12話 特定の依頼
鈴音たち三人がやってきたのは、妖都にある料亭だった。
享楽が料理を口に運びながら、酒を飲む。
「やっぱり妖狐家が所有してる料亭の飯は美味いな。久しぶりに食ったが、これだけ美味いと何度も来たくなる」
「あなたの稼ぎならいつでも好きな時に来れるでしょう」
享楽が日本酒を一気に飲み干し、九尾が上品に同じものを飲む。
「あの、本当に私も来てもよかったんですか?」
鈴音は料亭の高級な雰囲気に気後れしていた。
もちろん出てくる料理は全て美味で、最初のうちは緊張よりも先に平らげていたのだが、徐々に落ち着いてきて、怖さが勝ってしまったのだ。
「問題ありません。今日はそもそも穢れを祓って頂いた報酬に連れてくるつもりでしたから」
「なるほど……それなら問題ないですね!」
今日の仕事に対する報酬だというのなら、納得感がある。
鈴音は遠慮なく食事を楽しむことにした。
「それで、そこの彼女が俺の仕事を奪ってくれた相手ってわけだ」
「え、あ、はい。すみません」
「謝る必要はありませんよ、鈴音さん」
「でも、依頼を横取りしてしまったみたいですし」
「法外な値段に吊り上げていた方が悪いんです。他の祓魔師に頼まれるのも自業自得ですよ」
「耳が痛いねえ。で、あんたらはどういう関係なんだ?」
「彼女は私の婚約者です」
「婚約者? おいおい、妖狐家が人と婚約したとは聞いてたが、まだ婚約を破棄してなかったのか? 俺は用が済んだらすぐに婚約を破棄すると思ってたんだが」
「人聞きの悪いことを言わないでください」
「だが、珍しいな。人間にはあまり興味がないあんたが、まさかそんなに人間を気に入るとは」
「ええ、祓魔師としてとても優秀ですからね。あなたと同じくらいには」
「へえ、等級は?」
「五級です」
「……そりゃなんの冗談だ? 俺は極級だぞ」
「えっ、極級?」
鈴音は目を見開いた。
目の前の蘆屋享楽が、九尾と同じ極級の祓魔師には見えなかった。
「おいおい、俺のことも知らないのかよ。大丈夫か、このお嬢ちゃん」
「少なくとも報酬を吊り上げずに仕事をするだけ、あなたよりは随分マシですよ」
「はいはい。……で、報酬の取り分はいつくれるんだ?」
「何を言っているんです。私は支払うなんて一言も言っていませんよ」
「は?」
享楽は呆けた顔になり、口の端を歪める。
「……俺を騙しやがったな」
「騙したなんて人聞きの悪い。私は『食いっぱぐれたくないでしょう』と訊いただけです。その先に関しては、あなたが勝手に勘違いしただけですよ」
「なら、この食事が報酬の代わりってわけか」
「いいえ、違いますよ? これはただあなたが勝手に同席しただけです。私は食事を奢るとは一言も言っていません」
「な……」
享楽の笑顔が完全に固まった。
「大変ですね。一番高価なコースを頼んで、なおかつお酒も次々と飲んでいましたから。請求額は一体いくらになるのやら……。ああ、もちろん会計は別にするようにしていますから、ご心配無く」
「……おいおい、そこまでするか」
そんな享楽を見てニコリと笑みを浮かべた九尾は、日本酒を飲みながら言った。
「さてさて、ここであなたに一つ依頼があります。報酬はここの料金でいかがでしょう」
そこまで聞いた享楽は、膝を叩いた。
「なるほど、俺が前にやったことの意趣返しってことだ」
「借りは返す主義でしてね」
九尾はニコリと笑う。
「あの、九尾様、どういうことですか?」
事態が飲み込めなかった鈴音は頭の上に疑問符を浮かべて、質問する。
「以前、悪質な祓魔師に高額な依頼料を支払うことになった、という話があったでしょう?」
「ああ、事前に祓った魔物の量を管理する人がいなくて、それで普通よりも高額な料金を請求されたってお話でしたよね?」
「ええ、それをしたのが彼です」
「そりゃあ、稼げるときには稼ぐだろ。言っとくけど、これは正当な権利だぜ」
享楽が悪びれない顔で言う。
「ええ、そうですね。ですから私も合法的な方法でやり返すことにしたのです。このように」
「はあ……で、俺に依頼っていうのはなんだ。言っとくが流石に極級とかの祓魔の依頼は受けないからな。それならここの料金を支払ったほうが安いから」
「そんな難しいことを頼むつもりはありませんよ。私が訊きたいのはこれについてです」
