7-11 朱雀激突
突然のことに、ホムラは呆然としていた。
戦い後の余韻を感じる暇もなく、クロウズが嵐のように去って行く。その背を束の間見送っていたが、シルクに促され、気を取り直して先に進むことにした。
シルクの話だと、魔法の撚糸がある場所までもうすぐらしい。ツクノが憑依していることで、ホムラはそれが何となくわかる。とてつもなく大きな力が、この先に待っている。嫌でも気を引き締めながら、先を急いだ。
前に前にと進む度に、辺りが妙に暑くなってきた。今は日中だから、というわけではない。太陽光ではない熱気を、肌が感じている。例えばそう、炎が燃えることで生じた熱気を、近場で感じている。そんな感じだ。
一体何なのだろうか。少しの間疑問に思っていたが、その答えは自らやってきた。
「これは」
少し歩いた後に、ホムラたちは足を止めた。いや、止めざるを得なかった。眼前で、激しく燃え盛る炎が、海のように広がっている。
見渡す限り炎に包まれているこの場に驚いたが、素直にそうしている余裕はなかった。炎による熱波は相当苦しく、思わず顔をしかめてしまう。肺が焼けそうな熱気で呼吸は苦しく、暑さのせいで噴き出る汗もすぐに渇いてしまうほどだ。
あまりにも異様な状況に、嫌でも緊張する。こんな場面に出くわした時は、大抵強敵と邂逅するものだ。
確信にも似た予感を抱きながら、ホムラは辺りを見渡した。どこもかしこも、炎が踊り狂っている。真昼間なのに、この場は夕方のように橙色の光に彩られていて、少し変な気分だ。
尚も視線を動かしていたが、ふと正面を見た時に、その動きは止まった。
揺らめく炎の中に、何かがいる。いや、炎を掻き分けるようにゆっくりと進み、こちらを目指している。
ホムラはちらと、シルクとサラに目をやった。二人とも、同様に視線を向けてきていて、目だけで頷いては得物を構える。
もう一度前を見ると、その何かの姿がはっきりと見えた。人、それも長身の女のように思える。顔は鬼のような面で覆われていてよく見えないが、ふわりと宙を浮くようなさらりとした長い髪は、女性特有のものだとホムラは思った。
ただ、普通の人ではない。全身は分厚い鋼の装甲で覆われ、両腕にはバズーカ砲のようなものが生えるように装着されている。それだけでも異様な姿なのだが、何よりも異形なのは背から生えている翼だ。その翼はごうごうと燃え盛る炎で形成されていて、一度はばたくだけで火の粉が舞い散った。
「さあ、お出ましだよ。守護獣、朱雀のヒバリがね」
「あれが、朱雀……」
緊張混じりに言ったが、そうしている暇はすぐになくなった。
シルクの言葉に呼応するかのように、朱雀が無言のうちに両腕を振り上げては、バズーカ砲を放ってきたのだ。
「くっ!」
砲弾のようなものが見えて、ホムラは咄嗟に炎を放つ。ツクノが憑依してくれていることで、モノの気配は敏感に感じ取ることができるままだ。朱雀の攻撃も、何とか反応できた。
放たれた砲弾目掛けて、炎が襲い掛かる。朱雀の攻撃よりも一拍は遅れていたが、それでも炎は砲弾を瞬く間に捉えた。放たれてから少ししか進んでいなかった砲弾が、炎によってすぐに炸裂する。
砲弾が轟音を立てては赤い光を放ち、朱雀を巻き込む。炸裂した砲弾によって、その姿が束の間視界から消えた。
「よし!」
爆発に巻き込まれた朱雀の姿に、ホムラは思わず拳を握った。
不意を打たれたが、逆に先手を決められたのは大きい。これで倒せるとは思っていないが、少しはダメージを負わせたはずだ。守護獣との戦いにおいて、正々堂々などとは言っていられない。
「浮かれるんじゃないよ、ホムラ」
少しだけ喜びに浸っていたホムラを、シルクがすかさず釘を刺す。
「お前の反撃は、あいつには一切効いちゃいないよ」
「えっ……?」
冷たい声音ではっきりと言われて呆然としていると、シルクが怖い顔をしながら朱雀に視線をやった。恐る恐る、ホムラもそちらを見る。
瞬間、爆風を勢いよく振り払った朱雀が姿を見せた。
その姿に、ホムラは愕然とした。砲弾の炸裂を近くで受けたというのに、朱雀は全くの無傷だった。ダメージを受けたという感じも、全然しない。
「ヒバリは、元々は花火のユーザーでね、火薬や炎の使い手なんだよ。同時に、自身の体を炎の道具の加護で覆っている。似たような性質の攻撃では、あいつには傷一つ付けられないよ」
