落難の相とかそういうんだろ絶対
翌日。
僕らは改めて、湿地と山岳地帯の境目にある広場にやってきていた。
大所帯だった昨日までとは違い、イイリコ小隊とサクラ小隊の十二人。
「念のためですけど、ミウルからはとくに沼を抜ける情報はなかったってことでいいですね?」
頷くサクラさん。
ミウルは、他のファンタジー作品におけるエルフのようなものだ。だから森に囲まれている湿地についても詳しいと思ってたけど……
「ここを抜けて東に行こうと思ったことがないってさ」
ジュリアさんに見せてもらった古地図によると湿地を抜けた東域の大部分は平原、そして海岸線だ。ミウルの生活領域とは異なる。危険を冒してまで湿地を渡ろうとしないのは当然かもしれなかった。
ならこの湿地、ブラガワームさえ倒せば新たな情報ナシに抜けられる可能性は十分あるはずだ。
「それと、ガートランド」
「おう」
口笛でドラゴンを呼び寄せるガートランド。これで湿地を抜けることは初めから度外視である。確かにドラゴン召喚のスキルレベルをMAXにすれば、小隊員全員が乗れるドラゴンを呼ぶことができる。ただしドラゴンライダーのスキルは戦闘に有用なものが多い。ここを超えるためだけにドラゴン召喚につぎ込むのは得策じゃない。特定職がいないと抜けられないダンジョンなんてないし。
ガートランドが呼んだのは、スキルレベル3で呼べる二人乗りのドラゴンだった。参考までに各レベルで呼べるドラゴンを紹介しておくと、1で自分と同程度の大きさの子ドラゴン。乗ることは出来ずに、ペットのように攻撃を支援してもらう。意外と重要で、ダンジョン内ではこの子ドラゴンを召喚するのがセオリーだ。
2で昨晩、ワーム退治の時に読んだ戦闘用ドラゴン。一人乗りで飛ぶスピードが速く旋回能力も高い、機動力重視のドラゴン。そして3はそういった特徴はなく平凡だが、二人まで騎乗可能なドラゴン。
乗るのは僕だ。
「それじゃあ、少しだけ待ってて」
僕は喉を鳴らすドラゴンの背中にしがみつく。WWの時はよく乗せてもらっていたけど、こっちはマジで空を飛ぶから注意しないと。
ガートランドが僕の前に立つと、ドラゴンは勢いをつけて飛び上がった。ぐぇえ、Gが凄い。しかもすげえ上下に揺れるし、これかなり酔いそう。
「北、向こうだ」
揺れるドラゴンの上で器用に立ちながら、ガートランドは左手で指さす。
こんなとこで立てるか。僕は四つん這いのまま首を捻って……風もつええよ……ガートランドの指の方を見る。
絶景かな。ドラゴンライダーはかなり人気がある職業だけど、なによりこのドラゴンに乗って空を飛ぶ、というのが大きい。一番早いタイミングで、一番長く空を飛ぶことができる。長距離移動はもちろんのこと、空を飛ぶこと自体に夢を馳せるプレイヤーは多いわけだ。
ドラゴンを駆る姿もかっこいいし。
北の方……正確には北東。経度的にサンダマスヴェリアと同じような、大陸の端っこ。
そこから、だしぬけに何か細いものが突き出している。
「……あれ、塔……?」
「にしちゃおかしい。よく見ろよ」
僕だって目をこらしている。気がつくと下を見るのも恐ろしい高さへと舞い上がってきていた。このくらいの高さでないと、大陸の反対側にある施設は水平線の向こうだろう……いや。
こいつに限ってはそうじゃない。
雲まであるぞ、あれ。
「なんだあの高さ。何階あるんだ? てか、なんであんなの見えなかったんだ? オルトノグェイクだって、こことあんまり距離変わらないだろ」
いや、ここから目視できるんなら、鷹の目を使えばサンダマスヴェリアからも見えるんじゃないか。塔とはわからなくとも、なにかそれっぽいものが立ってるような気がしないでもない、程度には。少なくとも鷹の目を持っていない僕が今、そんな感じだ。 南に目を向ける。
「霧、か。この辺の湿地帯のせいで、城の高さからは見えないんだな……じゃあ、砦からはなんで……」
また北に目を戻した僕は、すぐに理解する。
ちょうど僕らから北、オルトノグェイクとあの塔らしきなにかを結ぶ直線上に、まさに視線を遮るように、この湿地と同じような霧が立ちこめていた。
なんだあれ。周りは平原だ。霧が出るようなものはなにもないのに……。
「見えるか。あそこ、たぶん街だぞ」
街。
なるほど。
霧が木みたいに生えている根元から、街道みたいな線がいくつか出ている。あの中心にあるものは、そりゃ街だ。
「それじゃあ……」
「たぶん、解放する拠点だろ」
おっけおっけ。
転職拠点を優先していたのはこれが理由だ。二次職の、とくにドラゴンライダーの視界は初期職とは比べものにならない。これなら東域にあと一つ二つある施設だってすぐに見つけられるし、どのくらいの日数かもある程度予想がつく。
つまり二次職になるってことは、それだけで攻略の進行が――
「掴まれ!」
は?