九尾はふところからとあるものを取り出し、机の上に置いた。
「これは、境内に置かれていた……!」
鈴音が目を見開く。
それは社の境内に置かれ、穢れを引き寄せるために使われた木箱だった。
「この木箱について、極級の呪術師であるあなたに意見を伺いたいのです」
「へえ……」
享楽が木箱を手に取ろうとする。
それを九尾が手で制した。
「なんだ?」
「その前にひとつ訊ねたいことがあります。つい最近、誰かに呪術について教えたことはありますか? もしくはこの木箱に呪術をかけたりしましたか?」
「……あると答えたら?」
「それ相応の報いを受けてもらいます」
殺意を見せた九尾を、享楽は慌てて宥める。
「おっとっと。待った待った。冗談だ。俺は誰にも呪術を教えてないし、呪術をかけたりもしてない。そもそも、祓魔院の規定で呪術師が誰かに呪術をかけることも、教えることも禁じられてるのは知ってるだろ?」
「ええ、知っていますよ。あなたが呪術を教えるような軽率な行動をしないことも知っていますが、一応の確認です」
「へえ。俺のことをそんなに評価してくれてるんだな」
「単純に、金が稼げなくなるからやらないだろうと思っているだけですよ。稼げなくなると困るでしょう、あなたは」
「まあな」
享楽は肩をすくめる。
そして木箱を手に取って、興味深そうに観察した。
「それで、この木箱について何を聞きたい? 意見って言われても、漠然としすぎて意見のしようがねえぞ。まず何に使われたものなんだ?」
「これは私の境内に穢れを放つために使われました」
「ああ、なるほど。穢れを封じ込めるために呪術を使ったのか。まあできないこともないな」
「その呪術を使う呪術師について、心当たりは?」
「ないな。呪術っていうのは、家系ごとにかなり系統が変わってくるうえに、方法も秘匿されてる。人を呪わば穴二つ、って言うだろ? 呪いは破られたらかけた本人に返って来る。つまり呪いをかける方法を知られるっていうのは、それだけで呪い返しをくらう確率を跳ね上げるもんなのさ。だからどの呪術師がこの木箱を作ったのかはわからねえ」
「やはりそうですか……」
「残穢をたどって捜索することもできるんだが……これだけ完璧に浄化されてちゃあな。だが、これだけ徹底的に呪いを祓えるやつっていうのも珍しいな。普通は祓っても何らかの痕跡が残ったりするものだが……」
「その木箱の呪いを祓ったのは彼女です」
「はい、申し訳ないです……」
呪いを祓ってしまい、犯人への道を閉ざしてしまった罪悪感に、鈴音は謝罪する。
「おい、まじか。五級祓魔師のくせに、こんな芸当ができるのかよ」
「彼女はうちの特位ですからね」
「特位って……なるほど、一芸がある感じか。理解した」
「言っておきますが、あなたとの相性は最悪ですよ」
「どうかな。呪術ってのは奥が深いからな」
二人は火花を散らす。
「……ま、木箱の件についてはこっちでも調べておく」
「おや、珍しいですね。あなたがそんな殊勝なことを言うとは」
「俺は金額に見合った仕事をするんだよ。まだ何も情報を渡せてねえからな。今日の飯の分くらいは働くさ」
享楽が立ち上がる。
「こっちで独自に調べておく。わかったらまた連絡する」
短くそう告げると、享楽は部屋から出ていった。
その夜。妖都の料亭で食事を終えた鈴音と九尾は、屋敷へと戻ってきた。
「いやあ、とても美味しかったですね」
牛車から降りると、鈴音はお腹を擦りながら呟く。
「満足していただけたならなによりです」
「特に最後の栗入り羊羹がまた絶品で……んん?」
鈴音が目を細める。
屋敷の玄関先に、誰かがいた。
その人物は朱里と何かを話している。
「おや、来客のようですね。こんな時間に珍しい」
「あれはまさか……」
「お知り合いですか?」
「知り合いというかなんというか……」
鈴音が目を見開いた瞬間、向こう側の人物も鈴音の方を振り向いた。
一目散に鈴音めがけて走ってくる。
そして鈴音に突然抱きついた。
「お姉ちゃん助けて! 私もう無理!」
「ちょっ、礼子! どうしたの?」
鈴音に抱きついてきたのは、妹の礼子だった。
礼子は涙を目に溜め、叫んだ。
「私じゃ祓いきれないくらい穢れが出てきてて……このままだと穢れが街の方にあふれちゃう!」




