9話 龍脈の修正
「あんみつパフェ……美味しすぎる!」
三時のおやつの時間、鈴音は約束通り出された報酬のあんみつパフェを頬張っていた。
どうやらまた朱里が腕によりをかけて妖都から、選りすぐったものを持ってきたらしく、その味は満足を超えて、唸るほどのものだった。
「それはよかったです……」
小さく船を漕ぐ朱里が答える。
昨日の真夜中の騒動もあり、若干寝不足気味のようだ。
流石に申し訳なくなり、鈴音は朱里とパフェを交互に見た後、あんみつパフェを差し出した。
その顔が若干名残惜しそうなのは、愛嬌かもしれない
「あの、一口どうですか?」
「いただきます……」
寝ぼけているのだろう、朱里が差し出されたひとくちを食べる。
ぴんっ! と耳と尻尾が立った。
「これは……美味しいですね!」
「それは良かったです」
笑顔になった鈴音が、またあんみつパフェを口に運ぶ。
「……」
その手が、視線を受けて、止まった。
視線の主はもちろん……朱里。
「しゅ、朱里さん。どうかしましたか?」
「いえ、なんでも。どうぞお食べになられてください」
朱里はそう言うが、視線はあんみつパフェに固定されている。
朱里にこのパフェを半分ほど渡すべきだろうか。
このパフェは、朱里が探し回ってくれたものだ。食べる権利はあると言われれば、ある。
(でも、そうなると私が食べるぶんが減っちゃう……!)
──基本的に人の役に立つのが好きな性格である鈴音だが、甘味に関しては、少し食い意地が張っているところがあった。
けれど、朱里の視線を振り払うことはできない。
(い、いやいや! これは昨日のご褒美なんだから!)
そう考え直した鈴音が口に運ぼうとするが、やはり手が止まる。
朱里の物欲しそうな視線、寂しそうに揺れている尻尾が、鈴音の罪悪感を掻き立てる。
「うぐ……」
究極の二択。
結局、鈴音は朱里の視線に負けて、二人で半分ずつあんみつパフェを食べることにしたのだった。
***
あんみつパフェを食べ終わった頃、鈴音の部屋にとある人物がやってきた。
「鈴音さん、今、すこしよろしいですか?」
「九尾様、大丈夫なんですか?」
部屋に入ってきた九尾に、鈴音は体調の心配をする。
「ええ、昨日でほとんど調子を取り戻しましたから。動いても問題ありませんよ。それより、鈴音さんの方はいかがですか? 昨夜は遅くまで戦闘をさせてしまいましたが……」
「私の方は大丈夫ですよ! 元気全開です!」
鈴音は力こぶを作る。
「あの睡眠時間でこの元気……これが若さですか」
九尾の後ろにいた有雲が遠い目で呟き、哀愁を漂わせる。
「鈴音さんに一つ頼みたいことがありまして」
「頼みたいこと、ですか?」
「これから龍脈のズレを直す作業をしようと思いまして」
それから九尾は詳細な話を告げた。
穢れを運ぶ龍脈や地脈というのは、流れが少しずつ逸れていくもの。
それを修正するのが龍穴を守る四華の九尾の役目で、その龍脈のズレを放置していると、社に穢れを集めることができず、穢れが散らばってしまうのだそうな。
魔物の傷を受けて療養している間、社には大量の穢れと魔物が溜まっていた。
そのせいで社に入ることができず、本来なら定期的に行うはずの龍脈の修正を行うことができなかった。
体調が戻ってきた今、一刻も早くそのズレを修正することにしたのだそうだ。
そして、龍脈のズレを修正するときには、龍脈自体に溜まった穢れが溜まった膿のように出てくることがある。
それを鈴音に祓ってほしい、という内容の依頼だった。
「というわけで、昨日に引き続いて申し訳ないのですが、祓魔をお願いできないでしょうか?」
「九尾様の体調が悪かったのって、ズレも原因の一つなんですか?」
「社と私は感覚を同期していますからね。ズレが直れば、自然と体調も回復していくと思います」
「なるほど、それは大事ですね! 今から用意してきます!!」
鈴音は元気よく返事を返した。
ということで、鈴音は九尾の依頼を引き受けた。
いつもの巫女服に着替えていくと、社には九尾と有雲がいた。
「それではよろしくお願いします、鈴音さん」
「はい!」
「私は今から拝殿で龍脈を修正します。そのとき、境内に穢れが現れると思うので、それを祓ってください。大した穢れは出てこないと思いますが、もしもの時は儀式を中断して、私が対処します」
鈴音にそう説明した後、拝殿にて九尾が坐禅を組む。
厳かな雰囲気の中、九尾が告げた。
「それでは、龍脈の修正を開始します」
九尾が目を閉じ、瞑想を始める。
龍脈と感覚を深く同期させて、修正を行っているのだ。
徐々に、九尾の息が乱れ始めた。
頬には汗が浮かび、苦しげに顔を歪める。
「九尾様の様子が……」
鈴音はその様子を見て、心配そうに呟いた。
「龍脈のズレを強制的に修正していますから、至って自然な反応です。我々は穢れに集中しましょう」
「はい!」
言っている内に、境内に穢れが現れ始めた。
九尾の言葉通り、昨夜のように大規模なものではなく、小規模な穢れが無数に現れていく。
「私は境内の奥を担当します。鈴音様は手前の方をよろしくお願いします」
「わかりました」
有雲が呪符を取り出し、穢れの祓いが始まった。
そこらかしこに現れる小規模な汚れを、あらかじめ用意しておいた洗剤を吹きかけ、ワイパーで拭う。
「むむっ?」
穢れを祓いながら、鈴音はとあることを発見した。
水垢に似た黒ずみに対しては、酸性の洗剤を。
