B級ホラーっぽい展開になるのかよ
「わかるよ、ジェストくん。わかるけどさ……」
翌日、僕らはまた湿地帯の入り口に集まっている。
こんなところで一週間近くも足止めを食らってんだ。あんまりもたもたできない。
イイリコさんはブラガワームの死骸を眺めてため息をつく。
「わかるけどさ……薄々そんな気はしてたけど……」
見回すと、誰もがげんなりとした顔。
僕だって嫌だ。
「ですけど、ほら」
僕はワームの体をガンガン叩いた。いつの間にか皮膚は硬質化してて、まるで岩だ。乾燥したのか他に理由があるのか、口の前に立ってもあまり嫌な臭いがしない。吐いてたゲロは凄い臭かったくせに、今ならたぶん湿地よりも快適なはずだ。
このワームの体内は。
「わざわざ消えないで残ってるんです。何かなきゃ嘘でしょう」
みんな行くしかないのはわかってるんだ。だからその決断までの時間を早めるのが僕のやること。
ただし問題が一つある。僕はタバコをふかしているサクラさんに近寄って、
「マトノさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないでしょ」
即答。そりゃマトノにはワームの死骸を見て逃げ出した実績がある。中は暗いに違いないし、明かりはあるっていっても、どこまで続いているかはわからないんだ。恐がりのマトノにはかなり厳しいはずだ。
「それよりうち、陽炎くんがね……」
「陽炎?」
サクラ小隊のバンディット、陽炎。今まで全然目立ってなかったヤツの名前がここにきて上がってきた。
「彼、閉所恐怖症でさ」
サクラ小隊がはぐれもの集団である、という事実は承知の通り。だけど同じはぐれもの集団であるXXX小隊の面々と違うのは、ゲームプレイにおいて欠陥があるからハブられている、とういうのが理由の大部分である点だ。
利家、メンデル、バラリヤは典型的な『集団行動に適さない』性格。マトノはかなりの泣き虫ですぐに逃げだし、陽炎はダンジョン探索不可のシーフにあるまじき致命傷。
これらのネガティブな要素のせいで、初期の『六人組作れ祭り』からこぼれたのがサクラ小隊だ。
同じく好き勝手をやっているけど、とにかくノリノリで社交的なXXX小隊とは正反対といえる。
「あの……決してバカにしてるわけじゃないんですけど、よく選ばれましたね」
「わかるわかる。まあ、パーティ組んでダンジョン潜ったり強いの倒したりするだけが選考基準じゃないってことだろーね」
ただし……マトノと陽炎二人が参加不可となると、サクラさん達がこれ以上先に進むのは厳しいと思う。
「アタシらってさ、元々仲良しな小隊じゃないのよ」
結成の経緯を知れば、なんとなくわかる。
「みんなそれぞれ目的があんのね。マトノちゃんはまあ、アタシとWWから一緒だったのもあるけど、メンちゃんも利家もバラリやんも、モンスター倒すより素材集めたい連中だし。アタシもね。気持ち的にはソロでだって構わないんだけど、このゲーム、パーティプレイ前提みたいな調整でしょ」
今も特に、サクラ小隊の面々は会話するでもなく、突っ立っている。
「だから実利で繋がってんの。それで、それだけが存在意義みたいなところがあるから」
「……あるから?」
「みんな死んでも行くでしょ。知らずのうちにバカやることはあるけど、自分から足を引っ張るようなこと、したくないんだよね」
おいおい。
「だ……だけど、それなら止めないと……閉所恐怖症って酷かったらパニックになるんでしょう。ストレスだって半端ないでしょうし、マトノさんだって僕見て泣くくらいなんですよ」
「そりゃ来てくれないと困るから、止めないよ」
「ちょ、ちょっと待って。ムチャクチャじゃないですか。もっとみんな……の、こと」
サクラさんに口を塞がれて、知らずのうちに声が大きくなっていたことに気づく。
「少年。さっきの質問だけど、アタシ達はプレイヤースキルが高いとは言えない。でもみんな、小隊からあぶれても引きこもりにはならなかった。出歩くのは安全圏だけだったけどね。今回はチャンスだったの」
サクラさんは指でタバコの火をもみ消して、
「あんたならわかるよね。みんなゲームやりたいんだよ。お前は来るな、攻略は俺がするって、残酷だと思わない?」
マジかよ。
最後まで二の足を踏んでいた陽炎まで、ワームの中に入ることを決心した。
「あ、あた、あたし……」
「いいから、マトノちゃんはアタシの後ろにひっついてな」
涙を浮かべながらへっぴり腰のマトノの頭を撫でるサクラさん
「陽炎くん、来るならあんた、索敵はしっかりやんなさい。ケツは利家が持つから」
「おお、おう。いったらあよ」
奮起するサクラ小隊を背に、僕はイイリコ小隊で話合う。
「正直にいうと、サクラ小隊は三人と考えた方がいいです」
サクラ小隊の実情を話す。姫代子の頭に線をグチャグチャしたような漫画記号が見えた気がする。
「どっちにしろ二列縦隊が限界だし、あたし達でなんとかするしかないでしょう」
お、置いていけとは言わないんだな。効率厨の視点で見ると、戦力が半減している小隊を連れて歩くのは愚策としか言いようがない。だから反対すると思ってたけど……
