6-10 微かな可能性
異様な熱気が、辺りに広がっていく。
ホムラが微かに身動ぎするだけで炎が舞い、辺りを焼いた。その度に火が回り、緑の草原が赤々と燃えていく。
「すっごい力……。ホムラのユーザー能力が、暴走してるのかも……!」
「暴走……!」
ツクノがか細い声で呟くように言い、ケイトはすぐさまホムラを注意深く観察する。熱波がひどく、視界が揺らいでしまうほどだが、何とか堪えて見続ける。
ホムラを包む炎は、全て道具の加護が働いていた。以前、王様の前で見たことのある、赤い色の光である。あれは、間違いなくホムラの力だ。
問題は、ツクノが言った通り暴走していることだ。加護の光は異様なほどに煌めき、それでいて激しく明滅している。普段、力を目いっぱい使ってもそんなことにはならないため、どこからどう見ても異常な状態なのはよくわかった。
「どうして、こんなことに」
愕然としているケイトに、ツクノがそっと囁く。
「……多分ですけど、鉄鬼化が原因かもしれません。鉄鬼はモノの成れの果てですが、化け物になる時に純粋な力は増大すると聞きます。ホムラも鉄鬼化したことで、力が膨れ上がっているんだと思います」
「だけど、あれはどう見ても異常だ。姿も、普通じゃない」
「うーん……。わたしも、あの姿についてはよくわかりません。考えられるとしたら、ホムラが生きたのまま鉄鬼にされたから、でしょうか。鉄鬼は、壊れて朽ち果てたモノが、怨霊のようになって再具現化したものらしいですし」
「ちょっと待って。今、なんて?」
聞き捨てならない言葉を耳にし、ケイトはすぐに口を挟んだ。
頭の中で聞こえるツクノの声が、少し慌てる。
「え、えーと、鉄鬼は壊れて朽ち果てたモノが、怨霊のようになって」
「違う。その前だ」
「んーと、ホムラが生きたまま鉄鬼にされたから、ですか?」
「そう、それだよ。どうして、そう思うんだ?」
少し早口で問いかけると、ツクノが慌てて言葉を返してくる。
「だ、だって、鉄鬼はみんな、大型の獣みたいな形をしているんですもの。でも、ホムラやセイラは違います。人の形を保ったまま、鉄鬼の力を手にしているんです。だったら、ホムラは生きたモノのまま鉄鬼になったのかな、って思って」
自信がなさそうにツクノは言ったが、ケイトはあり得そうなことだと思った。
鉄鬼の成り立ちについてはよく知らないが、少なくとも人型のままそうなるのは不自然な気がする。生きたまま無理やり鉄鬼化させられたと考える方が、しっくりくる。
――だったら、可能性はあるんじゃないか。
本当に生きたままならば、それは純粋な鉄鬼ではない。もしかしたら、どうにかする方法があるかもしれない。
一番考えられる方法は、荒れ狂う炎の外装と鉄の装甲を断ち切ることだ。仮定が正しく、暴走する力をそれで鎮められれば、ホムラを救い出せるはずだ。
「……なら、やるしかないな」
唐突に見えてきた淡い希望に、自然と力が入る。まだ微かな可能性に過ぎないが、それでもさっきのようにゼロではない。
ただ、あまり時間はないらしい。暴走するホムラは、どんどん炎に呑み込まれつつある。いずれその体を炎に焼かれ、本当に鉄鬼になってしまうのも、時間の問題かもしれない。
ならば、躊躇はしていられない。
「行くよ、ツクノ。ここからは、本気で戦う」
「は、はい!」
ツクノが強張った声で返事をし、それから感覚を研ぎ澄ませた。モノの気配が、さらに鮮明に掴めるようになる。
ケイトはケイトで、太刀鋏の力をほとんど解放した。全力じゃないのは、黒の力を引き出さないためだ。全てを断ち切るあの暴の力は、救うべきホムラさえも切り捨てかねない。
