7-5 ウォーズ平野へ
風を切るように、街道を駆け抜ける。
クロウズは、ウォーズ平野へと向かって走り続けていた。
尤も、一番近いローグの森を経由しての道ではなく、大きく迂回するルートを選んだ。わざわざその道を選んだのは、自身が先にウォーズ平野に辿り着くためだ。
迂回しているのに先に辿り着くとは、変な物言いかもしれないが、森を抜けると抜けないでは危険のリスクが異なる。ローグの森を突っ切れば、確かに早く辿り着けるのだが、あそこには未だに鉄鬼が多く存在している。元々、ありもしない宝に目が眩み、命を落としたモノの成れの果てが群がっている場所だ。何体か倒しても、泉の水が湧き出るようにまた湧いて出てくる。そんなのをいちいち相手にしていたら、余計な手傷を負わないとも言い切れない。
ゆえに、遠回りの迂回路の方が、実は早く辿り着けたりする。
だが、迂回路を選ぶ理由はそれだけではない。ウォーズ平野の方角から、リオネの道具の気配を、クロウズは微かに感じ取っていた。
そのことがなければ、クロウズは本当は別のことをするつもりだった。鉄鬼狩り。今、クロウズがなしていることがそれだ。
ここ数日の間に各地を回り、クロウズは異様な姿をした鉄鬼を片っ端から倒してきた。普通の鉄鬼より大きく、それでいて姿が獣ですらないそれらは、街や村などを襲っていた。モノの命を奪わせないのが理由の一つだが、一番ではない。最大の理由は、その暴れている鉄鬼から、オウリュウの気配を微かに感じ取ったことだ。
誰よりもぶちのめしたい相手だが、ただ闇雲に探し回っても見つけられるわけがない。この世界に隠れているらしいオウリュウを探し出すには、その気配を辿るしかない。
今、クロウズはその気配を掴みつつある。異様な鉄鬼が、オウリュウの力を帯びているからかはわからない。ただ、倒しているうちに、不思議と感じ取れるようになっていた。こうして移動している間も、ゆっくりとだが、奴がどこかへ向かっているのを感じる。
行き先の見当は、およそついていた。西の最果て、ジェネレイト山岳。あそこにある、魔法の撚糸だ。
白虎が倒れ、シルクが再び封を施したことで、まず間違いなく誰の頭からも、あの場所が危険になるという想像は浮かばないだろう。オウリュウは、その隙を必ず衝こうとする。
本当は、すぐにでもジェネレイトに急行すべきなのだが、リオネを放っておくわけにはいかなかった。
もちろん、元に戻したいとか甘いことを言うつもりはない。リオネは、この手で仕留める。
同情されるのは、あまり好きではない。だからこそ、ホムラたちと遭遇する前にウォーズ平野を抜け、リオネと別れを済ませたかった。あの連中のことだ。何かにつけて同情し、可能性を探そうとしてくるに違いない。そんな慰めは、正直迷惑だ。
リオネはもう、いくつもモノの命を奪ってしまっている。それは、解放軍の理念に反する。モノの命を奪ってはならないという鉄の掟を破ってしまったリオネを、解放軍唯一の生き残りであるクロウズが、許すわけにはいかない。たとえ元に戻れたとしても、壊して報いなければならない。人の姿でそうするよりも、鉄の魔獣を叩き潰した方が、まだ気持ち的にはましである。
そのために、迂回路を選んで急行している。自身以外の誰にも、リオネに手出しはさせない。
一抹の寂しさが胸に去来したが、すぐに振り払った。何を思っても、もうあの頃に戻ることはない。ならば、自身の手で全てを撃ち砕くまでだ。思い出も、かつての仲間も。
「……もう少し、上げるか」
足に込めた加護をさらに強め、クロウズは駆ける速さを上げた。周りの景色が、一瞬で切り替わっていく。
「待ってろよ、リオネ。俺が、すぐに眠らせてやるから」
駆けながら呟いたその声は、吹き抜ける風が持って行き、すぐに空へと溶けた。
王都を出てから二日が経ち、ホムラはシルクたちと共に、ローグの森に差し掛かっていた。
鬱蒼に茂るこの森の中に来るのは、これで二度目である。真昼でも薄暗いこの森は、相変わらず気味の悪い場所だ。油断すればいつでも鉄鬼と遭遇するし、草木の揺れる音は不意に鳴る。正直、下手な肝試しよりも心臓に良くない。
ただ、あの頃とは違う。普通の鉄鬼と遭遇してもまともに戦えるし、シルクという猛者が近くにいる。そっと進んでいた最初の時とは違って、鉄鬼を打ち倒しながら、堂々と森を抜けた。
森を抜けると、すぐに馬車に乗って移動した。
隣の席には、サラが座っている。いつもだったらそこは、別の人がいる。気兼ねなく話せる、男友達がいるはずだ。
――やっぱり、違うな。
ケイトが、傍にいないだけで。