そういうわけで、僕らはワームの体内に入った。姫代子の言ったとおり、二列縦隊が限界。砦を攻略した時に似ている。
先頭はイイリコさんとエイタロー、そこから順に、姫代子とサクラさん、ユージンとマトノ、メンデルとバラリヤ、陽炎と僕、そして最後尾にガートランドと利家。
たぶんこれが一番バランスがいいはずだ。僕が吸血したのはエイタロー、ガートランド、そして姫代子。
エイタローは……慣れないけど、まあ、何回も吸血した相手だからなんとかなる。ガートランドは悪ノリが過ぎて「いやん」とか言いやがった。
姫代子は特に逡巡もなく、僕に腕を差し出した。
そりゃ、姫代子は攻略に必要なことはだいたい躊躇わないからな。今回サクラ小隊についてなにも言わなかったのは、どういう心境の変化なんだろうか。
太陽の光が遮られると、僕のステータスは若干上昇した。夜ほどじゃないけど、つまりヴァンパイアはダンジョン内が有利な職業だと言える。後方に配置されているのも、防御が万全とは言いがたい最後尾の二人を補佐するためだ。
もう後衛職とは言いがたい。ヴァンパイアが肉弾戦もある程度いけることは、ワーム戦でわかった。
イイリコ小隊のバランスを一度見直さないとな。
「ブライト、行きます」
外の光が遠くになった段階で、ユージンがブライトを発動した。ウィスパーライトの上位互換で、単純に光量と照射時間が増大している。蛍光灯みたいにあたりを照らすブライトの中、僕らは閉塞感に満ちた体内を歩いて行く。
隣の陽炎は、小柄な男バンディットだ。先のワーム戦ではワイルドホグを捕まえておく役だった。砦から湿地で別れるまでの少しの間だったけど、シーフとしてのプレイヤースキルはそう高くない。覚えたら中級者の「背中ナイフ」の成功率もあまり高くなかった。中級者っていっても、苦手なプレイヤーはとことん苦手な技術であることは確かだけど。
その陽炎の顔を盗み見る。光に照らされた顔がすこし青ざめて見えるのは、ブライトのせいだけじゃないだろう。微かに汗をかいてる気もする。
「陽炎さん、あなたのことはサクラさんから聞いています」
隠しておきたかったけど、少しでも安心できるならその方がいい。
「ワームの弱さから言って、二次職になった僕たちにとってこのあたりの敵は弱い。戦闘になっても僕たちに任せておいてください」
「……ありがと」
前を凝視したまま、目を見開いたまま、陽炎は言った。
大丈夫だろうな。
「ブライト、そろそろ切れます」
二十分ほど歩いただろうか。ユージンが言った。
「リチャージまで五分。その間はイイリコさんとジェストさんの松明で歩きます。いいっすね」
口々に答える小隊員。入る前に確認したことだけど、いいぞ、改めて伝えることで、いつ切れても慌てずにすむ。
「視界は悪くなるっすけど、イイリコさんの盗賊技能で前、ジェストさんの暗視で後ろを警戒できます。慌てずに、今までと変わらず進めます」
ユージンは、マトノと陽炎に言い聞かせるようにしていた。よくわかってるよ、ホント。
「ジェストさんはちょっと大変ですけど、お願いします」
男爵と戦うことに比べたら全然。
「いいすね、松明お願いします」
僕とイイリコさんが松明をつけて、その少し後にブライトが切れる。松明二つの光源は僕らの影を揺らし、先と後ろが急に暗くなって、いかにも頼りない。マトノの背が少し丸まったのが見えた。
僕は左目を三本指でこする。このジェスチャーマクロで暗視が発動。昼間と同じ、というわけじゃない。先まで見通すことは出来るけどモノクロだ。オマケに松明の光が強くて、近くは真っ白でなにも見えない。
後ろで誰が松明を持つか、となると、そりゃ僕になる。前に一本あるんだから、もう一本はできるだけ後ろがいい。かといってガートランドと利家はどっちも両手武器だから、いざというときに邪魔になる。陽炎は信頼性に難がある。メンデルとバラリヤはちょっと前すぎる。といって、この二人を陽炎と入れ替えると、バンディットの索敵があまり生かせなくなる。
だから、後ろから二番目に陽炎。そして松明を僕が持つ。幸い、今の僕の装備は指揮棒みたいな小さい杖『ベジムワンド』だから、取り回しに邪魔になるということはない。ジェスチャーマクロも片手で出来るものに変えてある。
それにしても……わかってるとはいえ、すでに吸血の効果は切れている。同じ対象には半日待たないと再行使できないから、エイタロー達にはしばらく無理だ。
モンスターが出ないのはいいことだけど、ちょっと勿体なかったかな……と、後ろを振り返る。何かが来てるなら対処はする。特に音なんかも聞こえなかったから……
ぞわり、と鳥肌が立った。
「……ガートランド、竜」
「どした」
「竜だ、子竜、呼んで」
僕の、モノクロの視界に映るおぞましい光景。
ガートランドは振り返って、
「いいけど、入り口からしばらくあるから、ちょっと時間かかるぞ」
「いいから呼んで」
「ちょっと、ジェスト」
前から姫代子の声がする。ガートランドが口笛を吹いて、レベル1の子竜を呼び寄せる。
みんな、見えていない。暗視を持っている僕だけだ。
光が消えたからか? それとも僕らが特定の場所に入り込んだからか?
