8-2 戻った活気
シルクが、呆れた顔のまま、わざとらしく咳き込んでいる。
気づいたウルが、物凄い勢いでケイトから離れた。ただ、まだ恥ずかしさの余韻でも残っているのか、顔は真っ赤に染まったままだ。照れと困ったものがないまぜになった表情をしながら、赤い両頬を手で押さえている。
「ケイト、お前にここまでの経緯を話しておこうか」
一瞬で真顔になったシルクが、ケイトが眠っている間のことを語ってくれた。
「……そんなことが」
驚きのあまり、それくらいしか言えなかった。
守護獣朱雀との戦いの結末は驚いたが、それと同じくらいに驚きだったのは、クロウズと共闘していたことだ。あの男がこちらに気を許す姿など、ケイトには想像できない。
その思いを口にしたら、意外な事実がウルの口から語られた。
「でも、ケイトを救う手助けをしてくれたのは、そのクロウズよ。あの人が加護の受け渡しを教えてくれなかったら、多分、ケイトは死んじゃってた」
「クロウズが……?」
本当に以外で、ケイトはそれ以上何も言えなかった。ただただ、呆然としていることしかできない。
その間にも、皆は会話を続けていく。
「ってことは、わざわざ王城に寄ってから、ウォーズ平野を抜けてきたってのか? あいつ、そんな素振りは全然見せなかったが」
「多分、平気で強がる人なのよ。男の人って結構そういう人が多いけど、クロウズはもう別格ね。強がって本心を隠して、それでも素直な心根は隠し切れない。物凄く、不器用な人だと思うわ」
「そりゃ同感だね。クロウズは、私が見ても相当のへそ曲がりだよ。いちいち毒を吐いてくるところが、特にそうさ」
「だけど、悪い人じゃないよね。一時は敵対してたけど、結局それは、モノのためを思ってのことだし」
「それはそうですけど、もっと素直に協力してくれてもいいと思うんですよねぇ。今は、同じ敵を見てるんですし」
皆が、揃って頷く。クロウズに対する評価は、皆の中ではどうやらそれなりに高いらしい。
ケイトも、そのことは認めていた。全力でぶつかったこともあって、クロウズの思いはしっかり掴んだつもりでいる。全ては、モノがちゃんと生きるために。その強過ぎる思いには、一切の穢れはない。
「……さて、これからどうするかを話そうか」
顔を真顔に引き締めたシルクが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「敵対する守護獣は、残るは玄武だけだ。ヒバリの願いは叶えてやりたいところだが、もしもの時は壊さなきゃいけない」
シルクたちは朱雀のヒバリから、玄武を救い出すことを依頼されていた。完全には鉄鬼になっていないらしく、助けられる可能性はあるそうだ。
その方法は、おそらくケイトがホムラを救った時と同じだろう。装甲を断ち割り、切り離す。そうすることで、想定の上では救えるはずだ。
もちろん、今回もそれでうまくいくとは限らない。相手は、守護獣である。ホムラよりも、力は圧倒的に大きいはずだ。装甲を何とかできず、そのまま鉄鬼になってしまう可能性は、大いにある。
――だけど、やってみなきゃ。
ケイトには、試してみたいことがあった。それはまだ頭の中で漠然としたイメージでしかないが、おそらく可能だろうとケイトは思っている。寧ろ、そのことができなければ、自分にこの世界を救う資格はないとさえ思っていた。
「壊すって言っても、可能なのか? 玄武って言うと、多分亀みたいな奴だろう? どう考えても、装甲は硬いと思うんだが」
ホムラが思案顔で言い、シルクが大きく頷く。
「多分そうだろうね。玄武の獣状態は、二首の巨大な大亀だ。おまけに、争いは好まないがために、自身を守るのには物凄く長けている。鉄鬼化したことで、さらに頑強になっているかもしれない」
「じゃあ、サラの能力が肝かもな。能力変動はお手の物だろ?」
