13話 清宮家へ
鈴音たちは礼子から事情を聞いていた。
あらかたの経緯を聞いた九尾が、これまでの話を整理するように言う。
「つまり、清宮家が管理している社が二つあるが、片方から穢れが溢れ出てきており、あなただけでは祓いきれなくなった、ということですね?」
「はい、そのとおりです。特に裏山の方の穢れがひどくて……結界を張って、一時的に穢れを隔離しているんですが、それもいつまで保つか……」
誰の目から見ても、礼子はひどい状態だった。
目にははっきりとクマが浮かび、顔色は青白い。
過労で倒れる寸前のような体調だった。
「こちらをどうぞ。妖狐家に伝わる薬草を煎じたお茶です。少しは疲れが和らぐかと思います」
「ありがとうございます」
有雲が差し出したお茶を、礼子が恐る恐る飲む。
ほっと一息をついたあと、顔色は幾分か改善していた。
「……もしかして、私が行ってからずっと裏山の社も管理させられてたの?」
鈴音の質問に対して、暗い顔で礼子が頷く。
「お姉ちゃんが出ていった後、急に穢れが出始めて。そのうえ最近はさらに穢れの量が増えてきて……」
「それってもしかして、私がいなくなったから……」
鈴音は九尾と顔を見合わせる。
「? 何言ってるの? お姉ちゃんは魔を祓えないでしょ?」
礼子がすごく疑問そうな顔で首を傾げる。
「あのね、礼子。私、実は魔を祓えてたみたいなの。掃除で」
「……ちょっと待って。何を言ってるのか全然分からないんだけど」
礼子は頭痛がするのか、額を手で押さえる。
「実は無意識に祓ってたらしいんだよね」
「礼子さん。鈴音さんの話は私が真実であると太鼓判を押します」
鈴音が頬をかきながら苦笑する。
「う、うそ……いやでも四華の当主様が言っているってことは、本当なの……?」
「それはひとまず置いておきましょう。穢れが発生した理由は、これまで穢れを祓っていた鈴音さんがいなくなったからでしょうね」
有雲が告げる。
「しかし、おかしいですね。清宮家は確か、当主も祓魔師だったはずですが。どうして祓魔師として穢れを祓わないんです?」
「それが……お姉ちゃんが管理できてたくらいだから、私ひとりでも維持できるだろうって」
「穢れが出てきているというのに、ですか?」
九尾が礼子に訊ねる。
「いくら穢れがたくさん出てきてるって言っても、全く聞いてくれないんです」
礼子がつかれた顔でため息をつく。
その表情で、これまで相当の苦労をしてきたというのが鈴音には伝わってきた。
「そう言えば、先ほどから気になっていたのですが……お二人は仲がよろしいのですか?」
その時、朱里が手を挙げて鈴音に訊ねた。
「それはもう……礼子は私の恩人ですから!」
鈴音が大きく頷く。
「恩人なんて、そんなの大げさだよ、お姉ちゃん」
「ううん。大げさじゃないよ。だって、礼子は私にスイーツを沢山分けてくれたからね!」
「あの、助けられたって……そのことですか?」
「とっても大事なことですよ! 礼子のスイーツがなかったら私、いつかスイーツ不足で死んでたと思います!」
「あれは、お姉ちゃんだけスイーツがなくて可哀想だったから……それに学校の宿題も肩代わりしてもらってたし」
礼子が謙遜する。
「それだけじゃないんですよ。礼子はたくさん私のことを陰で助けてくれた、恩人と言っても差し支えないんです!」
「そんなことないよ。私だって、お姉ちゃんが二人に虐げられてるのをずっと助けられなかったし。私がなにか失敗したら、代わりに庇ってくれてたでしょ」
「私は期待が地に落ちてたから、あれ以上失望されても大丈夫だったしね」
「なんというか……二人とも、支え合って生きてきたんですね」
鈴音の礼子と会話を聞いた朱里が感想を漏らす。
「ってこんなことを話してる場合じゃありませんでした! 今は清宮家の社をどうにかしないと!」
鈴音は立ち上がる。
「九尾様、ちょっと行ってきてもいいですか? 礼子が困ってるなら、私がやらないといけないので!」
「お姉ちゃん……!」
「そういうことなら、私も行きましょう」
九尾が腰を浮かす。
「えっ、でも九尾様に来ていただくのは悪いですよ」
