[第六幕.ボクらのパズル]
雰囲気が気まずいと思ったのかふっと彼女がこんなことを言った。
「私、自分の名前も思い出せないので、呼ぶ時はこの方の名前とかで呼んでください」
《え…?》
一瞬 何とも言えないような空気が流れた気がする。取り敢えずおれが返事をする。
「…あ、はい。そうします。それはいいンだけど…」
なんか物凄い違和感があるですけど…。
ただでさえ下の名前なんて殆ど言ってないし。
「あの…。何かマズかったですか?……」
「え、いやいやいや。そんなことありませんよ」
「それならいいのですが…。えーっと、早速ですが、暗号の方見せてもらえません?」
「あっ、はい。」
森口は床に置いておいた巻物を広げ、彼女に渡した。
「……なんだか見ただけでもハッキリしない暗号ですね…」
やっぱりな、と先に暗号に目を通していた3人は頷いてそんな顔をした。
一方彼女と言えば何度か暗号の全文を音読し、考え悩んでいた。
「う~ん…。解らないですね…。この『蠆』って文字の音読みでは「タイ」ですね。」
不意にそんなことを呟いていた。それを聞いた森口といえば――。
「えっ、そうなんですか?」
「やっぱり、なんか頼りない気がするのはおれだけ?」
「いや。ボクも」
国語担当なんだよね…。それでどことなく…アレ、だよな…。
「そういえば…」
武野が話を変えた。それはおれ等がさっきから気になっていたことだ。
「そういえば、あなたは記憶をどの辺りから失くしたんですか?それと想いとは何です?」
彼女はかなしそうに遠い薄れた記憶を辿るようして語ってくれた。
「―― 思い出せないモノは、あの世へ逝く直前と生前ここで何をしていたのかどういうふうに過ごしていたのか、といった記憶です。あ、でも、ここで教師をしていたのは薄っすらと覚えています。でも……何を教えていたのかも判らない。そして想いとは本来皆が持っている何か大切なモノなんです。何か重要な想いという記憶。何とかしてでもそれらの記憶と生命を絶たなければならなかったのかというその動機と原因を。…思い出したい」
「どうしても知りたいのですか?」
「ええ」
――記憶と想いを失った、か……。
「話を聞いているとなんだか早く成仏させてやりたい気持ちになって来たなぁ」
おれも先生も、武野と同じ気持ちだった。
「もう一つ良いですか?」
「なにですか」
森口が訊く。
「僕らが校歌を歌った後に、あなたが出てきましたが、それってこの学校に残る噂の原因はあなたって事ですか?」
するとコクリと彼女は頷いた。
「 たぶん私です。校歌を聴いていると何だか悲しくなってきて何処に居ても勝手に身体が無意識に動いて現われてしまうんです。自分でも判らないのですが……」
「そうでしたか」
何かに呪縛されていて、しかもその理由すらも判らないなんて何か物悲しいよなぁ。
「…と、いうことは1つクリアってことだよな」
「そうだな」
主催者が言ったクイズ(?)の『校歌に隠されし噂』は解けた。
「それじゃあ、あとは……この暗号だな」
みんな視線を暗号の巻物に向ける。見るだけでなんだかダルくなってくる。
「仕方ないな。いっちょ、やるか」
「うん」
「ええ。郷美さん、もう少し協力して貰えますか?」
内田の姿をした人物に先生が尋ねると彼女は快く「わかっていますよ」と微笑んで引き受けた。
「もう一度見せて」
武野は彼女から暗号を受け取り、再び読み返した。
「…ていうかさぁ、これやっぱり良く考えてみれば全体からの統一性感が全くないな。…もっとシンプルなモノじゃないかな・・・」
考えすぎだったのかなシンプルなもの…シンプルなものは…。うーん、と……。
「こんなのはどうだ? 平仮名や漢字変換とか必要でない文字を消したり組み替えたり…とか、か?」
「そうかもしれませんね。TV番組でも良くありますし」
「一度やってみましょうよ」
ボーッとつ立って何もしないよりはやっぱり、やってみるべきだ。っということでおれ達は試みた。
「ボク、解答用紙の書記担当もらいっと」
横から武野がサッと動いて解答用紙と自分のポケットからペンを取り出した。
「ン、まぁいいけど。それじゃあ、おれは黒板に問題を書いてくから」
そう言って、おれは巻物を手に取って見ながら黒板に『わをたし』と書いた。……ん?あれ?