その現実を感じる度に、胸の内では寂しさが募る。出会ってから、いつも隣で歩いていた仲間がいないだけで、見える景色は大分違った。
しかし、ホムラは寂しさに負けるつもりはなかった。そんなものに負けていたら、命を懸けて自分を救ってくれたケイトに、顔向けできないからだ。鉄鬼になり、自分を失っていたホムラを救い出してくれた友に報いるためにも、気持ちは常に前を向いていなければいけない。
「……ねえ、ホムラ」
気を引き締めようと思ったところに、ツクノがそっと袖を引っ張ってきた。振り返ると、心配そうな顔をしてツクノがホムラを見ている。
「気負い過ぎちゃ、ダメですよ? 空回りしたら、大変なんですから」
ずばり言い当てられ、思わず言い淀んだ。どうやら、少し長くいたことで、ツクノにはホムラの思っていることが何となくわかるらしい。
気負いを見抜かれるとはまだまだだ、と思いつつも、言われていることも尤もだと思い直した。一度深呼吸し、気持ちを落ち着ける。狭まりそうだった視界が、少し開けたように感じた。
「わかってるよ。そんなに心配するな」
口元で笑みを浮かべて見せても、ツクノは心配そうにするばかりだ。
思わず苦笑するも、ホムラはすぐに周りに目をやった。森を抜けて少しが経ち、辺りは草原が広がっている。ただ、前に進めば進むほど、緑の数が目に見えて減ってきた。
「そういえば、ウォーズ平野ってどんなところなの?」
同じように周囲を見ていたサラが、小首を傾げながら言った。
「俺も詳しくは知らないんだが、入ったら最後、二度と帰って来れない場所らしい。命知らずの冒険者が何人もウォーズ平野に向かったが、誰一人として帰って来なかったって聞くぞ」
「そりゃそうだろう。あそこは、遊び半分で立ち入っていい場所じゃない。生半な覚悟で入り込んだら、間違いなく命を落とすよ」
シルクが少し低い声音で言い、嫌でも緊張する。そんな場所にこれから向かおうとしているのだから、尚更気持ちが強張ってしまう。
隣のサラも、緊張を隠せていない。いつもの自信ありげな表情は鳴りを潜め、瞳は不安で揺らいでいる。
――こいつ、変わったな。
ちらと横目でサラを見ながら、ホムラはふと思う。初めて出会った時は中性的な男っぽく見えていたものだが、今ではちゃんと女の子だとわかる。一度弱気になった頃から、サラはどこかしおらしくなったように思うのだ。
「……なに、どうしたの?」
ホムラの視線に気づいたのか、サラがじとっとした目を向けてきた。
どう答えるべきか迷ったが、ホムラはつい正直に答えていた。
「いや、お前は変わったなって、思ってさ」
「どういうこと?」
「なんて言うか、ちゃんと女なんだなって思ったんだよ」
「うっわぁ……。ホムラ、普通そんなこと言います……?」
すぐさま、ツクノが信じられないと言わんばかりに声を上げた。ホムラに向ける目も、軽蔑し切っている。
そしてそれは、サラも同様だ。
「……何それ。ホムラ、君はボクのことを馬鹿にしてるの?」
あからさまに怒った目をしながら、サラは三枚のトランプを構えていた。そのいずれも鋭利に尖っていて、触れたら間違いなく切れそうである。
内心でしまった、と思ったが、ホムラはすぐに諦めた。思ったことをそのまま口に出してしまうのは、自身でも理解している悪癖である。これのせいで痛い目を見たことなど、数えるのも億劫になるくらいだ。
だから、悪びれた風も見せずに、開き直った。
「仕方ないだろ。前までは、女っぽく見えなかったんだから」
しかし、言ってから後悔した。
「……ほんっとうに」
「……サイテー」
ツクノとサラがじとっとした目を向けながら言い、間髪入れずに平手が思いっ切り顔に飛んできた。狭い場所だから避けることもできず、どちらの平手もまともに受けてしまった。少し乾いた音が、小気味よく響く。
「ぐおおおお……」
瞬間的な痛みに、ホムラは両方の頬を押さえて俯いた。強烈な平手打ちに、ひりひりした痛みが全然抜けない。
「そこまでにしときな。もうすぐ、ウォーズ平野だ。お前たち、ここからは常に気を引き締めなよ」
ホムラたちのやり取りを一切気にした風もなく、シルクが静かな声音で言った。
じんじんする頬を押さえながらも、ホムラは気を引き締め直した。実は、少し緊張を解そうとしてのおふざけだったのだが、今は求められていなかったようだ。
視線を感じ、そちらに目を向ける。サラが、鋭く睨むようにして見てきた。ちゃんとして。そう言われているような気がして、ホムラは真顔で頷いた。そんな目を向けられるとは、気持ちが浮ついている証拠である。気負い過ぎず、それでいて抜き過ぎないように構えよう、とホムラは意識を変えた。




