11話 妖都での依頼
妖狐家の屋敷では、儀式が行われていた。
「こちらが、鈴音さんの新しい祓魔師証です」
九尾が鈴音にカードを差し出す。
新品の祓魔師証には、『清宮鈴音』という名前の横に、妖狐家の家紋が記されていた。
この家紋こそが特位を示す証となる。
それだけでなく、カード自体も五級を表す黒色に、金の縁取りがなされている。
祓魔師の等級は上から順に、紫、青、赤、黄、白、黒で表されており、祓魔師証を見ればひと目で階級を確認できるように区別されている。
祓魔師証を受け取った鈴音が、目を輝かせる。
「わあ、これが特位? のカードなんですね。なんだかキラキラしてて綺麗です」
「ええ、この特位があれば、我々妖狐家が所有している旅館や料亭に入ることができます。存分に使ってくださいね」
「えっ、そんなにすごいものだったんですか!? 私が貰ってもいいのか不安になってきました……」
「鈴音さんがいなければ今頃、私はまだ回復すらできていなかったでしょう。遠慮なくもらってください」
鈴音はそう言われ、祓魔師証を受け取る。
「さて、話は変わるのですが、これから穢れの祓いを依頼してもよろしいでしょうか?」
「私に、ですか?」
「ええ、近くの妖都で珍しく穢れが発生したようでしてね。状況を聞くに、私や有雲が赴くよりもあなたの方が適任なのです」
妖都。山の間に作られた、最も大きな妖の街のことだ。
龍脈を守る妖の家、四華は妖都の近くに居を構えており、それも相まって妖都には富が最も集中していた。
いわば、妖たちの首都のようなものとも言える。
「私の方が、ですか?」
「穢れが発生したのが、至って普通の家屋の中でしてね。妖都には木製の家屋が多いのですが、私や有雲が祓うとなると……」
「ああ、火事になる可能性がありますね」
九尾が使うのは炎、有雲が使うのは雷だ。
どちらも火事を引き起こす原因になりやすい。
特に妖都は建物が密集しているため、火事になりやすく危ないのだろう、と鈴音は納得した。
「幸いにも、魔物はまだ出ていないようですが、早急に対処する必要があります。引き受けていただけるでしょうか?」
「もちろん引き受けます! 掃除ができるってことですよね!」
鈴音は勢いよく返事をした。
実のところ、最近掃除のしがいがある汚れが少なく、退屈していたところなのだ。
一度、あの穢れが溜まりきった社や、大浴場の掃除を経験していた鈴音は、あの汚れをごっそりと拭き取る快感を欲していた。
「掃除ですか……」
そんな鈴音に九尾が呆れたように笑う。有雲は何も言うまいと口をつぐみ、朱里はため息をついていた。
「それでは夜に出発しましょう」
「夜に、ですか?」
「ええ、妖都は夜から始まる街なんです」
そうして、夜になるのを待ち、時間がやってくると、九尾に「妖都に行くための車が停まっている」と言われたので、外に出る。
するとそこに停まっていたのは牛車だった。
「これが車なんですか?」
「ええ。安心してください。普通の牛車とは違うので」
九尾に続いて鈴音が乗り込むと、牛車の車輪が青白い炎が上がった。
そして牛が歩き出したかと思うと、車が空に浮く。
「わぁ」
鈴音は思わず声をあ上げた。
「どうです。普通の車とは違うでしょう?」
「はい! すごいですね!」
鈴音は窓から、遠くなっていく妖狐家の屋敷を見下ろし、興奮した声を上げる。
しばらく空中を進んでいくと、徐々に明かりが見えてきた。
「……すごい」
妖都を見た鈴音は思わず声を漏らす。
妖都は、山々の間に作られた、高低差の激しい都市だった。
谷の部分は繁華街になっているのか一際明るく光を放っており、まるで生き物の血管のようだ、と鈴音は思った。
山々の斜面を埋め尽くすように建物がが隙間無く立ち並び、その格子窓からは温かな光が漏れ出ている。
空中を牛車や空を飛ぶ妖が駆け巡り、地には着物を着た妖が行き交う。
現代の人間の世界とは違う、和の世界。
牛車が地に降りる。
石畳の道を、妖の子どもたちが、鈴音の脇を通って走り抜けていった。
それを追って視線を前に向けると、大通りが見えた。
表には茶屋、旅籠、商家がたちならび、屋台からは香ばしい香りが漂ってくる。
どこからか聞こえてくる三味線の音。祭囃子。
「ここが妖都……」
「気に入りましたか?」
