7-9 朽ちた人形使い
後方から、激しい戦闘音が聞こえる。
その音を背で聞きながら、クロウズは巨人人形へと距離を詰めた。
接近を嫌った巨人が、勢いよく右腕で振り払ってくる。その動きは存外早いが、生憎見慣れている。攻撃の軌道を見切ることなど、造作もなかった。
一度高く跳び上がり、振り回された腕に乗っては、もう一度跳躍する。丁度、巨人人形の顔の辺りだ。そこに、リオネがいる。
リオネは下半身が失われ、上半身のみの姿になっていた。その残っている体も鉄の装甲に覆われ、顔は骸骨の面によって隠されている。およそ、生前の面影はない。
それでも、クロウズにはわかる。長年、苦楽を共にした部下なのだ。どれだけ姿が変わってしまっても、感じてきた加護を間違えるわけがない。
「姿が変わっても、巨人人形頼みか。それじゃあ。俺には届かないぜ」
言いながら右の拳を後ろに引き、一気に前へと突き出す。使う特性は、静電気だ。右腕に白い光が迸り、青い火花が何度も弾ける。
巨人人形が、咄嗟に左腕で攻撃をしてくる。風が唸るほどの、重そうな一撃だ。まっすぐ、クロウズへと向かって来る。
しかし、関係ない。迫り来る巨大な拳目掛けて、クロウズは自身のそれを思い切り突き出した。
「迅雷の拳撃!」
雷を纏った拳が、巨人人形のそれと瞬く間にぶつかり合う。瞬間、雷鳴のような激しい音が鳴り響き、眩い光が束の間視界を奪う。
その最中、拳に強い衝撃を感じた。異様に硬い、鋼のようなものだ。別の誰かの生半な攻撃ならば、手の方が砕けてしまいそうなほどの頑丈さを、打ち合った拳が感じている。
それでも、押し負けることはない。ただ硬いだけのものなど、迅雷の拳撃の前には無意味だ。元が静電気とはいえ、瞬間的な爆発力は、鋼だろうが容易く打ち砕く。
「おらぁッ!」
拳を振り抜き、生じた雷が巨人人形の腕を襲う。瞬間、激しい破砕音が鳴り響き、無数の鋼がばらばらと地上へと降り注いでいく。巨人人形の拳は粉々に砕け、腕は肘の辺りまで大きなひびが入っている。
そこで、攻撃を止めることはしない。散らばり落ちていく破片を足場に、さらに上へと跳ぶ。リオネの姿が、瞬く間に近づいて来た。
瞬間、リオネと目が合う。骸骨の面で覆われていても、それが何となくわかる。ただ、向けられた視線には、一片の感情すらない。
本当に鉄鬼だ。クロウズはそう思うだけで、他に感情を抱かなかった。戦いの場において、余計な気持ちは拳を鈍らせる。
「鉄鬼になっても、人形頼みは変わらねえな!」
骸骨の面に向けて、拳を繰り出す。特性は既に風通しへと変え、速度特化にしてある。リオネが超速で動かない限り、回避はできないはずだ。
現に、リオネはこちらの攻撃の前に、動くことはできないでいた。ただ悠然と宙に浮き、こちらに視線を向けるばかりだ。今にも攻撃が届くというのに、一切動けずにいる。
いや、少し違うかもしれない。動けないのではなく、動かないのではないか。そんな気が、ちらと頭をよぎった。
――そうか。
あることに気づいて、クロウズは咄嗟に攻撃を止め、近くに来ていた人形の腕を蹴って後ろに跳んだ。
瞬間、クロウズとリオネの間を、何かが勢いよく通り抜ける。風を切ったような低い唸りが、やや遅れて聞こえてきた。
その通り抜けたものへと、クロウズは目をやった。全身を鉄の装甲で覆い、顔を鬼面に包んだ鎧武者のような人物が、回転しながら地面へと向かっている。両手に持った刀と、装甲から伸びるように飛び出た刃のようなものが、その回転によって勢いよく振り回されていた。
鎧武者が回転を止め、地面に降り立った。二刀を構え、空中にいるクロウズを睨み据えている。
――やっぱり、いるよな。
鎧武者が誰なのか、クロウズには見当がついていた。加護の気配もそうだが、あの佇まいはよく見慣れたものである。
「っと、危ねえ」
下に気を取られていると見たのか、巨人人形がもう一方の拳で攻撃を仕掛けてきていた。まっすぐに打ち抜き、クロウズを叩き落とそうとしている。
さすがに跳んだ勢いが失われつつあるから、この状態からはまともな反撃ができない。せめて打ち合い、その反動で下がるくらいだ。
落下しながら、クロウズは拳を突き出した。巨人人形の、振り下ろすような拳とまともにぶつかり合う。勢いと重力によってか、その一撃はさっきよりも重い。
「ちっ!」
勢いを殺し切れず、僅かに押し負けた。振り抜かれた巨人の一撃に、クロウズは勢いよく地面へと吹き飛ばされる。
