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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
七章 限界を超えろ!
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7-1 シルクの隠し事

 青龍セイラとの戦いを終え、王都に戻ってから一週間が経った。

 戻ったと言っても、その時の記憶はサラにはない。戦いを見届け、それからケイトが倒れてしまった時に、サラもまた体力の限界によって気を失ってしまったのだ。あの時は過干渉の影響で体が極度に疲弊していたため、いつ倒れてもおかしくなかった。正直、戦いの場に赴き、能力を使えただけでも奇跡的と言ってもいい。

 目が覚めたのは、王都に戻り、王城の一室に寝かされてから二日後のことだったそうだ。王城だったのは、人の目につきやすいのが理由らしい。倒れた三人の中で、一番最初にサラが目が覚めたという。

 残りの二人は、ケイトとホムラだ。ケイトは戦いの後に倒れ、ホムラは鉄鬼化の影響で気を失ったままだったらしい。

 そのホムラは、サラから遅れて二日後に目が覚めた。起きた直後は虚ろな目をしていたが、少し時間が過ぎると我を取り戻し、自分の姿を見るために姿見へと直行していた。元の姿に戻っていることを確認したホムラは、安堵と後悔がないまぜになった、複雑な表情をしていたのを覚えている。

 あとはケイトが起きればよかったのだが、一週間が経った今でも、目が覚める気配はなかった。声をかけてもそっと揺さ振ってみても、一切の反応は返らない。青白い顔をして、体を少し冷たくしながら、苦しそうな顔で眠り続けるばかりだ。

 そんな状態が続いているから、重苦しい雰囲気が部屋の中に立ち込めたままだった。いつも心配して集まっているが、この場にいる人たちは皆が沈痛な面持ちで、誰も喋ろうとはしない。ホムラは悔しそうに顔を歪め、ツクノはずっと俯いてばかりだ。シルクに至っては、満面に後悔の色を浮かべて、外ばかりを眺めている。多分サラも、きっとひどい顔をしていることだろう。

 この日も集まったまま、皆が心配そうにケイトを眺めるばかりだ。サラも何を言えばいいのかわからなくて、言葉が喉に張り付いてしまったかのように何も口にできないでいる。

 時間ばかりが、無為に過ぎていく。

「……どうして、こうなるまで無茶をしたんだろうな」

 黙っていることに堪えることができなくなったのか、ホムラが徐に口を開いた。

 一人が口を開けば、この場に広がる空気が動くからか、不思議と二の句が継げるようになる。サラの口も、嘘のように自然に動いた。

「本当だよ。あんなに血を流してボロボロになってたのに、どうしてケイトは力を使うのをやめなかったんだろ……」

 あの時のケイトは、正直異常だった。ホムラを救うために死力を尽くしていただけでも相当頑張っていたのに、そこから無茶苦茶な力を解放して戦っていた。その過程で全身にたくさんの切り傷を作り、足元に血溜まりができるくらいに出血しても、構わず戦い続けていた。普通ならば倒れてもおかしくないのに、ケイトは力を使うことをやめなかった。

「多分、大切なものを守るためじゃないかな。あの子が無理をする理由なんて、それしかないよ」

 シルクが寂しげに言っては、遠くを見ながら続ける。

「昔から、ケイトは正義感が強い優しい子でね、自分よりも誰かを優先する子だったんだ。誰かが困っていたら自分を顧みずに助けたし、自分のことは基本的に後回しにする子だった。だからだろうかね、こんな無茶をしたのは」

 感慨深そうに言ったシルクに、サラとホムラは顔を見合わせた。

 今の口振りは、明らかにケイトのことを深く理解してのものだ。サラたちがシルクと出会ってからあまり時が経っていないのに、今の言葉が出てくるのはちょっとおかしい。

 互いに目で疑問を交わし、ホムラが先に頷いた。すぐにシルクへと顔を向け、疑問を投げかける。

「なあ、シルク。少し気になったんだが、どうしてケイトのことをそんなに知っているんだ? その見た目でケイトをよく知っているのは不自然だし、そもそもあんたには謎が多過ぎる。教えてくれよ。あんたは一体何なんだ?」