「…なんだか一人称を現す文字が見えてきたのですが……」
「僕も。『を』を抜くと『私』って文字に」
「単純な…」
そこにいた解答者は皆、目が点になっていた。
「じゃあ、次の『蠆~文雄を』までやりましょうか」
「私、書きます」と彼女は言っておれと交代した。
おれと同じくAll平仮名で文を書いていった。
「『たい・せつな・もんのうを』…「もんのう」は「ん」と「う」を取って、『もの』だな。だって『もんのう』‐「もンのう」‐「ものぅ」・・・『もの』とさぁ」
「『大切な物を』って成るなだから、関元が始めに解いた「戦!」ていう答えは間違いだってことだ。ハハハハハ。」
「おいおい、あまりツッコムなよ。そこチョイチョイ気にしてるんだから」
そうこうしている内に彼女が続けて『こくば 角』と書いた。
「『角』はこのままでは可笑しいので、そのまま残したのですが変換でしょうか…」
『こくば つの』では意味がないし……なんだろう…。解けないから全員、言葉を発することなく黙りこんで考えた。
すると、暫くして武野がこの沈黙を破った。何をふと思ったのか「ちょっといいですか?」と言って郷美のケータイを借りた。
「角ってローマ字入力すると「TSU・NO」だよな」
武野はこう切り出して説明をした。まとめるとこういうワケだ。
[つの] → [TSU・NO]
[TSU・NO] → [?]
でも、[の]だけだと、
[の] → [NO]
[つ]は小文字だと、次の文字の初めの部分が来るので、
[っの] → [N・NO]
[TSU]のローマ字には直接的な意味はないらしい。それでこれを読むと、
[N・NO] → [ん の] ―――となる。
「……ようするに、繋げて読むと『黒板の』となる。…あっ、ケータイどうも」
武野は満足気な表情をして、ケータイを彼女に返した。しかし、その一方で不満気、というよりなんとも言えないままになっている者が2人。
「そんなぁ…単純な……」
「難しく書いている割りには大したこと、書いてませんねぇ・・・」
「次いきましょう、次!」
彼女が元気付けるようにそう言った。
「はい。どうぞ。次はあなたが解いて」
彼女は自分が持っていた白のチョークと巻物を森口先生に渡した。おれにはバトンタッチのように見えた。
森口は「はい」と一言いって、それらを受け取り、黒板に『そーとも にかく した』と書いていった。
「『にかく した』は「~に隠した」ってことですね。……『そーとも』は「外面」や「背面」ってコトですかね」
「何でそうなるのですか」
おれは訊いてみた。答えは彼女からかえって来た。
「二つとも熟語では『そとも』っていうのですよ」
《へぇ~》
バカなガキの様な顔で不思議そうに納得している生徒のおれらに先生は溜いきを吐いた。
「あの、2人はもう少し勉強してください・・・。まあ、さて置き、とすると、『背面に隠した』ですか」
「…かーくーしぃた」っと。よし、書けました!」
武野の元気がいい声が上がる。解答用紙に答えも書き終えたようだ。
「一回 通して読みましょうよ」
その言葉に皆 賛成して、全員 声を揃えて武野が書き写した文字を読み上げた。
《『私、大切な物を 黒板の背面に隠した』……》
チ―――ン――……。
静かな音が鳴り響いた気がした。
………………。
「結構 苦労したのに……」
「味気ねえ……!!」
「書いてある事 子供っぽい……」
「なんだかガッカリ……」
《 はぁぁ……》
あんなに大変な暗号を解いてその答えがこんなしょぼいモノなんて……。しかも、おれ達は校庭までも行って散々苦労したのに結局こんなちんけな内容だったとは……。もっと大層なモンだと思っていたのだが……。はぁ。
ともかくこの空気を変えねばと思った森口先生は「一応、黒板の裏、見てみます?」と問い掛けた。おれと武野は「そうですね」と気が抜けた声で返事をした。
「ん?」
何かあることに気づいたらしい。何だろう。賞金か、小切手か、それともまた……。