「はい! とってもきれいなところですね! 九尾様が夜に来た理由がわかりました!」
少なくとも昼間に来ていたら、この景色を拝むことはできなかっただろう。
すると醤油が焦げるような香りがどこからともなく漂ってきた。
そちらに視線を向けると、ひとつ目の妖がみたらし団子を売っていた。
とても美味しそう……。
「食べたいですか?」
九尾が鈴音の顔を覗き込んで訊ねてくる。
「いいんですか?」
「ええ、今日は用事に付き合ってもらいましたしね」
九尾が屋台の店主に声をかけ、みたらし団子を二つ購入する。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
鈴音はみたらし団子にかぶりつく。
作りたてなのか、熱々で香ばしく、甘じょっぱい。
「美味しいですね!」
「ありがとうございます」
美味しそうに団子を頬張る鈴音を、九尾は微笑ましい顔で観察していた。
みたらし団子を食べ終えると、二人は件の汚れが出ているという家屋へと向かった。
何の変哲もない町家のようだ。
「ごめんください」
九尾が声をかけると、中から妖が現れる。
「えっ、九尾様……!?」
「穢れが出たと聞いて、祓いに来ました。入ってもよろしいですか?」
「まさか、九尾様が直接いらっしゃるとは、なんと恐れ多い……もちろんでございます。どうぞ!」
妖は九尾に平伏する勢いで何度も頭を下げて、脇にそれる。
まるで王族にでも接するような態度だが、あながち間違ってはいない。
四華は太古から続く妖の名家であり、歴史もどの妖の家よりも深い。
そして妖は古ければ古いほど、力が強い。
そのため四華の当主というのは、普通の妖にとっては雲の上の存在なのだ。
町家の中は居間と土間が繋がったような構造になっており、穢れは土間の方にあった。
九尾が感じた通り、土間の炊事場に穢れが溜まっていた。
「御覧の通り、なぜか穢れが現れて……調理もできなくて困ってるんです」
「他の祓魔師に頼んだらふっかけられるし、俺達、このままじゃ一文無しになっちまいます」
夫婦の妖がとても困った声色で言う。
「ふむ」
九尾は穢れを観察する。
どうしてこんな場所に、ピンポイントで穢れがあるのだろうか。
すでに龍脈は修正済み。本来であればこれほど社から離れた場所に、穢れが湧くことはないのだが……。
「な、なんて……」
その時、鈴音が肩を震わせながら声を上げた。
「鈴音さん?」
「なんて掃除しがいのありそうな油汚れ!」
鈴音が目を輝かせながら、キッチンへと近づいてく。
「九尾様! これ、私が掃除してもいいんですか!?」
「鈴音さん、穢れです。それは」
「ですよね!」
返事は返ってくるが、話を聞いていない。
すでに持ってきた掃除用具をあさり始め、掃除する準備を始めている。
九尾は家主に訊ねた。
「それでは、浄化を始めても構いませんか?」
「え、ええ……そちらの方が穢れを祓うのですか?」
「ご安心を。こう見えて祓魔の能力は確かですから」
すでに周りの声が聞こえなくなった鈴音が、雑巾と洗剤を手に炊事場へと入っていく。
「ふふ……今日はじっくりと汚れを掃除していきましょう。この手で汚れを取った時が一番気持ちい良いんですからね」
実際のところ、牛車に箒やワイパーを乗せる場所がなかったので、バケツに入った雑巾と洗剤だけを持ってくるしかなかったのだが、鈴音にとってはむしろ好都合だった。
重曹が入っているスプレーを壁に吹きかけ、しばし待つ。
目を閉じて待っていると、九尾が訊ねてくる。
「鈴音さん、これは?」
「汚れを落とすために洗剤を浸透させています。こうすることで、落としやすくなるんですよ」
「洗剤、汚れ……?」
鈴音の説明を聞いた夫婦が頭の上に疑問符を浮かべた。
そして満を持して、汚れを拭く時間がやって来た。
「それでは……いきます」
鈴音が雑巾で汚れを拭き取る。
雑巾で拭いた部分から、ごっそりと汚れが拭き取れた。
「す、すごい……! こんなに汚れが……!」
鈴音は汚れが取れてきれいになった部分と、黒い汚れがついた雑巾を見て嬉しそうな声を上げる。
続いて他の部分の汚れも落としていく。
そうして十分後、壁から汚れが完全に消えた。
「ふぅ……久しぶりに手応えのある汚れを落とせて満足です」
鈴音は充実した顔で何度も頷く。