刀身が薄紫の光に包まれるのを見てから駆け出し、ホムラへと一気に間合いを詰めた。得物が届く距離に入った瞬間に、刀を振り抜く。
ケイトの接近に気づいたホムラが、炎の刃を刀に合わせるように振り回してきた。
刃が炎ということもあって、こちらの刀が通り抜けるかと思ったが、意外にも互いの得物はぶつかり合った。ただ、刃を交えた感触はなく、それでいて炎が押してくる圧を感じるという、異様な感覚に陥っている。
理屈はわからないが、押し負けるわけにはいかない。ホムラから火の粉が舞い、熱波が撒き散らされて少し苦しいが、それでも退くことはしない。
繋がりの糸は、何とか見えている。体に纏わりつく炎の外装の下に、うっすらとだが見えている。多分あれが、鉄鬼の装甲に違いない。
まずは、表面の炎の外装を切り払う。そうして初めて、装甲に刃が届く。
「はあっ!」
思いっ切り力を籠めて押し返し、前に出ながら声を上げて刀を振るった。右で薙ぎ、左で縦に振り下ろす。すぐさま反応してきたホムラが、盾と刃で防いできた。
打ち合った刀は、今度は鍔迫り合いの形にはしない。すぐさま刀を引き、次の一撃を繰り出す。切り上げ、振り下ろし、突く。間断なく、攻撃を仕掛けていく。
ホムラはそれらを、的確に捌いてくる。ケイトが刀を振るったのと同時に炎の刃を繰り出し、または盾でいなす。斬撃は決して遅くないはずなのだが、寸分も遅れることなく対応してきた。
一度、刀を振るいながら針を投げた。影縫いである。相手の動きを止めるこの技がうまく決まれば、こちらが優位に立てる。
そう思ってのことだったが、そううまくはいかなかった。ホムラの足元が不意に赤くなったかと思えば、地面からいきなり炎が立ち昇った。放った針は炎に呑まれ、たちまち消し炭となって消えた。
地面が赤くなった瞬間、ケイトは咄嗟に後ろへと飛び退いていた。ホムラが地面から炎を立ち昇らせたことは、これまで何度か見ている。
炎を回避し、そのまま距離を取ることはしない。すぐにまた、前へと出る。眼前にはホムラを守るように炎の壁が立ちはだかっているが、そんなものに怯みはしない。斬り伏せるべく、刀を振りかぶる。炎だってモノであり、もっと言ってしまえばこれは、ユーザー能力で生み出された代物だ。道具の加護も繋がりの糸も、はっきりとこの目に映る。
立ち塞がる炎目掛けて、右の刀を勢いよく振り下ろした。炎の壁が断ち割れるように裂け、薄紫の刀身の軌跡がうっすらと残像を残す。その先に見える、無表情のホムラ。その顔へと、間髪入れずに左の刀を叩きつけるように振る。
壁が視界を遮っていたからか、ホムラの動きは微かに遅れていた。刃が顔に届く僅か手前で、何とかと言った風で剣を出し、こちらの一撃を受け止めてきた。
そのまま力を籠め、鍔迫り合いの形に持ち込む。虚を衝かれただろうホムラも、焦った風は見せずに応じてきた。
束の間、互いに得物を押し合う。
「ケ、イ、ト」
不意に、途切れ途切れの声が聞こえ、ケイトは思わず目を剥いた。聞き覚えのある声に、一瞬意識がそちらに持って行かれる。間違いなく、目の前のホムラから聞こえた。
その声は、また聞こえてくる。
「俺、ヲ、壊シ、テ、クレ」
「……っ!」
それは、意識を取り戻しての言葉なのか、それとも違うのか。
咄嗟には判断できなかったが、これだけは言える。ホムラが、自らそう望んでしまうほどに、追い込まれていたのだと。
「け、ケイトさま……」
切実とも言える響きを持っているその思いを感じてか、ツクノが不安そうな声をかけてくる。