ガートランドが叫んだと思ったら、急に足場が消え失せた。
いや、違う、ある。僕が背中にしがみついていなかったらたぶん空に放り出されていた。
ドラゴンが突如、急降下したのだ。
「うおおおっ、おわあああああああっ!」
やっべ死ぬ死ぬってこれなんだよ急に心臓が浮いてめっちゃ気持ち悪いおげぇあつい、
……
熱い?
「頭伏せろ!」
何だよ、言われなくても鬣に噛みついてるよ! なんか説明しろ、声なんか出せるか!
今度は出し抜けに右に旋回して、本気で腕がちぎれそうだった。吐き気と戦いながら暴風の中を耐えていると、視界の隅にちらりと映った、影。
『イ、イ、イ、イイリコさん! なんあ、なんでっ!』
まともに喋れやしない!
『ドラゴン、でっかいドラゴン!』
通信で聞こえてきた地上の声。
なんだと!
『どっから! どっからです!』
『空よ、雲から突然現れたの!』
空から……?
うおおっ。じゃあさっき熱かったのブレスかよ!
「ジェスト、一回のぼるぞ!」
マジか。てかほとんど聞こえてないけどあってるよな。僕にはしがみつくことしかできないからあんま関係ないけ、
『ペンダントドラゴンだよ!』
「ガート、ガ、ガートランド! ペンダントどらごっ!」
「わかってるよ!」
ドラゴンが垂直に立ち、その直後、僕らの背中をなにかとてつもなく巨大な、臭いものが通り過ぎた。
臭いってこれ、口じゃないか。
食われそうになってんのかよ!
「ちっくしょう、なんでペンダントドラゴンがこんなところで」
ガートランドの繰竜には舌を巻く。決して機動力には優れていないレベル3のドラゴンで、こんな状況で落ち着いて……落ち着いてるのか?
どっちでもいいけど、この三十秒くらい、逃げ回っているのは確かだ。
だってペンダントドラゴンってWWの推奨レベル122だぞ!
ガートランドと同意見だ! なんでこんな所にいるんだよ!
……こんなところって。
僕は真正面を、つまり今垂直に上っているから、天を見る。ガートランドの股の間からというかなり嫌な景色だけど、一面の雲。
雲。
「ガートランド、降りろ! 降りろ!」
「できりゃ苦労しねえっつうの!」
空だろここ!
そんで塔だろ、さっきの!
「とにかく降りろ! 僕たちのレベルだとそこは無理だ!」
「どこだよ! ……どこ」
気づいたか!
ガートランドは後ろを振り返ると、
「追ってきてるぞ。今進路変えたら絶対にブレスが来る」
「ガートランド、僕の腕、腕」
手を離すのだって一苦労だ。今にも落ちそうなのに。
だけどやるしかないじゃないか。
右手を差し出すと、ガートランドが掴む。
「マジかよ、立てるか」
こっちはドラゴンライダーみたいに補正がつかないんだよ。
ガートランドに掴まれた右腕で、そのまま鬣を握り直す。こうしなきゃ落ちるに決まっている。
「ガートランド、合図で急降下だからな。ぜ、絶対離さないで」
「任せとけ」
よし。
「さん、にい、いち……」
そら!
ぐるり、と空に放り出される体。
その一瞬前に、僕はブラインドを放っていた。
あたるかあたらないかとかどっちでもいい。これが僕の魔法の中で『一番速い』!
