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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
八章 託された願い
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8-1 長い夢から目が覚めて

 小鳥のさえずりが聞こえる。

 うっすらと目を開けると、眩い光が視界に拡がり、ケイトは思わず瞼を閉じた。朝日にしては、その光は少し強い。今は何時だろう。そんなことを、つい思ってしまう。

 手で庇を作りながら、ケイトはもう一度重い瞼を開けた。見慣れない部屋の天井が、真っ先に映る。

 起き上がろうとしたらお腹の辺りに重さを感じ、そこで何かが体の上に乗っていることに気づいた。顔だけを上げてその正体を見てみると、目元を真っ赤に腫らしたウルが、静かな寝息を立てながら眠っていた。

 その彼女は、ケイトの手をしっかりと両手で握っている。ほんのりと温かなものが、それを通してケイトに伝わっていた。

 女の子が間近で眠り、さらには手まで握られている状況にどぎまぎしたが、ケイトは何とか落ち着いた。今は、現状の把握の方が最優先である。

「僕は」

 どうしたのだったのか。

 言いかけて、頭の中へと唐突に様々なことが過ぎり、言葉を呑み込んだ。

 つい最近の出来事が思い返され、そして夢の中の体験がまざまざと蘇る。いや、夢にしては、妙に生々しい体験だった。体が傷ついた感触ははっきりと残っているし、何ならその傷は見える範囲では残っているように思えた。その全てはちゃんと塞がってはいるが、回復してから少ししか経っていないという感じだ。

 ならばあれは、やはり夢ではない。交わした言葉も、伝えられた思いも、ケイトの中にちゃんと残っている。不思議ではあるが、夢のようでそうではない体験だったと思うしかなかった。

 ――僕は、鬼一法眼の子孫だったのか。

 最後の言葉を思い返し、色々納得できた。ケイトが不思議な能力を持っていたのは、彼の血を継いでいたからだったのだ。すぐに道具使いになれたのも、この目に人には見えないものが映ったのも、つまりはそういうことだった。

「あれ。だったら、シルクは」

 ふと頭に何かが引っ掛かり、ケイトは考えようとしたが、それは妨げられた。

「……ん」

 小さな声を出したウルが、寝ぼけ眼を右手で擦りながら起き上がる。

 ふと、ウルと目が合った。ケイトは起き上がり、何となくにこりと笑みを浮かべたが、ウルの方は眠そうに半分しか開いてなかった目を、大きく見開いてきた。

 その双眸が、俄かに喜色で満たされる。

「ケイト!」

 叫ぶように言うや否や、ウルが勢いよく飛びついてきた。その動きは思いっ切り過ぎて、ケイトは支え切れずに押し倒されてしまった。それでも、ウルは構わず抱き着いてくる。

「ケイト、ケイト! 良かったよぉ! ほんとに、ほんっとに心配したんだからね!」

「ちょ、ちょっと……! 苦しいよ、ウル……!」

 顔の辺りを思いっ切り抱き締められていることで、ウルの豊かな双丘が惜しげもなく当てられている。息は辛いし、喋るのも一苦労だし、何よりも物凄く恥ずかしい。

 何とか彼女を離そうとしたが、全然離れてくれない。感極まっているのか、ケイトが起きたのを喜ぶばかりだ。

「ケイト! もう、絶対離さないんだから! ずっとずっと、一緒だからね!」

 まくし立てるように勢いよく言い、ウルが舌でケイトの頬を舐めてきた。いきなりのことに、ケイトは照れる以上に戸惑った。

 ――こんな子だったっけ……?

 一切の恥じらいもなくこんなことをしてくるなんて、最初に出会った頃のウルでは考えられない。なんと言っても、ケイトから見たウルは、素直な気持ちを精一杯押し隠そうとしている子だったのだ。

 それが、今は気持ちの赴くままに行動している気がする。どう考えても、変だ。

 ――それに、妙に幼く見えるような……?

