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落ちこぼれ祓魔師は妖狐家で掃除係になることにしました  作者: 水垣するめ


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10話 特位の授与

 その頃、清宮家では。


「礼子! これはどういうことだ!」


 達夫が机を激しく叩きつける。

 礼子の肩がビクリと跳ねた。


「どうして祓魔院から、祓魔量に関しての警告が来る!」


 憤怒の形相で達夫が掲げる書状には、祓魔院の紋章が押してあった。

 この警告文は、穢れの祓いが追いついていないときに出されるものだった。

 警告が出るということはすなわち、その社を担当する祓魔師の力量か、人手が足りていないことを示している。

 そのため、警告を行っても改善されない場合、祓魔院から直接処分がくだされる。

 その処分の中には人手を送るという軽いものから、重いものだと社を管理している家から社を取り上げるというものもある。


「この警告が出たことで、祓魔院での私たち清宮家の評判が落ちるだろう! お前は一体なにをしているんだ!」


「鈴音がいたときには、こんなものを一度も貰ったことがないというのに……」


 達夫が礼子を叱りつけ、千鶴が失望したようにため息をつく。


「そ、それは突然裏山の社の穢れが増えたからで……そもそも二つの社をひとりで管理するのは……」


「やかましい! 言い訳をするな!」


 礼子の訴えを、達夫は全く耳に入れず、逆に怒りを発散するように罵倒をぶつけた。


「鈴音が出ていく前は一度も穢れが出たことのないような社だったんだ。魔物や穢れが出てきたとしても少しだろう。泣き言を言わずしっかりと穢れを祓いなさい。わかったな?」


「…………はい」


 納得できない顔をしつつも、礼子は俯いて頷く。

 それとは対象的に、達夫と千鶴は満足した表情で立ち上がる。


「まったく……今からちゃんと穢れを祓っておくように」


「礼子、しっかりしなさい。あたなには期待しているんですからね」


「……」


 部屋の中に取り残された礼子は、ひとり暗い表情を浮かべていた。




 真夜中、礼子はひとりで裏山の社へとやってきていた。

 細長い棒に紙垂を取り付けた御幣を振るって、ひとつひとつ穢れを浄化していく。


「これで……十個目」


 黒い塊を祓い終えた礼子は、辛そうに息を切らしながらその場にへたり込んだ。


「……だんだん、穢れが増えてきてる」


 以前は鈴音が管理していた裏山の社は、鈴音が家から出ていくと同時に、穢れが出現し始めた。

 それまでは何年も一度も穢れが出たことがない場所だったというのに、だ。

 考えられる可能性は、姉が穢れを祓っていた可能性だが、霊感も霊視もできない姉に穢れが祓えているとは思えない。

 そして現状は明らかに礼子が一日に祓える量を超えている。

 昼は表の社の穢れを祓い、夜は朝まで裏山の穢れを祓っている。


「もう、何日寝てないんだろうなあ……」


 礼子が遠い目をして呟く。

 このままいけば、問題が発生するのは目に見えている。

 しかし両親は目先の利益を優先して、礼子の訴えを聞く気が全く無い。


「助けて、お姉ちゃん……」


 かすれた声は、暗闇の中に虚しく消えていった。



***



 祓魔院では、とある異常を検知していた。

 いや、異常が正常に戻っているのだが。

 しかしこの場合、その異常が正常に戻っている、ということそのものが異常事態だった。

 ズレていたはずの妖狐家の龍脈が、もとに戻っている。


「え、私に調査をしてこい、と?」


 一級祓魔師、新田勤は上司に訊ね返した。

 新田は祓魔院に務めている職員である。

 祓魔師の資格を取得しながら、国家組織である祓魔院での事務処理を担当している、いわゆる普通の公務員やサラリーマンのようなものである。

 客観的な評価では顔は悪くないが、長年、恋人のたぐいはいない。

 仕事が忙しく、恋人を作る暇がないのだ。


「そうだ。妖狐家の龍脈から異常が消えている。何が起こったのか行って、調査してこい」


 新田の上司である支部長が鷹揚に頷く。


(また面倒事の押し付けですか……)