大いに期待しているおれらとは反対に拍子抜けたような口振りで彼は言った。
「こんなモノがありました、けど」
先生が手にしていたのは黄褐色の一枚の封筒だった。
「中に何が入っています?」
おれは興味を少し示しながら訊いてみた。先生も気にしながらその封筒を開封していく。そして中から白い一枚の紙を取り出した。
「何ですか? それ」
彼はその紙を広げた。A4サイズが2枚入っているのに気づいた。彼はその後に内文に目を通した。
「これは……遺書、ですね」
「えっ!」
《遺書!!》
おれと武野はスゴク驚いたが、それ以上に彼女の方が何故だか驚いていた。
先生は「ええ」と一言だけ言い、おれ等にも判るよう読み上げてくれた。
「『拝啓 親族・友人・教員・その他、お世話になった方々へ。今日に至るまで、皆様には多くの感謝と御詫びを申し上げます私はもう生きる気力と意味を感じなくなりました。もう疲れたのです。そして、今や、あの時の憧れや希望を見失い無気力にって生きる目的を失い、生きて行くのに――…』」
「『――生きて行くのに、心身ともに疲れ果ててしまったのです。私は最早何を見出せば良いか分からないのです……』
(えっ)
先生が読み上げている横でいきなり持っていない彼女が……。
「――誠に御迷惑をお掛けして申し訳ありません。重ね重ね御詫びを申し上げます。十ニ月十四日、敬具」
そこまで言い終えると一呼吸して続けた。
「……これ、私が書いたのです」
《えっ!!》
その言葉に、おれも武野も森口先生も一度に声を上げて驚いた。
「…思い出しました。向こうに行った途端に記憶は殆ど飛んでしまいましたが。このおかげで思い出しました。私は、ここで働いていた。そして、児童達に音楽を教えていたのです」
やっと思い出した過去の糸を手繰り寄せるように彼女は言った。
「音楽の先生だったのですか」
森口はやさしく訊き返した。
すると、彼女は「ええ」と答え、話しを続けた。
「……だからでしょうか。校歌が歌われた時に出てしまったのは。きっと思い出深いモノ―――だったからでしょうか……。そして私は、この学校の、3年生の学年担当もやっていました」
「……大変だっただろうなぁ……」
「いいえ。児童達の事を見るのは、それなりに楽しいものでした―――」
それはおれ達の頭の中にもその風景を浮かばせるようにして幸せそうに話すのだった。今でも自分が生きていたら成長した彼らと話したい、と彼女はそんな思いを悔しげに、でもどこか嬉しそうに言った。
だが、彼女の次の一言で場の空気は一転した。
「初めの方は、ね」
さっきとは正反対に彼女の目は虚ろで悲しげだった。一瞬その意味に気付かなかったために反応に遅れたが、えっ!?と反応した。そんなおれらの反応に彼女は外方を向いた。そのつらい表情を隠そうとしたのがおれには判った。おそらく、おれ以外にも。
「どういうことですか」
武野が訊いた。
「児童達は関係ないんです。ですが! ……その、保護者達からのクレームに耐え難かったのです!」
―――親からのクレーム。
「理不尽で勝手な要求だったのですか。…今でいう―――」
おれは数日前にも聞いた気がする名前を口にした。
「『モンスターペアレント』」
その言葉の意味は時におれ等の日常では、フザケて使ったことがある語だった。だけど……今は違う。
内田の姿をした元教師は頭を立てに振った。
「各クラスからの恐ろしいクレーム。それに私の、音楽の授業に対する有り得ないクレーム。そして、私の人権にまでも関わる批判に注文に嫌がらせ!……もう耐えられなかったのです」
人間を死に追いやり生きる権利を奪ったクレーム。
―――これは親と教師だけの問題。おれらには関係のないことだ。……なんて他人事で済まされない気がした。おれ達の知らない所で、今も尚違う形で存在しているであろうことと変わりないじゃないのか。 おれらがただ知らないだけで……。
「……例えばどんな事があったのです?」
