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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
七章 限界を超えろ!
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7-6 鉄鬼の争う場所

 それから、しばらく馬車が走る。緑色の大地が姿を消し、やがて、荒れ果てた茶色の地面が見えてきた。

 そこに到達すると、シルクが馬車を止めた。ここからは徒歩で行く、と言うことだろう。荒れ果てたデコボコの大地を馬が走れば、蹄を傷つけかねないし、運が悪ければ足を折ってしまうかもしれない。帰りの足を心配するならば、当然の判断だ。

 シルクが先導し、しばらく歩く。やがて、少し小高い丘に差し掛かったところで、その歩みが不意に止まった。

「着いたよ。ここが、ウォーズ平野だ」

 振り返りながら親指で後ろを差したシルクが、険しい顔をしながら言った。

 その理由は、わざわざ説明されなくてもわかる。目の前に広がる情景が、場を覆うような喧騒が、ここが異常であることを示していた。

「これは……」

 衝撃のあまり、続きが口から出て来ない。

 丘から見下ろした先で、鉄鬼が殺し合っている。あるモノは長く伸びた爪を振り回し、またあるモノは吼え声を上げながら手の甲から伸びた刃を突き出す。他にも、炸裂弾と思しきものを口から吐き出しては、辺り構わず吹き飛ばそうとする鉄鬼もいた。

 一体これは、何なのか。

「異常だろう、ここは。それも、仕方がないことさ。ウォーズ平野は、紛争地域が具現化した場所なんだよ」

 ホムラの疑問に答えるかのように、シルクが言葉を紡いだ。

「ここで争う鉄鬼は、向こうの世界の物が全て具現化した結果によるものだ。銃や手榴弾などの武器や、争う兵士の感情、もしくは命を落とした人たちの心の全てが、クロス・ワールドでは鉄鬼として変換されている。そしてそれらは、向こうの世界と同じように、殺し合いをしているのさ。ただ、意味もなくね」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

 さすがに腑に落ちなくて、ホムラはすかさず口を挟んだ。

「鉄鬼は、モノの成れの果てなんだろ? だったら、おかしいじゃないか。武器や争っている人たちの感情が具現化して鉄鬼になるなんて、いくら何でもめちゃくちゃだろ」

「何もおかしくはないさ。ここにいる鉄鬼は、心はもう朽ち果てている。血で血を洗う戦闘のせいで、皆の心は向こうの世界で壊れてしまっているのさ」

 シルクが、争い合う鉄鬼に目を向ける。その視線の先では、いつ果てるかもわからない激しい戦闘が続けられている。

「モノが壊れるというのは、何も物理的にだけじゃない。心の欠損だって同様なんだよ。心だって、目には見えないがモノなんだからね」

「心も、モノ……?」

「そうだ。そして、心がモノに与える影響は、結構大きい。ホムラ、鉄鬼化して暴走したお前なら、私が言っている意味がわかるんじゃないか?」

「それは」

 ホムラは、言葉をすぐには返せなかった。シルクの言っていることは、確かによくわかる。

 鉄鬼化した時のことは、うっすらとだが覚えていた。マスターとの繋がりを守るために、闇雲に力を求めた結果、心は誤った方向へと持って行かれた。そのために力は暴発し、ホムラは異形の化け物と化した。

 あの時は、自分というものを見失いかけていた気がする。ケイトの呼ぶ声がなければ、荒れる心の赴くままに暴れ回って自我を壊して、やがて完全に鉄鬼になっていただろう。心が残っていたからこそ、ホムラは元に戻れた。

 戻れたが、嫌な感覚は今でも付き纏っている。時折、自身が道具であることがわからなくなるのだ。調理器具という、誰かに使われることで意味を為すモノであるホムラからすれば、その感覚は恐怖以外の何物でもない。

 きっと、それがわからなくなるのが、鉄鬼になるということなのだろう。道具としての存在意義を見失い、心さえも失くし、やがて朽ちた化け物になる。そうなっては、もう誰かの道具にはなれない。

