これが人生に三度あるという都市伝説の……?
――この世界は実在している。
八回目の侵攻を防ぎきった、次の日。
僕らは年末に向けて休息にだらけていた。
「今年も一仕事やったって感じすねぇ」
食堂で昼飯を取っているなか、ユージンが言う。すでに冬休みに入っているみたいだ。
ユージンだけじゃない。イイリコさんも姫代子もガートランドも、エイタローも。
みんなどこか気の抜けたような、のんびりした雰囲気になってきている。
それは城全体にも及んでいて……よく考えれば、ゲームとはいえ一年間戦い通しだったわけだから、ある意味妥当だと思う。昨日の防衛戦が『今年最後の』ものだったから余計にそう思うんだろう。
ただし、問題はいくつか。
まず一つ目に、昨日は『特殊条件』を満たすことが出来なかった。詠唱が始まってから完全に制御できなくなったトシヒコのもたらす雷の嵐にビビって、誰も攻勢に出なかったんだ。だから敵のリーダー格を倒すことができず、終了時に敵の壊滅具合は97%程度だった。まあ、これに関しちゃ用意した傭兵がまるまる残っているから、予定が狂ったと言うほどでもない。
もう一つがトシヒコのことである。というよりコスモリーダーのスキル『星天変異』について。
かなりやっかいだ。トシヒコが実際に使用して、いくつかの特徴が明らかになった。
1.詠唱中はトランス状態になる。
2.攻撃エフェクトも含めて、詠唱時間が十五分に及ぶ。
3.発動した四二発の雷は、初めに指定したおおざっぱなエリア内に無差別に落ちること。
4.当然ながら味方にもあたる。
数人のプレイヤーの尊い犠牲によって4番目は明らかになった。
要するに強いだけのデメリットもあるわけだ。殲滅力は確かに上がるけど、星天変異発動中は思い切った攻勢に出られない。そしてスキル発動後では僅かながらタイミングが遅く、相手のリーダー格を取り逃す可能性が高い。
他にもトシヒコの位置を城壁に移した場合の運用についていくつか議論の余地があって、それはジュリアさん達幹部が協議中だ。例えば空からモンスターがきた場合とか。
ただの便利なスキルってわけじゃないということだ。
「そういえばジェストくん、これ」
イイリコさんが差し出してきたのは、夕闇男爵が用いる予告状。
「渡すようにって。まだ読んでないけど」
僕はげんなりしながら開ける。おられた厚紙は表にシックな模様があつらえてあって、いかにも予告状然としている。だけどそこに書かれていたのは、
『ざまみろ』
の四文字。ギャップが酷い。
結局、僕とレツリンが話している間に、イイリコさんは男爵にペンダントを奪われてしまった。ある程度予測済みで、だってファントムとバンディットの機動力に加えて人数の差がある。これはもう絶対的なものだ。何人かがモンスター掃討にまわったところで倍なんだから仕方ない。
要するに、僕がレツリンと話す間、男爵を引きつけて逃がさないようにするのが目的だったんだから。
ペンダントを取られたくないのなら、サクラさんに渡せばいい。でもそれだと、男爵がどこからかそれを聞きつけた場合、あの戦場に現れなかった可能性が高い。それは困る。男爵が僕に並々ならぬ怒りを覚えているのは明らかで、夕闇男爵という立場も考えれば、用も無いのに接触してくるわけがない。かといって、すぐにペンダントを奪われてはさっさと退散されてしまうので、ある程度粘る必要があった。
だからイイリコさんに渡していた。
「……まあ、あいつにも華を持たせるってことで」
「お、ジェストくん上から目線」
「まぐれで勝ったからって調子乗ってんのよ」
聞き捨てならないぞ姫代子。
「ちょっと待て、あれは――」
「――あれは、完全にバロンの実力負けだ」
僕の声を遮るように、背後から。
鳥肌が立った。
ガタガタと立ち上がるイイリコ小隊の面々。
僕はおそるおそる振り返る。
「お、お前……」
そこに――レツリンが立っていた。
いつも通りの、涼やかな無表情で。
「だが昨日は、ジェスト、バロンの方が一枚上手だったな。あれは正真正銘バロンの立てた作戦だ。お前達がモンスターに手を焼いているタイミングで姿を見せるのも、あらかじめ作っておいた偽のペンダントを利用するのも、一番やっかいなお前の目的が私であることも計算の内だった」
「伏線もねえのに偽物用意するとか卑怯だろうがよっ。だいたいあんな簡単にそっくりなもんが用意できるとかおかしいだろ」
「そうか?」
ガートランドの反論に、レツリンはさしたる感慨も見せなかった。
「ネクロマンサーに『プレイヤーを操るスキル』があったように、ファントムに『見た物を複製するスキル』があるとは思わなかったのか? もちろん見た目だけの張りぼてだが、怪盗のイメージから外れてはいないし……それに、スキルを隠していたのが卑怯だというのならお互い様だと思うが」
「うっるさいわね」