「ほ、本当に洗剤で穢れを落としてる……」
妖の夫婦は穢れが落ちた壁を見て、呆然とした声を上げた。
ひと仕事を終えた鈴音に、九尾が労いの言葉をかける。
「お疲れ様です、鈴音さん」
「私のほうこそありがとうございます! とっても楽しかったです!」
「魔を祓った後に出てくる感想としては、ちょっとおかしいですね……」
鈴音の感想に対して、苦笑を浮かべたところ。
「──あれ、もう祓われてるじゃねえか」
鈴音が振り返ると、入口にひとりの着物の男が立っていた。
年齢は二十代後半ほど。黒い長髪に、不吉な喪服に身を包み、手首には数珠をつけている。
「賀茂、享楽」
九尾が入口に立つ男の名前を呼ぶ。
その享楽と呼ばれた男は、人相の悪い笑みを浮かべ文句を述べた。
「おいおい、九尾さん。人の仕事を取るんじゃねえよ」
「仕事と言われましても。私は依頼を受けたから魔を祓ったまでですが」
「まだそこの家主と交渉の最中だったんだよ。報酬の金額でな」
享楽が奥にいる夫婦の妖に顎を向ける。
「あんたも交渉の最中に他の祓魔師を呼んだりするかね?」
「あ、あなたの提示した報酬は高すぎるのです! 相場の五倍の値段なんて、支払えるわけがありません!」
「だから、ウチの料金が高いのはセットだからって言ってるだろ? うちの祓魔は魔を祓うだけじゃなくて、これ以上魔が寄ってこないように結界も張るし、魔から身を守れるようにお守りと呪符も渡す。そのうえにアフターサポートまで付いてくるから、この料金なんだよ」
「へえ、確かにそれなら……」
鈴音は享楽の言葉に納得しかける。
「鈴音さん、騙されないでください。本来穢れは社に集まるものです。結界もお守りもアフタサービスも必要ないでしょう」
「はっ! 確かに!」
考えてみれば、穢れが家に湧いてくるなど、極稀にしかない。
結界もお守りも、無用の長物なのだ。
「本来なら必要のない商品を、口八丁で売りつける。典型的な詐欺の手口です」
「詐欺とは人聞きが悪いな」
「詐欺ではないと?」
「ああ、違うね。社も万能じゃねえ。現にこうやってたまに穢れが街の方に出てくるだろ。だから穢れに対して備えておくことは全くの無駄とは言えない。ほら、詐欺じゃないだろ?」
享楽はあらかじめ用意していたセリフを読み上げるように、スラスラと反論を述べる。
すると妖の夫婦が享楽に言った。
「なら、アフターサポートはいらないので料金を減らしてくれ」
「うちではそんなことはやってない」
「やっぱり無茶苦茶だ! 九尾様、この人はこのような方法で我々妖から金を巻き上げているのです!」
「享楽。まだこんな方法で商売をしているのですか?」
九尾が呆れたようにため息をつく。
「こんな方法とは心外だな。これでもあんたがいない間、俺はこの街の穢れを祓い続けてきたんだぜ?」
「ふん、九尾様がいないのを良いことに、料金を吊り上げて金を巻き上げていただけだろうが。呪術師など信用できません。呪術で穢れをわざと発生させていたんじゃないの?」
妖が憎まれ口を叩く。
すると享楽の眉がピクリと動いた。
「……ああ? お前、今、なんて言った?」
つい先程まで憎まれ口を叩いていた妖が、震え上がるほどの怒気を発する。
享楽が妖夫婦に向けて一歩踏み出す。
「ひっ」
妖夫婦が悲鳴を上げる。
「俺ら呪術師が、穢れを発生させてるって? 良い冗談だ。もう一度言ってみろ。──殺してやるから」
絶対零度の殺意を持った享楽が手を伸ばす。
「やめなさい」
その時、九尾が前に立ちはだかった。
「妖都で犠牲は出させません。もちろん、あなたが私と戦いたいというのなら別ですが」
「……ちっ」
僅かに戦意を滲ませて告げる九尾に、享楽が舌打ちをした。
「仕方ねえ。ここでやめといてやる……が、次に同じ事を言ってみろ。そのときは九尾を敵に回しても、お前を殺しに来る。いいな?」
享楽は妖夫婦に警告を発すると、そこでようやく殺意を解いた。
「さて、ここで話すのもなんです。移動しましょうか」
「あん? 話すってなんのことだよ」
「本日の報酬ですよ。あなたも食いっぱぐれるのは嫌でしょう?」
「……なるほど、依頼をぶんどられた哀れな俺にも多少の分け前をくれるってことだ」
享楽の言葉に九尾が静かに笑みを浮かべる。
「さて、移動しましょう。話はそれからです」