油汚れに似たものにはアルカリ性の洗剤を。
それぞれ区別しながらかけることで、その汚れに対する効果が格段に跳ね上がるのだ。
逆に、反対の洗剤をかけたときは、いまいち効果が薄い。
「私、すごいことを発見したかも……」
鈴音はそれぞれの汚れに合わせて洗剤を吹きかけていく。
しばらく掃除をしていると、ピタリと汚れの出現が止まった。
「二人とも、お疲れ様でした。龍脈の修正、完了しました」
息を切らした九尾が拝殿から出てきて、二人に声をかける。
「きゅ、九尾様! 胸の傷が!」
鈴音は九尾の姿を見て、卒倒した。
胸に巻いた包帯から、じわりと血がにじみ出ていたからだ。
「? ……ああ、龍脈の修正をするときに傷が開いたようですね。ですが大した傷では──」
今気がついたかのように、九尾が包帯に触れる。
「そんなことはありません! 今すぐに手当をしないと!」
「朱里、清潔な包帯を。それと九尾様の部屋に布団を敷いておいてください」
有雲が冷静に朱里へと命令を出す。
それからというもの、鈴音は傷口から穢れが入った可能性を考慮して、また精進料理を作ったりと、忙しなく動くことになった。
***
翌日、社の清掃を終えた鈴音が屋敷に帰ると、客が来ていることに気がついた。
話し声のする部屋の様子を伺う。
するとその部屋の中には九尾と、九尾にどこか面影のある妖狐が対面で座っていた。
どこかで見覚えがるような気がして、鈴音は頭の中の記憶をひっくり返して思い出す。
「あっ」
思い出した。
あれは鈴音が妖狐家に来た初日に、玄関ですれ違った妖狐だった。
しかし鈴音が声を出したことで、その妖狐が耳をピクリと動かした。
振り返ったその妖狐が、鈴音を見て目を見開く。
「おや? 人間の方ですか?」
「ええ、私の婚約者です」
「ど、どうも、清宮鈴音と申します」
バレてしまったものは仕方がないので、鈴音はお辞儀をして挨拶をする。
「婚約者……ああ、以前兄上が仰っていた、祓魔師を呼ぶためのものですね」
「兄上?」
鈴音がその言葉に首を傾げると、九尾が補足を入れる。
「彼は私の親戚なのです。実際の兄弟というわけではないのですが、慕ってくれているのですよ」
「翠といいます。よろしくお願いします。兄上は昔から良くしてくれていたので、実の兄のようなものでして」
翠はニコリと笑みを浮かべる。
笑顔がどことなく九尾と似ていた。
少し距離を感じるような、一枚壁を隔てている笑い方だった。
「それにしても、兄上の体調が良くなったようで本当に安心しました。以前僕がきたときはあれほど状況が悪かったのに、まるで魔法のような回復速度ですね」
「どれもこれも、鈴音さんのおかげです。彼女がいなかったら、未だに私は床に伏せたままでしたよ」
「彼女が?」
「いえいえ! 私なんて、ただ少しお手伝いをしただけで、本当にすごいのは九尾様ですから!」
大げさに褒められた鈴音は必死に謙遜する。
実際、自分がしたことは掃除と料理を作ることくらいだ。
祓魔に関しても大物を祓ったわけではなく、細々とした穢れや魔物を祓っただけ。
だから自分よりも九尾のほうがすごい、と鈴音は思っている。
「……なるほど、彼女が」
翠は納得したように頷く。
「なにはともあれ、兄上が元気になられたようで良かったです。これで妖狐家は安泰ですね」
「ええ、龍脈も安定させましたし、穢れの量も減ると思います。あなたにはこれまで苦労をかけましたね」
「いえいえ、そんな。僕は妖狐家の分家。当主である兄上のために穢れを祓うのは義務ですから」
そういった翠は座布団から立ち上がる。
「それでは、御暇します。病み上がりでお疲れの兄上をこれ以上煩わせるわけにはいきませんから」
「気にせず、もう少しいてもよいのですよ」
「いえ、兄上の身体になにかあってもいけませんので。それでは、また」
翠はニコリと笑うと、翠が部屋から出ていった。
鈴音の横を通る時、にこやかに軽くお辞儀をして、通り過ぎる。
「どうやら、龍脈の位置が変わったことに気が付き、心配して訪ねてくれたそうです」
翠が去った後、九尾が鈴音に言った。
「お二人がとても似ていて驚きました」
「……ああ、そういえばあなたは私の素顔を知っているんでしたね」
九尾が狐面の仮面を、思い出すかのように撫でる。
「彼には私が動けなくなってから、とても苦労をかけました」
「そうなんですか?」
「龍脈と龍穴の維持が精一杯でしたからね。本来九尾である私が行わなければならない祓魔や仕事などを、肩代わりしてもらっていました。実質、この数年間は彼が妖狐家の当主だったようなものですよ」
「失礼ながら、九尾様。御身は龍脈とその穢れを引き受けていました。その苦痛は普通の祓魔師には計り知れないものです。当主としての役目を果たされていたかと」
有雲が即座に否定する。鈴音も同じ気持ちだった。
「そうですよ。九尾様は頑張ってきたんですから、自分が当主失格だと思うことなんてないです!」
「私は、恵まれていますね」
九尾はクスリと笑うと、すぐに真面目な顔になった。
「ですが、彼は私と違ってあまり恵まれませんでした」
鈴音には、その言葉が翠を差していることに気がついた。
「幼い頃から私と比べられてきたようで、随分と辛い思いをさせたと思います。彼がどう感じているかはわかりませんが」
そう呟く九尾の声は、少し沈んでいたように、鈴音は感じた。