 よくよく見れば、ウルの顔立ちが少し幼くなったように思えた。体もいくらか小さくなり、より華奢になった気がする。現れている犬耳も尻尾も、気持ち小さめだ。ただ、豊かに膨らんだところだけは、あまり変わった風には見えない。

 何が何だか。困惑するも、ケイトはされるがままでいるしかなかった。ウルの過剰とも言える愛情表現を、ひたすら受け続ける。

 部屋の扉が開いたのは、そんな時だった。

「騒がしいと思ったら、何だいこれは」

 シルクの、呆れたような声が聞こえる。ケイトは、嫌な場面を見られたと思い、妙にばつが悪くなった。

「ケイト、お前の心配をして早く戻ってきたっていうのに、何をしていたんだい?」

「い、いや、これは僕のせいじゃ」

 弁解しようにも、ウルが邪魔でうまく言えない。何とか頑張ってウルを引き剥がし、ケイトは扉の方へと顔を向けた。

 途端に、四人の安堵したような顔と目が合う。ホムラとサラ、ツクノは安心したように胸を撫で下ろし、呆れたような声をしていたシルクも、嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 そのシルクが、一度深く息を吐いた。

「まったく、心配させるんじゃないよ。この、大馬鹿者め」

 近づいてきたシルクが、ケイトの頭を軽く小突いた。いつもよりは、当然痛くはない。ただ、シルクは一瞬だけ目一杯心配そうな顔をしていて、その心がしっかりと伝わってきてしまった。頭は痛くないのに、心配をかけたことによる罪悪感が、胸をひどく痛ませた。

「それにしても、とうとうやっちまったね、この子は。ケイトにだけは見せないようにって、頑張ってはいたんだが」

 シルクが苦笑いを浮かべながら、ウルに視線を向けた。

 当の本人は気にした様子もなく、ケイトにべったりとくっついたままだ。

「えっ。やっぱり、何かあるの?」

「ごまかしても仕方がないか。ウルには、精神的に幼い部分が強く残っていてね。自身の加護が弱まると、少女の姿になってしまうのさ」

「少女に?」

 そっと、ウルに視線を向ける。ケイトが見つめてきたことに気づいたのか、抱き着いたままのウルが大きな瞳をぱちくりさせ、笑顔を浮かべながら小首を傾げてきた。その仕草は、どう見てもあどけない少女だ。少し前まで接していた彼女の面影は、ほとんどない。

「……本当に、幼くなってるんだね」

「まあ、そうなるね。加護が回復するまでは、このままだよ。まったく、何をどう無茶したんだか」

 呆れ顔をしたシルクが、徐にウルへと近づいていく。傍に寄られたことで、ウルがきょとんとしながらシルクを見上げた。

「いい加減、元に戻りな。このままじゃ、おちおち話もできやしない」

 そう言いながら、シルクがウルの頭に優しく手を乗せる。

 瞬間、眩い光がシルクの手から立ち昇り、ウルの全身を包み込んだ。その時は辺りに閃光が走り、誰もが目が眩み、何も見えなくなった。

 光が収まり、ケイトはゆっくりと瞼を開いた。まだ、光が焼きついている。チカチカする目を何度か瞬かせながら、ケイトはウルへと顔を向けた。

 いつもの、凛とした美人の顔がそこにあった。背も、ちゃんと高い方に戻っている。

「あ、あれ。あたし、何を」

 ふと視線を巡らしたウルがケイトと見合った時、紡がれていた言葉は急に止まった。口と体の動きを一瞬止めたウルが、ぎこちない仕草で視線を下にずらしていく。

 視線が下に向き切ったのと同時に、炎が燃え上がるような音を立てながら、ウルの顔が真っ赤に染まった。耳まで赤く染めたウルが、恥ずかしそうに顔をすぐに伏せる。しかし、それも束の間で、ウルはゆっくりと顔を上げてきた。潤んだ瞳をまっすぐにケイトへと向け、心底心配したような表情をしてきた。

「目が、覚めたんだ……。良かった、ほんとに良かった……」

 両手で顔を覆ったウルが、声を上げずに泣き出す。大粒の涙をたくさん流しているのか、手からは透明な雫が零れ落ちていた。

「ごめんね。もう、大丈夫だから」

 ケイトは、ウルの頭をそっと撫でた。どうやら、さっきまでの記憶はないらしいが、それを言及することなく、ただ優しく撫で続けた。

 気持ちが少し落ち着いたのか、顔から手を離したウルが、泣き顔ながらも笑みを向けてきた。ケイトも安心させるように、そっと微笑み返す。

 束の間そうしていたが、不意に咳払いが割って入ってきた。

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