「まあそうだけどさ。言っとくけど、万能じゃないんだからね? ボクの能力は、相手にも左右されるんだから」
「そういやそうだったな。まあ、頼りにしてるぜ」
「はあ。調子いいんだから」
呆れたように言っているが、どことなくサラは楽しそうに見える。
――元気になったみたいだ。
自分が倒れている間に、サラは随分明るくなったようだ。少し前は一歩引いている感じがあったし、雰囲気もどこか棘があったものだ。
それが、今では全く感じない。ホムラと話しているサラは、自然に会話を楽しんでいるように見える。
じっと見ていることに気づいたのか、サラがそっとケイトに視線を向けてきた。途端に、ほんのりと頬が赤く染まる。何故か少し恥ずかしそうにしながら、サラは赤い顔のままこちらから目を背けた。
その理由がわからず、ケイトは小首を傾げた。ツクノやシルクが何かに気づいてにやにやしているが、ケイトはやはりわからなかった。
「まあ、玄武とのことは追々考えよう。今はこれまでにして、続きは少し間を置いてからにするかね」
「えっ、どうして?」
ケイトが驚いたように言うと、シルクが困ったように一度肩を竦めてから、言葉を続ける。
「どうしてって、すぐに動けないからに決まっているだろう? 私たちだって戦いの後で疲れているし、お前はお前で目覚めたばかりだろう」
「だ、大丈夫だよ。もう、どうってことはないって」
ベッドから降り、その場に立って見せる。数秒はそのままでいられたが、すぐに体が重くなり、ケイトは膝をついてしまった。立ち上がろうにも、足にうまく力が入らない。
その様を見たシルクが、呆れたような顔をした。
「ほら見たことか。自分が思っているよりも、お前は大分弱っているんだ。まずは、体力を戻すことから始めな」
「で、でも」
時は一刻を争うということもあり、ケイトは食い下がろうとしたが、その言葉は振り下ろされた拳骨によって遮られた。あまりの衝撃に、目の前で火花が散ったような錯覚に陥る。
「まったく、逸るんじゃないよ。そんな有様で事を為せると思ったら、大間違いだよ。相手は守護獣なんだ。手負いで勝てるほど甘くはないことぐらい、もうわかっているだろう?」
そう言われてしまったら、返す言葉はなかった。気持ちが逸り、本当ならばすぐにでも動きたいが、シルクの言葉は尤もだ。皆に迷惑をかけるわけにもいかず、大人しく従うしかなかった。
「よし。数日は、体を休めることにしよう。その間に、ウルは玄武のいる場所の様子を探っておくんだ」
「わかった、任せて」
ウルが頷き、両手を力強く握った。
それから些細な会話を交わし、この場はこれで散会になった。
起きたばかりのケイトに遠慮したのか、皆は部屋から去っていく。ずっと傍にいてくれたウルさえも、与えられた任務のために出て行ってしまった。
部屋に一人になり、ケイトはまたベッドで横になった。ただ、眠くはなくて眠れず、ケイトはすぐに起き上がった。ただ、ベッドからは出ず、座ったまま窓へと目を向ける。
窓の外は、どこまでも澄んだ青い空と、復興しつつある城下町が広がっている。
しかし、ケイトの目にはそれらはしっかりとは映らない。ただぼんやりと眺める視界の先で、ケイトは見えるはずのない好敵手の姿を追い求めていた。
――お前は今、何をしているんだ、クロウズ。
不思議と、クロウズの動向が気になってならない。ホムラたちと別れた時の彼は、どこか切迫したものを感じさせるほどだったらしい。妙に余裕がない、とでも言うのだろうか。とにかく、急いでいたそうだ。
クロウズが、何を思っていたのか。知る由はないのだが、ケイトは気になって仕方がなかった。ばかりか、妙に胸騒ぎがする。クロウズのことを考えるだけで、心が強張っていくのを嫌でも感じた。
一抹の不安が圧し掛かってくる。
――お前に限って、いなくなるなんてことはないよな。
無意識のうちに天井へと視線を向けながら、ケイトはそっと口の中で呟いた。




