8-8 王様のお節介
少しの間、そのままでいる。
それを、唐突に割って入って来る人がいた。
「おや、ケイト君にサラ君じゃないか。二人とも、もう元気そうだね」
王様である。今の状況などどこ吹く風で、何も気にした風もなく声をかけてきた。
「お、王様……!?」
ケイトが上擦った声で反応しても、王様はのんびりとした口調で言葉を紡ぐ。
「すまなかったね、ケイト君。見舞いにも行けなくて。いや、時間の合間を縫って行きはしたんだが、どうも間が悪いのか、君とはすれ違ってばっかりだったのだよ」
「い、いえ。わざわざありがとうございます……」
今の状況をはっきり見られた気がして、ケイトは小さくなりながら小声で返した。顔が熱い。湯気が出そうなくらい、熱い。
サラも、誰かに見られるのは恥ずかしかったのか、そっぽを向いて顔を隠している。ただ、ちらと見える耳はちゃんと赤く染まっていて、照れているのは丸わかりだ。
しかし、王様はそんなことなど意に介している様子はなかった。そればかりか、さらに言葉を紡ごうとする。
「ちょっとちょっとー! 王さま、何やってるんですかー!」
それを、また別の声が割って入った。
「折角いい雰囲気なのに、邪魔しちゃダメですよー!」
「お、おい、声がでかいって!」
「バカ、ホムラ! お前も大きいんだよ!」
「あだっ!?」
騒々しい声と拳骨の鈍い音、そして呻きにも似た声がどこかから聞こえる。
声の方に顔を向けると、屋台の影からツクノとホムラ、さらにはシルクまでもがこちらを覗き込むようにして見ていた。
目が合うと、三人はハッとしてぎこちない笑みを浮かべた。その様子から、ケイトは最初からばっちり見られていることを察した。途端に恥ずかしさが頂点にまで達し、顔がさらに熱くなる。
その様子がおかしかったのか、王様が静かに笑った。
「いい雰囲気だっただろう? 私も、我ながらうまくやったと思っているよ」
「うまくやったって、あんたまさか……」
何かに気づいたのか、シルクが呆れたような顔をした。
王様が、満足そうな笑みを浮かべながら、大きく頷く。
「察しの通りだ、シルク。サラ君が、ケイト君ともっと仲良くなりたそうにしていたものだからね。気持ちを少し、盛り上げてみたのだよ」
「……まったく、相変わらず反則級の能力だね。あんたの美術品のハイ・ユーザー能力は、動かした心を操るものだから」
「ハイ・ユーザー能力……!?」
ケイトは、思わず聞き返していた。王様が尋常ではない実力者なのは知っていたが、まさかハイ・ユーザーであるとは思っていなかったからだ。
王様が、少し困ったように笑う。
「仕方があるまい、彼女の心が見えてしまったのだから。だったら、王として見過ごすわけにはいかぬ」
「お節介焼きめ。まあ、サラは嬉しそうにしていたから、別にいいんだけどね」
にやにやと笑いながら、シルクがサラに目を向ける。サラは、恥ずかしそうに顔を背けたままだ。
「そ、それより!」
ケイトは、話を逸らすように二人に割って入った。
「王様のハイ・ユーザー能力って、どんなものなのですか?」
「さっき、シルクが言った通りだよ。まあ正確には、美術品を見たことによって動かした心を、さらに助長させるというものだがね」
「動かした心……?」
「そうだ。美術品は、見る者にあらゆる感情を与える。感嘆、悲哀、憤怒、喜悦。他にも、人によっては様々な思いを抱くだろう。それらを、私の力が及ぶ範囲で、助長させることができる。例えば、ある絵を見て悲しんでいる場合は、その悲哀をさらに強いものにできるし、力強い絵を見て圧倒された者に対しては、より気圧されたようになり、気持ちを折ることもできる」
相当の加護を消費するがね、と王様が付け加えた。
ケイトは驚いたが、同時に納得した。サラが積極的過ぎるのには、ちゃんと理由があったわけだ。ケイトに対して何かしら思うところのあるサラの気持ちを、今の能力で盛り上げた。いわば自己暗示にも似た力で、サラがどんどん攻めてくるようにしたということだ。
