8-3 辿り着いた仇敵
街道を、風を切るように駆け抜ける。
ウォーズ平野を抜けてから、どれくらいの時が経っただろうか。無我夢中で駆け続け、視線の先には、既にジェネレイト山岳が見えている。普通に歩いて行けば十日は最低でもかかるはずだが、クロウズには今がいつなのかはよくわからなかった。
なんと言っても、昼も夜も駆け続けている。いつ陽が沈み、遠くの山の端から顔を出しているかなど、一切気にしていない。気がつけば辺りは暗くなっていたし、明るくもなっていた。
今、頭の中を占めるものは二つある。一つは、オウリュウのことだ。微かに感じ取り、辿っているオウリュウの気配は、ジェネレイト山岳の近くに行けば行くほど、強く感じてくる。
ここまで自身を隠していたのに、姿を見せるということは、狙いは間違いなく魔法の撚糸だ。異常な力を持ちながらも守護獣ばかりを動かし、居場所を掴ませなかったのも、この隙を衝くためだろう。
オウリュウに抵抗しているケイトやシルクといった道具使いたちは、そのことには気づいていない。そもそも、気配すら掴んではいないだろう。オウリュウは、楽に事を為せると思っているはずだ。
だが、それは甘い。クロウズが気配を掴み取っていることを、奴は知らないだろう。そこに、付け入る隙がある。
しかし、そのことが頭の中の大多数を占めているわけではなかった。
メディ。彼女のことが、不思議と一番気にかかっている。彼女と出会ってからというものの、頭の片隅には常にその存在があった。彼女のことをふと思い出すだけで、心が少し満たされたような気分になったのを覚えている。
クロウズは、よくわからない感情に自分でも戸惑っていた。仲間の敵討ちよりも、一人の少女のことに意識を引っ張られるなど、どうかしているとしか思えない。
「……メディ」
無意識のうちにその名を呼び、クロウズはハッとした。気づけば、駆けながらだというのにひび割れた小瓶を取り出し、凝視している。メディからもらった薬が入っているものだ。
どうして、気にかかるのか。考えてもわかるはずもなく、クロウズは乱暴に小瓶を懐にしまった。今は、よくわからない感情に振り回されている場合ではない。
「……急ぐか」
メディへの意識を振り切るように、さらに速く駆ける。周囲の景色が、瞬く間に通り過ぎていく。
ジェネレイト山岳が、見る見るうちに近づいてきた。
目指すべきは、山岳の頂上だ。そこに、魔法の撚糸があるという。
しかし、いつの間にか足は、メディが暮らしている村へと向かっていた。
――らしくねえな。
クロウズは、自嘲気味に笑う。意識していないつもりでも、つい気にかけてしまうらしい。
気にしてしまうならば、確認しに行けばいい。クロウズはそう割り切り、村へと急いだ。
村に辿り着き、クロウズはすぐにメディの家へと飛び込んだ。しかし、誰もいない。部屋という部屋を覗いたが、どこにもメディの姿はなかった。荒らされた跡はないが、誰かがいた痕跡もなく、いやに不可解だ。
家を飛び出し、クロウズは村人を探した。丁度歩いている男を見つけ、すぐに詰め寄った。
「おい、聞きたいことがある」
「な、何だ……!?」
男が、怯えたような顔をする。自身が睨むように男を見ていることに気づき、クロウズはできる限り表情を和らげようと努めた。
その甲斐があったのか、男は少しだけ落ち着いたようだ。まだ怯えは消えていないが、話を聞いてくれそうではある。
「ここの家に、少女が一人いたよな。どこに行ったんだ?」
「め、メディのことか? あの子は、数日前から行方がわからないんだ」
「何だと?」
思わず、言葉に圧が籠る。男がまた怯えたようだが、クロウズは今度は構わず問い質した。
「行方がわからないだと? 何の手掛かりもねえのか」
「あ、ああ。気づいた時には、忽然と姿を消していたんだよ。ここ何日もみんなで近くを探したんだが、全然見つけられなかった」