同じ教師である森口はおれ達生徒に代わって彼女に訊いた。
彼もまた彼女と同じ経験があるのだろうか?おれは、少なくともおれ達は、先生の仕事の裏を知らない。自分自身この仕事に就かない限り知ることはできないだろう。
訊きにくそうに彼が言うと彼女はゆっくりと思い出しながら答えた。だが、顔は笑ってなかった。
「―――例えば……自分の子は音楽が嫌いだ。だからわざわざ音楽の為に、値段が高いのにリコーダー何か買いたくない。音楽は必要ない、将来にも必要ない!だから音楽の授業自体を無くせ!! ―――だとか……学活の時、クラスでお楽しみ会の一環としてドッヂボールをしたのですが……その時クラスの男の子が女の子にボールを間違って顔にぶつけてしまったのです。そしたらその日の夜、保護者から電話があって『怪我をさせたのはこの子を守らなかった担任が悪い。だから私の子のために責任を取って教員をやめろ!』と電話があったのです。それからというもの、毎日最低30回もの電話がありました。
……こんなクレームが沢山あったんです……!」
これだけでも相当なものなのにそれ以上あるなんて。まぎれもなくこれが彼女の過去、経験そのもの。
クレーム。注文。訴え。批判―――。
―――全てが悪いということは絶対にない。それはヒトが自分の意志を伝える為でもあり、時に自分や愛する者を守る術にもなるのだから。
だが、これはどうだ。何かが違う。何かがおかしい。何かが間違っている。何かが―――!
……今のおれは、自分から見てもおれらしくないと思った。武野や内田といる時はこんな気持ちになったことがなかった。……何だ? 苛立ちは……。
―――これが現実なんだろうか。
おれが感情に浸っている間、武野もまた彼らしくない言い方で呟いた。
「……それは本当に辛いものですよ」
こんな最悪に本当も偽りもない。
「おれも……もしそうだったら恐らく、怯えながら戸惑っていただろうな」
「僕は、耐えることも立ち向かうことも出来ずに居てしまうでしょうね……」
おれも森口も知らず知らず下を向いてそんなことをいった。つらい思いを爆発させた彼女は喉が嗄れてしまうほどに叫んだ。
「つらかった。本当に辛かった! 理由はそれだけじゃない。上司からのストレス、寝る暇も惜しまずに働いた・・・。こんな積み重ねが私を、いいえ、教師を疲れさせていたのです!!」
切羽詰まった言葉と心。彼女の声は震えていた。そこまで叫び切ると彼女は落ち着きを取り戻して言うのだった。
「……だけど、私だけは、耐えられなくて自ら生命を絶って逃げてしまったんです。―――この教室で」
この教室―――!? 今、いる場所は『3-4』の教室だ。
どういうことだ? 彼女は音楽の先生だったはずなのに。
「あの、音楽科だったのでは?」
森口が代弁して訊いた。
「ええ。でも昔このクラスの担任でもあったのです。音楽以外にも子供たちに教えることはありましたから」
音楽の先生に、学年担当、そしてクラス担任。責任が重い仕事だろうな……。
「……皆さんにはとても迷惑をかけてしまいました。でもっ―――」
彼女の頬に雫が落ちた。罪悪感を覚えながらも喉に詰りそうになる想いは止まることはなかった。
「―――忘れたかった! この苦しみと辛さと悲しみから!! だから……!!!」
自殺をしたんです! 声に出さなくてもそう聞こえた。だけど、
「それで自殺して逃げたのですか?立ち向かおうともせずに」
黙って耳を傾けていた武野が声を張って言った。
(武野……)
いきなり反論を返した武野に一瞬理解が出来なかった。
「そうするしか私には道はなかった。もう全てが嫌だった!」
辛いのは誰だって嫌いだ。好きな奴なんていないだろう。だから、彼女の心は分からないということはない。だが、武野の訴えも正しい。彼女が現実から逃げたのは事実。他殺であっても自殺であっても命を奪うことは許されないことだ。……だけど……―――武野、お前もしかして彼女を……?
