6-11 青龍セイラの本領
その何かは、四枚のトランプだった。
見覚えのあるカードだ。眩い白の光を放つそれは、相当の道具の加護に守られているのか、ホムラの燃え盛る炎が近くにあっても焼かれずにいる。
「……革命」
突然のことに唖然としていたケイトの耳に、呟いたような弱々しい声が届く。瞬間、四枚のカードが青白い光を放ち、ホムラを囲んでいく。さらには、光がホムラへと絡みつくように伸び、全身に纏わりついた。
ホムラが苦しそうに呻き、動きを止めた。
目の前の現実に驚き、この場にいないはずの人の声を確かに聞いて、ケイトはハッとしながらその方へと目を向けた。
視線の少し先で、サラがウルに支えられながら、カードを放ったような素振りを見せていた。
「サラ!?」
思わず、驚きの声を上げてしまう。危険だからと、ウルに任せて平原の入り口に残してきたはずだ。
現に、少し無理をしたのか、サラは真っ青な顔をしながら息を荒げている。支えているウルも、物凄く不安そうな顔をしていた。
しかし、そんなケイトたちに構わず、サラは辛そうに片目を瞑りながらも、大声を張り上げてきた。
「今だよ、ケイト!」
サラの言葉に、今の状況を即座に理解する。
革命によって、ホムラの力は反転、ないしは弱体化している。激しく燃え盛っていた炎の外装は明らかに火勢を弱め、うっすらとしか見せていなかった繋がりの糸が、はっきりと姿を見せていた。頑強そうな鉄の装甲も、同様に糸が見えている。
ただ、鉄の装甲は、ホムラ自身に走る道具の加護の糸と、結びつきつつあった。あれが完全に装甲の糸と一緒になってしまったら、間違いなくホムラは鉄鬼になってしまう。
だが、裏を返せば、あの装甲だけを断ち切れれば、ホムラを救えることになる。ケイトの断ち切る力で、炎の外装も鉄の装甲も、誤った繋がりは全て切り捨てる。
「……やるしかない」
「はい、ケイトさま!」
感覚が繋がっているからか、独り言のように呟いた言葉にツクノが言葉を返してきた。
頷き、瞬間的に集中を高める。両の刀の加護が、より強まるのを感じた。薄紫色をした加護が、より妖しい光を放つ。
ホムラが苦しそうに、ゆっくりとこちらを見た。ケイトの動きを察知したのか、炎の刃を振り上げようとする。
その前に、ケイトは刀を振るっていた。流れるように、何度も何度も刀を動かす。
炎の刃を切り落とし、ホムラの全身を包む外装の糸を断ち切る。切り離された炎が別の物のように宙を浮き、束の間浮遊しては霧散していく。
炎が消えたことで、ホムラの動きが再び止まり、鬼面が砕けた。あとは、装甲の糸だ。ホムラと結びつきつつあるが、刀を振り下ろすことに躊躇いはなかった。鉄の装甲目掛けて右、左と刀を振るう。
刃が唸り、モノを断ち切る鋭い音が鳴る。
「ぐっ……」
苦しそうに呻いたホムラが、一度血を吐いた。それとほぼ同時に、彼の体に纏わりついていた鉄の装甲が砕け、地に落ちる。
ふらつきながら立ち尽くしていたホムラが、虚ろな目をしてケイトを見た。
「……ケイト、俺、は」
それだけ言って、ホムラがゆっくりとケイトにもたれかかるようにして倒れ込んできた。刀を握ったままだが、慌てて体を押さえる。
弱々しいが、確かに鼓動を感じた。それは消え入りそうなものではなく、一定の間隔をちゃんと刻んでいる。
「やった……」
ホムラを支えながら、ケイトは大きく息を吐いた。何とか、装甲の糸だけを断ち切れたようだ。ホムラは、生きている。
喜びが胸の内に広がり、思わず気を抜いてしまいそうになる。
「まったく、つまらないですわね」
それを、唐突に聞こえたセイラの声が引き止めた。
ハッとして声の方へと顔を向けると、全身を傷だらけにしたセイラの姿がやや遠目に映った。深手が多いのか、露わになっている肌の部分はどろりとした赤黒いもので染め上げられている。
シルクの姿が見当たらなくて、ケイトは視線を回そうとした。しかし、それよりも早く、セイラが口を開く。
「お友達同士で殺し合い、相手を死なせ、そのショックで絶望に打ちひしがれる。そんな姿こそ、望んでいましたのに。興覚めもいいところですわ」
吐き捨てたような言葉には、並々ならぬ怒気が含まれている。心底面白くないらしく、セイラが一度強く歯軋りした。
だが、面白くないのはこちらの方だ。仲間と戦わされ、寸でのところで死なせてしまいそうだったのだ。怒り狂いそうなのは、ケイトも同じである。
両の刀をセイラに向け、構えを取る。ケイトが戦う姿勢を見せたことで、セイラが口元に嫌な笑みを浮かべた。
