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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
六章 危機を乗り越えろ!
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6-8 気に入らない女

 しばらく、平原を歩いていく。

 風が吹き荒れ、体を、足を引っ張ろうとしてくるが、構わず前へと進んで行く。実際、セイラの意を汲んだ風の具現体が邪魔をしてきているのだろうが、手を出してくる前に、どれも人知れず針で縫い付けている。

 武器の届く範囲内のものを裁縫物化する。それが、ハイ・ユーザーシルクの能力だ。さっきまでの具現体は全て布に見立て、針で空中に縫い付けた。

 こんなことができるようになってから、もうどれくらい経つだろうか。四十、いや五十年は前か。クロス・ワールドに来られるようになったのも、確かその頃だったはずだ。

 シルクは、最初からハイ・ユーザーだった。他の誰よりも力に優れ、誰よりもモノを愛した。だからこそ、この世界を守ってくれるようにツクノから頼まれたし、守護獣にも引き合わされた。

 昔を思い出そうとすれば、いくらでも思い返せる。くどくどと長く思い出に浸ってしまいそうになる。それは、年寄りの悲しい性だろうか。

 ――今は、そんな感慨に耽っている暇はない。

 微かに緩んだ気持ちを引き締め、思考を切り替える。頭の中には、セイラの憎たらしい顔が浮かんだ。

 守護獣でありながら、鉄鬼となって世界を滅ぼすことを望んだ愚か者。正直、オウリュウよりも質が悪いと思っている。ホムラをさらって鉄鬼化させ、ケイトたちの敵として立ちはだからせた悪知恵は、少なくともシルクを逆上させるには十分だった。

 ケイトをたしなめておきながらどうかと思うが、シルクの気持ちは未だくすぶったままだ。自分でも抑えるのが難しく、いつ暴発してもおかしくはない。

 だからだろうか。大分早く、足は前へと進んで行く。普通ならば文句を言われそうなものだが、ケイトもツクノも何も言わずに必死に着いてきた。

 大分進み、平原の中央に差し掛かった頃、二つの人影を認めてシルクは足を止めた。

 左手に右肘を乗せて佇むセイラと、その後ろに控えるホムラだ。二人の後ろには、高々と伸びた太い鉄の柱が、しっかりと天高く伸びている。それでも、まだ完全に繋がってはいないのか、後ろのホムラが柱に触れて、力を籠めるような素振りを見せていた。

「思ったより、早く来れましたのね。もう少しかかると思っていましたが」

 多分に嘲りの混じった声に、苛立ちが募る。昔からセイラの声は少し苦手だったが、今ではそれが、嫌悪感から来るものだったということがよくわかる。

 余計な話をする気はない。大太刀鋏を抜き払い、低く構える。

 それに呼応するかのように、ホムラが剣を抜いて前に出てきた。

「ケイト、ホムラは任せた。私は、あの女をやる」

「わかった」

 既に二刀を抜いていたケイトが、ツクノに合図を送って憑依させる。憑き物ツクノの、羽衣のユーザー能力だ。対象に覆い被さることで、ツクノ自身の力を共有させることができる。

 尤もそれは、あくまで憑き物としてのユーザー能力だ。シルクも詳しくは知らないが、ツクノには本来持ち合わせていた能力がある。それの派生が、モノの気配を鋭敏に感じ取ることだ。