 新田は心のなかでため息をつく。

 この支部長は最近、長年狙っていたポストに就くことができ、少しでも早く結果を出そうと躍起になっている。

 そのため、部下を危険な任務や、厄介な事件でも進んで部下を送りつける節があった。

 つまり、人使いがかなり荒い。


「ですが、龍脈が正常に戻ったのなら、それは良いことなのでは?」


 新田はメガネを押し上げて訊ね返した。


「馬鹿者。異常がなくなったと観測されているからといって、実際に異常がなくなっているとは限らないだろうが。観測が間違ってることもある。そもそも妖狐家はあの状態だからな」


「……だから、現地に行って確かめてこいと?」


「そうだ。その目で何が起こっているのか確かめろ。何もないならそれでいい。何か起こっていたら対処するか、報告して対処しろ」


 どちらにせよ、面倒な仕事であることには変わりなかった。

 わざわざ山の中にある異界へ行って、異常を確かめるなんて、大変なことこの上ない。


「あのー……妖狐家って、ずっと我々に祓魔師の支援要請を出していましたよね?」


「そうだな。それがどうかしたか?」


「そんなところに祓魔院の職員である私が行けば、かなり悪態をつかれるのでは?」


 支部長は数秒の沈黙を保った後。


「これも仕事だ。行ってこい」


 と有無を言わさない口調で告げた。

 新田の中で、面倒な仕事が、非常に面倒な仕事に格上げされた瞬間だった。




「ここが、異界の入口ですか……」


 新田はメモを見ながら鳥居を見上げていた。

 すでに妖狐家側には連絡を通している。

 時間になれば迎えが来るはずだった。

 新田が腕時計を覗き込んでいると、鈴の音が鳴り響く。


「刻限となりましたので、迎えにまいりました」


 顔を上げるとそこには赤毛の妖狐の女性が立っていた。

 性格のきつそうな、吊り上がった目が新田を見つめている。

 ──これは歓迎されていないな。

 新田はひと目見た瞬間、そう悟った。


「こちらへ」


 妖狐の女性がそう示し、鳥居の中へ入っていく。

 新田も続いて中へと入っていった。


「あの、龍脈がもとに戻ったようですね」


 石段を登りながら、新田は妖狐へと訊ねる。


「のちほどお見せいたします。ご自身の目で確認なさった方が早いかと」


「九尾様は体調を失礼ながら崩されていると聞きますが、いかがでしょうか」


「それものちほど案内いたします」


 必要最低限の会話。

 どうやらかなり嫌われているらしい。


(まあ、それも無理はありませんがね)


 祓魔院は、長らく妖狐家、引いては九尾からの救援要請を無視し続けていた。

 といっても、悪意があって無視をしていたわけではない。

 単純に祓魔院も人手が足りず、九尾の要請に応えることができなかったのだ。

 だが、長年放置していたと言われれば返す言葉もないため、結局のところ、嫌われるのは仕方がない。

 石段を上りきった新田は、まず驚いた。


「これは……」


 以前、来たときと比べて、明らかに妖狐家の屋敷が元に戻っている。

 人手が足りていないせいで手入れがされていなかった玄関先や、放置されていた庭は整備されている。

 屋敷の中に入り、廊下を歩けば、名家たる教養や文化を示す生け花などの飾りもある。

 まるでかつての妖狐家が戻ってきたかのようだ。

 新田が来るから整えたのだろうか? いや、以前来た時はそんなこともできなかった。

 ということは、やはり妖狐家の当主である九尾が復活したのだろうか?

