうしてそうなったのか』それもわからない。だから心情的には言いたくないんだ。それに、君には実力で私の所まで来てほしい」
相変わらず人を食ったような言い方だな。前の夕闇男爵だって納得できるよ。
「それじゃ、とりあえず整理します。いろいろな情報から、ジェストさんは『ジンジャーゼルが実在しているどこか』だと考えている。レツリンさんも同様。ノリアキングさんは?」
「……そうだな。実は俺も同じことを言われた」
……
ん?
「誰に?」
「帝。あいつ、俺のアドバイザーだからな」
なんだと?
「じゃ、じゃあ、帝のやつ、担当してる全員に言ってるのか?」
「かもしれん。まあ、俺が聞いたのはついさっき、ログアウトしてすぐだからな。健康診断があって、眠そうな女医さんとイチャイチャ」
なに言ってんだこいつ。
「その後だよ。だからつまり、俺はジェストと同じ境遇だってわけだ。まあ俺には『攻略情報』はなかったし、ネクロマンサーも勧められなかったけど」
「え、いやその、じゃあノリアキング、どう思う?」
「そうだったら面白いかも知れん、くらいだ。とりあえず頭には入れといた。当然の疑問だと思うが、実在してるなら、どこにあるんだ?」
「そりゃ……あるなら地球のどこか、だと思うけど……だけどそうするといろいろ問題が出てくる。ユージンは?」
「実在してる、ってより、仮想空間の方がまだ信じられるっす」
「だよな。だから確たる根拠があるはずのレツリンから聞きたかったんだけど……」
「面白くないな」
ちくしょう。
「レツリン、地下に行ったろ。そこで見つけたのか?」
帝の『攻略情報』には地下へ向かえとあった。
そしてレツリン達『男爵一派』は、ランタンをノリアキングから奪って、オルトノグェイクの地下に向かっている。その時は男爵曰く『よくわからんボス』のせいで先に進めなかったらしい。
レツリン達男爵一派も、東域より先には進んでないはずだ。となるとレツリンが行ってて僕が行ってない場所、それはオルトノグェイクの地下しかない。
「だからそこで、レツリンは現実だって確信したんだ。なにがあった?」
「驚くようなものだ。まあ、注意しないとわからないものだし、私以外は気づかなかったみたいだが――だが決めたよ、ジェスト。私は絶対に言わない」
ぐ。この頑固者め。
「私がどこで確信を得たか、それについてはまったく図星だよ。私はオルトノグェイクの地下であるものを見つけた。だからあの世界が『なんなのか』わかった。それについては一言も口にしていないにもかかわらず、見事だ」
薄く笑みを浮かべると、
「だからそこまで導いてやろう。ただしその答えは、自分で見るがいい」
「そんなこと言わずに教えてくれませんか」
「では私の知らないことに答えてくれたら全部話そう。ジンジャーゼルは実在している。それは私の中では疑いない。だとしても、疑問がいくつかあるのだよ」
レツリンが挙げた疑問点は以下。
一つ。時間の流れがリアルと違うのはどうしてか。
一つ。実在するとなるとかなりの遠隔地だが、どうやってログイン、ログアウトの度にその距離を移動しているのか。
一つ。ジンジャーゼルでの『ゲーム的挙動』にはどういう説明をつけるのか。
一つ。地球上にあるのなら『天まで届く塔』はなんなのか。
一つ。モンスターはなんなのか。魔王軍には知能を持ったものがいる。
「そして……地球でなく違う星、異世界といったファンタジックな場所であるなら、そのような場所に行ける科学力はどこから湧いてきたのか」
ぐうの音もでない。これらに一つ一つ答えを当てはめていくとなると、とても僕たちには無理だ。つうか専門家でも無理くさい。
「完全にこのゲームを説明し尽くすにはまだまだ情報が足りない。とはいえ、最後までプレイしたらわかるのかと言われても断言はできない。帝達が答えを用意しているかもわからない。残念ながら、確信してはいるが、妄言と取られてもしかたがないと、私は理解しているよ」




