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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
七章 限界を超えろ!
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7-15 夢の中の邂逅

 深い闇が、辺りに広がっている。

 その中を、一体どれだけ歩いたことだろう。一時間、二時間。はっきりとした時間はわからない。目が覚めてから大分時が経っているとは思うのだが、いかんせん闇の中では、時の感覚が全く掴めない。

 ――そもそも、ここはどこなんだろう。

 もう何度目かわからない自問を、ケイトは繰り返す。自分が何故こんなところにいるのか、考えてもわかるはずがない。

 記憶を辿っても、大した情報は得られなかった。最後に覚えているのは、白虎との戦いである。その後意識を失っただろうことが、今一番記憶に新しいことだ。

 意識を失ったのならば、ここは夢の中なのか。最初はそう思ったが、体が、肌が感じる感覚は、あまりにもリアリティがあった。

 どこかわからないが、歩いていると地面を踏み締めているという感触はあるし、この場に流れる異様に冷たい空気も、肌がしっかり感じている。

「……寒いな」

 思わず、ケイトは自身の体を両腕で抱いた。ここは、異常に寒い。ただ、普通とどこか違っていた。冬場の寒気のように、身も凍るような鋭い寒さではなく、背筋ばかりがぞくりと冷えるのだ。悪寒さえも感じてしまいそうなその寒さに、顔はぞわっとするし、鳥肌は立ちっぱなしである。

「……まるで、怨霊がいる墓地に迷い込んだみたいだ」

 冗談交じりに言ってみたが、次第にそれが冗談に思えなくなってきた。正直、そう形容するのがしっくりくる。

 ――ならばここは、死後の世界なのだろうか。

 半分は冗談で、もう半分は本気でそう思った。何となくだが、それでも正しい気がしてならなかったからだ。自身が死にかけていたのを覚えているのが、そう思わせたのかもしれない。

「……よそう。縁起でもない」

 一度頭を振り、ケイトはさらに前へと歩き続けた。当てもなく、ひたすら前へと進む。闇と共に纏わりついて来る冷たさを振り払いながら、ケイトは必死に歩いた。

 それから、どれくらいの時が流れただろうか。

 やや遠くに、ようやく淡い光が差しているのが見えた。

「光だ……!」

 やっと見つけた違う光景に、ケイトは無意識のうちに駆け出していた。闇の中にずっといたことで、正直気は滅入っている。一刻も早くこの場から抜け正したいことばかりが、頭の中を占めていた。

 勢いよく駆けて行き、光の場所へと辿り着いたが、闇に慣れ過ぎたこともあって、その光はあまりにも強過ぎた。眩し過ぎて目が眩み、ケイトはしばらく瞼を開けられなかった。

 いくらかそのままの体勢で待ち、光に目がやっと慣れてきて、ケイトはゆっくりと瞼を開いた。

 眼前には、真っ白い空間が広がっていた。地面も空もなく、霧ばかりが広がる不思議な場所だ。それなのに、何故か少しだけ暖かい。

 呆然としながらケイトが辺りを見渡していると、不意に前方から足音が聞こえてきた気がした。ハッとするもすぐに警戒し、耳をそばだてる。ゆっくりとだが、よく響くような足音が、確かに聞こえる。それは、間違いなくこちらへと向かって来ていた。

 ケイトは、刀を抜くか迷った。向かって来るのが敵かどうかわからず、そもそも人であるのか違うのかも不明である。

 躊躇している間にも、足音はどんどん大きくなってきた。もう、近くまで来ている。前方の霧の奥に、うっすらと人影が見える。

 ――人だ。

 ひとまず、ケイトは刀を抜くのはやめた。敵か味方かは、出会ってから決めればいい。そう割り切った。

 それからすぐに、人影が霧の中からゆっくりと姿を現した。腰に刀を二振り差した、長身の気持ち若めの男だ。狩衣と呼ばれる、大昔の公家が着ていた衣服を身に纏っている。

 ――刀を、二振り?

 その姿に、どこかで見覚えがあった。確かそう、いつだかの夢の中だ。あの時は、男が刀を抜いたところで目が覚めた。

 男がある程度近づいてくると、不意に足を止め、いきなり腰の刀を抜き払った。そのうちの右の一本を、ケイトに向けてくる。

「抜け」

 男が短く言い、それから構えを取る。途端に、鋭い殺気が辺りを覆った。

 急過ぎる展開にケイトは困惑したが、すぐに刀を抜いた。殺気は間違いなく本物で、見つめてくる青の双眸は殺意を痛いほど向けてくる。何もしなければ、そのまま斬られかねない。

 束の間視線を交わし合い、次の瞬間には互いに間合いへと踏み込んでいた。踏み込むと同時に、刀を振り抜く。鋭くも乾いた音が、高々と鳴り響いた。

 ――この人、強い……!

 たった一度刃を交えただけで、目の前の男が異常に強いのがわかった。打ち合った衝撃で手はすぐに痺れ、体にはその余波でも飛んできたのか、小さな切り傷が無数についた。傷はあまり深くはないものの、そこかしこがうっすらと痛む。

 ――全力を出さなきゃ、僕は負ける。

 刀を押し合って後ろに跳び、ケイトは着地するとすぐに力を解放した。刀身が、黒の光に包まれる。

 手を焼けるような痛みが襲うが、構わなかった。目の前の強敵相手に、手抜きをしている余裕は一切ない。持てる力を全て出し切らなければ、この男に間違いなく殺される。

「破壊の力か」

 呟くように言った男が、刀を一度二度と振ってから、構え直す。瞬間、男の刀が黒い光を宿した。禍々しいまでの、妖しい光だ。

 ――同じ力か?