次鋒、姫代子。特に姫代子は男爵一派に好意的ではない。睨みつけて、
「だいたいあんた、なんでここにいるのよ。男爵はモノ取ったらさっさとケツまくるんでしょうが」
「姫代子ちゃん、言葉が汚い……」
イイリコさんが止めようとするなか、姫代子のトゲだらけの言葉を聞いても、特にレツリンの表情は変わらなかった。
「小隊は抜けた」
いともあっさりと。
「……は?」
そのセリフが理解出来なくて、僕は……いうなれば、隙を見せてしまったのだ。
気がつくと、マントの襟を掴んだレツリンの顔がすぐ近くにあって、
「!!」
ざわめきが食堂に広がった。
横で小さな悲鳴と、食器のぶつかり合う音と、鎧の鳴る音が聞こえて、
また柔らかい、その、あの、
「――もともとバロンとは、引き継ぎが終わるまでの約束だった」
昨日と同じく、ことをすませてもなんでもなかったように、レツリンは続けた。
僕は固まったまま、その言葉をかろうじて聞いていた。
レツリンが男爵を名乗らなかったのは、別のプレイヤーとしてプレイしたかったからだ。運営に変わりの男爵を用意することを伝えたが、やはり条件を言い渡された。
新たな男爵が『夕闇男爵』としての力をつけるまでのサポート。
「バロンは昨日、自力で盗みを成し遂げた。ランタンを盗んだのは、あれはヤラセだったからな。一つ宝を盗む……これが私の設定した引き継ぎ条件だよ」
「ちょっ、ちょっと待て。抜けたって、それじゃあ男爵の小隊は五人になるじゃないか」
このゲーム、五人と六人じゃ小隊ボーナスにかなりの差がある。組むなら六人、それが推奨されている。
「あらかじめ目をつけておいたプレイヤーを勧誘した。バロンはそこのバンディットを希望していたが」
イイリコさんを見ながら。
おいおい、待てよ。
じゃあミウルの里で男爵がイイリコさんを口説いてたのって、ただの嫌がらせとかじゃなかったのか。
またわけがわからなくなってきてるぞ。
「私はお前と西に行こう」
こっちの混乱なんかおかまいなしに、レツリンは言った。
「昨日伝えたことは覚えているな。まだ信じられないだろうが、これから導いてやろう。世界の全てを共に見よう。他の誰にも達せぬ境地へ行こう」
グイグイと顔を近づけてくる。
ちょ、ちょっと、待て!
お前、そんなキャラじゃなかっただろ!
「やめて!」
と……あまりにも大きな声で、食堂が静まりかえった。
さすがのレツリンも動きを止めた。僕は彼女の頭を掴んで抑えると、そのまま……イヤな予感を覚えながら、テーブルの向かい側を向いた。
叫びの主は、もちろんエイタローだ。
「……」
やべえ。
こんな顔見たことない。
僕の胸の中を言いしれぬ不安が渦巻く。
今までほとんど、いや全く見ることの無かった、
エイタローの怒り。
「……っ!」
罵倒されることを覚悟していた。
だけどエイタローはそのまま、走って食堂を出て行った。
「……ま、」
追いかけようとした僕のマントを、レツリンが引っ張った。
「あの女はどうした」
……クソッ!
「離せっ」
レツリンの手を振り払って、面と向かって、
「恋人だよ! ユージン、全部聞き出しとけ!」
レツリンを押しのけて、僕は食堂を出る。どこに向かったか見回すと、明らかに挙動不審なトシヒコがいた。
階段の方をしきりに振り返っていたトシヒコは、僕に気づくと眉をひそめて、
「おい、お前、エイタローさん泣かせんなよ」
「そっち行ったのか?」
頷く。
城壁か!
駆け上がる。城壁は三、四階をぶち抜く玉座の間を囲むテラスから出ることができる。
すれ違うプレイヤー達の驚きを尻目に、とにかく追いかけた。外に出ると風が強く、寒い。南門の方、ちょうどここから反対側に、走っているエイタローの鎧姿が見えた。
追いかけようとして、足が動かないことに気づいた。
疲れじゃない。
エイタローに追いついて、言うべき言葉が見つからない。
不意打ちだったとはいっても、目の前でキスだとか、あんな親しげな言葉をかけたりとか、気が気じゃないはずだ。イイリコ小隊のみんなには、昨日の会話の最後の方は伝えていない。この世界が実在するだとかの、妄言に近い推理なんかただ混乱させるだけで、『ノリアキングが絡んだヤラセだった』という本題とは全く以て関係ない。
だからこそ。
その会話を知らないから、レツリンの僕に対する態度は不審なもののはずだ。
というか僕だってわけがわからない。
なんで今まで、なんにも興味のなさそうな顔をしていたレツリンが、あんなになったのかがわからない。
いや、クソ、ちくしょう、わかってるよ。
あれは今まで、誰にも理解されなかったオタクが仲間を見つけた時の反応に近いんだ。
それが一般より高いか低いかは置いておいて、自分と同じステージに立っている人間を見つけた時の喜びだ。それが多少過剰なのがレツリンだ。
だから……だから、なんだってんだ!
