7-16 僕の力の本質
「目先の力に捉われるか。所詮、汝もそこまでの器か」
男の声に、あるかなきかの落胆の色が現れる。
一瞬カッとしかけたが、男の言葉にケイトは引っ掛かりを覚えた。目先の力。それが意味するものを、戦いながら考える。
もちろん、じっくりと思考を巡らす余裕はない。迫り来る斬撃は常に急所を狙って来ていて、回避するのも一苦労だ。かわし切れないのもいくつかあって、既に体中には赤いシミがいくつもできている。
それでも、ケイトは回避と防御に徹しながら、考えた。攻撃までは手が回らない。隙を探す注意力さえも、思考を動かす方に使っていく。
――目先の力。僕が使う、黒の力。
全てを断ち切る、破壊の力。
口の中で反芻するように何度か呟き、何かが引っ掛かる。それが何なのかを考え、ケイトはあることに思い至った。
――僕の力は、こんなものだっただろうか。
自身が持ち合わせる能力を、ケイトは思い返していく。共鳴道具は裁縫箱で、ユーザー能力は誤った繋がりを断ち切り、そして。
「繋ぎ直すもの……!」
その考えに至った時、ケイトは思わず口に出していた。
裁ち鋏は断ち切るばかりだが、針と糸は新たに紡ぎ直すために使われる。それはまさしく、破壊とは真逆の性質を持つ。その紡ぐ力を、ケイトは引き出して使えていない。
――もしかしたら。
改めて、男の刀に目をやった。黒の妖しい光の中に、うっすらとだが白いものが混じっているのが今ならばわかる。あれがもしかしたら、紡ぐ力なのかもしれない。
咄嗟に、ケイトは左の刀を収め、代わりに針の槍を具現化した。槍からは、今までなかったはずの清らかな力を感じる。いや、本当は最初からこの力を備えていたのかもしれない。ただケイトが、気づくことができなかっただけだ。自身の繋ぐ力を忘れ、断ち切ることばかりに執心したことで。
――断ち切るだけでは、何も守れない。
救いたいものも、いずれ自身の手で壊すことになる。それが、目先の力に捉われた結果だ。大切なものを守るためには、時には断ち切る以外の方法も必要になる。そのことが、ケイトの頭の中から抜けてしまっていた。
――それに僕は、繋がりを守るために戦っていたはずだ。
ならば、新しく紡いでいくのだって、繋がりを守ることと同じだろう。
そこに思い至った時、太刀鋏が一度、強い鼓動を伝えてきた。ちらと刀に目をやり、瞬間、眩い光が視界に入る。
まだ足りないぞ。不思議と、そう言われているような気がした。何が。そう思いかけた時、不意に両手に鋭い痛みが一瞬走った。
「つうっ……!」
瞬間的な痛みに顔をしかめるも、武器から感じる鼓動が、それをすぐに忘れさせた。何度も何度も伝えてくる鼓動は、何かを訴えかけてきている。
「お前はまだ、一人で戦うつもりなのか?」
そんな声が、ふと聞こえてきた。目の前の男からでなければ、ケイトのものでもない。ただ、間違いなく若い男の声が聞こえた。
不思議だったが、それ以上にケイトはハッとした。かけられた言葉は、自分が忘れていた大事なことだったからだ。
「……そうか。僕は、いつの間にか一人で戦っていたのか」
太刀鋏、お前と一緒に、戦えていなかったのか。力ばかりを、借りていただけで。
今まで一緒に戦ってきていたから、太刀鋏を使うのが当たり前になっていた。心を通わせ、一緒に戦っていくのがユーザーと共鳴道具であったはずなのに、いつの間にか歩調はずれてしまっていた。
「……ごめん、太刀鋏」
心の底から気持ちを込めて、ケイトは続ける。
「そんなつもりはなかったのに、僕はお前を、ただの道具として見てなかったみたいだ。だから僕は、ダメだったんだな。本当に、ごめん」
一度深く頭を下げてから、ケイトは言葉を紡ぐ。
「なあ、太刀鋏。もう一度だけ、チャンスをくれないか? 僕は、お前の思いをもう見失わない。お前と一緒に戦っているのを、絶対に忘れない。だから、頼む」
ケイトは、頭を下げたままでいる。少しの間、そのままでいる。
「……当たり前だろ、相棒」
そんな声が聞こえてきて、そっと頭を上げる。両手の得物が、ひと際眩い光を放っている。どこか温かくて、優しい光だ。
「……ありがとう」
思わず零れた涙を手の甲で拭い、ケイトは笑みを浮かべた。
いつまでもそうしてしまいそうだったが、ふと視線を感じ、ケイトはそちらを見た。途端に、視線が交わる。男が、口元にうっすらと笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。
「どうやら、気づいたようだな」