しかし、ちょっとやり過ぎだ、とケイトは思った。思いっ切りからかわれている感じがして、物凄く恥ずかしい。
「ちょっと、何やってるのよ。こんなところで、馬鹿みたいに騒いじゃって」
呆れたような声が割って入ってきて、ケイトたちの視線が一斉にそちらへ向く。いつ戻ってきたのか、ウルが呆れ顔をしながら現れていた。
皆が皆、どう答えようか悩んでいるらしく、表情をぎこちなくしながら口を濁している。
その中で、やはり王様だけは何も気にせずに口を開いた。
「いや、ただケイト君とサラ君のデートを、皆で見守っていただけさ。私が、つい要らぬ水を差してしまったがね」
「はあっ!?」
デートという言葉が出た瞬間、ウルがすぐに怒鳴った。
「で、デートですって!? あたしが偵察に行ってる間に、何してるのよ!」
顔を一瞬で真っ赤に染めたウルが、サラに恨めしい目を向ける。
「ずるいじゃない! あ、あたしだって、ケイトとデートしたいのに! サラ、どういうことなの!?」
「……さあね。ボクは、ケイトに気分転換させてあげようと思っただけだよ。それ以外に、他意はないから」
少し赤い顔のままだが、それでもサラは澄ました顔で言った。一人称も前のに戻し、口調も少し違う。まるで別人を見ているような気がして、ケイトはつい感心してしまった。
サラがそう言っても、ウルは納得していないのか、早口で何かしら喚き続けている。その全てをサラはことごとく受け流しているが、耳が赤いままなのから、内心では照れているのがケイトにはわかった。
いつまでもそれが続きそうだったが、シルクが二度手を軽く叩いて、この場を制した。
「お前たち、そこまでにしな。ウル、ちゃんと偵察は済んだんだろう? どうだった」
シルクの声が真剣みを帯びていたことで、喚いて荒れていたウルの動きが、俄かに大人しくなった。一度小さく咳払いし、表情を真顔に改めてから口を開く。
「いまいちね。北東のヘイズ湿原は、どうやら敵の手に落ちてるみたいよ。既に柱は繋がれ、過干渉が起き始めてる。向こうの世界で不法投棄され、そのまま朽ち切らずに残っていたモノたちが、次々と鉄鬼となって湧き出しているわ」
「成程な。じゃあ、玄武は?」
「暴れてるのを、遠目で確認したわ。今までの守護獣とは違って、完全に理性を失ってるみたい。辺りを、見境なく攻撃してるわ」
「そうか……。だったら、あまり猶予はないが」
歯切れ悪く言ったシルクが、ケイトを見てきた。上から下までを、視線が動く。まるで品定めすように目を向けられ、何となく戸惑う。
やがて、お目当ての物を見終えたのか、シルクが溜息を吐いた。
「ふむ。ケイトの体は、ある程度は大丈夫そうだね。あとは、実戦感覚を取り戻すだけだろう。時は惜しいが、それが済まない限りは動けないね」
「あたしもそう思うわ。いくらケイトが強くても、ずっと眠ってたんだもの。体力が戻っても、戦闘の感覚は鈍ってるはずよ。そこは、取り戻さなきゃ」
二人の言葉に、ケイトは何も反論しなかった。それは間違いなく合っているだろう、と自分でも思う。なんと言っても、ここ最近は刀を握ってすらないのだ。いきなり実戦を迎えては、想像と現実の差異に置いて行かれかねない。
ただ黙って頷くと、シルクがほっとしたように小さく笑みを浮かべた。
「よし。だったら、明日からケイトは私と稽古な。言っとくが、殺す気でやるから、気は抜かないことだね」
「ええっ!?」
物騒な言葉に、ケイトは戸惑いの声を上げた。冗談とも聞こえないシルクの声音に、恐る恐る彼女の顔を見る。
瞬間、異様にギラギラした目と視線が交わり合った。
――あっ、これ本気だ……。
嫌でも感じてしまったシルクのやる気に、ケイトは思わず肩を落とした。
それを慰めるように、ツクノとホムラがそっと肩に手を置いてきた。
「ケイト、死ぬなよ」
「ガンバですよ、ケイトさま」
二人の慰めるような言葉も、ちゃんと頭には入らない。明日からの稽古のことばかりが、ケイトの意識を支配している。
だからだろうか。シルクが今後の方針を話していたが、まったく耳に入らなかった。