「離さ、なっ」
足場を無くした僕は、もはやガートランドの腕が頼みの綱だ。中空に両足を投げ出して、急降下するドラゴンに引っ張られて『落ちている』。
これ、周りが見える分暗闇の時よりもヤバくね。
最近落ちてばっかじゃね。
ドラゴンにブラインドはあたらなかった。どっちにしろドラゴンペンダントには上位の魔法じゃないとまったく意味が無いし、よろめきもさせられない。
だけど、アイツは避けた。遙か高みで、でかい図体が体を捻ったのが見えた。
そう、反応さえすれば。
ブレスのタイミングさえズラしてしまえば、これで――
二十メートル。地面まで二十メートル。
そこまで落下して、ようやくドラゴンは動きを緩めた。
「もう時間が無い。ジェスト」
ペンダントドラゴンは、降下する僕らを途中で諦めて雲の間に戻っていった。
ドラゴンの背中に墜落した僕は、グルグルする視界の中でガートランドを見上げる。
「コウモリにならないとデスるぞ」
そして今度こそ、足場が無くなった。
ドラゴン召喚の時間切れだ。
ガートランドは沼に落ちたらしい。ジャンプは正しい姿勢で落ちればかなりの落下ダメージに耐えられるから、二十メートルくらいだったら余裕だ。だけど落ちたところが深くて這い上がれずにデスった。トラウマもんだよ。
ちなみに、コウモリ変化が間に合わなかった僕も墜落死した。
「ぎゃあっ!」
マジで死ぬかと思った。いや、暗闇の時と違って二十メートルってわかってたから覚悟してたし、WWではもっと高いところから落ちてたからかなり慣れていたこともある。いつ衝突するかわからない暗闇に比べたら全然マシだ。
でも起きた時はさすがに悲鳴を上げた。
それからエイタローに介抱され(ガートランドはメンデル)、念のため一晩休んで、次の日。
一日無駄にした。
いや、わかったことがいくつもあった。少なくとも、推測できたことがある。
昨日の会議での僕らの意見は一致。
空になんかあるぞ。
あの雲まで続く塔と、僕らが雲まで届くほどの高度に達してきたと同時に襲ってきたペンダントドラゴン。イイリコさんの鷹の目でステータス見たから、これは間違いない。
そして、ペンダントドラゴンは僕らの高さが低くなったら追撃を取りやめた。
つまりアイツは、雲の中にあるなにかを守っているんだ。縄張りか、はたまたなにかの施設かはわからないけど。
そしてそこには、おそらくあの塔から行けるんだと思う。それ以外の方法でズルしようとするとドラゴンが襲ってくる仕組みだ。
僕らは沼を渡りながら、昨日からの話を続ける。
「利家さん、ミウル以外の設定についてどのくらい知ってます?」
エイタローと共に戦闘を行く利家は、僕を見て首を振る。そんなに詳しくない、と。
「カルタって知ってますか」
「あ、知ってる」
答えたのはサクラさんだった。いや、たぶん名前だけならみんな聞いたことがあるはずだ。
ヴェリーペアの天上世界、カルタ。
神や天使達が住まう、いわゆる楽園である。たまにそこから降りてきた天使達が依頼人になるようなクエストもあった。
「僕もあんまり知らないんですけど、もしこのゲームがWWの設定を引き継いでるなら、たぶんカルタです」
「……ん? ちょっと待ってください」
そう、ユージンならわかるだろ。
「じゃあ、もしかして砦から繋がってる地下って」
「ボスティレムだ、たぶん。天上の反対は、地獄だろ」
ボスティレムはカルタの真逆、地の底に位置する悪魔の住処。溶岩と泥と暗闇の支配する、まさに地獄。
そして底には、魔族を統べる大魔王がいるという。いずれカルタと共に解禁になると噂されていた、今は設定上のエリア。
「まって、それじゃあ」
僕は頷く。
このゲーム、地上だけじゃない。もっとずっと、世界が広い。
そこからしばらく、僕たちは喋らないで歩き続けた。
地上は七つの地域に別れている。そのうちの一つ、南東域をすでに僕らは支配している。そして七年のうち、そろそろ九ヶ月くらいが経つ。
順調だと思っていた。地上だけなら順調だ。遅くとも一年に一地域のペースで解放すればいいんだ。
だけど、もし地獄と天上まで進出しなきゃならないとしたら。
その広さもわからないのに。
「……とはいえ」
それもやっぱり先のことだ。一応ジュリアさんには伝えているから、本軍の方でも対策を練るだろう。
問題はこの先。
東域の施設を見つけることが第一。
一つはおそらく、ここから真北にある、あの霧のかかった街。あそこが解放拠点の一つなのは間違いない。
問題はもう一つだ。
僕らは塔と霧の街に気を取られていて、すぐ後にドラゴンに襲われた。だからこの湿地を抜けた先の海岸線を見ていない。
北には他に施設はなかったように思う。
だから、海岸の方になにかがあるはずだ。
「とはいえ、この湿地、やっぱ抜けらんないね」
サクラさんがため息と共に呟く。
すでに日は暮れて、だけど二次職だし僕はヴァンパイアだし、ブラガワームも倒してるしでかなり強気で進むことができる。時間で言えばそろそろ深夜だ。
だけど、対岸に着かない。
初めて来た時と同じだ。いつまでたっても進む先は近づかず、後ろを見ても進んだ気がしない。
やっぱワームを倒しただけじゃ、条件を満たせないのか?
なにか見落としちゃいないか。
変化、変化。そういやワーム、なんで消えないで残ったままなんだっけ。二日経った今も湿地の入り口に大口開けたまま死んでて――
大口を開けて?