 ツクノとは長い付き合いで、その能力について常々気になっているが、今はどうでもいい。

 シルクの意識は、あのいけ好かない仮面女にのみ向いている。

 ちらと右の方へと目を向ける。察したのか、セイラがホムラと離れて右へと移動する。シルクも、同様に動いた。

 二人から大分離れたところで、セイラと正対する。シルクはもう一度大太刀を低く構え、セイラは相変わらず余裕そうな素振りで、ゆっくりと薙刀を構えた。

「行くよ」

「どこからでも」

 悠然とした態度に、ますます腹が立つ。先に動き、一気に間合いを詰めるべく駆け出す。

 最中、風が唸るのを傍で聞いて、得物を一度大きく振り回した。手にいくらかの衝撃が伝わり、乾いた金属音が何度か鳴る。

 風の刃だ。風を司るセイラは、自らそれを起こすだけでなく、形状を自在に変えられる。風でできた鋭い刃を作るなど、造作もないことだろう。

 そしてそれは、セイラの力が尽きるまで無尽蔵に作れる。刃を蹴散らしても、すぐに新しいものが生み出されてしまう。

 尤も、そんなことは関係がない。邪魔をしてくるならば、全て斬り伏せるのみだ。

「小賢しい」

 迫り来る刃を斬り捨て、次のが生成される僅かな間を縫って、セイラの懐に飛び込んだ。

 飛び込み様に、大太刀鋏を振り下ろす。ほぼ同時に振り上げられた薙刀の刃とぶつかり、乾いた金属音が鳴り響いた。

 互いに押し合う形になり、目一杯力を籠める。余裕そうに押してくるセイラだが、表情に反して籠められている力は尋常ではないほどに強い。伊達に、守護獣の中で力のコントロールに長けていたわけではないということか。

 だが、それに押し切られるほど、こちらが弱いつもりはない。

「はあっ!」

 瞬間的に力をさらに籠め、一気に押し返す。押し切られ、微かに状態をのけ反らせたセイラに、もう一度大太刀鋏を振り下ろす。

「甘いですわ」

 のけ反った体勢のままセイラが後方へと跳び、寸でのところで刃を避ける。

 しかし、それは織り込み済みだ。大太刀鋏を振り下ろしたのと同時に、前へと出ている。

 再び間合いを詰め、今度は右下から左斜め上に切り上げた。ただ、読まれていたのか、セイラが薙刀を振り下ろしてくる。

 また、互いの得物がぶつかり合った。

「相変わらず、馬鹿力だね、あんたは」

「それは、お互い様ですわ」

 互いの得物を押し合い、睨みながら言葉を交わす。さすがのセイラも、余裕そうなものは表情から消えている。

 束の間そのまま均衡を保っていたが、左右から風の唸りが聞こえ、すぐさま思いっ切り押し返した。その勢いを利用し、後方へと跳ぶ。

 刹那、竜巻のようなものがさっきまでいたところの左右から物凄い勢いで迫り、挟み込むようにぶつかっていった。相当質量があるのか、それらがぶつかった際に、激しい音が鳴った。

 ――さすがに、面倒だね。

 次々と繰り出される攻撃に、内心で舌打ちする。

 セイラの攻め手は、異常な馬鹿力による直接攻撃と、風を操った魔法攻撃。そして、もう一つ。

 ――この熱風、いつ使って来るのか。

 吹き荒ぶ風に熱が加わりつつあるのは、気づいている。これがセイラのユーザー能力によるものなのは、すぐにわかった。多分、ここぞという時に利用してくるに違いない。

 それらの攻撃に対して、シルクの能力と加護の強さを持ってすれば対応できなくはないが、いつまでもそうできるとは限らない。シルクは、力を使えば使うほど、加護が弱まってしまう。他の道具使いと違って、一度失った加護は元には戻らないため、無理をし過ぎるわけにはいかなかった。

 とはいえ、何も悲嘆しているわけではない。自身が特殊な道具使いであるがゆえに、これは仕方がないことだと、もう割り切っている。それに、この体にはまだそこそこの加護は残っている。セイラを何とかするくらいなら、まだ持つと思っている。