「……うっかりしたね。まあ、ここまで来て隠し事の必要もないか」

 苦い笑みを浮かべたシルクが、ゆっくりと部屋の入り口に歩いていく。

 部屋の扉の前で足を止めたシルクが、困ったように笑いながら口を開いた。

「場所を変えようか。できれば、まだケイトにはまだ聞かれたくない。今は眠っているが、万が一ってこともあるから」

「どういうことだ?」

「なんて言うかその、少し照れくさいって言うのかね。とにかく、ケイトにはまだ秘密にしたいんだよ」

 ホムラは首を傾げているが、サラは何となくだがシルクの言葉の真意がわかった気がした。ただ、確証はないため、何も言わずにいた。

「とにかく、場所を変えよう。お前たち、着いておいで」

 シルクに促され、サラたちはそれに従って歩き出す。しかし、ウルだけが動かなかった。ベッドで眠るケイトの傍に座ったまま、一向に動こうとしない。

「ウル、どうしたんだい? 早く行くよ」

「……やだ。あたし、ケイトの傍から離れたくない。ここで待ってる」

 寂しそうな顔をしたウルが、こちらに目を向けることなく言った。

 シルクが困ったような顔をしたが、無理強いすることはなかった。彼女は「わかった」とだけ呟き、そのまま外へと出た。

 サラたちは後を追い、今の部屋から三つくらい離れた空き部屋に入った。

 空き部屋と言っても、さすがに王城の部屋ということもあって、きれいに掃除されていた。埃のにおいはまったくしなく、床も窓もピカピカに磨かれている。

 部屋の片隅に積まれていたイスを並べてから、サラたちはゆっくりと腰掛けた。

 椅子の縁に肩ひじをつきながら、シルクがゆったりと構える。その近くを、ツクノが少し不安そうに飛んでいた。

「さて、何から話そうかね。……いや、自分で選ぶのは、なかなか難しいな。ホムラ、お前は何が一番知りたい?」

「俺か? え、えーと……」

 いきなり問われ、ホムラがぶつぶつと呟きながら考える素振りを見せる。あれも捨てがたいしこれも聞きたいと、随分欲張りな自問自答をしているのが、傍にいるサラにはそれなりに聞き取れてしまって、つい笑ってしまう。

 そのことには気づかなかったホムラが、よし、と力強く呟いた。

「シルク、あんたがどんな存在なのかを知りたい。結構長く生きているみたいなのにそんな姿だし、持ち合わせている力も段違いに強力だ。正直、普通の人間とは思えない」

「いきなりそこを聞くのか。まあ、いいけれどね」

 一度苦笑したシルクが、次の瞬間には遠い目をしながら、懐かしむように話し始める。

「私は、元々は人間だった。まあ、ちょっと普通じゃなかったけれどね。幼い頃からモノの精霊の姿が見えたし、このクロス・ワールドにも頻繁に遊びに来られた。もちろん、眠っている間だけだったけどね」

「それって、ボクと一緒?」

 自分と似た感じの事柄に、つい口を挟んでしまった。

 シルクが微笑みながら、こちらに目を向けてくる。

「そうだよ、サラ。まあ、私がただの人間だった頃の話だけどね。今は、そうじゃないんだ」

「……ん、ちょっと待ってくれ。今は人間じゃないってことは、あんた、まさかもう死んでるのか?」

 ホムラの指摘に、サラはハッとしてシルクを見た。シルクは苦笑をしていて、その近くのツクノは物凄く驚いていた。驚きのあまり声が出ないのか、口をパクパクさせるだけだ。

「まったく、鋭いところもあるじゃないか。ホムラ、お前の指摘は正しいよ。向こうの世界の私は、もう死んでいる。ただ、寿命が尽きたわけじゃない。命そのものは、まだここに残っている」

「どういうことだ?」

「なに、単純なことさ。私はね、私の残りの寿命を、このクロス・ワールドに具現化したんだよ。ここに、長くいられるようにするためにね」

「命を、具現化だって……?」

 突拍子もないことに動揺してか、ホムラの口からは続きが出て来ない。その様を見て取ったのか、シルクが苦笑しながら続けた。

「そう。今、あんたたちの目の前にいるのは、命というモノが具現化した存在だよ。本来ならば、二十年くらいは生きただろう命を具現化したモノが、私の正体だ」

「そんなことが、可能なのか?」

「可能なんじゃないか? 現に、私はやっているわけだし」

「いやいや、普通はそんなことできませんからね? シルクさまがとんでもない資質に恵まれていたからこそ、できたことですからね? ねえねえ、ちゃんとわかってます、シルクさま?」

 不意に割って入ってきたツクノが、頼りなさげにシルクの傍を飛びながら、困惑気味にしつこく口にした。

 それを少し鬱陶しく思ったのだろうか。

「……ふん」

 面白くなさそうに呟いてから、シルクが目の前を飛ぶツクノの頭にゲンコツを振り下ろしていた。

「ぎゃん!?」

 鈍い音を立てた頭を押さえながら、ツクノが床に落ちて倒れ込む。あまりにも痛かったのか、何度も呻くばかりで起き上がろうともしなかった。

 痛がるツクノをよそに、シルクが二度、咳払いをした。話を戻そうということだろうが、察しの悪いホムラは唖然としたままだ。仕方なくそっと横腹を小突き、振り向いたホムラに目で促した。

 ようやく気づいたホムラが、少し慌てて口を開いた。

「……ま、まあ、サラが自分の姿を具現化しているのと似ているってことか。じゃあ、その若い姿は、具現化した時に自分で選んだのか?」

「察しが良いね。私が一番気に入っていた頃の姿で、自分の命を具現化したのさ。さすがに、七十近い老婆の姿で、戦えるわけがないしね」

「な、七十……!? やっぱり、ババアだったんじゃねえか……!」

 言ってから、ホムラがハッとして頭を押さえる。今までの通りだったら、まず間違いなくゲンコツが飛んでくる。

 しかし、シルクが苦笑を浮かべて座ったまま、動こうとはしなかった。

「ああ、そうだよ。私が老婆であることは、紛れもない事実だ。この姿でも、衰えはある。だから、ごまかせばごまかすほど、虚しくなるんだよ」

 少し遠い目をしながら言ったシルクに、サラたちは意外な思いに駆られて顔を見合わせた。何だか、シルクらしくない。そう感じてしまう。

 ――今ならば、何を聞いても答えてくれるかもしれない。

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