「……だったら、心が壊れたあいつらは、もう戻らないんだな」

 先の言葉には答えを返さず、ホムラは鉄鬼に目を向けながら呟くように言った。

「そうだね。もう、自分が何だったかさえもわからないだろうさ。あいつらは言わば、怨霊のようなものなんだから」

 一度言葉を切ったシルクが、苦笑を浮かべてから続ける。

「本当だったら、あいつらの姿は見えないんだ。普段だったら、争っている音が聞こえるだけでね。幽霊みたいに姿は見えないんだよ」

「えっ? でも、実際に鉄鬼の姿をしてそこにいるじゃないか」

「今はそうさ。過干渉が進んでいるから、この場所も影響を受けている。具現化した死んだモノたちは、朽ちた鬼の形を模しているんだよ」

 そう口にしたシルクが、何かを思い出したようにサラへと目を向けた。いきなり視線を受けたサラが、一瞬たじろいだようにしながらも小首を傾げる。

「そういや、過干渉の影響はどうだい、サラ?」

「あっ、うん。今はまだ、大丈夫だよ。ちょっとだけ、疲れやすいけどね」

「まあ、そうだろうね。ケイトが一つ切り離したとはいえ、王都の柱は繋がったままだ。影響は、間違いなく残っているだろう。ばかりか、この先の柱が繋がれてしまったら、また同じことになりかねない」

「そんな……」

 悲痛に満ちた顔をしたサラが、力なく俯く。以前の辛い日々を思い出したのか、体が小刻みに震えている。

「まったく」

 そんなサラを見たシルクが、呆れたような声で言っては、傍に寄る。いきなりシルクが近くに来たことで、サラが驚きながらその顔を見上げている。

「話を聞かない子ばかりだね。そうならないために手を施す。それくらい、ちゃんと言わせな」

「えっ……?」

 何を言われたのかわからないと言った感じに、サラが小さく口を開けた。

 シルクは、構わず長さが剣ほどもある針をどこからともなく取り出し、素早く縫う仕草を見せた。その動きはあまりにも早く、何をしたのかはわからなかったが、サラの体を淡い光が覆っていることから、シルクが力を使ったのだけは理解できた。

「これは……?」

 サラが目をぱちくりさせながら、やや小さな声で問いかけた。

「私の加護だよ。それを、お前を守るように縫い付けさせてもらった。これで、しばらくは過干渉が起きても影響は防げるはずだよ」

「そんなことができるのか? だったら、なんで前にやらなかったんだ?」

 ホムラが割って入ると、シルクが困ったような笑みを浮かべた。

「あくまでもこれは、盾のようなものなんだよ。既に起きた影響を、防ぐことはできない。いくら最強と謳われても、私だって万能じゃないのさ」

 言われたことに納得し、ホムラはサラに目をやった。あからさまにほっとしたサラが、嬉しそうに顔を綻ばせている。

 ――そりゃそうだよな。

 少し前のサラは、見ていられないほどに塞ぎ込んでいた。辛そうに、苦しそうに、悲しそうにばかりしていて、見ているこちらが滅入ってしまうくらいだった。あんな思いは、一度するだけで十分過ぎるだろう。

 それにしても、シルクの能力には驚かされることばかりだ。異常に強いだけではなく、こんなことまでできるとは、まさしく格が違う。

「シルクさま、大丈夫なんですか? 加護を縫い付けるってことは、その」

 ツクノが遠慮がちに言い、そのことにハッと気づく。力を使うということは、シルクの加護が失われるのと同じだ。

 一斉に視線がシルクへと集まったが、逆に鋭く睨み返された。

「いいんだよ、私の力なんだから。好きに使って何が悪いんだい?」

 そう言われてしまったら、返す言葉もなかった。ただ苦笑し、そっと目を逸らすことしかできない。

 その様に呆れたような息を吐いてから、シルクが丘の下へと再び目をやった。

「さて、長話が過ぎたね。ここを抜けた先に、朱雀が守っていた撚糸がある。危険だが、突っ切っていくよ」

「突っ切る!?」

 思わず、ホムラは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 眼下では、数えるのも億劫になるほどの鉄鬼が暴れ、殺し合っている。その中を突っ切るなど、正気の沙汰とは思えない。