 自身のそれと似たようなものを感じるが、何かが違う気がした。ただ、その何かがわからない。唯一わかるのは、あの黒い光はケイトの力と同質のものであり、異常な力を宿しているだろうことだけだ。

 男が、右の刀を薙ぐように振るった。風が唸るような音が鳴り、男の近くの霧が一遍に霧散した。その場だけ、霧が雫にでもなったのか、きらきらと輝きながら散っていく。

 それを目の端で捉えながらも、気持ちは一切逸らさなかった。男の一挙手一投足に、全神経を注ぐ。ツクノに憑依され、感覚を研ぎ澄ますことが多くなっていたからか、彼女がいなくても気配を強く感じられるようになっていた。

 男が、間合いを詰める。異様に速い動きで、その姿が一瞬視界から消えた。しかし、気配は捉えている。

 ――右!

 感じたのとほぼ同時に、右の刀を振り抜く。それとほぼ同時に、乾いた金属音が鳴り響いた。次いで届く、激しい衝撃。

 勢いよく振り抜かれた刀がぶつかり、その衝撃で周りの霧が散っていった。代わりに、赤い霧が舞う。

「くっ!」

 打ち合った衝撃と、自身の放つ力の余波を浴び、ケイトの体には幾筋もの傷がついていた。血が噴き出るほどに、傷はそこそこ深い。

 しかし、条件は同じはずだ。相手にも、同様のことが起きているに違いない。

 そう思っていたのだが、それは見当違いもいいところだった。

 男には、一切傷がついていない。刀の黒い光が荒れ狂い、力を放出しているというのに、男の体が傷つけられている感じは全くしなかった。

 ――何がどうなっているんだ。

 考えても、わからない。わからないならば、とにかく攻めるしかなかった。こうして刃を押し合っているだけでは、勝機など転がりっこない。

 一度後方に跳び、着地したのと同時に、ケイトはまた前に出た。再び、間合いに入る。右の刀を、横薙ぎに振り抜こうとする。

 男が真っ向から受けるべく、左の刀を斬り上げた。

 その攻撃と、打ち合うことはしない。間合いに踏み込んだのと同時に、ケイトは右斜め前に跳んでいた。刀は、当然振らずにいる。男の得物だけが斬り上げられ、虚しく空を斬った。

 男のやや左に着地したのと同時に、両の刀を振り抜いた。男の左の刀は、既に振り下ろされている。残った右で防ごうにも、攻撃した直後では難しいはずだ。

 だが、その想定も甘かった。

「なっ!?」

 鋭い金属音が鳴り響く。男は、こちらを見ずに右の刀を出し、ケイトの刀を受け止めていた。

 二刀で押しているのに、びくともしない。歯を食い縛って必死に押すのだが、男は表情を変えずに受け止めるばかりだ。

「汝に問う」

 低く重々しい声で男が言い、物凄い力でケイトの刀を押し返した。あまりの強さと突然のことに戸惑い、ケイトはよろめきながら後ろに飛ばされた。

 そこを逃さず、男が間合いを詰めて斬り込んできた。右で薙ぎ、左で小さく振り下ろし、また斬り上げる。いずれも、尋常ではない速さで放たれる。

 ケイトは、体勢が崩れながらもその攻撃を何とか捌いた。しかし、それ以上のことはできない。鋭い斬撃の前に、反撃の隙は一切なかった。

「汝は、何のために戦うのか」

 刃を振るいながら、男が言った。

 何のために。攻撃を受けながら、ほんの一瞬だけ考える。答えは、すぐに浮かんだ。

「大切なものを、守るためだ!」

 男とは違って、ケイトには一切余裕がない。半ば怒鳴るように答えた。

 その言葉に、男の表情が微かに動く。目つきが若干鋭くなり、いくらか顔が険しくなったように見える。

「ならば、何故このような戦い方をする」

「どういう意味だ!」

「汝が振るうは、他者を救う力に非ず。全てを砕く、破壊の力である。その力をもって、何を守る。何が、守れる」

 抑揚のない声だが、男のそれには怒りの響きが確かに宿っていた。

 ケイトは、咄嗟に答えられなかった。自分の戦い方が間違っている。その疑念を抱いたことがなかったからだ。

 これまで、この力に頼って戦ってきた。自身さえも傷つけてしまう危険なものだが、それでも数多の強敵を打ち破り、仲間の危機を救ってきたのだ。それが間違っているとは夢にも思わないし、何が間違いなのかわからない。

 ――僕の、何が間違っているんだ。

 口の中で、疑問を呟く。

 瞬間、それを否定するかのように、鋭い刺突が眼前に迫ってきた。咄嗟に横に跳んで回避するも、少し間に合わなかったらしい。左の頬を、焼けるような痛みが走る。そこから、赤いものがどろりと流れていくのを感じた。

 しかし、それを気にしている余裕もない。男が冷たい殺気を放ちながら、次の攻撃を放っている。左からの薙ぎ。合わせるように刀を振るった。

 手に、また強い衝撃が走る。全身にも同様に食らい、また血の霧が舞い上がった。ケイトはふらつきながらも、男を見る。やはり、傷ついた様子はない。

 ――僕とこの人の、何が違うんだ。

 同じような力を使っているのに、こうも違うなんて、絶対に理由があるはずだ。

 ケイトは、男の刀を束の間凝視した。妖しいほどの黒の光が、刀身を包んでいる。これだけ見れば、ケイトのそれと同じだ。

 ――まだ、何かあるはずだ。

 刃を交えながら、ケイトは刀から目を離さなかった。傷つき、傷つけられても、視線は逸らさない。

 それでも、何もわからない。

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