おれはハッとした。森口もまた武野の一言で気が付いたようだった。おれらは再び彼女に向き合った。
「命を絶たなくてもできることはたくさんあったのでは?」
「何故諦めたのですか? 死ねば何もかも終わりなんですよ!」
「この世には楽しいことがいっぱいあります!なんでもっと楽しもうと思わなかったのですか!?」
「……貴方たちは何もわかっていない。私の気持ちなんか誰もわかりやしない!!」
「そんなことないです。ボクらはあなたが苦しんでいるのが理解できます!! でも―――」
「でもって何よ?」
その一言でおれらを遮った。
「仕方なかったんですよ! 苦しみから抜け出すにはこうするしか無かった。……私だってしたいことは沢山あった。だけど!」
「それはただの言い訳です」」
森口が言った。一呼吸いれるとまた落ち着いた声で彼女に言った。
「たやすく『死』を選ぶなんて人としてあるまじき行為です。僕も教師です。子供たちの手本になる為の職務なのに一番やってはならないことをあなたはしたのですよ!」
「……他に―――他に何が私にはあったと思うのです。貴方たちはそれを言えるのですか!?」
《それは……!》
言葉に詰まった。他にないからではない。思っていたことをどうやって言葉で言い表そうとすればいいのかと迷った。それに今更だが実際おれらは彼女の生い立ちになったわけではない。視てみなければ正しい答えは出せるものではないのだから、言えなかった。
「ほら、何も無いではありませんか。やはり、『死』を選ぶ以外には何も無かっ――」
「違います! それは絶対に間違ってます」
「郷美さん……少なくてもあなたは、子供たちを見捨てたんですよ」
「……」
先生の言葉に彼女は俯いた。そして黙った。彼女は子供には罪はないというのを判っていた。いや、それどころか愛していたんだ。さっき言ってたじゃないか。『子供達は関係ない』と。
「……誰にだってツライことはある。でも、みんなそれを堪え乗り越えて生きているんです」
「そうやって、強くなって行くのです。一つずつ考えていけば道は開けるのです!」
「自分自身、心からその道を望み、たくさん視点を変えて見渡せば、願いはいつか届くモノなんです」
「あなただってそれに気付き望めていたのであれば、新たな未来が存在していたのです!」
「……私は……希望が……欲しかった……の、でしょうか……??」
おれたちの問いかけに彼女は戸惑った。武野はゆっくりと近づき彼女に言った。
「本当は心の底から後悔しているのでは?自分に嘘をついているんじゃあないんですか!?」
分厚い壁を切り裂くようにして音は木霊した。
長い歳月を掛けて築き上げられたその厚い壁は一瞬、形を留めているかと思うと、ゆっくりと儚さを残して崩れてゆく。
無意味に堪えていた感情。他人を信ずることができなかった為に心の内を打ち明けれなかった淋しさ、苦しさ、絶望……。
そうすることでしか、いやそうやって思うことでしか生きていくことを許されなかった。もっと早く気付いたなら、まだ生きていたのかもしれない……。彼女は泣き崩れた。
「……いきたかった。本当は生きたかった!もっとやりたいことはあった……。もっと子供たちと一緒にいたかった!!」
おれらは彼女を見つめながら頷いた。
彼女は自分の頬に流れた涙を拭っておれ達に振り向いた。
「かなしい、かなしいって私はいつも苦しんでた……。だけど、哀しいのは私自身だったんですね。―――私がこの世に囚われた理由は「夢を諦めた為に与えられた天罰」だったのでしょうか」
「天罰、か……。この世もどうかしているよな。そういえば、記憶、全部思い出したんですよね。あの、名前を訊いてもいいでしょうか……すごく、今更ですが……」
「ええ、もちろん。それも思い出しました。私の名前は―――」