「構いません。私も行ったほうが早く浄化できるでしょうし、それに婚約者の困りごとですから」
九尾が鈴音の目を見つめ、ニコリと笑う。
「ひゃあ……!」
礼子はその言葉を聞いて、顔を真っ赤に染めた。
しかし当の本人である鈴音は……。
「……? ありがとうございます!」
と、いまいちよくわかっていないような笑顔を浮かべ、礼を述べた。
九尾がなんとも言えない表情になる。
鈴音以外の三人も、九尾に対して同情的な視線を向ける。
空気を切り替えるために咳払いをした九尾は、真面目な表情に戻る。
「それでは、行きましょう。清宮家に」
「はい」
鈴音と礼子がその言葉に頷く。
そして鈴音たちは、清宮家へと向かった。
***
「すごいね、リムジンなんて初めて乗ったよ……」
「私も妖狐家が車を持ってるなんて知らなかった……」
礼子と鈴音の二人は、黒塗りのリムジンの中で肩を縮こまらせていた。
「妖の世界では牛車で事足りますが、人の世界だと牛車を使うわけにはいきませんからね。移動手段の一つとして、確保しているんですよ」
二人の対面に座る九尾が、グラスに入ったシャンパンを傾ける。
「どうですか、お二人も。ノンアルコールのものですが」
「い、いただきます」
「ちょっと、お姉ちゃん……!」
「だって、こんな機会逃したら、二度とリムジンの中でシャンパン飲めないかも知れないんだよ? 飲むでしょ、そりゃ」
「それは……そうかもしれないですけど。……じゃあ私も」
二人は一気に飲み干す。
「それにしても、九尾様のそれ、隠せるんですね」
鈴音は九尾の尻尾の辺りを指す。
そこには本来九本あるはずの尻尾がなかった。狐の耳も今は消えている。
「幻術で隠すことができるんですよ。流石に耳と尻尾があると、人の世界で歩きづらいですからね。ほら」
九尾が指を弾くと、すぐに空間が揺らいで、狐の尻尾と耳が現れた。
「その幻術があるってことは、妖のひとたちって、人間の世界に結構いるんですか?」
「いますよ。異界ではなく、人間の世界に住むことを希望する妖はたくさんいますからね。そういう妖は幻術を使いながら会社員をして、普通の人間として過ごしています」
「そうなんですね……全然知らなかった」
「もう、お姉ちゃん。学校で習ったでしょ」
「えへへ。結構前のことだから忘れちゃって」
鈴音が照れるように笑う。
そんなことを言っている間に、車が停まった。
窓の外を見ると、鈴音にとって見慣れた景色が広がっていた。
「清宮家に到着いたしました」
運転席の有雲が告げる。
「ご苦労さまです」
九尾が労うと、鈴音の座っている方のドアが開いた。
誰もよりも早く降りた朱里が、扉を開けたのだ。
車から降りた鈴音は、実家の屋敷を見上げる。
感慨深いと言われれば感慨深いが、今はそんなことを話している場合ではない。
「礼子か!? 今まで私たちに何も言わず、一体どこに行っていたんだ!」
すると家の前に車が止まった気配に気がついたのか、屋敷から達夫と千鶴が出てきた。
だが、すぐに礼子のとなりに立っている九尾に気が付き、驚愕した。
「きゅ、九尾様……!」
「はじめまして。清宮殿」
九尾はにこやかに挨拶をする。
達夫と千鶴は突然現れた、四華の当主に対して冷や汗をかきながら訊ねた。
「ど、どうしてあなたがここに……」
「おや、私がここにいてはおかしいですか? 清宮家とは縁を結んだと思っていたのですが」
「は、はは。もちろんそのとおりでございます! 突然いらっしゃったから驚いただけで、それ以外の意図などございません。……それで、なぜここへ?」
「それはもちろん、彼女に助けてほしいと言われたからです。婚約者の実家を助けるのは、当然のことでしょう」
九尾の言葉で達夫は視線をスライドさせ、そこでようやく鈴音の存在に気がついた。
達夫が眦を吊り上げ、鈴音を睨む。
「鈴音……! なぜお前が……」
「私の婚約者だからですが」
達夫の言葉を九尾が遮り、鈴音をかばうように前に出た。
「いや、しかし……」
「しかし、ではない。彼女はあなたの娘であるのでしょうが、同時に私の婚約者でもある。相応の礼儀を持って接してもらいたい」
「そ、それは……」
「四華の婚約者に対して礼儀を払う必要はないと、そうおっしゃるつもりか?」
