7-14 朱雀の真実
声が消え入るよりも早く、頭上で炸裂音がした。だが、猛々しいほどの音ではない。もっと軽い感じで、言うならばそう、花火のような音だ。
「あっ」
ふと空に目を向けて、ホムラは唖然とした。いや、他の皆も同様だろう。頭上には、昼間にも拘らず、鮮やかな色をした火の花が咲いていたのだ。
何が何だがわからなくなり、そのままの状態で朱雀にまた目を向ける。
寝ぼけ眼のような半分だけ目を開けた朱雀が、口元にうっすらと笑みを浮かべながら視線を送ってきていた。
「すごいね。ここまでやるなんて、正直思ってなかった」
静かな声で、朱雀が言った。
その反応に、また驚かざるを得ない。どう見ても、朱雀が暴走している風には思えないし、もっと言えば、鉄鬼化さえもしていないように見える。
「……あんた、正気に戻ったのかい?」
シルクも、半ば信じられないと言った風で聞いていた。
だが、当の朱雀は涼しい顔をしている。
「正気も何も、私は何も変わってないよ。ずっと、変わったふりをしてただけ」
「ええっ!?」
「そんなに驚くこと? 私、鉄鬼みたいじゃなかったでしょ?」
言われてみれば、確かにさっきまでの朱雀は、どこか鉄鬼とは違っていた気がする。鉄鬼特有の獰猛な殺気はなかったし、獣のような唸り声も一切上げなかった。そもそも、朱雀は一言さえも喋っていなかった気がする。
心底呆れたのか、シルクが大きく溜息を吐いた。
「まったく、どういうつもりだい、ヒバリ。なんでわざわざこんなことをしたんだ?」
「理由はいくつかあるけど、とりあえずオウリュウたちの目を欺きたかったからかな。私が鉄鬼化したように見せてれば、少なくとも警戒はされないから」
「鉄鬼化したようにって、その装甲は紛れもなく鉄鬼のものだろう? 偽物をつけているだけじゃ、ばれるんじゃないのか?」
「うん。だからこれは、本当に鉄鬼の装甲。私、一応鉄鬼化してるから。表面上だけは」
「……あー、そうか。そういやそうだった。お前が鉄鬼化するなんて、よくよく考えればありえないことだったね」
一人で納得したシルクが、溜息交じりに大きく頷いた。
しかし、こちらは全く意味がわからない。
「なあ、シルク。わかるように話してくれよ。正直、どういうことなのかさっぱりだ」
「それは、私から説明する。私は、太陽を司る守護獣。太陽さえあれば、私はずっと生きてられるの。死んでしまうことは、多分ないと思うよ」
「えっと、つまり?」
「死なないから、鉄鬼化することはないの。鉄鬼は、モノの成れの果てだもん。セイラみたいに自らなろうとしたり、コハクたちみたいに無理やり改造されない限り、鉄鬼は等しく死んだモノなんだよ。死から最も遠い私は、だから本当には鉄鬼化しないわけ」
途方もない話に、ホムラは呆然しながらも小さく頷いた。理屈は、何となくわかった。信じられないが、本人がそう言っているし、何よりもホムラ自身が鉄鬼化から元に戻っている。生きているモノが本当に鉄鬼にならないのは、間違いないのだろう。
「じゃあ、私たちと戦ったのは、何のためだい? あんた、殺す気で来ただろう?」
「それは誤解。ちゃんと手は抜いてた。ただ、予想外の攻撃に、少し焦っちゃった」
朱雀のヒバリが、そっとホムラを見る。あまり表情のない顔だが、こちらを見た朱雀の目は、不思議と好奇心で輝いているように思えた。
「君、結構強かったんだね。正直、一番弱いと思ってた。全部凍らされた時は、びっくりして動けなかったし」
「そ、そりゃどうも」
直球で言われたが、怒る気にはなれなかった。一番弱いのは事実だったし、ヒバリに悪気がないのはわかっている。
ただ、手を抜いていたというのは、少し引っ掛かった。
「えっと、ヒバリって言ったっけか。手を抜いてたって」
「うん、本当。私、もっと強いから。本気でやってたら、多分こんなに互角にならないと思う」
「むっ、はっきり言うじゃんか」
サラが頬を膨らませながら、不満そうに言った。
それでも、ヒバリは涼しい顔をしたままだ。寧ろ、不思議そうに小首を傾げている。
「だって、事実だから。ねえ、シルクもそう思わない?」
「私に振るんじゃないよ。それよりも、ちゃんと問いに答えな」
「はいはい」