その時だった。
『名賀石 笑子さん、やっと思い出しましたか』
どこからともなく、いきなり男の声が響いた。
ビクッと反射的に驚いたおれらは、慌てて辺りを見回したが誰もいない。あっ! となって声の主の正体を思い出した。放送の案内人……おれ達がここに来て初めて接触した人物だった。まあ、スピーカーからだけど。
案内人は唐突にヘンなこと言い出した。
『実は我輩、この方の案内なのです』
《……はい??》
訳が分からず反応に遅れてしまった。
『元々この催しにお呼びしたのは貴方方だけだった』
案内人はそんな言葉から言い始めた。
通りで誰もいなかったのかと納得する半面、何で? という疑問を思わずにはいられなかった。
そこで彼(?)に聞いたところ、何ともまあそんな理由で! と半ば呆然とするような答えが返って来た。
『理由、ですか? 実は、郷美さんがケータイサイトでオカルト関連の検索をしていた時、私は偶然彼女を見つけたのだ。これは、チャンス! っと思った我輩は郷美さんのケータイに今回の情報を送り込んだのです」
―――この人絶対ェに怪しい。
ていうか、霊媒師っぽいハッカーじゃん! 一歩間違えれば犯罪者……。
『あの時の郷美さんなら必ず来て下さると思いまして。我輩には貴方方が必要だったのだ』
「おれ達が必要って……どういう―――」
困惑する自分らを他所に何故か案内人は明るく言った。
「我輩はこの世の者ではありませ~ん。黄泉の世界の案内人なのです」
《はぁ!?》
黄泉って……死後の世界、だよな? それじゃ、今おれ達は……2人の幽霊と話してるってことか!!?
こんな体験、オカルトマニアだったらどう思うんだろ。おれは、ハッキリ言ってもうこんなのは御免だな。でも、不思議な感じだ。今となっては怖くもなんともないし。それに、一人は友人の姿をしているしさ。
その友人の姿をした彼女―――名賀石笑子は案内人の言葉に「えっ?」と声を漏らした。
『笑子さん、貴方をお迎えする為にこの方達を呼んだのです。あと、我輩には身体がありません。というより貴方方には見えません。要するに。幽霊です』
生幽霊……。
最後の最後まで、案内人は曖昧に喋っているのってやっぱり癖なんだろうか。武野の次に、この人(?)にもツッコミたいことがたくさん……。
「じゃあ、今までのクイズ大会は全部ウソ?」
『ウソではないですよ。でも、大会とは言ってません。しかし、暗号に手間を掛けさせたのは楽しんで頂く為と、彼女が現世に現れる前に封筒を見付けられては困りますからね。だから、ああしたのだ。因みにそれを仕掛けたのも吾輩だ。所謂ポルターガエストで。死ぬほど疲れますけどね』
というかもう死んでるだろ。
「そこまでして何故彼女を……」
森口が尋ねた。
『彼女には人生を諦めてしまったその償いとして吾輩達がこの世に留めました。このまま天へ召せば笑子さんは必ず天へ辿り着くことは出来ず、永遠に彷徨い続けることになっただろう。だから、彼女を救う為にも、彼女自身に生きる意味に気付かせ、本当に心から望んでいた気持ちを思い出させて自縛から解き放とうとしたのです。
人を殺した罪は重い。自分であれ他人であれ、それは同じ意味である。しかし、自殺とはいえ彼女をここまで追い詰めた人間は如何わしいものだ。罪の欠片もなくそれが当たり前だと決めつけ何も変わらずに生きている。それはなのに彼女が救われないのは可笑しいのではないかと、我輩達案内人はそう決めたのだ。
でも、たった今、彼女は貴方達の御蔭で生きる意味の重さも意志も思い出せたと思うので大丈夫ですね』
「命を捨てた代償か」
おれは呟いた。
「そして、それにはしっかりとした重みがあるってことか」