石のように固くなっているはずのブラガワームの内壁を突き破って、もぞもぞ動いている無数の……無数の、虫っぽい、なにか。
何匹いるんだ。一匹の大きさは人差し指程度。それが――それが、
壁一面に!
「イイリコさん、前、なんかいますか!」
叫びながら、僕は前方を見る。イイリコさんの松明でかなり見づらい、けど、いないような気がする。
僕らの通ってきた所から出ている。
「ジェスト、なんなんだよ! 戦うのか? 敵か?」
ガートランドが後ろから叫んできた。
「虫、虫だ! 小さいから武器はダメだ! 竜が来たら燃やし」
僕の目。メンデルの肩の向こう、マトノの、フードから覗いた細い首。
他の誰も気づいてない。マトノが背中を丸めてるから、いつもよりちょっと服から肌が出ている。
そこに、ポトリと、
「ひゃああああああっ!」
甲高い悲鳴が耳をつんざいた。このクソ狭いところでこんな悲鳴!
「メンデルさん、どいて!」
マトノの悲鳴に固まっているメンデルを押しのけて、僕はマトノのフードに腕を突っ込む。
ぬめりとした感触。
マジかよ。
とにかくひっつかんで、壁にたたきつけた。それと同時に、手に走る痛み。
「いやああああっ!」
マトノの悲鳴の中で、僕は掌を見た。焼けただれたような、皮が溶けているような、
「マトノちゃん! ジェストくんが取ってくれたから!」
サクラさんが振り返って、パニックを起こしたマトノに呼びかけている。
見上げた天上にこびりついている……いや、這い出てきている、虫。
ナメクジみたいな。
「先頭スピードあげて! 触るだけで酸のダメージ食らいます! バラリヤさん、サクラさん、二人を!」
そのまま後ろを振り向いて、手近な一軍にダークを放った。一撃でバラバラ死ぬ。HPはないも同然だ――ただ、多すぎる!
「竜が来たら燃やして。ユージン、リチャ溜まったらすぐブライトお願い」
「うす」
「陽炎さん、バラリヤさんの手を。そのままなにも見なくていいから前に進んでください!」
「マトノちゃん、持って、アタシの服持って」
クソ、なんでよりによってマトノを狙ったんだ。
ただ運が悪かっただけなのか? それにしたって十二分の一だぞ。しかも後ろから徐々に出てきているのに、前から三番目のマトノだぞ。
悪意を感じるじゃないか。
一同早歩き。僕は頻繁に後ろを振り返りながら進む。蠢く虫の気持ち悪さに、僕は暗視スキルを取ったことを後悔する。
こんなんで死ぬとか本当に勘弁してくれ。
「ジェスト、後ろは」
ガートランドの声。利家もなにも言わないけど(正確にはなにかブツブツ言ってる)、僕の方を見ている。
「僕らが歩いたところから這い出てきてる。巻くのは現実的じゃない。対処しながら前に進もう。竜は?」
「もう少し時間がかかるな」
ガートランド達には虫は見づらいだろう。松明の明かりは一応、頭上の虫たちを照らしている。だけど炎は揺れるし、虫たちは壁と同じような色らしく、僕らが歩き続けていることもあってかなり認識しづらいはずだ。
音も無く這い出てくる虫が、見えない。
でもガートランドと利家の二人は、武器を構えたまま冷静に歩いている。頼むぞ、二人がパニックになったら終わりだ。
WWの知識が邪魔した。WWにはこんなサイズのモンスターはいなかったんだ。
言い訳上等。
まさかこんなのが出てくるとは思ってなかったんだ。
マトノ、陽炎、耐えてくれよ。