抑揚のない声で答えたヒバリに、シルクが苦笑を浮かべた。いつもだったら殴りかかりそうなものだが、そうしないのは、もしかしたらヒバリは常にこんな調子なのかもしれない。
極度のマイペース。それが、不思議なこの守護獣にしっくりくる呼称だろう。
「目的は二つ。一つは、シルクが連れてきた人たちの、実力を測ることだよ」
「意外とまともな目的だね。どうしてだい?」
「オウリュウを止めるには、生半な実力じゃ絶対無理。だから、シルクが選んだ人たちが大丈夫なのか、私は知りたかった」
「そうか。で、どうだった?」
ヒバリが黙り込み、少しだけ考えるような素振りを見せる。ただ、表情は相変わらず希薄だから、どう思っているのかはわからない。
数瞬の時が流れ、やがてヒバリが納得したように小さく頷いた。
「……まあ、いいんじゃない。ちょっとだけ不安だけど、それでもいないよりはいいかな」
「へえ、えらく買って出たね。あんた、あまり人を評価しないじゃないか」
「ん、それも誤解。いつもちゃんと評価してる。ただ、ちょっと辛口なだけ」
「それが評価しないって言っているんだよ」
シルクが苦笑しながら言うも、ヒバリは納得できなかったのか、不思議そうに小首を傾げている。
「まあいいや。それで、もう一つの目的は何だい?」
「ええと、シルクと本気で戦ってみたかった。それだけ」
「はっ? この大事な時に、本当にそれだけかい?」
「それだけ。だって、シルクは枯れかけてるから、戦える機会なんてもうほとんどないもん。だったら、この状況を利用して、戦いを挑むしかない。本気のシルクと戦えるなんて、滅多にないことだから」
拳を握って意気込んで言ったヒバリに、シルクが額を押さえて呆れ果てている。
その様を見て、ホムラはいつの間にか憑依を解いていたツクノと、そっと言葉を交わす。
「なあ、ヒバリって、ひょっとしなくても変わり者か?」
「んー、ちょっと感覚はずれてるかも? まあその分、能力は頭抜けているんですけどね。彼女、才女と呼ばれるほどの天才でもありますし」
「なんか、納得するな。天才って、変わり者が多いもんな」
「こらこら、そこの二人。人の陰口は良くない。私、そんなに変わってないもん」
小声で話していたのに、しっかり聞こえていたのか、ヒバリがほんの少しだけむっとしながら言った。
ツクノと顔を見合わせ、一度苦笑し合ってから、ホムラは頭を下げた。それで満足したのか、ヒバリがまた無表情に戻る。
「一応任せられそうだから、あなたたちにお願いしたいことがある」
「ヒバリ、今度は真面目な話だろうね?」
「もちろん。お願いは、玄武を救ってほしい。そのことだよ」
さらっと言われたお願いに、場に緊張が走る。
玄武。最後の守護獣のことだ。それを救ってほしいとは、どういうことなのか。
「あの子たちは、まだ完全に鉄鬼になってないんだ。無理やり鉄鬼化させられそうになっているだけで、今はまだ、元に戻れるはず」
「どうしてそう言い切れるんだい? いや、そもそもなんでそのことを?」
「一応、鉄鬼化したということで、向こうにいたから。オウリュウとセイラが話していたのを、聞いてたの。玄武のシェンとウリナは、なかなか鉄鬼化が進まない。適合するまで、まだ時間がかかるって。だから、まだ間に合うはず」
「玄武って、二人いるのか?」
気になって、ホムラはつい口を挟んだ。
「うん。二人は、仲の良い兄妹。しかも、争いごとを好まない子たち。なのに、鉄鬼にされて暴れさせようとするなんて、可哀そう。だから、助けてあげて」
「そりゃあ、言われなくてもやるけど、あんたは動かないのかい?」
「ううん。私も、もう自由に動くつもり。目的も達成したし、シルクとも遊べたから」
「……まったく、この子は」
苦り切った顔でうんざりするシルクに、ホムラたちはつい笑ってしまった。いつも好き勝手に喋り、気に入らないことがあれば拳骨を振り下ろすシルクが振り回されているのが、この上なく新鮮だ。
シルクは不満そうだったが、それでも困ったように笑ってくれた。内心、笑ったことで拳骨が来ると思っていただけ、ホムラは少しほっとした。
束の間、和やかなものが場に広がったが、唐突に掻き乱された。
「っ……!?」