『皆様には苦労をお掛けしてスミマセン。ご苦労様でした。これで、笑子さんも此方に来て頂くことが出来ます。笑子さん、その遺書を破り捨てれば貴方は解放され、黄泉へ行くことが出来ます」
「これでやっとあなたは救われるんですね」
「ええ」
『それでは笑子さん、また後にお逢い致しましょう。関元さん、武野さん、郷美さん、森口先生、ご協力有り難うございました!!……」
そう言って案内人は消えて行った。もう会うことは二度とないだろう。
「結局はクイズが目的ではなかったようだな」
おれはほんの少しだけ物寂しい気持ちになり、残されたこの場で何かを言わないとなと思い、頭を掻きながら私語いた。
「うん」
武野がその横で相打ちをした。でも、残念な気持ちにはなっていないように見えた。
森口は笑子に「笑子さん、記憶取り戻せて良かったです」と優しく微笑んだ。そして、
「僕たちもなんだか嬉しいです」
と、いつもの森口先生らしい言葉遣いと調子に戻っていた。
嬉しく感じたのは彼だけではなかった。感動するって言葉から程遠いおれと武野もまた胸に温かいものを感じていた。
「ありがとう」
笑子は純粋な気持ちでそう言った。
その時、おれはハッとして気付いた。さっきまで青白くてまるで死人の如く、どこから見ても不気味な印象を与えていたその顔がいつしかそれらの面影が消え去っていたのだ。
少なからず、その表情は普通に生きている人間とそれ程差はなく感じれたのはおれだけだろうか。人は変わる。きっかけさえあれば変わることができるって誰が言ってたんだけな。少しその言葉を信じたくなったおれがいる。
「本当によかった」
武野がそう言うと、彼女は少し迷って俯き、そして何かを決意したようにおれらに訊いた。
「あのー、一つだけ、私が向こうに逝く前に貴方達にお願いしたいことがあるのですが……」
そんな彼女におれ達は戸惑うことなく、
《言ってください!!》
と3人とも返事をした。
「ありがとう。私がお願いをしたいのは、一つだけなんです。……私は、簡単に『死』を選び過ぎた。どんなに苦しくとも、どんなに悲しくとも他に道はまだありました。でも、私は誤った選択をしてしまったのです。誰にも打ち明けることもなく一人で何もかも背負い込んでしまったのです。お願いです。私のような辛いくて苦しい間違った選択はもう誰にもしないで欲しいんです。
だから、その事を貴方方に覚えていて欲しいのです。最期の遺言として……」
彼女の言う通り、この世には彼女のように苦しんでいる人々はたくさんいる。力になれるなら……。おれは躊躇うことなく答える。
「もちろんです!!」
「今という時間を生き抜くのはとても大切な事だと理解しました。この想いは忘れたりしません」
「命は尊いモノ!どんなコトがあっても、絶対に捨ててはいけないことを笑子さんから知りました」
「あなたが伝えられなかった意思、おれ達が受け継いでいきます」
少しでも人の助けになる為に、おれ達は伝える。どんな形でどう伝えるかはまだよく判らないけど。
「色んな事を教えられたのは僕と生徒たちの方ですね。ありがとうございます」
森口先生に続き、おれと武野も「ありがとうございました」と礼をした。
彼女は「いえいえ!」と首を振り、私が貴方方に助けられたんです! お礼なんか私には合わない言葉です、と慌てて言った。
そして、姿勢を正した後、深々とお辞儀をした。
「とてもご迷惑をお掛けしました。……私はそろそろ逝きます」
いつの間にか彼女の手には彼女をこの世に繋ぎ止めたあの封筒が握られていた。
さっきまで森口先生の懐にあったはずなのに。
「……貴方方には、感謝しても感謝しきれません。絶対に忘れたりしません。本当にありがとう!!」
彼女は躊躇うことなく封筒に力を込めて一気に破いた。
ビリリ……。
