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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
八章 託された願い
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8-7 束の間のひと時

 ケイトが目覚めてから、十日が経った。

 ここまでの間、ケイトはひたすら体力を取り戻すことに努めた。長い時間が経っていたことで、ケイトが思っている以上に体は相当弱っていたのだ。歩くだけで息はすぐに切れ、足には力が入らなかった。

 体力を取り戻す間は、サラやツクノがサポートしてくれた。特にサラは、どこへ行くにもいつも付き添ってくれて、体力を取り戻すための散歩などには必ず一緒に着いて来た。

 今も、ケイトはサラと一緒に王都ミュゼムを歩いて回っていた。王都の中は相当広く、全てを回るだけでも大分時間がかかる。そこを日々歩くだけでも、十分体力は取り戻せるものだ。

「今日もいい天気だね、ケイト」

 サラが、優しい笑みを浮かべながら言った。

 その笑みに、ケイトは思わずどぎまぎした。最初に会った時と比べて、笑った顔が大分柔らかくなった気がする。頬にはそっと朱色が差しているし、ケイトを見てくる眼差しも優しい。

 だからか、妙に意識してしまい、ケイトは少し気恥しかった。

「う、うん。そうだね」

 できるだけ自然に返そうとしたが、言葉が若干つっかえてしまう。ばかりか、その後が続かない。こういう時、どう話題を続ければいいのかがよくわからず、ケイトは戸惑った。

 サラはサラで、何も言わずに隣を歩いてくる。ただ、会話がなくても彼女は楽しそうで、表情を綻ばせたままだ。

 何が何だかよくわからず、ケイトは困惑しながらしばらく歩き続けた。

「そうだ、ケイト。ちょっと寄り道しようよ」

 王都の中を半分以上回ったところで、突然サラがそう言い出した。

 いきなりのことに相変わらず戸惑っていると、サラが優しく手を取り、ケイトの答えを待たずに前を歩き始めた。手を引き、振り返りながら進む彼女は、片目を閉じながらいたずらっぽい笑みを浮かべている。

 妙に積極的な彼女に、やはりケイトは戸惑いを隠せなかった。それ以上に、照れてしまう。女の子に手を引かれることなんて、これまでそうそうあったものではない。

 だから、言葉を返すことすらできず、ただあたふたしながら彼女の後を着いて行くことしかできなかった。

 向かった先は、王都の中にある市場だった。

 ここは食糧や日用品を始め、様々なものが売っているのを、ちらとだが覗いたことがあった。というのも、基本的な物資は王城の中に蓄えてあり、ケイトたちは王様から直接支給される。わざわざ市場に行って贖うことは、あまりなかった。

 初めてじっくりと見る市場の光景に、ケイトは呆然としながら辺りを見渡していた。たくさんの人が賑わいながら、あれこれと物色し、品定めをしている。

「こっちだよ、ケイト」

 サラの声が聞こえ、ケイトはハッとした。おかしそうに笑ったサラが、手を引きながらもう一度先導する。

 あまり勝手がわからないため、ケイトは素直に手を引かれるままでいた。その間、柔らかな手の感触にずっとどぎまぎし、心臓は高鳴りっ放しだった。緊張は極限にまで達し、辺りの光景は見てもさっぱり頭に残らない。ほぼ無意識のまま、ただただ歩き続けた。

「さあ、着いたよ」

 その声が聞こえて、ようやく我に返る。

 目の前に、こじんまりとした屋台があった。台の上には、綺麗に磨かれた色とりどりの石が並べられ、陽の光を浴びて美しく輝いていた。

「わあ……」

 我ながら子ども染みていると思いつつも、それ以上の反応がすぐには出て来なかった。目の前に並べられているのは、宝石でも何でもなく、ただ綺麗な石なのだろう。それでも、まるで生命の息吹を放っているように輝く石から、ケイトは目を離せなかった。

