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一気に行くぞ

 陽炎がログアウトするのを見送って、僕らは複雑な心境にモヤモヤしている。


 陽炎が閉所恐怖症である、という事実は覆せないし、事実、このワームを通り抜ける間にかなりの消耗があったのは確かなんだろう。


 僕のように強制ログアウトさせなかったあたり、そこまで事態は深刻じゃない、と思う。ただし陽炎の問題点は一つ。


 運営に閉所恐怖症であることを申告していない可能性がある。


 そして今回のことで、それがばれた恐れもある。


 CHは筐体の中に入り込んで、スポンジみたいなのに体を埋めて催眠状態に陥る、というかなり特殊なプレイ環境だ。モニターを兼ねるフタが降りるから、まるで棺桶みたいに狭い。運営がどう考えているかはわからないけど、閉所恐怖症のことをよく知らない僕からしたら、それは結構気になる部分なんじゃないかと思う。


 ゲーム前の健康診断。そこでは全員がパスした。もともと少しくらい問題があっても、過酷な環境でテストをするわけじゃない。持病なんかの確認を含めた軽いものなんじゃ無いかと思う。


 そうはいっても、もしかしたらパスしないかもしれない。事前の情報や予想ではフルダイブ式だったから、一旦ゲームを始めてしまえば大丈夫。


 陽炎がそう考えた可能性は十分ある。


 もちろん僕の予想だし、ただ、僕も同じ立場だったらたぶん申告していない。少しでも運営に心配されるような情報は隠しておきたいのが心情だと思う。


 それだけに、ばれたのはマズい。


 サクラさんが黙っているのもたぶんそれが原因だ。


 体調に問題がなければすぐに戻れる、とのことだった。ペナルティなんかないだろうな。


「一日が五分くらいなんだっけ」


 サクラさんが言った。指折り数え、


「次の侵攻まで二週間とちょっと……戻って準備する時間を含めて、探索は一週間くらいになるね」

「そのくらいです、予定ではもっと速く東に抜けてたんですけど」


 そう、僕たちは男爵の発見、転職施設の発見と、結構速く目的を二つ達成している。だけど肝心の、東域に存在する解放拠点はまだ一つも見つけられていない。ミウルの里、アールター神殿は、どっちも解放の対象じゃない。


 それに足止めを食らっていた湿地帯は、東域の南東。それ以外の部分は未だに未開拓だ。僕が一番の目標にしていたゲームの進行については、ほとんど進んでいないんだ。


 だからこれからの一週間をどう使うかはかなり大事だ。


「それじゃあ、六日くらいでアタシ、一回ログアウトするわ。ちょっと面倒だけど、ジェストくん、みんな頼んでいい?」


 サクラさんが言い出したことに驚きはない。そしてたぶん、


「あ、あの、俺、も……」


 利家が続くのも予想範囲で、その後、続々とサクラ小隊が手を挙げたことも。


 サクラさんは意外そうだったけど。


 サクラさんが思っている以上に、小隊員は仲間のことを心配している。


「あ、その……まあ、そういうわけだから、ワガママいって悪いね。診断がどれくらいかわかんないけど、とりあえずやることはやってくよ」


 そういうわけで、僕達はとりあえず北に行くことにした。この場所、つまりワームの頭(東)からサンダマスヴェリアは南だ。先に森を湿地の外側を回り込んで、今判明している『霧のかかった街』を偵察する。空からみた感じ、二日くらいで行けると思う。


 そこから北東に進み四日目に折り返し。そのまま海岸沿いを南下してサンダマスヴェリアまで戻る。これで余裕を持って城まで帰れる予定だ。


 このあたりのモンスターはもはや敵じゃなかった。二次職で飛躍的に上昇したパラメータが明らかに適正を超えている。転職した際にレベルがかなり低かったことを考えると、運営の予想じゃ僕らが転職するのはまだ先のはずだったんだ。たぶんサンダマスヴェリアから海岸沿いにこのあたりに到着するのが普通のルートだったはずで、そのまま湿地を避けて進めば、アールター神殿が見つかるのはかなり遅れる。


 この辺は帝にザマアと言っておこう。ヤツがどれくらいゲームバランスに関わっているかはわからないけど、最初の頃に食糧難でヒイヒイ言ってたのに比べるとずいぶん楽になった。


 そろそろウルフキングにリベンジできる頃なんじゃないかと思う。みんな大規模戦闘にも慣れてきているし。


 次の防衛戦が終わったら年末だ。一年の締めくくりとしてもう一度挑んでもいい頃合いだろう。


 ただし大手を振って城に戻るには、やることはきっちりやっておかないと。


 一日半かかって、僕らは霧の街が見える所まできた。東域の南部分はほとんど森と湿地で、逆にそれ以外はほとんど平原。だから森を背に北を見れば、ずいぶん先まで見渡せる。遠くの遠く、平原の中にぽつりとあるのが霧の街。ここからじゃよくわからないけど、別段変わった地形でもないのに、あそこだけ霧に包まれているのは不気味だ。