儚い音とその余韻が響く。かすかに光のかけらが宙に輝きを散りばめると共に、羽根がひらりと舞いおちるようにして破かれた2つの封筒と突然力を失なった少女の身体は、そのまま床の上へと載りかかった。
《内田!!》
おれらは叫んで内田に駆け寄った。
「内田、大丈夫か!? 内田!!」
何度も名前を呼んでも、揺すっても目を覚まさなかった。
「しっかりしろ! 内田! ……おい、ウソだろ!? このまま目を開けないなんて、内田!」
「郷美さん、あなたまで逝かないで下さい!! 僕は……」
「ああ! もう!! いつまで死んだ振りしてんだよー! さっさと起きないと学校でお前のこと変人! 変態! 奇人野郎!! ブス!! って一生叫んでやる。わっははは! 様ぁ見ろ!」
「武野、そんなこと言っても内田は―――」
「タ――ケ――ノ――ォ!!」
「ギャア――っ ―――痛ッッってェ!!」
う、内田がいきなり起きて喋った! しかも武野の目に指が直撃した。
「うお! こ、今度は生ゾンビか!?」
「あああ!! すみませんスミマセン!! もう何もしません! 郷美さん!!」
「どうか恨まないで……って、またおれを盾にするんじゃねぇー! ビビリなんだよ、おれッ」
本日二回目。もう、色んな意味でイヤだ。
そんなだらし無い様子を内田(?)は見て、バシバシ、ツッコんだ。
「武っち! そんなコト言ったら、うちのパシリ死ぬまでやらしたるからな! そんで、残りの2人も……何やってんの? もしかしそんな趣味が……」
《本物の内田だー!》
この性格、この口の悪さ、この態度! 紛れもなく「内田 郷美」だ! あと、内田、最後のは大誤解だからっ。そんな趣味はない!
「でも、郷美さん、身体は大丈夫なんですか。あんなこともあってしまいましたし」
まさか幽霊に憑依されるなんて思ってもみなかっただろう……。
「あんなこと……ああ!! 思い出した! そうそう、アレが出てきたんだ、アレが。その後、動けなくなって……。そしたら先生が助けてくれると思って期待してたんだけど、猛スピードでどっか行くし!」
………。
おれらはジーと先生を見た。
「それで、うちは意識を失って・・・。あれ? なんで倒れたんだ? ……アレって何?」
……ど、どういうことだ!? 内田は憑かれただけでなく先生と見たはずの彼女を覚えてないのか?
訳が分からない。
「そういえば、校歌の謎と暗号、どうなったの?」
興味津々に訊ねてくる彼女におれは、
「全部、解き終わったよ」と教えた。
今は何も知らせずに真実を隠しておくのも内田のためにもなるだろうし。
だが、その横で、
「『生きる』という意味も知れたし、やり応えはあったよな」
「郷美さんに誘われて良かったです」
と何も知らない内田に感謝する2人があった。
おいおい、といつもなら言いたくなるおれだけど、今回ばかりはこの2人に同感だ。
それはそうと何も知らないまま3人に感謝される内田は何が何だか判らないまま、乱暴に身近にいた武野の襟首を引っ掴んでガクガク揺らして「おい! 教えろよ! 教えてよ」っとヘタすれば鞭打ちになりかねないぐらい揺すっていた。
仕方がないなー。武野の救出と帰りのバスの時刻も迫っている為、手をパンパンパンと叩き、止めさせた。
「はいはいはい! っと。次のバス乗り過ごしたら明日の夕方しか来ないぜ。ちゃっちゃと帰りましょうっか」
「関っチ、教えてよ!」
「後でちゃんと教えますって」
「先生に訊いてない」
「そんなっ」
「森口先生、ドンマイです……」
「みんな~置いて行くよぉ」
「武っち、相変わらず素早いね」
「何はともあれ、じゃ、帰ろっか?」
《うん!》
その返事とともに、彼女から授かった宝モノを心に携え、校舎を出て行く。
そして、この「イシナカ村」からおれ達が向かうべき場所へと旅立ちはじめた。




