8-5 力の差
「今度は、どう対処するかな。さあ、やってみせなよ」
オウリュウが、宙に浮く柱を思い切り高く飛ばし、その全てを破裂させた。瞬間、無数の黒い粉が辺りに降り注ぐ。細か過ぎて、とてもではないがかわすことはできない。
――かわせないならば、吹っ飛ばすまでだ。
振り返り、クロウズはやや後ろの上空目掛けて思い切り拳を突き出した。特性は風通しで、拳を振り抜いたことによる風圧が、一気にその方へと進む。丁度、メディがいる辺りだ。
風圧が黒い粉を呑み込み、遠くへと吹き飛ばす。メディの周囲だけは、それは一切降り注がなかった。
――これでいい。
過程が正しければ、メディに黒い粉がかかるのだけは、どうしても避けなければならなかった。もしも少しでも浴びてしまったら、彼女はこの場から逃げられなくなる。そうなってしまっては、待ち受けるものは死しかない。
「あの女に気を取られてていいのかな?」
背後から冷たい声が聞こえ、すぐに振り返っては拳を振るう。しかし、そこには誰もいない。拳が、虚しく空を打つ。
――上か。
頭上に目をやると、鉄の柱を打ち込んできているオウリュウの姿が映った。
さっきのように、異様な勢いを持った柱が迫る。回避に移る前に、クロウズはまた加護を解いて、すぐに纏った。柱の勢いが、急激に弱まる。
しかし、束の間だ。
「残念だけど、同じ手は食わないよ」
オウリュウが言ったのと同時に、背後から鉄の棘が伸びてきた。それに呼応するかのように、柱が再び加速する。後ろの棘もそうだ。まるで互いに引き合うように、勢いをつけている。
加護の脱着を行っていたことで、クロウズの行動には一拍のずれが生じていた。両方を回避しようにも完全には避け切ることができず、柱をかわした際に右の脇腹の辺りを棘が削っていった。
「……チッ」
はっきりと舌打ちしてから、後ろに跳ぶ。動くだけで、腹に鋭い痛みが走った。血もいくらか出ているのか、足元は少しだけ赤黒く汚れている。
しかし、気にしている暇はない。既にオウリュウは、次の攻撃に移ろうとしていた。いつの間にか、宙には黒い粉が撒かれるように浮いている。その中で、空中に浮いたオウリュウが、柱の一本を右腕に装着し、何かを放とうとする仕草を見せる。他の柱はオウリュウの後ろでプロペラのように回転し、徐々に勢いを増しつつあった。
背の柱に勢いがつくと同時に右腕の柱が帯電を始め、道具の加護がそこに集まっていく。一瞬で、異常な強さの加護が集約され、球体状の黒い光がはっきりと視認できるようになった。
「やっぱり、このジェネレイトはいいね。僕の能力と、相性がいい」
口角を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべたオウリュウが、柱をこちら側に向けて照準を合わせる。
しかし、クロウズにではない。狙いは、メディに向いている。
罠である。そんなことは、考えなくてもわかった。メディを救おうとし、隙だらけになったクロウズを撃つ。そんな魂胆は、透けるように見える。
「くっ!」
それでも、クロウズはためらうことなく駆け出していた。メディは、山頂の入り口辺りにいる。そこまで十歩以上はあるが、それでも目一杯足を動かした。
「愚かだね、見捨てればいいのに。お望み通り、その女ごと消し飛ばしてやるよ」
オウリュウの、冷たい声が聞こえた。
「電磁砲」
何かが放たれたような音を背で聞き、クロウズは振り返った。電流を帯びた黒い光の球体が、突風が吹き荒ぶような音を立てながら迫って来ている。人一人は飲み込んでしまいそうな大きさだ。
このままの軌道ならばクロウズを、さらには少し前にいるメディさえも光に呑まれてしまう。異常に圧縮された力だ。直撃したら、まず無事ではいられない。
――させるかよ。
メディまであと五歩くらいのところで立ち止まり、クロウズは自身の体を鎧の加護で何重にも覆い、さらには感電を防ぐべく、絶縁服を具現化した。それからすぐに拳を後ろに引き、力を放出する。
「迅雷の拳撃!」
