じっちゃんの名にかけて
伏兵だ。そうでなけりゃ、ハンマーナックルのバスが突然現れた理由が説明出来ない。ファントムの男爵なら自分が消えることは出来るけど、ハンマーナックルにそんなスキルはない。
他人を透明に出来るのはタイムキーパーとタクティシャンだけだ。そして、タクティシャンで一番取りやすいスキルが伏兵。バスがずっと近くにいて、僕が所持者に確認する機会をうかがっていたに違いない。
となれば……あれはペンダントじゃない!
「ご苦労」
もう通信しなくても男爵の声が聞こえる。僕は行動に移る男爵を阻止すべく、ワンドを引っ張り出した。
走り出した男爵を狙ってブラインドを賭けようとした時、僕の腕をバスが掴んだ。
「てめえにゃ借りがあんだ」
怒りの表情で睨みつけてくる。
やべぇ。
『ガートランド! イイリコさんを乗せろ!』
とっさに通信で呼びかける。小隊全員を対象にしたから、イイリコさんも気づくはずだ。いや、さっきの通信ですでにわかっている。
鼻っ面に痛み。
ぐるりと空が視界に入って、殴られたことに気づく。いてえ!
ついでに気づいた。ガートランドはさっきドラゴン召喚したばかりだ。まだリチャージまでに時間がある。
空に逃げることはできない。
くそ。男爵につかまりにくいように、僕らの中で一番素早いイイリコさんに持ってもらっていた。だけどバンディットよりもファントムの方が素早いし、ステップを初めとした移動スキルで機動力は歴然の差がある。いきなりイイリコさんが持っているとバレるとは思ってなかったにしても……マズいぞこれ。
倒れた僕にストンピングを浴びせてくるバス。くそ、これ僕が男爵を倒した時の真似だ。伏兵で僕の通信を盗み聞きしたのも含めて意趣返しか。
『ジェストさん!』
ジュリアさんの通信
それと同時に、頭上でドラゴンが羽ばたいた。
「うおっ」
バスがうめいて、剣戟の音。
ストンピングが止まった隙に、僕は這いずってバスから離れた。HPは黄色。これ以上攻撃受けてたらやばかった。
「ヒールいきます!」
ユージンの声の後、体が緑色の光に包まれる。ありがたい。
立ち上がって振り返ると、空にいたジュリアさんがバスと対峙している。ジュリアさんにも事情は話してないけど、プレイヤーが僕を襲っているから緊急事態だと思ってくれたようだ。正直なところ助かった。できればジュリアさんにはそのまま空でトシヒコのスキルを観察し続けてほしかったけど。
だけどなんだよこれ。この前男爵に会ってから、ヤツの一派とばかり殴り合ってるぞ。今だって防衛戦の途中なのに、注意すべきはモンスターよりも男爵かよ!
前線を見る。ホグとキラーマンはほぼ掃討している。小隊の面々もこっちを見ていて、身をかがめて走る男爵に対して構えている。
このままだとヤバい。あいつが無策のままのはずがない。
絶対に伏兵で仲間が隠れている。
……くそ、レツリンはどこだ?
タクティシャンの伏兵は、ただ一人、実行者だけは透明になれない。また効力を発揮するためには、伏兵のプレイヤーが相手とエンカウントした時、タクティシャンもエンカウントしてなければならない。
だから男爵が姿を見せていたんだ。あいつが堂々と現れることで、僕とのエンカウントになんの不思議もなくなった。その後にバスを含めた伏兵一派が僕らの側に忍び寄ってきていて……だけど伏兵は、実行者であるタクティシャン、つまりレツリンは透明になれないんだぞ!