言うや否や、男が後ろに跳び、距離を取っては刀を構える。笑みは鳴りを潜め、表情には真剣なものが浮かんでいた。
「汝の答えを、我に示して見せよ。我が剣にて、真っ向から受け止めよう」
二刀を構えた男が一度身を低くする。今にも、勢いよく駆け出してきそうだ。
ケイトは、臆することなく得物を構えた。右手の刀を真横に構え、左手の槍を刀を持つようにする。
それを待っていたかのように、男が駆け出した。瞬く間に、距離が詰まる。
「行くぞ、太刀鋏!」
男が間合いに入ったのと同時に、裂帛の気合を上げる。ケイトは今持てる思いと力を籠めて、両手の得物を交差させるように思い切り振り抜いた。
互いの得物が、激しくぶつかり合う。凄まじい衝撃が走るが、それが斬撃となってケイトの体を襲うことはない。ただひたすらに、刃をぶつけ合う。
――これは。
刃を交えながら、ケイトは不思議な感覚に捉われていた。相手の得物を通して、思いが伝わってくる。そんなはずはないのだが、そう形容するしかない。
男は、世界の行く末を憂いていた。悪しき脅威から救った二つの世界は表裏一体で、片方が衰退してしまえば残る一方も弱ってしまう。ばかりか、世界の繋がりは時が経つにつれて失われていき、消えてしまうと、どちらも滅亡することがわかっていた。
愛する世界たちが消えることを、男は望んでいなかった。どうするかを悩みに悩み、出した結論が、一人の犠牲によって世界を繋ぐことだった。世界を繋ぎさえすれば、ひとまず滅びから遠ざかる。その間に、過干渉から解き放ち、互いに別の世界として独立させよう。もしもそれが叶わなかったら、次に目覚めた時に、新たな救世主と共に世界を守ってくれ。そう、願った。
だが、そんな願いを、大切な人に押しつけたことを、男は後悔していた。ありとあらゆる思いを背負わせ、苦しみの中に放り込んだことを、悔やんでいた。自分は結局、何も為せずに朽ちてしまった。そうなるくらいならば、最初から自身が贄となればよかった。それを、今になって悔いている。
しかし、事は既に起きてしまった。後はもう、彼女に託すしかない。清き思いも悪しき意思も等しく集め、束ねられる彼女ならば、いずれ世界を正しい方向へと導ける。そうなることを、信じている。
その思いの全てが、ケイトの体を一気に駆け巡る。
「……ッ!」
伝わったものに驚き、ケイトは知らず知らずのうちに刀から力を抜いていた。それは、男も同じだ。もう、互いに得物を押し合うことはない。
頭の中に、一つの仮定が浮かぶ。そんなことはあるはずはない。咄嗟にそう否定しようにも、できなかった。目の前で起きている夢のような現実は、確かなものにしか思えなかったからだ。
ケイトは唖然としながら、男の顔を見ていた。怖いくらいに無表情だった男の顔は、ほんの少しだけ和らぎ、口元には笑みが浮かんでいる。
「あなたは、まさか」
鬼一法眼なのか。
そう続きを口にしようとしたが、それ以上言葉が出なかった。何故だかわからないが、何も言えなくなってしまった。
「断ち切るだけが全てではない。繋ぐこともまた、希望へと続く。そしてその力は、誰もが持ちうるものだ」
男が笑みを浮かべて言い、それからケイトの肩を一度軽く叩いた。
「モノは、道具にあって道具に非ず。共に生きる存在である。そのことを、忘れるな」
「は、はい」
絞り出せた言葉は、たったそれだけだった。
男が、小さく頷く。
「我に、最早力はない。あの子と世界を、どうか頼む。我が血族の、末裔よ」
囁くように言って、男が歩み始める。あっという間に、背中が遠ざかっていく。
その背を追おうとしたが、ケイトの足は動かなかった。霧の中へと消えていく男の姿を、ただじっと見つめているしかない。
やがて、男の姿は消えた。
ケイトは見えなくなった背を追うように視線を向け続けていたが、不意に視界がぼやけ、思わず目を瞑った。
目を瞑ると、今度は意識がふわふわし始める。まるで、急激な眠気に誘われたかのようだ。目を開けようにも瞼は重く閉ざされたままで、意識が沈んでいくのを感じる。
抗おうにも、難しかった。正気を保とうにも、意識そのものが消えかかっている。このままだと、深い眠りに落ちてしまいそうだ。
――いや、そうじゃないか。
今はきっと、目覚めようとしている。ケイトは、漠然とだがそう思った。起きようとしているから、今ここで眠ろうとしている。よくわからない物言いなのは自分でもわかっているが、そうとしか言いようがなかった。
とにかく、抗うことに意味はない。
押し寄せる眠気のようなものに身を委ね、ケイトはゆっくりと意識を手放していった。




