6-9 君に届け
炎が足元から迫り、水が頭上に降り注ぎ、やや遅れて眼前から剣先が突き出される。
そんな攻撃を、どれくらいいなしただろうか。
直撃こそしていないが、いずれの攻撃も体を掠めている。衣服は少し焦げ、ぬるりとした水が体を濡らし、肌は刃で削られている。
ホムラの容赦ない攻撃の前に、ケイトは防戦一方だった。
――いや、少し違うか。
ケイトの方は、あまり攻撃をしていない。攻撃を受けながら、ひたすらホムラに呼び掛けるばかりだ。
「聞いてくれ、ホムラ! 君は」
言いかけた言葉を遮るように、二つ三つと放たれた火球が迫り、口を閉ざして回避せざるを得なくなる。右へと跳び、火球をやり過ごす。
だが、それは読まれていたらしい。回避した先には、いつの間にかホムラが待ち構えていた。剣を低く構え、ケイトが間合いに入った途端に、切り上げてくる。
「くっ!」
何とか反応し、刀を前に出す。何とか剣に当たり、一撃は防いだ。
しかし、それで安心することはできない。防がれた瞬間に、ホムラが左の拳をすぐさま振り抜いてきた。鉄の装甲に覆われた、見るからに頑丈そうな拳だ。思いがけない攻撃に反応できず、ケイトは右の頬を強かに打ち抜かれた。
「ぐあっ……!」
瞬間的に激しい痛みが走り、次いで地面に叩きつけられたことによる鈍痛が体を襲う。それでもすぐに立ち上がり、刀を構えてホムラに視線を向けた。
「いてて……。け、ケイトさま、大丈夫ですか……?」
弱々しい声でツクノが言った。ケイトに憑依している時、彼女との感覚は共有される。多分、今の痛みも伝わっているのだろう。
「大丈夫。このくらいじゃ、まだ倒れないさ」
赤いものが混じった唾を吐き出し、それから口の端から流れ出ていた血を拭う。
やはり、ホムラは本気でケイトを殺しに来ている。放たれる攻撃は全て殺意が籠り、迫る一撃には一切のためらいもない。
正直、このまま戦うのは厳しいと言わざるを得ない。相手が殺す気でいるのに、こちらはまだ、まともに斬り合おうともしていない。そんなことでは、いずれこちらが死ぬ。
「ケイトさま、やっぱり」
無理なんじゃないか。ツクノがそう続けようとしているのはわかっていたが、ケイトは遮るように首を横に振った。
「僕は、諦めない。まだもう少し、粘るよ」
「……わかりました。けど、せめて少しくらい、力を解放したほうがいいんじゃ……?」
ツクノの言う通り、ケイトは力をあまり出していなかった。良くて、薄紫色の加護の一歩手前くらいである。並の鉄鬼ならばそれで事足りるが、ホムラのような強者が相手では、あまり通用していないのが現実だ。加護の光を断ち切ろうにも、装甲や加護そのものに阻まれてしまう。
それでも、今は力を発揮するつもりはなかった。ホムラが元に戻るきっかけを見つけないことには、力を使ってもただ壊してしまうだけにしかならない。
「ホムラを救うために、もうちょっとだけ様子を窺おう。今のままじゃ、攻撃してもただ返されるだけだ」
「そう、ですね。わかりました」
ツクノは不安そうだったが、それでも折れてくれたようだ。ばかりか、今まで以上に神経を研ぎ澄ませ、感覚を敏にしようとしてくれている。少しでも、ホムラの隙を見出そうとしているのだろう。
内心で感謝してから、ケイトは一気に駆け出した。ホムラとの距離が、どんどん縮まっていく。
ホムラが、無言のまま剣を振り上げ、一息に振り下ろした。ケイトの頭上に大量の水が現れ、今にも勢いよく零れようとしている。今度のは湯気が立ち、見るからに熱そうだ。
ただ、それは一度見た。何度も同じ技にやられるわけにはいかない。
「何度も食らうか!」
叫びながら針の槍を出しては投げ、降り注ぐ水を纏めて貫き通す。その軌跡を最後まで見ることはなく、ケイトはホムラへと視線を移した。
間合いには、既に入っている。右の刀を薙ぐように振り抜き、左の方は縦に振り下ろした。
ホムラが右腕の装甲で薙ぎを受け、左に持ち替えた剣で受け止めてくる。力を解放していないとはいえ、振り抜いた一撃まで弱めてはいない。力の限り、押していく。
迂闊に力を緩められないと見たのか、ホムラもまた力を籠めて押してきた。交わる刃が小刻みに震え、微かに音を立てていく。
期せずして、鍔迫り合いの形になった。
隙を見出すために行動するならば、ここしかない。
「……こんな形で、君と向き合いたくはなかったな。君とはずっと、同じ方向を歩いていたかったよ」
ケイトの言葉に、ホムラは何も返さない。殺意に満ちた赤い瞳で、睨みつけてくるばかりだ。
それでも、ケイトは声を出すのをやめない。
「君が僕に着いて来るって言ってくれた時、本当に嬉しかったんだ。いきなり、見知らぬ世界に放り込まれて、大変な目に遭ってたからさ。一緒に戦ってくれる人ができて、安心したんだよ」