下に吹っ飛びながら、クロウズはちらとその先を見た。鎧武者が、間合いに入るのを今か今かと待ち受けている。まず間違いなく、地面に達する前に斬るつもりだ。
だが、甘い。
「その程度で俺を仕留めるつもりか、スミス!」
空中で何とか態勢を整え、拳を振り上げる。刹那、鎧武者の、いや、スミスの間合いに入る。スミスが刀を凄まじい速さで斬り上げようとするが、それよりも早くクロウズは拳を繰り出した。
スミスの刀を一本圧し折り、そのまま顔面に拳を打ちつけた。低く鈍い音が束の間鳴り、次いで激しい光が迸った。落下の勢いを利用し、さらには特性を再び静電気に変えてある。落下を加えた迅雷の拳撃は、相当効いたはずだ。
しかし、スミスは怯まない。刀を折られ、首があらぬ方向に曲がるほどの攻撃を受けても、すぐさま反撃してきた。残っている刀を振り回し、さらには背や腕から無数の刃を出しては、がむしゃらに攻撃してくる。
まるで針鼠のような姿だが、何もおかしいとは思わない。刀のユーザーである、スミスらしい化け方だと思うだけだ。
「近接が苦手なリオネを、お前がよくカバーしていたものだよな。それは、鉄鬼になっても変わらねえか」
スミスの攻撃を最小の動きでかわしながら、クロウズは口元に笑みを浮かべながら言った。
実力はあるのに自身の人形に頼りがちなリオネは、接近戦には滅法弱かった。その弱点はいつまで経っても治らず、見かねたスミスがいつも相方を買って出て、リオネを助けていたものだ。それはどうやら、鉄鬼になっても同じらしい。
スミスが曲がった首を無理やり戻し、こちらに視線を向けてくる。被っていた鬼面は右の目元が砕け、そこからは鉄張りの肌が姿を見せている。
――もう、元には戻らない。
そんなことは、とっくにわかっている。リオネもスミスも、完全に壊されてしまっている。ホムラのように、元に戻ることなどありえない。
だったら、クロウズにやれることは、やはり一つだ。
――こいつらを、この手で壊す。
それが、仲間だったモノへの、せめてもの手向けだ。
感慨に耽ったことで、一瞬の隙でも見たのだろうか。スミスがまっすぐ突きを放ってきた。鋭く、素早いが、どこか手ぬるく感じる。
「遅えッ!」
避けることもせずに左の手甲で弾き、そのまま右の拳を振り上げる。スミスがすぐさま体を回転させ、全身の刃で防御をしながら反撃しようとしてきた。
しかし、見切っている。そもそも、クロウズの狙いはスミスではない。
「相変わらず、熱くなったら前しか見えないみたいだな。それが悪い癖だと、前にも言ったはずだぜ」
振り上げた拳を止め、その場で再び高く跳躍した。回転したスミスは突然の行動に対応し切れず、地上で回ったままだ。それをちらと見やってから、視線を上に向ける。頭上に浮くリオネの姿が、瞬く間に近づいた。
クロウズの接近に気づいたのか、巨人人形が再び攻撃を仕掛けてきた。また、振り下ろすように拳を振るってくる。
しかし、今度は打ち負ける気はない。こちらも、跳び上がった勢いがついている。
「二度目はねえ。迅雷の拳撃!」
道具の加護を目一杯放出し、激しい雷を纏った拳を、一気に振り抜いた。拳がぶつかり合った途端に電撃の弾けたような音が鳴り、激しい火花が散る。それでも、巨人の拳は今度は砕けない。
リオネも、最初の一撃で理解していたのだろう。ただ打ち合っただけでは、また砕かれる。それを防ぐために、加護を籠めて硬度を増したのだと思われた。鉄鬼になってもそんなことができるとは、さすがに人形を操れるだけあって器用な奴である。
尤も、それは織り込み済みだ。リオネは人形を頼みとし過ぎるきらいはあるが、決して馬鹿ではない。寧ろ、頭は切れる方だ。鉄鬼になっても、何かしら手を打ってくるのはわかっていた。
クロウズは、巨人の伸び切った腕に足をかけ、一気に駆け登った。最初から、これが目的である。巨人人形という足場を得て、本命を撃ち砕く。
「ギ、ギ……!?」
この行動を予想していなかったのか、リオネが軋みにも似た声で呻いた。慌てたようにクロウズの前に立ち塞がり、いきなり両腕を思い切り横に振った。
「これは」
体の動きがぴたりと止まり、クロウズはリオネを睨むように見た。少し余裕を取り戻したのか、リオネは悠然と浮きながら両腕を広げたままでいる。
リオネが、指を何度か動かした。クロウズの体が、意識していないのに少し動く。
「ギギ、ガガ……」
低くくぐもった声で、リオネが声を上げた。表情が見えないからはっきりとはわからないが、何となく勝ち誇って笑っているように思えた。