「そ、そんなことはございません!」
「では問題ありませんね。当主殿。彼女にも相応の礼儀を持って接してください」
九尾が無言の圧力を向ける。
言葉遣いこそ丁寧だが、有無を言わぬ迫力があった。
「ぐ……わかりました」
達夫が悔しそうに唇を噛み締めた。
九尾のその言葉に対して、達夫は何かを言い返そうとしていたが、四華と対立するのはデメリットが多いと判断したのか、笑みを取り繕い、鈴音たちを屋敷の中へと案内した。
「と、とりあえず、中へとどうぞ。こんなところで話すのもなんですから」
「ちょっと待ってください。そんなことをしている時間は……」
今すぐにでも社へと向かって魔を祓わなければならない、と礼子は口を挟もうとした。
「いいえ、来ていただきます」
しかし達夫が礼子の言葉に被せるように言った。
「社に関しては清宮家の問題です。了解も取らずに一方的に他家の社に干渉するなど、それこそ妖狐家の沽券にかかわるでしょう。いくら四華の方といえど、通すべき筋は通していただかねば」
達夫はこれだけは譲れないという口調で言う。
実際、祓魔師の家系において、他家の社の管理について口を出すのはご法度とされている。
口を出されたその家の領分を侵すことになるからだ。
「ええ、そうさせていただきます。貴方がたとは、一度しっかりとお話をするべきだと思っていましたからね」
すると九尾が達夫の言葉を了承し、歩み出た。
心配そうな顔で見つめる鈴音と礼子に、九尾は二人だけに聞こえる声で、「任せてください」と告げる。
鈴音はその言葉を聞いて、無言で頷き肯定を示した。
客間。対面に座る九尾に対して、達夫が少し棘のある声で言う。
「それで、清宮の社の浄化をしにきていただいた、のでしたね?」
「ええ、そのとおりです」
歓迎をされている態度ではなかった。
四華の九尾が来ているというのに、茶のひとつも出さないことから、態度を取り繕うつもりもないであろうことが伺える。
もっとも、九尾も夜分遅くにやってきているため、その非礼を指摘せずに話を続ける。
「困りますな。助けと言われても、当主である私は助けなど求めていません」
「礼子さんは、穢れの量が多すぎると言って、私に助けを求めてきたのですよ?」
即座に九尾が切り返す。
しかし達夫はその言葉を鼻で笑った。
「ハッ、そんなの嘘に決まっています。裏山の社は長年、鈴音が管理してきたにもかかわらず、一匹も魔物が出たことがないのです。突然穢れが大量に発生するはずがありません。どうせ礼子が仕事をサボっているから魔物が溜まっているだけでしょう」
「そんな……! 私はちゃんと穢れを祓ってる!」
「言い訳をするな!」
達夫が怒鳴りつけると、礼子の肩が震えた。
大きくため息をついた達夫は、わがままを言う子どもを諭すような口調で礼子に言う。
「いいか、礼子。いきなり二つの社を任されて、面倒くさいと思う気持ちは私にもわかる。だがお前のお祖父様は、二つの社を管理していたぞ? それにこの二つの社くらい管理できなければ、清宮家はいつまで経っても普通の祓魔師の家系でしかない。お前の頑張りが私たちの将来に関わってくることを、本当にわかっているのか?」
「そうよ、礼子。今まで誰が育てて来てあげたと思っているの? そういう子供じみた反抗はやめて、ちゃんと裏山の社の浄化をしなさい」
「だから聞いて。私はちゃんと穢れを祓って……」
「もういい。つまらない言い訳をするな。お前まで鈴音のように落ちこぼれになるつもりか?」
「礼子、あなたには鈴音と違って期待しているの。清宮家の次期当主として、もっとしっかりとして」
まるで話が通じなかった。
礼子は俯いて鈴音の背中に隠れる。
鈴音は震えながら自分の腕を掴む礼子の手を、そっと握った。
「それで、社の穢れに関して、でしたな」
達夫は礼子が反抗しなくなったことに満足したような笑みを浮かべ、九尾に向き直る。
「裏山の社については、礼子に穢れを祓わせます。これは清宮家の問題。いくら縁を結んだ四華の方であろうとも、当家の問題に対して手を出すことはやめていただきたい」
達夫ははっきりとした拒絶を伝える。
「……これは重傷ですね」