 その新田の予想は当たった。

「ようこそ、新田さん」

 客間で、九尾がにこやかに新田を出迎える。

 以前は床に伏せ、身体を起こすのがやっとだった九尾が、今や完全に回復している。


「どうぞ、おかけになってください」


 新田は期待をした。

 もしかしたら、状況が改善したことで態度が柔らかくなっているかも知れない、と。


「それで、これまで全く音沙汰のなかった祓魔院の方が、一体どうされたのでしょうか」


 違った、全く柔らかくなどなっていない。

 それどころか、傷が治ったことで、以前にも増して強い怒りを感じる。


「えっと、我々としてもできる限りのことをしておりまして、意図的に要請を無視したなどということは一切無く……」


「ええ、わかっています。だからこそ、婚約の話についてはすぐに手配してくれましたね」


 これは清宮家の落ちこぼれを、婚約者として送ったことに皮肉を言われているのだと、新田はすぐにわかった。

 妖狐家は少しでも祓魔師を確保するために、婚約者を募集した。

 どんな祓魔師でも良いから、人手がとにかく欲しかったためだ。

 婚約者の件は、祓魔院側が、九尾の要請に対して迅速に対応した、という対面を保つために迅速に手を回した。

 腕利きの祓魔師を送ることはできないが、祓魔師としての能力がない五級祓魔師を婚約者ならすぐに送り込む事ができたのだ。

 多少でも祓魔の能力を発揮してくれていれば万々歳。そんなつもりだった。

 ただ、五級祓魔師を送られた妖狐家は面食らっただろう。


「えっと、そう言えば、傷の方はいかがでしょうか」


 状況が悪くなってきた新田は話題をそらす。


「ええ、幸運にも体内に残留していた穢れを祓うことができましてね。この通り、ほぼ完治いたしました」


「新たな祓魔師をお呼びになられたのですか?」


「うちの家が、祓魔師を呼べるような状況ではなかったことは、ご存知かと思いますが。特に体内の穢れを祓える祓魔師を」


 棘のある声で返された。

 どうやって体内の穢れを祓ったのか気になったが、新田は胸にしまっておくことにする。


「それでですね、本日来たのは龍脈と龍穴の状態について確認しに来たんです」


「あれだけ異常事態が起こっていたときには耳も貸さなかったのに、それがいざ収まるとすぐに調査員を派遣するのですか。なんとも職務に忠実でいらっしゃる」


 もう勘弁してくれ。

 新田は冷や汗をかきながら、それでもにこやかな笑みを保つ。

 すると九尾はにこやかな笑みを崩し、新田をまっすぐと見据えて言った。


「正直に言いますが、我々妖狐家は祓魔院から受けた仕打ちに対して非常に憤りを感じております。長らく日本の穢れを払い続け、龍脈の管理を担ってきた我らが求めた助けを、無下にしたことは」


「…………はい」


「もちろん、龍脈の管理や祓魔を放棄するつもりはありません。我々妖狐家の義務ですからね。ですが、あなた方が我々の手を振り払ったということは、しかと胸に刻みつけています。今後はそのつもりでよろしくお願いいたします」