「……キレイだよね。ここの石を見るの、私、結構好きなんだ。なんて言うのかな、目一杯生きてるって感じがしてさ。ただの石なのに、変だよね」

「ううん、僕もそう思う。……ん、私?」

 サラから聞き慣れない一人称を聞き、ケイトは思わず問い返していた。

 しまった、とでも言わんばかりに、サラがちょっとだけ驚いたような顔をしている。

「あっ。……まっ、いっか。ケイトになら、教えても」

 すぐに表情から驚きを消したサラが、照れたように笑いながら続ける。

「私が、なりたい自分を具現化してるのは覚えてるよね? それって、見た目だけじゃないんだ。実は性格も、なってみたい自分を具現化してるんだよ」

「えっ、性格も?」

 思いがけない言葉に、思わず問い返してしまう。

 サラは照れた笑みのまま、大きく頷いた。

「そうなの。私、病院暮らしが長いから、ずっと本を読んでることが多かったんだ。いろんな本を読んで、特にお気に入りの人物を真似たのが、今の姿なんだ。この格好も武器も、性格だってそう。自由を求める女冒険家の虚像が、私が具現化した憧れそのものなんだ」

「へえ……」

 つい、まじまじとサラを見てしまう。今見ているこの姿が偽りの姿ならば、本当の姿はどんなのだろうか。つい、気になってしまった。

 サラが、ふと視線を向けてきた。視線が絡み合い、束の間見つめ合う。

「ふふ。私の姿、想像できない? 大丈夫、今とそこまで変わらないから。ただ、髪はもっと長いかな。私、向こうだと背中まであるもの」

「それって、大分変わるよね?」

「あはは、それもそうか」

 いたずらっぽい笑みを浮かべたサラが、片目を閉じながらそっと人差し指を立てて口元に運ぶ。

「これ、内緒だよ? 二人だけの秘密ね」

「う、うん」

 ぎこちなく頷くと、サラが嬉しそうに笑った。

 その笑みが、不意に翳る。

「……夢みたいだなぁ、本当に。男の子と、こんな風に歩いたり、お喋りしたりしてみたかったんだ。ずっと、そんな機会はないと思ってたから」

 少しだけ寂しそうに言ったサラを見ていると、妙に切ない気持ちになった。

 彼女に、笑ってほしい。そう思ったら、ケイトは咄嗟に視線を逸らし、台の上に並んでいる石に目をやっていた。

 色とりどりの石が並んでいる中、加工されているものも一緒に置いてあることにケイトは気づいた。ペンダントのような装飾品が、一番多く置いてある。

 その中で、翡翠を加工したペンダントに目を惹かれた。とても丁寧な作りで、翡翠も綺麗に磨かれ、眩い光を放っている。きっと、サラに似合うだろう。

「すみません、これを」

 ケイトは無意識のうちに店の主人にそう言い、そのペンダントを買っていた。王様からの支給品の中に、お金もちゃんと含まれている。装飾品を買うくらいの蓄えは、ちゃんと残っていた。

 店の主人が顔をにやつかせながら、ケイトにペンダントを渡してきた。どうやら、目の前のやり取りを楽しんでいるらしい。

 それはケイトを尚のこと緊張させたが、できるだけ意識しないように努めた。ぎこちないながらもペンダントを受け取り、そのままサラに差し出す。

 サラが、少し驚いたような顔を見せた。

「これを、受け取ってくれるかな」

「えっ、いいの?」

「うん、まあ。折角来たんだし、二人の秘密の証ってことで」

「そっか。ふふ、じゃあもらっちゃおうかな。ありがと、ケイト」

 嬉しそうに顔を綻ばせたサラが、そっとペンダントを受け取る。それを一度天にかざして見入ってから、大切そうにしながら首に着けた。思った通り、よく似合う。

「どう?」

「うん、とっても似合うよ。なんて言うか、綺麗だな」

「それって、宝石が?」

 不満そうに小首を傾げながら言うサラに、ケイトは慌てて否定した。

「ち、違うよ! えっとその、サラが、だよ」

「ふふ、ありがと」

 またいたずらっぽく笑むサラに、ケイトはからかわれたことに気づいた。やはり、いつもと違う彼女の調子に、振り回されてばかりである。

 でも、不快ではない。寧ろ、新鮮な感じがして、少し楽しい。が、やはり大分恥ずかしい。

 ケイトが動揺し、何も言えないでいる間も、サラはこちらを楽しそうに見つめてきていた。視線が交わると、尚更嬉しそうにする。

 さすがのケイトも、何となく察するものがある。意識も、せざるを得ない。ただ、どう接すればいいのかはちゃんとはわからず、ただ視線を交わらせることしかできなかった。

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