九尾が深くため息をついた。
「では、こうしましょう。社の浄化に関して、私は関わりません。その代わり──」
「えっ」
礼子が見放されたような顔で九尾を見上げる。
しかし鈴音は礼子の手を握り、安心させるように笑顔を向けた。
「大丈夫だよ。九尾様を信じて」
鈴音の表情を見て、礼子は頷いた。
「わかった。お姉ちゃんを信じる」
そのやり取りを視線だけを向けて見ていた九尾が、改めて達夫に言う。
「その代わり、社の浄化は鈴音さんと礼子さんで行ってもらうことにしましょう」
「えっ」
真っ先に声を上げたのは礼子だった。
「私と、お姉ちゃんで、ですか?」
「はい。どうやら清宮家の当主は社の穢れについては、我々妖狐家の手を借りたいとは思っていらっしゃらないご様子。であれば、清宮家のお二人で祓ってもらうことにします」
九尾がニコリと笑みを返す。
「ハッ! 鈴音に穢れを祓わせるなんて、できるわけがない! これは魔物を一匹も祓ったことのないような五級祓魔師なんですよ?」
「そうですねえ。いくら九尾様のお言葉でも……鈴音が参加したところで、怪我をするだけじゃないかしら」
達夫が心底馬鹿にしたように鈴音を笑う。
千鶴もそれに続いて、何度も頷いた。
「であれば問題ないでしょう。鈴音さんは清宮家の一員のはずです」
「いいえ、納得できませんな。鈴音のような落ちこぼれに穢れを祓わせるなど、当家の評判を汚すようなもの──」
「──貴方がたは、勘違いをしているようだ」
九尾の声音が一段冷えた。
その時、鈴音以外の全員は、九尾が放っている圧倒的な妖気を感じ取っていた。
四華の妖狐家の当主が放つ妖気は、部屋の中に充満し、少しでも霊感があるものなら鳥肌が立つようなプレッシャーとなる。
その妖気を直接向けられた達夫と千鶴は、まるで眼前で猛獣が口を開けて牙を喉に当てているような感覚に陥っていた。
直接向けられていない礼子や有雲たちも、肌を刺すような圧力に冷や汗を流す。
「これは提案ではなく、命令です。四華のひとつ、妖狐家当主である私から、清宮家当主であるあなたへのね」
「な、なにを……」
豹変した九尾に、達夫が困惑した声を上げる。
「あなたも言っていた通り。清宮家はどこにでもある祓魔師の家系に過ぎない。そんなあなたたちが、四華である私の命令に逆らえると、本気で思っているのですか?」
「それは……」
達夫と千鶴が、先程までの威勢の良さが嘘のように目を泳がせる。
「もちろん、命令を拒否しても構いません。清宮家は妖狐家の直属ではなく、命令権はありませんからね。ですが、拒否すれば相応の報いは受けてもらいます」
「む、報い……?」
「四華の力を使えば、あなた達二人を強制的に当主の座から引き下ろすことも可能です。我々が祓魔院に対してどれだけの力を持っているかはご存知でしょう? ああ、そう言えば清宮家は祓魔の滞りを警告されていましたね。それを理由に社を二つとも、取り上げることもできますよ」
「そ、そんなことをされたら我が家は……」
「ええ、嫌でしょう? 清宮家を存続させたいですよね。であれば、取れる選択肢は一つ。まあ、ここまでの話をわかりやすくまとめますと……さっさと命令に従ってください」
九尾は人当たりの良い笑みから一転、絶対零度の瞳で達夫と千鶴に命令する。
何者にも負けない圧倒的な権力、そしてそれに見合うだけの実力。
全ての祓魔師にとって雲の上の存在である、四華の当主に相応しい風格を漂わせていた。
達夫はその圧力を受け、首を縦に振ることしかできなかった。
「よろしい」
九尾は妖気を放つのをやめて、笑みを作る。
達夫と千鶴が大きく息を吐き、むせる。
今まで息を止めていたことにようやく自分でも気がついたようだった。
「それでは、裏山の方に向かいましょう。時間を少々無駄にしてしまいましたが、今は時間との勝負です」
九尾が立ち上がり、踵を返す。
しかし部屋から出ていく直前で、達夫と千鶴の方を振り返った。
「ああ。そうだ。警告しておきます。次に私の婚約者を侮辱すれば、容赦しません。いいですね?」
九尾が笑みを浮かべて達夫と千鶴を睨みつける。
「は、はい……」
二人はにべもなく頷いた。