刃が肉を貫くような、いやに鈍い音が急に響いた。目の前のヒバリの胸から、銀色の刃が突き出している。
「えっ……?」
唐突なことに、ホムラは咄嗟に反応できなかった。ホムラだけではない。サラもツクノも、シルクさえも一瞬動きを止めた。
その中で、ヒバリだけが目を少し吊り上げ、振り返りながら右腕を振り回して砲弾を放った。
瞬間、刃が引き抜かれ、何者かが後ろへと跳ぶ。顔を、全身を鋼の鎧兜で覆った、西洋チックの騎士。そう形容するのが妥当な出で立ちだ。
敵だ。ようやくその判断ができて、ホムラは剣を構えた。
その騎士風の敵は、得物こそ構えているが、踏み込んでくる気配はなかった。そっと視線を動かし、何かを窺っているように見える。
「……イナイカ」
くぐもった声が聞こえたかと思えば、騎士は背を向けて歩き出した。歩き出したかと思えば、唐突にその姿が消えてしまった。瞬きもしていないのに、忽然と。
「あの動き、どこかで見たような……」
ツクノが呟き、少し考える素振りを見せたかと思えば、すぐにハッとした顔になった。
「もしかして、シェルト……!?」
「シェルトって、解放軍三将星の? だがあいつは、俺たちの目の前で死んだろ!?」
「で、でも、気配が急に移動したんです! あれは、シェルトの空間移動に違いないですよぅ!」
言われてみれば確かにそうだが、ホムラの理解は追いつかなかった。一体、何がどうなっているのか。考えてもわからない。
だが、いつまでも考えているわけにもいかない。ヒバリが、体を貫かれたのだ。
すぐさまそちらに目を向けると、シルクが既に駆け寄っていた。片膝をついたヒバリが、口元から血を流しながら少しだけ苦しそうにしている。
「大丈夫かい、ヒバリ?」
「これくらいなら、大丈夫。死にはしない。けど、体の中をいじられた。しばらくは、ちゃんと動けないかも」
「何だって? そいつはどういうことだい?」
「わからない。でも、多分ユーザー能力だと思う。結構強い力だけど、私なら、ちゃんと元に戻せる」
表情を元に戻したヒバリが、ゆっくりと立ち上がる。が、すぐにふらつき、ホムラは咄嗟に支えた。華奢で柔らかな感触が、手に伝わる。
「本当に大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。ここは、私が守る場所。同時に、私が力を一番補給できるところ。ゆっくり眠っていれば、じきに良くなる」
そう言ったヒバリが、人目も憚らず欠伸をする。ばかりか、立ち上がったばかりなのに、すぐに地面へと座り込んだ。今にも眠るつもりなのか、片方の目はもう閉じている。
うっすらと開いている右目で、ヒバリがシルクを見上げた。
「シルク、お願い。私の代わりに、あの子たちを助けてあげて」
「わかっているよ。お前は、しっかり休んで傷を癒しな。もしも戦いが終わらないうちに動けるようになったら、すぐに手を貸してもらうからね」
「もちろん。他のみんなも、シルクをよろしくね。……じゃあ、おやすみ」
そう言って、ヒバリがごろんと地面に横になった。途端に、彼女を炎が包み込む。多分、自身を守るための防衛手段なのだろう。
怒濤の展開に整理が追いつかないが、これだけはわかる。ここでやるべきことは、何とかこなせた。
ふと視線を感じて、ホムラはその方に顔を向けた。サラが笑みを浮かべながら、こちらを見ている。
「やったね、ホムラ」
その言葉で、不意に自分の中に達成感が生まれてきた。そうだ、やったのである。ケイトがいなくても、自分たちは何とかやり遂げたのだ。
「ああ、やったな」
どちらからともなく手を差し出し、軽くハイタッチする。小気味いい音が、束の間この場に響いた。
「さて、ここでの用事は済んだ。お前たち、早く王都に戻るよ。ケイトのことが気掛かりだからね」
その言葉に、ホムラもサラもすぐに気が引き締まった。自分たちが事を為しても、肝心のケイトが眠ったままではあまり意味がない。すぐにでも戻って、状況を確かめなければならない。
そうと決まったら、行動は早かった。全員が戦闘の後にも拘らず、すぐさま来た道を戻る。また、あのウォーズ平野を抜けなければいけないのだが、それにうんざりすることもなく、ホムラたちは王都を目指した。