「……そういうことか。そりゃ、確かに炎じゃ分が悪いな。だったら!」
叫ぶように言いながら、すぐさま朱雀の頭上へと勢いよく水を降らす。花火のユーザーならば、水には滅法弱いはずだ。火薬がしけってしまえば、花火は使い物にならない。
しかし、そう甘くはいかない。
「何!?」
目の前で起きたことに、ホムラは思わず声を上げた。
朱雀に降り注いだ水は、その体に触れる前に全て消えてしまった。バケツの水が零れたように勢いの良かったそれが、まるで蒸発してしまったかのように姿を失くしていく。
「そう簡単に行くんだったら、世話ないだろう? ヒバリは花火のユーザーにして、太陽を司る守護獣。その身に宿す熱によって、全てに渇きを与えることができる」
「そ、それじゃあ……」
直面した現実に、続きが言えない。自分自身でその答えを口にするのが、とても憚られる。
シルクは、きっとその心境を見抜いているのだろう。だからこそ、敢えてそれを口にしてきた。
「ここまで連れて来ておいてなんだが、はっきり言うよ。ホムラ、お前はヒバリに対して、相性が悪過ぎる。この戦いにおいては、正直期待はできない」
あまりにも直球な言葉に、何も言うことができない。たった二度の攻撃だけで、自身の力が通用しないことは、自分が一番よくわかっていた。わかっていたが、納得はしたくなかった。
――また、足手纏いなのか。
その思いが、一瞬過ぎる。
「大丈夫だよ、ホムラ」
何かを察したのか、すかさずサラが声をかけてきた。
「確かに、君の能力は分が悪いかもしれない。でも、ツクノのおかげで敵の攻撃を察知し、先んじて攻撃して炸裂させることはできる。掩護なら、君以上の適任はいないはずだよ」
「そうだね。この中で一番遠距離攻撃ができるのはお前だ、ホムラ。アタッカーとしては期待できなくても、サポートは十分に任せられる」
「……ッ!」
思わず、言葉が詰まる。
二人の言葉が慰めでも何でもなく、偽りないものだというのはちゃんとわかっている。それでも、ホムラの心には冷たい風が吹いていた。
しかし、それを悟られたくはない。苦いものをできる限り押し殺し、納得したような顔をしながら、ホムラはすぐに問い返す。
「……わかった。俺は、俺のできることをする。それで、二人はどうするんだ?」
「私は、いつも通り斬り込むだけさ。ヒバリが相手でも、多分後れは取らない」
「そう言うと思ったよ。じゃあ、サラは?」
「ボクも、朱雀に攻撃を仕掛けるよ」
「えっ……? お前も、攻撃を?」
何のためらいもなく言ったサラに、ホムラは思わず聞き返していた。
正直、サラもサポートに回るものだと思っていた。体調面は決して盤石とは言えず、ここまでの移動で体力もそこそこ削れていることだろう。能力こそ特異なものを持っていて、強力な効果を発揮するが、アタッカーとして活躍できるかと言われたら、首を捻りたくなる。
その疑問を察したのか、サラが困ったような笑みを浮かべた。
「心配してくれてるんだ? ボクが本調子じゃないから」
「い、いや、そんなことは!」
「ふふっ、そんなに慌てて否定しなくてもいいのに。でも、大丈夫だよ。ボクはやる。ううん、やらなきゃ」
すっと真剣な目をしたサラが、鋭い眼光を朱雀に飛ばす。
「君たちのおかげで、ボクは救われたんだ。心も、命も。だから、今度はボクの番だよ。きっちり戦い抜いて、勝ってみせる」
一度言葉を切ったサラが、眩く光る四枚のカードを瞬時に構える。瞬間、物凄い加護を感じて、ホムラは驚いた。ツクノの能力のせいか、凝縮された道具の加護が、今にも弾けてしまいそうなほどに荒れ狂っているのを、手に取るように感じる。
「この、ボクの力でね」
「お前、いつの間に……?」
唖然としながら問いかけると、サラが口元に微笑を浮かべた。
「きっかけをくれたのは、君たちだよ。君たちがボクを助けてくれたから、今度はボクの番だと思ったんだ。そしたら、ユーザー能力が応えてくれたんだよ」
「サラ、おしゃべりはそこまでだ。来るよ」
頷いたサラが視線を朱雀に向け、シルクが大太刀を抜き払ってから一気に駆け出す。
視線の先では、朱雀が両腕のバズーカ砲を構えているところだった。
ホムラは咄嗟に、炎を放った。刹那、砲弾が砲口から飛び出す。砲弾があまり進まないうちに炎が到達し、再び爆発が起こった。