「……まあ、いいですわ。わたくしがあなたがたを仕留め、絶望の淵に落として差し上げます。自分たちがしたことが無意味であったと、今に後悔させてあげますわ」
セイラが薙刀を一度振り回してから構え、もう一度笑みを浮かべる。相変わらず人を小馬鹿にしたようなもので、不愉快極まりない。
その笑みが、不意に凍りついた。
「誰かと向き合っている余裕があるのか」
怒りに満ちた低い声が聞こえたのと同時に、ケイトから見たさらに前方から、何かが勢いよくセイラに向かって行く。ただ、そう見えたのは、一瞬だけだ。気づいた時には、その何か、シルクはケイトの近くにまで来ていた。
「私と、戦っているというのに」
大太刀鋏が振るわれ、声と何かを断ち切った鈍い音が聞こえた。少し遅れて、何かが落ちる音が微かにこの場に響く。
「ぐっ、ああああッ!」
セイラが左腕を押さえて、喚き声を上げる。ただ、押さえている場所に腕はない。赤黒い血液が、勢いよく噴き出すばかりだ。
シルクの大太刀鋏は、セイラの左腕を、纏っていた装甲ごと寸断していた。
「よくも、よくもやってくれたなぁッ!」
言葉を荒げ、セイラが仮面の上からでもわかるほどの鋭い眼光を向けてきた。余程逆上しているのか、さっきの余裕は一切感じられず、口調も変わってしまっている。
「この上は、わたくしの本当の力で皆殺しにしてやる! このまま、生きて帰れると思うなッ!」
叫ぶように言ったセイラが、高く跳び上がる。瞬間、真っ黒な光がセイラを包み込み、その姿を唐突に変えた。長身の女性の姿から、禍々しいまでの鋼の装甲を纏った龍へと形を変える。
その龍が鉄柱へと乗り、巨大な翼で包み込むように支え始めた。
「お前たちは、もう終わりよ。今から鉄柱と同化し、向こうの世界の力を奪い尽くしてやる。ここは、風力発電所。力は、十二分に手に入る」
そして、と一度言葉を切ったセイラが、高々と吼え出した。何だ、と思ったが、異常にはすぐに気づいた。
辺りが、異様に暑くなってきた。日差しが強くなったわけでもないのに、どこもかしこもどんどん暑くなっていく。風は絶えず吹いているのに、一向に冷めない。寧ろ、熱風となって襲い掛かってくる。
異様な暑さに唇が渇き、舌で舐めてそっと渇きを癒す。しかし、焼け石に水だ。上下左右の全方位から、熱波を感じる。感じた時には、唇どころか汗を掻いているはずの肌すら乾き切っていた。
肺が焼かれるような暑さに、呼吸が荒くなる。ただ、吸い込む空気が熱く、息をするのも辛い。それはケイトだけが感じているのではなく、この場にいる皆が実感していることのようだ。
こちらの苦しんでいる様を見てか、セイラが声を上げて笑った。
「いい様ね。わたくしは、乾燥機のユーザー。操る風に、熱気を加えられる。わかるかしら? この地の風はわたくしのものであり、自由自在に操れる。ここにのこのこと来た時点で、お前たちはわたくしのテリトリーに入っているのよ!」
叫ぶような声で、セイラが言った。
確かに、乾燥機の力であるならば、この暑さも納得できる。ケイトたちは、ブリズ平原という入れ物の中に入り、熱風を浴びせられているというわけだ。
ただ、使役している力は、それだけではない気がする。
――あれは。
ちらと辺りを見渡して、不自然なものを見つけた。
風だ。この場を通り過ぎていく風が、形を持っているように見える。刃のような姿で、いくつもの風が妙な唸りを上げながら吹き抜ける。
その刃のような風のうち、四つが近場にあった大きな岩にぶつかった。岩に四本の縦線が入り、瞬く間に断ち割れた。
――この風も、ユーザー能力か。
目の前の光景に驚く暇もなく、今の状況を把握する。吹き荒ぶ風も異様な暑さも、間違いなくセイラが引き起こしているものだ。セイラが言っていた通り、能力を使ってケイトたちを干上がらせるか、切り刻もうとしている。
「気づいたわね。そう、吹き荒れるカマイタチが、お前たちをじわじわと追い詰める。楽しみだ。干からびてミイラになるのが先か、バラバラに切り刻まれるのが先か。どちらにしても、無様な姿を見せてくれるでしょうね」
低く、くぐもった声で笑うセイラが、一度大きな右手を動かす。未だ辛そうにしているサラの近くに、カマイタチが襲い掛かった。サラが驚いたように、尻餅をつく。それを、セイラが嘲笑うかのように高々と笑った。
「こいつ……!」
セイラのやり方に、嫌悪感が募る。こんなひどい奴に踊らされたのだと思うと、荒れ狂う感情はもう抑えようがなかった。
――斬ってやる。
この醜い龍を、柱ごと。