多分、ホムラ自身がもう元には戻れないと、諦めてしまっている。だから、こんな化け物のような姿になっても、ケイトに思いを伝えてきた。
だが、そんな思いを叶えようと思えるほど、ケイトは人間ができていない。
「ふざけるなよ……。僕が、どんな思いをして君と向き合ってるのかも、知らないくせに……!」
今のホムラには、言葉は多分届かない。頭の中ではわかっていたが、口に出さずにはいられなかった。
「俺を壊せだって? 嫌に決まってるだろ! 仲間を、友達を簡単に見捨てられるわけがないだろッ!」
「ケ、イ、ト」
「うるさい! 僕は、諦めない。君を救うことを、絶対に諦めてやるもんか! わかったか、ホムラ!」
言葉を遮りながら思い切り怒鳴り、目一杯力を籠めてホムラを押し返す。押し負けたホムラがよろめき、体勢を立て直すこともなくそのままでいる。そこを逃さず追撃し、両の刀を薙ぐように振り抜いた。
形を持った炎がいくつも飛び散り、瓦礫のように地面に落ちていく。ホムラを守っていた炎が、胴だけぽっかりと穴が開いたようになっている。やっと、炎の外装に刃が届いた。
だが、安心することはできない。斬られたことで、ホムラの気配が変わった。禍々しいまでの怒気が膨れ上がり、強い殺気がケイトを射抜くように向けられる。
「……俺ヲ」
言葉を呟くと同時に、ホムラが炎の刃を振り上げる。刃を形作る炎は、いつの間にか倍以上の大きさになっていた。
「壊セ……!」
くぐもった声ではっきりと言い、ホムラが勢いよく刃を振り下ろした。刃が起こした風と燃え盛る炎の唸りが重なり、いやに低い音を奏で、そのまま頭上へと斬撃が襲い掛かる。
凄まじい速さで迫る刃を前に、回避することは諦めた。かと言って、防御をしても勢いをただ受け止めるのは下策だ。ならば、やることは一つ。思い切り攻撃してくるならば、こちらも同じことをして返すだけだ。
右の刀に道具の加護を集め、一気に振り上げる。瞬間、重い衝撃が手に伝わる。凄まじい一撃に、右手の感覚が希薄になった。それでも、刀は手放さないし、押し合うのもやめない。
「壊セ……!」
同じ言葉を、ホムラが繰り返す。そんな彼に、ケイトは確かな苛立ちを覚えた。気持ちを抑えられず、言葉が口の外から飛び出していく。
「壊せ壊せってうるさいな。君は、本当にそれでいいのか? 今ここで壊れれば、君はマスターとの繋がりを完全に失うんだぞ。立派なマスターの道具として誇れる自分でありたいって言ってたのに、君は自分でその願いを捨てるのか? 答えろよ、ホムラッ!」
胸の内に湧き上がった激情をそのままに、ケイトは叫ぶように言葉を吐き出した。
「……ッ!」
籠められている力が緩み、ホムラの動きが一瞬止まった。膨れ上がった怒気が揺らぎ、殺気も向けるべき矛先を失ったかのように、鳴りを潜めつつある。
ホムラに、絶対的な隙が生まれた。
――ここで、もう一押しできれば……!
打算があってやったわけではないが、この好機を逃す手はない。しかし、ホムラを呼び戻す最善手は何なのか、咄嗟の判断では手繰り寄せることができない。
刹那の中で思考を巡らす。炎の外装を切り落とすか、無理やりにでも鉄の装甲を斬るか、それとも言葉を投げかけ続けるか。攻撃はホムラを刺激しかねず、かと言って悠長に言葉を続けている余裕はないかもしれない。さっきは、言葉を続けたことで、ホムラの負の願いを呼び起こしてしまったのだ。
――どうすればいい……!
誰か僕に、答えを教えてくれ。
その願いが通じたのだろうか。
不意にホムラの周囲へと、四つの小さな何かが降り立った。