どこにいるんだ。この平地で隠れる所なんてない。透明じゃないレツリンが僕とエンカウントできる範囲にいなけりゃならないんだ。
なんでいないんだ。
「ジュリアさん、ありがとうございます! 僕のことはいいんで空に戻ってください!」
「しかし……!」
返事を待たずに、バスに向かってブラインドを放つ。MP枯渇。すぐにMP回復薬を使用すると、
「今回の作戦を成功させる必要があります!」
ワンドをしまって、剣を抜いた。二本持ちは忙しいな。
ジュリアさんは僕とバスを交互に見ながら、心配そうな顔ではあるけど下がった。
「事情は聞かせてもらいますからね」
降り立ったドラゴンに飛び乗る。その脇で、霧散した黒い霧からバスが姿を現した。暗闇にはなっていない。どうせ対策してやがるんだ。
「お前は絶対行かせねえ。絶対にデスさせるからな」
くっそ、ブチぎれてやがる。こんなのまともに相手するだけ無駄だ。
僕は振り返って走る。男爵の方へ。
「待ちやがれ!」
背後からバス。マジで怖い。
でも僕は大丈夫だ。空に逃げれば、近距離戦が主体のハンマーナックルには手が出せない。
「コウモリ変化いきます!」
誰に言うわけでもないけど、これがジェスチャーマクロだ。僕の体は地面を離れ、空に舞う。
その目の前に、火の玉が。
避ける暇もない。
胸元に火球がヒットして、僕はバランスを崩した。
『ジェストくん!』
落ちるその先にエイタローが走ってきているのが見える。バカ、僕はいいんだ、男爵を止めろ!
その背後にグレイトマギが姿を現す。男爵一派のもう一小隊のヤツ。名前はわからないけど、そういやいたな。ブラガワームの時は男爵の小隊しかいなかったから印象が薄いんだよな。決闘の時も僕は直接戦ってないし。
だから職業構成も曖昧だ。そういうことを見越して隠してたならムカツク。
それに合わせて、次々と男爵一派のプレイヤーが姿を現した。イイリコ小隊を囲むように立っていて、抜かせないように構えている。その位置把握ができないまま、僕は首のあたりをわしづかみにされた。
熱気。だけどフレイムショットが直撃したわけじゃない。大きな盾に遮られて無事だ。
ぐい、とあらぬ方向に引っ張られて、盾の内側に押し込められる。
「男爵の仲間はジェストくんを狙ってる。少し隠れてて」
エイタローだ。
隠れてろっていったって、僕を隠したのは丸見えだったろ。だとすると男爵一派の攻撃がエイタローに集中するじゃないか。
「だっ!」
気合いの声と共に、盾に衝撃があった。シールドチャージはモリビトとガーディアンにとって生命線とも言えるスキルで、盾で敵を押しのける力に補正がかかる。攻撃を食らう頻度が下がるからそのまま持久力に影響する。
今エイタローは、誰かを押しのけた。僕は盾の内側にいるからほとんど見えなくて、視界はエイタローの鎧ばっかりだ。
コウモリってこんな小さくなるのか。自分じゃ体の大きさは変わったように感じないから妙な気分だ。
『エイタロー、適当なところで僕を離してくれ。ある程度引きつけてくれたら十分だ』
今度は刀で誰かと戦いだしたエイタローに僕は通信で呼びかけた。続いて、
『イイリコさん、男爵は――』
『黙ってなさい!』
姫代子の通信が割り込んでくる。まだ盗まれてはいないようだけど、話している余裕もないってところか。そもそも男爵一派は二小隊いるから絶対的不利は否めないし、時間の問題かもしれん。
『ジュリアさん、モンスターは抜けてきてませんか』
こんな状態になったら、もはや僕らに盾としての機能は無い。モンスターも素通しになってしまって、トシヒコの所に一直線だ。にも関わらず、ジュリアさんから前線に補充を要請する通信が飛んでいない。
どういう状況なんだ?
『モンスターは男爵一派が処理しています』
はあ?