 ――だからと言って、長期戦を選ぶ気はない。さっさと決めてやる。

 何よりも、この女と刃を交えなきゃいけないのが、この上なく不愉快だ。

 後方に着地したのと同時に、また前へと跳ぶ。間合いが、すぐに詰まった。

 未だぶつかり合う竜巻を真っ二つに切り裂き、そのままの勢いでセイラに斬りかかる。最小の動きで右に避けたセイラが、すぐさま横に跳んでは薙刀を薙ぐ。

 それを受け止めようとしたが、寸でのところで地に伏せるくらい屈んで避けた。頭上で薙刀が通り過ぎ、少し遅れて尖った風の槍が何本も通り抜けていった。

 ――本当に、面倒だ。

 内心で毒づき、勢いよく立ち上がり様に大太刀鋏を切り上げる。瞬間、振り下ろされた薙刀と刃がまた交わり、火花が散った。

 再び押し合う形になり、互いに睨み合う。仮面の奥に隠れたセイラの冷たい目が見えるようで、やはり苛立ってしまう。

「何をそんなに怒っているのかしら? わたくしがこちら側に与したことに、まだ憤ってらして?」

「ああ、それもあるね。だが、そのことだけじゃないよ」

「あら、わたくしに恨み事でも? 心当たりがなくて、困ってしまいますわね」

「白々しい奴だ。そういうところだよ」

 ぎりっと歯の擦れる音が、自分でも聞こえる。頭に血が昇っていくのも、感じる。

 それをセイラが嘲笑うように見ていて、尚更苛立った。

「あんた、どうしてホムラを利用したんだ?」

「別に、深い意味などありませんわ。あなた方を揺さぶるために、適当に選んだだけですもの。なんなら、あの狼娘でも良かったですし、二刀流のぼうやでも良かった」

 けれど、とセイラが口持ちに嫌な笑みを浮かべながら続ける。

「今思えば、人選は正しかったのかもしれませんわね。ほらあの子、戦い辛そうですわ」

 ちらとセイラが視線を外し、忌々しく思いながらもそちらに目を向ける。

 視線の先では、ケイトとホムラが刃を交えていた。ただ、ホムラと戦うことに気が引けているのか、ケイトの動きは気持ちぎこちなく見えた。

「あのぼうや、お友達がとっても大事ですのね。あんなになっては、もうどうしようもありませんのに。うふふ、友情とは良いものですわね」

 その言葉に、頭の中で何かが切れた気がした。湧き上がる激情が、今までの比ではないくらいに全身を熱く駆け巡る。

「黙りな、小娘風情が」

 押し合っていた力を抜き、大太刀鋏を引く。支えを失ったことで、セイラが前のめりになった。さすがにそうなることは予想していなかったのか、セイラが少し戸惑ったような表情を見せた。

 前に来たセイラの顔に、左の拳を思い切り打ち込む。

「くっ……!」

 小さな呻き声を上げながら、セイラが後ろに吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられそうなところで受け身を取ったが、すぐに立ち上がれず、片膝をついてこちらを睨むように見てくる。

 そのセイラを、シルクは冷たく見下ろした。

「最初に会った時から、あんたのことは気に入らなかった。その澄ましたような顔も、余裕ぶって見せる態度も、背伸びした物言いも、何もかもがね」

 セイラの表情が、微かに動く。口元が怒りに歪んでいて、気配は怒気に満ちている。セイラは左の口の端から流れる血を手の甲で拭い、ゆっくりと立ち上がっては、シルクを睨んできた。

 不意に、セイラの口元が緩んだ。ばかりか、高々と笑い声を上げる。それは、少しの間続いた。

「……奇遇ですわね。わたくしも、あなたのことは大嫌いでしたわ。たかが人間風情が誰よりも強い力を手に入れて、わたくしたちよりも偉そうにしている。癪に障るって言葉では足りないくらいに、あなたのことが気に入らなかった」

 一頻り笑い終え、セイラが言った。ただ、その顔にはもう笑みは浮かんでいない。

 セイラが間合いを詰め、思い切り薙刀を振り下ろしてくる。力任せの一撃だ。それに合わせるように、刀を振り抜いた。

 激しい金属音が一度鳴り、火花が大きく散った。

 得物をぶつけ合いながら、また睨み合う。

 セイラの顔が、不意に不敵な笑みに塗り固められた。多分それは、こちらも同じだろう。

「じゃあ、丁度いいじゃないか」

「ええ、そうですわね」

 互いに得物を押し合って一度後ろに跳び、それからゆっくりと構え直す。

「お互い嫌い合っている同士だ」

「この場で斬り倒されても」

 一呼吸の間が空き、二つの声が重なる。

「恨みっこなしだ」

 声が空に消え入るよりも早く、互いに踏み出し、得物を交えた。

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