「親も、あいつを見ていないのか?」
「……そうか、あんたは外の人だから知らないのか。メディは、早くに両親を亡くしている。親戚もいなくて、一人なんだ。だから、たまにみんなで様子を見に行くんだが、いなくなったと気づいたのはその時さ」
「そうか」
それだけ言い、クロウズは男に背を向けて駆け出した。困惑する男の声が背中を追ってきたが、それもすぐに小さくなり、やがて聞こえなくなった。
――もしかしなくても、あそこにいるかもしれない。
視線を、ジェネレイトの頂上へと向ける。あそこに、メディは捕らわれの身となっている。クロウズは、ほぼ確信にも似た思いを抱いていた。
何故かは、決まっている。メディを餌に、クロウズを誘き寄せるためだ。
各地で鉄鬼狩りをしていることは、まず間違いなくオウリュウには知られている。別段隠すこともなく、各地で好き勝手に暴れたのだ。目に留まらないはずはない。さすがに目障りになって、標的を絞ってきたのだと思われた。
そして、クロウズを釣り出すために、メディがさらわれた。どこで接点を知られたのかは知らないが、彼女を餌にすれば、必ず釣れるという打算が奴にはあったのかもしれない。
それは、正しい。クロウズは今、躊躇うことなくジェネレイト山岳を目指している。
――罠か。
わかっていても、足を止める気はない。いや、止めてはならない。メディを救い出すために、罠だろうが何だろうが、突き進むしか道はなかった。
一人の少女のために、何故こんな気持ちになるのかを、クロウズは束の間考えた。
メディは、変わった少女だ。暴れ者のようなクロウズとまともに向き合ってくれた、物好きな奴だ。それでも一緒にいて不快でなかったし、寧ろ荒んで欠けた心が、少し満たされたような気持ちになったものだ。
そんな彼女を大切にしたいと思っていることに、クロウズは気づいた。誰よりも優しく、誰にでも手を差し伸べられるあの少女には、できる限り笑って生きていてほしい。そう、強く思っている。
――それなのに、俺が巻き込んだ。
巨大な悪に捕らわれるという、最悪の形で。
ならば、自身が救うしかないだろう。彼女の未来を守れるのは、今はクロウズしかいないのだ。
「待ってろよ、メディ。俺が、必ず救い出す」
自身の気持ちを確かめるように呟き、クロウズは一気に駆け出した。
ジェネレイト山岳が、あっという間に近づく。足元は硬い岩肌の大地が目立つようになり、足場が悪くなっていくも、構わず駆け続ける。
山道を平地のように駆け、山頂が見えてきた。人影が、遠目にながらも見える。二つ。力なく座らされている少女と、白髪の小柄な少年だ。どちらも、しっかりと見覚えがある。
――嫌になるくらいにな。
頭の中に苦い記憶が蘇り、激情が瞬時に体中を駆け巡る。拳は自然と強く握り締められ、無意識のうちに歯を食い縛る。一度、ぎりっと歯の擦れる音が鳴った。
この日を、どれほど待ち望んでいたことか。仲間の仇に手が届く、今日という日が来るのを、一体どれだけ待ち焦がれただろうか。
今は、敵討ちだけではない。一番手を出してはならないものにさえ、奴は手を出した。一度ぶちのめすだけでは、気が済まない。
――もう、耐える気はねえ。
抑え込んでいた激情を解き放ち、クロウズは一気に駆け出す。
少年、オウリュウの姿が瞬く間に迫る。接近に気づいたのか、オウリュウが咄嗟に振り返った。
瞬間、目が合う。意外そうな目で、クロウズを見ている。
しかし、何がそんなに以外なのか、正直どうでも良かった。間合いに入り様に、クロウズは拳を振り上げる。
「よう、探したぜ」
呟くように言ったのと同時に、拳を振り抜いた。手に肉を打った生々しい感触が伝わり、鈍い音が鳴る。
顔面へとまともに拳を受けたオウリュウが、岩の地面を二度三度と転がっていった。