『その上でジェストさん達を狙っている。彼らの目的はなんなんです?』
「ジェストくん、限界!」
またぐいと掴まれて――今度は大きく振り回された。
そのまま飛ぶ。
ああ、ボールってこんな感じなのか。
「狙えっ!」
バスの声で慌てる。早く体勢を立て直さないと――フレイムショットをギリギリで避けて、僕は更に飛んだ。
男爵一派。空から見ていると確かに、イイリコ小隊を包囲していて、なおかつ前線を突破してくるモンスターにも対処している。しかも実際にモンスターが出てくる前にターゲットしているように見えるくらい反応が早い。
あくまでイイリコさんから盗み出すのは男爵一人でということなのか、姫代子やガートランドの邪魔はしているけどイイリコさんには手出ししない。
イイリコさんと男爵の一対一。
これなら少しは大丈夫だと思う。最悪の展開は、イイリコさんが伏兵に拘束されて、そのまま盗まれてしまうことだった。自由に動けるならそう簡単に盗まれはしないと思う。
雷が落ちた。
こうして上から見ていて、どうしても気になることがある。
一人足りない。見えているのは男爵も含めて十一人。
レツリンが足りない。
落ち着いて考えろ。
伏兵は実行者がエンカウント状態になければ効果が発揮されない。となるとレツリンは、必ず僕の近くにいるはずなんだ。
だけど、この平原に隠れる所なんてないだろ。広範囲に散らばっている男爵一派とイイリコ小隊、後方にトシヒコと三人の防衛プレイヤー、空にはジュリアさんともう一人。
後は少し前線に、大量の防衛組のプレイヤーと無数のモンスター……
防衛組のプレイヤー。
『イイリコさん、持ちこたえてください!』
僕は前線に向かって飛んだ。
男爵のスタンスとして、この作戦を台無しにする気はないんだろう。だから僕らの手を塞ぐにあたって代わりにモンスター掃討を行っている。何故って、男爵組は決して、人類に敵対しているわけではないのだから。
だから突っ込んでくるワイルドホグなんかをたたき伏せているけど、さっき僕らがやっていたよりも前線との距離が近い。タイミングを誤ると、足の速いホグには抜けられる可能性が高い。
だから少し早いんだ。男爵組が早めに動くのは、あらかじめどのモンスターが抜けるかの指示が出ている。
その指示はここにいないレツリンから出ている。
そしてレツリンがどこにいるかって……前線だろ!
前線でモンスターを見て、抜けそうなヤツを判断して指示を送っているんだ。周りには多くのプレイヤーとモンスターがいる。下手に身を隠すより、衣装を変えて堂々としていた方がむしろばれにくい。
後ろから魔法の気配がして、僕はコウモリ化を解いた。五メートルくらい一気に落下するけどどうにか着地。頭上を火球が飛んでいく。そのまま走って、前線に到達する。
どこだ。
雷が落ちた。まだまだトシヒコの呪文は終わらない。どんだけだよチクショウ。
あたりを見回す。このあたりは戦いも激しくて、絶え間なく指示と悲鳴と怒声が飛び交っている。人類とモンスターが入り乱れていて、その中で僕は剣を抜いた。
僕が前線に向かっていることはバスあたりからすでに伝わっているだろう。身を隠すか、それとも見つからないと高をくくっているか。後者はないと断言できる。だけど身を隠すのも考えにくい。レツリンが僕に見つかっても、男爵側には全く痛手にはならないから。
だからむしろ、ここまで来たら見つけられることが自然なはずだ。
『ジェ、ジェストくん、そろそろ無理そう』
イイリコさんの通信。事前に、あがいた上で取られたなら仕方ないということは伝えている。僕は目的を果たすためにレツリンを探しているから、少しでも長くその時間を稼いでくれるように頼んだ。
そして、人魔入り乱れる中、涼しい顔で立っているレツリンをようやく見つけた。
『すいません、もう少しお願いします』
通信で伝えると、僕はゆっくり深呼吸した。
いろいろ考えたけど、やっぱり最初はこれだろ。
「本物の夕闇男爵、あんただな」
レツリンはゆっくりと振り返って……なんの感慨もなさそうに、無表情に僕を見てきた。
そこに驚きというか、なに言ってんだこいつ、みたいなものが欠片も無かったから……僕は確信したんだ。
「むこうの男爵……めんどくさいからあっちのことはバロンって呼ぶぞ……バロンは、WWで都市伝説化していた夕闇男爵とのイメージとまるっきり違う。自己主張が激しくて、むやみに人を煽って、そのくせ感情的だ。どう考えてもあいつは男爵とは思えない」