 九尾の婉曲な言葉を解釈すれば、要するに「これから面倒事を頼む時は無条件で引き受けてもらう」ということだ。

 つまり新田の仕事がこれからたくさん増えるということでもある。


「……かしこまりました」


 しかし、新田は頷いた。頷かざるを得なかった。

 この状況で、その申し出を断れるはずがない。

 そもそも、祓魔院と龍脈を管理する妖狐家では、本来妖狐家の方が上なのだ。

 妖狐家は祓魔院ができる前から存在していた組織であり、龍脈を管理できるのは妖狐家しかいない。

 これまで祓魔院の力が上だったのは、当主である九尾が病に伏せて、祓魔院に対して救援を求めているときという、特殊な状況でしか成立しえないものだった。


「さて、話はここまでにして、龍脈をお見せしましょう」


 九尾が立ち上がる。


「えっ?」


 このまま追い返されるのだろう、と思っていた新田は思わず顔を上げる。


「今日来たのは龍脈を確認しに来たからでしょう? 何度も確認に来られると面倒ですし、見せて差し上げます」


 そう言うと九尾は踵を返して、扉へと向かって歩いていく。

 その途中、まだ座ったままの新田へ向かって振り返った。


「どうしたんです? 見たくないのなら、それでも良いですが。本来、我々には龍脈を見せる義務も義理もありませんから」


「いっ、いえ! 行きます!」


 新田は慌てて立ち上がった。


 そして石段を上がった先の光景を見た新田は。


「穢れが、完全に消えている……!」


 驚愕の声を上げた。


「あれだけの穢れをどうやって祓ったのですか?」


「さて、どうですかね」


 含むような言い方に、九尾が何かを隠していることがわかった。

 本来であれば職務上、そこを追及しなければならないのだが、今の新田にできるはずがない。


「龍脈と龍穴に関しては修正が完了しています。どうですか?」


「は、はい。私の目から見ても龍脈は正常になっているかと。計器もそう示していますし」


 新田は地脈の状態を確認できる計器の画面を見ながら呟く。

 どうやら、龍脈は完全に修正されているらしい。


「あっ、またお客さんですか?」


 その時、やけに快活な声が響いた。

 顔を上げると、そこには巫女服に身を包んだ少女がいた。

 ポニーテールにまとめた髪と、元気で人の良さそうな笑顔が、仕事ばかりをしている新田には眩しい。

 どこかで顔を見たことがあるような気がして、思い出す。

 清宮家の落ちこぼれ。九尾に嫁がせた少女だ。


「こんにちは!」


 少女が勢いよく挨拶をしてくる。


「こ、こんにちは……新田です」


 新田は目を逸らす。

 彼女がこちらに嫁いでくる時、本来であれば祓魔院から付き添いが出るはずが、忙しくて付き添いの人員を出せなかったことを思い出したからだ。

 それだけでなく、彼女には祓魔院のスケープゴート的な役割を押し付けるなど、大変酷い扱いをしてしまった負い目もある。

 そんな新田に聞かせるように、九尾が言った。


「実は、ここの穢れは彼女が祓ったのですよ」


「え?」


 新田は思わず顔を上げる。

 五級祓魔師であり、霊視の能力がない彼女が、あの穢れを祓った?

 公式記録では、彼女には祓魔師としての能力はほぼ無いはずだった。


「そんな、私はただ掃除していただけですから」


「いえいえ、謙遜しないでください。あなたがいたおかげで、我々は救われたんですから」


「そ、掃除……?」


 確かに掃除にも魔を祓う効果はあるが……本当にそんなもので祓ったというのだろうか?

 いや、無理だ。この社にいた魔物や穢れは、そんなもので祓えるようなものではない。

 信じられない新田を見て、九尾が笑顔で新田に言った。


「で、ですね。ひとつお願いがあるのです」


 圧のある笑みだった。


「彼女に、私の名前で特位を与えてください。あなたなら権限がありましたよね?」


「と、特位ですか……」


 特位とは、祓魔院が特別な功績を上げた祓魔師に対して与えるものだ。

 その特位を授けられた者は、等級に関係なく、周囲の祓魔師から一目置かれるようになる。

 特位の授与には、四華か六門の推薦と、祓魔院職員の権限が必要となる。


「無理なら、彼女の等級を上げていただきたいのですが」


「そ、それは難しいです。等級は試験を通すか、依頼の達成度でしか上げられないんです」


「そうでしょう。ですから特位を与えてください」


「……そ、それはできません」


 九尾に笑顔で凄まれていた新田は、絞り出すように言う。


「あなた方の、妖狐家に対する所業を加味しても、ですか?」


「はい。私は信念に基づき、この目で見ていないことに特位を与えることはできません!」


 新田は九尾の目を見て答えた。

 それはせめてもの意地だった。

 すると九尾がニコリと笑い、鈴音に一つ提案をした。


「そうだ、鈴音さん。この方に掃除をしている様子を見せて上げてください」


「え、掃除をしてるところをですか?」


「はい。掃除で魔を払えるかどうか確認したいそうでして。ね?」


「え、ええ……」


 新田は誘導されるままに頷く。


「わかりました……あっ、汚れ発見!」


 きょろきょろと辺りを見渡した鈴音が、ちょうど生まれた穢れを発見した。

 洗剤を手に取り、その穢れへと向かっていく。

 そして穢れに対して洗剤をかけ、穢れを消滅させた。


「ほ、本当に穢れが祓えている……!」


 新田は目の前の光景に驚愕した。

 しかしその驚愕が冷めない中、九尾が顔を近づけてくる。


「はい。これで確認できましたね。私の名前と、あなたの権限に基づき、特位を与えてください」


「え、えっと……」


「まさか、その目で見たというのに、まだ拒否するつもりですか?」


 上手く進みすぎた話に、新田は最初からこのつもりで誘導されていたことを悟った。


「そうだ。それともうひとつ。鈴音さんについては、誰にも話さないでくださいね?」


「はっ、はい!」


 新田は何度も頷く。

 そしてこの時、「鈴音の力を妖狐家で独占するために外部に対して秘匿したいが、彼女の力に見合った地位を用意してあげたい」という思惑を、完全に理解した。

 新田は鈴音へ、特位の授与を許可した。

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