迫り来る光目掛けて、思い切り一撃を放つ。瞬間、光と拳が交わり、押し合った。
しかし、束の間だけだ。押し合い、弾き飛ばそうと思う前に、球体はその場で破裂した。衝撃を、まともに受ける。
「ぐっ……!」
あまりにも強い衝撃に、体が吹き飛びそうになる。迸る電流によってか、全身を鋭い痛みが走り、踏ん張りが利かなくなりそうだ。
しかし、堪えた。ここで、勢いに負けるわけにはいかない。クロウズが立ち塞がっているからこそ、光の衝撃は、辛うじて後ろには行かないでいる。少しでも力負けし、倒れてしまったら、メディが巻き込まれてしまう。
そんなことは、断じて許されない。
「……お、らぁッ!」
固く閉ざされた扉をこじ開けるように、クロウズは腕を左右に振った。確かに掴んだ光が、両隣へと飛んでいく。
クロウズはその体勢のまま、動くことができなかった。全身を、焼けるような痛みが走る。実際、焼かれているのだろう。纏った鎧の加護は全て剥がされ、絶縁服のそれさえも消し飛んでいる。体の至るところが、焼け焦げたようになっているのが自分からでもよく見えた。血も、夥しい量が流れている。
実力差が、あり過ぎる。それを悟ったが、闘志が萎えることはない。
「クロウズさん!」
メディの悲鳴のような声が聞こえ、次いで駆け寄ろうとする音が耳に届く。
「動くな、メディ……!」
咄嗟に、出せる限りの声で叫んだ。メディが動きを止めたのが、見なくてもわかった。
目を前に向け、キッとオウリュウを睨む。薄ら笑いを浮かべた顔。痛みで視界は霞みつつあるが、それでもその姿を捉えて離さない。
「本当に、お前は大した奴だよ。今ので消し炭にならないだけじゃなく、弾き飛ばしてしまうんだから」
でも、とオウリュウが冷たい笑みを浮かべながら、続ける。
「今ので死んでおけば、女の死に様を見ずにも済んだのにね」
言葉の終わりと同時に、後ろの方で何か重いものが降り立ったような音が響いた。メディの悲鳴も、やや遅れて聞こえる。
痛む体を無理やり動かし、クロウズは振り返った。メディの背後に、全身を鋼の装甲で覆った人型の鉄鬼がいた。ただ、鉄鬼にしては、あまりにも人然としている。肩に担ぐようにして大剣を持っている様は、およそ人らしい挙措だ。
だが、一番気にかかるのは、そこではない。
――あれは。
見覚えのある大剣に、背筋が寒くなる。思えば、見知った男と背格好が似ている。顔こそ機械人形のように作られたようなものになっているが、何となく面影が見て取れた。
「まさか……!」
嫌な想像を裏付けるように、オウリュウが嫌な声で笑ってから言った。
「やっと来たか。待ちかねたよ、暴食鬼フーズ」
やはり。
しかしクロウズは、愕然とすることはなかった。フーズの行方がわからなくなった時点で、まともに再会できることは諦めていた。せめて、鉄鬼として会わなければ。そう願っていたが、どうやらそんな些細な願いさえ叶わなかったらしい。
体の奥底で、怒りが沸々と湧く。体に広がる痛みを、クロウズは束の間忘れた。
その間黙っていたからか、オウリュウはクロウズが愕然としているとでも思ったのか、せせら笑いながら冷たい声音で続ける。
「その女は、もう用済みだ。食べていいよ」
「御意」
くぐもった声で応じたフーズが、ピンポン玉のような丸い目を光らせながら、メディへと手を伸ばす。恐怖に駆られたのか、メディは瞳に目一杯怯えの色を満たしながら、大きく目を見開いてその動きを見ていることしかできないようだ。
それを黙って見ていると思われたならば、心外もいいところだ。
無言のうちに一気にフーズの横へと間合いを詰め、一度二度と、拳を叩きつける。
「超重の殴打」
自身の静かな声音を掻き消すように、重々しい音が立て続けに二度鳴った。フーズの巨体が宙に浮き、無数の鋼の破片を散らばせながら吹っ飛んでいく。
地面に叩きつけられたフーズは、すぐに起き上がれないようだった。完全に砕けた腹の装甲に手をやりながら、苦しそうに呻いている。
視線を感じ、クロウズはそちらに目を向けた。オウリュウが、少し驚いたような顔をしながらこちらを見ていた。