 鷹の目で眺めていたイイリコさんが、頬を掻きながら言う。


「アンデッドだわ、あそこ」

「アンデッド?」


 姫代子の問いかけに頷きながら、


「歩いてるのガイコツとかゾンビとか、アンデッド系ばっかり。そういう拠点なんでしょうね」


 ゲームをやってたら絶対に経験があるはずなのが、アンデッドだらけの街や船。CHにもそういう「よくある」シチュエーションが用意されているらしい。念のためにもう少し近づいて……正確には相手の索敵範囲ギリギリだと思われる所まで近づいて観察してもらったけど、特に予想を覆すようなことはない。


 問題は拠点を奪取する条件だ。


 マーシャヴェルナとアーシュアの時は、設定されていた親玉を倒せばよかった。オルトノグェイク砦は中のモンスター(隷属されていたホビットは除く)を駆逐した段階で解放され、だからボスだったガランスギュエックを倒しただけじゃ占領出来なかった。ボスだからイコール拠点の親玉、というわけじゃないし、親玉を倒すことイコール拠点の占領ってわけでもない。


 さて、あの霧の街はなんだろう。


「ヴァンパイアとか……あ、ごめんごめん」


 わざとらしいサクラさん。もしボスがいるならそんな所だろう。どちらにせよ、モンスターがアンデッドだらけならホワイトメイジがいるに越したことはない。アンデッドは例に漏れず聖属性が弱点だけど、二次職までで聖属性の攻撃ができるのはホワイトメイジと、限定的ながらアルケミストだけだ。後はどうにか素材に恵まれればブラックスミスが聖属性の武器を作ることも不可能じゃないけど、ぶっちゃけこの時点では厳しい。


 ぐるりと西回りに見たところ、街の大きさはマーシャヴェルナより一回り大きい程度。こうなるとトシヒコの『伏兵』が欲しくなる。視界の悪い霧に闇雲に突っ込むのは危険だから、少数で透明になって下見しておきたい。


 霧の街の位置と様子をメッセージでジュリアさんに送り、僕たちはまた移動した。今のところザコがアンデッド系列で固められていたことがわかれば十分だ。他に施設がないか、その場所を探すのが先決。


 二日かけて東域の中央あたりを縦断する。ここから先は北東域、と言うような所まで来て、特に収穫はなかった。ここまで来ると、時期的なこともあってかなり寒くなっていた。イイリコさんと姫代子、サクラさんも上着を着込んでいる。CHの特徴はやっぱりアバターの衣装だろうと思う。リアリティと外見と装備の数字を一致させるのに苦労したのが目に見えるようで、つまり露出の高い服は見た目通り寒さに弱い。一応リアルに比べて感じる変化は鈍いけど、それもなんか中途半端だ。このあたり結構ややこしくて、前に説明したように装備は『外見に反映させない』ことが可能だ。極端な話、どれだけゴツい鎧を着ていても外見は半裸、みたいなこともある。ステータスはもちろん鎧のものが適用されているけど、どういうわけか寒さ暑さは半裸の外見が適用される。かといって寒さを凌ぐために鎧を着込めば、慣れていない人に取っちゃ動きづらくなる。


 例え反映させていなくても重量として加算されているから、半裸で動きやすいのに体は重い、とかいう事態も起こりうるわけだ。これは特にシーフ系、ハンター系の素早い職業に多い。もちろんそれだけじゃなく、アイテムを持ちすぎた場合も手ぶらなのに重い、というリアルではあり得ないことが普通に起きる。これに慣れるのがCHを楽しむために必要な要素なのは疑いない。


 話がそれた。


 つまり寒いところだと服を着込む必要があって、その結果、いつもよりも動きが鈍くなる可能性がある。この程度ならまだいい方で、例えばやっぱりゲームのお約束、雪山なんかになったら真剣に考えないといけなくなる。吹雪の中を歩く際、もしかしたらリアルと同じように遭難なんかの心配をしないとならない。


 ここから北東域は山で遮られている。その向こうがどんな風になっているかはわからない。ただ天まで届く塔がある、それだけがわかっていること。


 とにかく今は東に進む。予定通りに城に帰るにはそろそろ折り返し地点だ。中央を縦断したから、今度は東の海岸に沿って南下する。これで東域のほぼ全てを踏破したことになり、自ずと最低一つはあると思われる拠点も見つかるはずだった。なにせ東域のど真ん中にある霧の街一帯は360度が見渡せる大平原だ。そこから鷹の目で見つからないんなら、平原地域にあるとは考えにくい。


「落ちるなよ、とくにメンデル。草を見つけてもすっ飛ぶなよ」


 ガートランドがイイリコさんを後ろに乗せ、ドラゴンで飛ぶ。東域の北東地域は崖になっている。そこから南下して行くにつれなだらかな坂を下り、砂浜に変わっていくという案配だ。