違和感はずっとあった。目立ちたがりのバロンは、実在が怪しまれていた夕闇男爵とは正反対の印象を持たせる。
「逆にレツリン。常に冷静で、人をよく観察していて、言葉の端からいろいろ読み取って、話している相手を煙に巻いて……どっちかっていうと、あんたの方が男爵って言われた方が納得がいく」
レツリンの表情は変わらない。
「もちろんこれは具体的な証拠があって言ってるわけじゃない。そもそも職業がファントムとスキーマーだから、盗みの技術がどうのこうので判別できることでもない。単純に、男爵のマイナスとあんたのプラスを比較した結果だよ。だけど僕は、それだけに可能性が高いと思ってる」
夕闇男爵を名乗るのにはある程度の覚悟がいる。ファントムという職業縛りが発生し、他プレイヤーから好奇の視線を寄せられることはあっても、それ以上には絶対にならない。だから普通のプレイヤーが男爵を名乗ることはない。
にも関わらず、男爵っぽくないプレイヤーが男爵を名乗っているからには絶対に理由がある。
「どんな理由があるのか知らないけど、バロンは替え玉だな。なにを企んでるんだ」
「五十点だ」
初めて、レツリンが口を開いた。
「それ以上の根拠は君にはないだろうし、大筋であってはいるけれど核心はほとんど突いていない。とはいえ、そうなるように情報を制限していたから君が無能というわけではない」
周りは戦闘で騒がしいのに、やけにはっきりレツリンの声が聞き取れる。
「私が夕闇男爵だったのはWWの話だ。今はバロンが男爵。つまり二代目だよ」
なるほど。
それを確認してからでないと話が進まない。
「WWでの夕闇男爵の真実は、数人のプレイヤーが持ち回りで『夕闇男爵』を演じていただけのことだ。アバターさえ一緒にしてしまえば、もともとつまはじきにされていたファントムの個体識別に労力を割くプレイヤーは非常に少ない。もちろん男爵を研究する銭形クラスタもあるにはあるけれど、本当のところがわかれば隠蔽に協力してくれた」
男爵を複数が演じていたなら、いつのまにか遠距離を移動していたり、あらぬところから現れる、ということが容易に行える。名前についてどう対処していたのかは知らないけど、いま重要なのはそこじゃない。
「男爵は入れ替わる。様々な事情でゲームが出来なくなったり、単純に飽きたりしたものはその輪から抜け、スカウトしたり真相を突き止めたシーフがファントムに転職してまた男爵を構成する一部になる。そして私は……飽きた」
レツリンが男爵引退を考えていた頃、CHの招待状が届いた。
「運営からは男爵を名乗るように要請があった。だが私は、新しいゲームでは男爵ではない別のプレイヤーとしてありたかった」
だからかねてよりの知り合いで、興味を示していたバロンに引き継いだ、ということらしい。
「だから君の推理は大筋であっている。私が男爵らしいのも、バロンが男爵らしくないのも、根拠としては十分だろう。けれど、だからどうした」
そう。
問題はそこだ。
レツリンがかつて男爵で、バロンが今の男爵で、それが何の意味を持つのか。
僕はその意味がわからなかった。レツリンはスキーマーだ。こればっかりは絶対だ。
「転職前、バロンは僕に『男爵はまだ負けてない。まだ一つ大きな嘘をついている』といった。僕はそれに答えるためにここにいる」
「私が男爵であることが大きな嘘だというのか」
「違う。その答えに到達するように、あんたらはバロンの『男爵らしからぬ』態度をわざわざ見せつけてきた、それだけのことだ」
レツリンが男爵である。そのことは確かに一つの秘密に違いない。だけどバロンはこうも言った。
――それがわかるまで、まだお前は掌の上だからな。
男爵の正体、それ自体はただサプライズなだけで、それ以上じゃない。レツリンにしたってあえて隠すようなことでもないし、正式に名前を継いだバロンにとってはただ不名誉なだけだ。
だからバロンの言いたかったことは、もっと大きな、気づかない僕を見てほくそ笑むような、そんなことだ。
僕が『本物はレツリンだ』という、あらかじめ到達するように誘導された答えで満足したのなら、このままずっと掌の上だっただろう。
舐めんな。
「黒幕はノリアキングだな」
一足飛びで僕は答えを言った。
レツリンの顔に、初めて表情らしいものが見えた。