言葉を切って少し黙るが、ホムラはやはり何も語らない。殺気ばかりが、痛いくらいに肌を叩くだけだ。
――もっと、強い言葉を。
頭の中で考えたものじゃなく、心が叫ぶままの声を。
自分に素直になれ。そう思ったら、落ち着き払おうとしていた自分が、鳴りを潜めていくのを感じた。代わりに、必死な自分が、顔を出す。
「……なのに、なんで君が僕の敵なんだよ! なんで、僕たちが戦わなきゃいけないんだよ! 一緒に、世界の繋がりを守ろうって、言ったじゃないか!」
感情が揺れ動くままに思い切り力を籠め、ホムラを押し返す。いきなりの強い力に対応しきれなかったのか、ホムラが顔を顰めながら飛び退いた。
一度、二度と後ろに跳び、ホムラが鉄柱の傍で動きを止め、剣を構え直そうとする。
それを、ケイトは許さない。すぐに追いかけ、間合いに入ったのと同時に、刀を思いっ切り振り下ろした。
ホムラが受け止めるが、勢いと一撃の重さに負けて片膝をつき、空いている手で自身の剣の刃を支えている。顕わになっている顔は必死そのもので、歯は小さな音を立てるほどに強く食い縛られていた。
そのまま、刀を振り抜く。気持ちの乗った攻撃はホムラの剣を手ごと弾き、刃が体を激しく打ちつけた。
苦しそうな顔をしたホムラが、無言のまま倒れる。
ホムラが倒れた先に、鉄柱が見えた。間違った繋がりを運んでくる、忌々しい柱だ。それをはっきりと認識した時、ケイトは一瞬我を忘れた。
――こんなものがあるから。
そう思った時には、既にケイトは駆け出していた。無意識の内に刀へと乗せる加護を強め、柱に向かって迫っていく。
あと少しで、鉄柱へと刃が届く距離になる。
だがその前に、割って入ってくるものがいた。倒れていたはずのホムラだ。まるで鉄柱を守るように、こちらへと向かって来る。
何も言わずに、ホムラが突きを繰り出してくる。ただの突きではない。刃の全てが、炎に纏われている。ホムラのユーザー能力の一つ、調理の炎だ。
鋭い突きで、炎が激しく燃え盛っているが、刀で受けられないほどではない。右の刀で真っ向から受け止め、すかさず左を振り下ろす。
ホムラもまた同様だったのか、すぐさま引いた剣で左の刀を受け止めてきた。
また、得物を押し合い、睨み合う。だが、ケイトはすぐに瞳を伏せた。
「……どうしてだ」
ぽつりと呟いた自身の声は、自分でも驚くほどにか細かった。
「どうして君が、こんな繋がりを守ろうとするんだ。マスターとの繋がりをとても大切にしていた君が、なんで間違った繋がりを守るんだよ。それとも、君が守りたかった繋がりは、こんな形だったって言うのかよ!?」
「……ッ!」
ホムラの目が、一瞬驚いたように見開かれた。押し合っていた剣から、瞬間力が抜ける。
その隙を、ケイトは逃さなかった。
「聞こえているんだろ、ホムラッ!」
空いていた右の刀を、思い切り振り上げた。咄嗟に防ごうと構えたホムラの剣を捉え、弾き飛ばす。飛ばされた剣に一瞬気を取られたホムラへと、ケイトはすかさず左の刀を叩きつけるように振り下ろした。
刃がホムラの胴を捉え、装甲を強かに打った。強い衝撃に、鉄の装甲にひびが入る。
「……くッ」
微かに呻いたような声を上げたホムラが、何を思ってか左腕を思い切り振り回した。
受け止めようとしたが、その左腕が燃えていることに気づき、ケイトは一旦離れた。
いや、あれはただ燃えているのではない。左腕を覆う炎は、まるで刃のような形を作っている。炎を操ることで、失った武器を再び得ようとしているのだろうか。
そう思っているうちに、ホムラが右手を勢いよく地面に押しつけた。途端に、周囲から炎が湧き、草原の草花を焼き尽くしていく。火勢は、どんどん強まる一方だ。
大変な状況になりつつあるが、それ以上に目を引くことがあった。
「あれは」
視線の先に映るものに、目が釘づけになる。
ホムラの左腕を覆っていたはずの炎が、いつの間にか全身を包むようになっていた。凄まじい熱を発しながら、ホムラの体を呑み込んでいる。
それが、まるで新しい装甲であるかのようにホムラの体に備わる。左腕はそのまま刃のような形になり、右腕は炎の盾を備え、胴体から下半身にかけては、燃え滾る炎が鎧甲冑のようになっている。
そして顔には、炎で作られた鬼の面が着けられている。
「ウオオオオッ!」
一度、ホムラが雄叫びを上げた。その声に呼応したかのように、ホムラの背から炸裂音が聞こえ、炎が噴き出した。
炎がホムラを包み込み、激しく飛び散った。瞬間、目の前に炎の壁が現出する。その中から、ホムラがゆっくりと出てくる。
「何だよ、これ……」
目の前の現実に、驚きを隠せない。
ホムラの姿格好は、最早鉄鬼ですらない。鉄をも溶かす業火を纏った、異様な鬼にしか見えなかった。