 その崖になにかあるかも知れない。だから目のいいバンディットを乗せて、ガートランドに飛んでもらっている。


「この辺はまだ浜の敵は出ないみたいだね」


 サクラさんが呟いた。出てくるのはウルフの上位種やらサイやら、つまり草原の敵だ。まだ浜っていうより断崖だからおかしくはない。


「それより、その、マトノさん、大丈夫ですか」

「別に死ぬわけじゃないし」


 サクラさんはあっけらかんとこたえる。とはいえ、目が合う度に泣かれそうになるのもなんとなく気分が悪いわけで、どうやらいつも近くにいる分、モンスターより僕の方が怖いらしい。まともに口もきいていない。


「ジェストくんが怖いんじゃなくてヴァンパイアが怖いんだよ。なんならリアルで会ってみればいいじゃん」


 そこまでするほどでもないけど。ちょっとモヤモヤしながら歩いていると、隣を歩いていたエイタローが小声で言ってきた。


「あの……私、怖くないから」


 盗み聞きしていたのか、前のユージンが吹き出した。


「わ、わ、笑う所じゃないでしょう」


 真っ赤になって抗議するエイタロー。


「んなこと言っても……怖がるのマトノさんだけですって」

「見るからに草食系じゃない。危険なんて一ミリもないわ」


 振り返って姫代子。うるさいだまれ。






 異変が……というより、ガートランド達がなにか見つけたのは翌日。正体はすぐにわかった。僕たちからもすぐに見えた。


「頭下げて」


 断崖もまだ高い。海までの高さが五十メートルくらいのところで、フィヨルドだかなんかみたいにギザギザ削れて複雑になっている。その一帯の海に、船が何艘も停泊していた。


 ガートランド達を呼び戻して、僕らは注意深く観察する。凹んでいる一カ所に一艘。合計七艘の船団が、どういうわけかこんな所に潜んでいた。マストには物々しいドクロ。


「……海賊?」


 崖の隙間をのぞき込む。一つ一つの船がかなり大きく、装飾も豪奢なものだ。たまに乗組員らしき謎の生物が出たり入ったりしている。


「モンスターか、あいつら」

「たぶん……どこから出てきてるんだろう」


 それがわかったのは北から数えて三艘目を覗いたときだった。そもそもこの三艘目、半分しか見えない。


 つまりもう半分は、崖に空いた空洞の中にあるってことだ。崖の上からはわからないけど、モンスターが見えない所から出てきているんだから間違いない。


「つまり……海賊のアジト、なのかここ」

「ドラゴンで確認しよう。ガートランド、危険だけど頼む」


 頷くガートランド。もう一人、イイリコさんにも行ってもらう。鷹の目でなにか情報が得られれば、いくらか有利になるはずだ。


「僕らは先に進む。ガートランド達は北からこう、通り過ぎるように。気づかれたら速攻で逃げて」


 もしここが予想通り海賊のアジトなら、真上のここを見張っていてもおかしくない。大規模戦闘の拠点だとするとマーシャヴェルナみたいに無限湧きの可能性もあるし、速く通り過ぎたほうがいいだろう。


 ガートランドとイイリコさんがドラゴンで飛び、崖下に進む。僕らは急ぎ足で南下し、ガートランド達の実況に耳を傾けた。


『もうすぐだ……見えた。鷹の目頼む』

『ええと……なんだろ、あれ。初めて見るモンスターね。サハギンぽいけど、えと……うわ、回避回避!』


 気づかれたみたいだ。海の上は隠れる所もないから遅かれ速かれ見つかることはわかっていたから、


『ガートランド、もういい、とりあえず離れて合流しよう』


 そう伝えて、僕らも走る速さを上げた。


 背後からそのサハギンっぽいヤツらが続々湧いてきたからだ。地面から生えたように見えるけど、同じ所から出てきている。たぶんあの当たりにカモフラージュされた入り口かなんかがあるんだ。見る限り最低二カ所。


 僕は左目を閉じて地図を出す。走りながらはなかなか辛いけど、大まかな位置をマーキングする。役に立たないってことはないだろう。


「あんま速くないっすね。たぶん海の中が本領なんすね」


 走りながらユージン。確かにヤツら、足の水かきのせいで走りにくそうだ。鱗まみれの体も明らかに両生類や魚類っぽくて、イイリコさんの「サハギンっぽい」って感想はよくわかる。


 サハギンとの違いはいくつかあって、まず腕から爪みたいな突起が数本飛び出している。アメコミで見たことあるようなヤツだ。ひっかきはサハギンの主な攻撃方法でもあったけど、それに比べてリーチはちょっと長いと思われる。


 もう一つは声だ。サハギンはギィギィとかそんな感じの鳴き声が耳に残るモンスターだったけど、明らかにこいつらは異常だ。


「Fjikytetthjo!」


 しわがれ声で、よくわからないけれど何か言葉を叫んでいるような気がする。あえて文字にすると上みたいになる。今にもつばが飛んできそうな、母音の妙に少ない耳障りな言語。


 言葉があって、船を作る知性を持っていて、徒党を組んで追いかけてくる。


 ……こいつら、もしかして魔族か?


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