そんな事情はエイタローには関係ないし、僕があいつの暴挙を許す理由にもならない。今まで誰とも一定以上に近しくならなかった僕に、親からも何年も話しかけられなかった僕に、好意を伝えてくれたのがエイタローじゃないか。
僕は目の前でそれを裏切ったんだ。
昨日、エイタローを裏切ったんだ。
「悪いのは……僕じゃないかよ……」
「なにやってんだお前」
どん、と押されて、僕は心底ビビった。
振り返ると、トシヒコが立っていた。え、なんでいるの。
「案の定だよ。お前さ、なんか頭いいとかジュリアさん言ってるけどさ、ただ考える時間が長いだけなんだって。前もそうだったじゃねえか」
「ま……前?」
「海でメソメソしてた時だよ。二十過ぎてそーいうのうぜえからやめろ……成人してるよな?」
黙れ。
「こっ……こっちにだって事情が……」
「おめーの事情はエイタローさんには関係ねえだろ」
うぐ。
「だ、だ、だって。なんて言えばいいのか」
「ケンカしたんだろ。ぎゅーってやってぶちゅーってすりゃいいじゃんか」
……
はあ?
「ト……トシヒコ……バカじゃないのお前」
「うっせえ! いいから黙ってやってこい! いいか、コツは何かいう暇を与えないことだ。とにかく押し切れ」
すげえうさんくさい。
うさんくさいけど……いや、やらんよ。やらんけど……くそ、とにかく背中を押されたおかげで、足は動くようになった。
なにも思い浮かばないけど、とにかく行くしかない。
離れてたら、なにも進展しない。
……
ええと。
隣まできた。
あのときと違って今は昼だ。だけどあのときと同じように、風が僕らを撫でる。
エイタローは兜を投げ捨て、真っ赤な目で城壁の手すりに寄りかかっている。
リアルよりずいぶん長い、まとめ上げた髪が揺れている。
「……」
あの……その……
「え、エイタロー」
やべえ、裏返った。
すげえ恥ずかしいけど、エイタローには聞こえなかったみたいで安心……じゃなくてシカトされてんだよ。
「その……な、なんて言っていいか」
よりにもよってこれはないんじゃないか。
心の中でツッコミが入る。言いたいのはもっと別のことだ。でもそれが喉を通ると、当たり障りのない、ついでに中身もない、つまらない言葉に変換されてしまう。
……エイタローといると、自分の言葉にいかに説得力がないか痛感する。エイタローの涙をとめることなんてできそうにもないし、怒りを鎮めることはそれ以上に無理そうだ……
――ぎゅーってやってぶちゅーってすりゃいいじゃんか
……あ、う。
そんなリフレインは望んでいない。
いないのに、手詰まりだから、言葉を探してるから、どうしても浮かんできてしまう。
やるのか。
どうしても愚策なのに、やってしまうのか。
というか僕は、こんな大事なことを他人の案にゆだねてしまっていいのか。
でも、いや、ちょっと待て……
なんで僕はエイタローの肩に手を、
「……なに」
ぶすくれたエイタローの声。
それで、もう、後には引けなくなって……
殴られた。
グーで殴られた。
エイタローの両肩に手を置いたまま、僕は草原を眺めていた。一瞬前までエイタローを見ていたはずが、雄大な大自然に目を奪われて――
「ぬぐって」
……ん?
「口紅、ぬぐって」
まさか。
袖で口をぬぐうと、黒い布地にもはっきりと、汚れがついたのがわかった。
トシヒコのヤツ、気づいててなにも言わなかったんなら後で殴ってやる。
「なにがあったのかは知らないけど……ジェストくんが襲われた感じなのはわかるよ」
だけど、とエイタローは僕を睨みつけてきて、
「そ、そんな隙だらけは……もう、止めて」
す……隙だらけ……反論できん。
「え……エイタロー、ご、ごめ」
「最低、大嫌い」
ぎく、と全身が硬直した。
その瞬間、エイタローの唇が――
「――ほ、ほら、隙だらけ」
今度は別の意味で動けなくなっている僕に向かって、エイタローは言った。
「きょ、今日は……追いかけてきてくれたから、もう、いいよ」
「え?」
「でも」
両手で襟を掴んで、見上げてくる。
「次はしょうちしないからね」
……これは……今まで、どちらかというと大人しかったエイタローが、僕の思っていた以上に……直接的に、言葉を伝えてきたのは……レツリンのおか、いや、せいなんだろう。
「う……うん」
僕はその勢いに押されて、人形のように頷くしかなかった。
安堵と、これから少しは気を引き締めなければいけないという決意と。
でも。
これで終わりと思ってたら……大間違いだった。