「迂回路は、ないの?」

 同じことを思っているのか、サラが遠慮がちに聞いた。

 シルクが、首を横に振る。

「この平野は広大で、どこも似たようなところだ。私たちがいるこの場所から突っ切っていくのが、一番の近道になる。どう足掻いても、避けられないよ」

「そっか……。じゃあ、本当に気を引き締めないと」

 サラが両頬を叩き、表情に真剣なものを浮かべては、トランプを四枚手に構える。

 ホムラも後れを取らないように気を入れては、得物の剣を抜き払い、一度勢いよく振り下ろした。気持ちが、一気に高まっていくのを感じる。

 それをたしなめるように、シルクがすかさず口を開いた。

「気合を入れるのはいいが、ここの鉄鬼は倒すんじゃないよ」

「えっ、なんでだ?」

 気勢を削がれるような言葉に、思わず聞き返してしまったが、シルクにすぐに睨まれた。

「言っただろう、ここは紛争地域が具現化した場所だって。この場の鉄鬼を倒してしまったら、向こうの世界に間違いなく影響が出てしまう。もしかしたら、大きな犠牲を伴う影響さえも出かねない。迂闊なことは、控えるべきなんだ」

 確かに、シルクの言う通りである。クロス・ワールドと人間の世界は繋がっていて、何かしらの影響を及ぼし合っている。その懸念は、間違いではない。

 だが、倒さずにこの場を抜けるのは、至難の業である。今は目の前の敵と争っているが、新たな獲物が視界に映った時、鉄鬼たちがこちらを襲って来ないはずはないだろう。もしかしたら、全ての矛先がこちらに向くかもしれない。

「難しいのはわかっている。だけどね、やるしかないんだよ。鉄鬼を倒さず、それでいて回避しながら奥を目指す。いいね?」

 心の内を見透かされた言葉に、思わず反発の言葉が出そうになる。それを無理やり飲み下し、ホムラは大きく頷いた。

 ――臆病になってる場合か。

 ここまで来て、尻込みしている暇などない。危険だろうが何だろうが、突き進む。道はもう、前にしかないのだ。

 何よりも、こんなところで怯えていたら、ケイトにどんな顔をして向き合えばいいのかわからなくなる。これからも肩を並べて歩くためには、自身の勇気を示すしかない。

 胸の内の弱気を打ち払えたら、自然と体に力が入っていくのを感じた。全神経が研ぎ澄まされ、感覚が敏になる。

 それは、サラも同じようだ。いつもより、道具の加護が強く輝いているように見える。

 二人とも、さっきの気負いと変わらない感じになった気がしたが、それでもシルクは、今度はたしなめるようなことは言わなかった。口の端に微かな笑みを浮かべ、それからすぐに引き締める。

「さあ、行こうか。お前たち、遅れるんじゃないよ」

 言い様に丘を飛び降り、シルクが眼下の戦場に乱入していく。

 ホムラは一度、サラとツクノを見た。二人が小さく頷き、そっと手を出してくる。ホムラも手を伸ばし、二人のそれに重ね合わせるように置いた。

 互いに視線を交わし、もう一度頷く。ただ、言葉は交わさない。口に出さなくても、思いはちゃんと伝わっている。

 ――ケイトに誇れるように。

 精一杯、力を尽くそう。

「行くぞ!」

「おお!」

 ホムラが声をかけ、二人が力強く応じる。先行するシルクを追うように、三人揃って丘を飛び降りた。

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