6-7 僕は抗う
目の前の光景に、ケイトは目を剥いて驚いた。
鉄鬼の頭上に誰かが現れ、一撃をその脳天に落とした。威力は尋常なものではなく、たったの一撃で鉄鬼に致命傷を与えていた。
「ガアッ、アァ……」
鉄鬼の断末魔が、掠れながらも響く。
頭上から一撃をもらった鉄鬼は全身にひびが入り、やがてバラバラに崩れ去った。
代わりにその場に立っているのは、ケイトがよく見知っている男だ。ただ、思いがけない乱入者に、理解が追い付かない。
「クロウズ、何故ここに……?」
こちらの問いには答えず、クロウズがちらと横目で左右を見渡す。傷だらけのケイトたちを視認してから、クロウズが何故か小さく舌打ちをした。
「数が足りねえな。おい、どうなってやがる」
「そ、それは」
「私が説明してやるよ。今の状況も含めてね」
シルクが一歩前に出て、クロウズに話し始める。鉄鬼化した守護獣青龍が鉄柱を繋ぎ、過干渉を引き起こしていることや、ホムラを連れ去り、鉄鬼に変えたことなどを、手短に話した。
腕を組み、目を瞑っていたクロウズが、話が終わると同時に瞼を開けた。
途端に、鋭い視線がケイトに注がれる。あまりにも痛いそれに、無意識の内に一歩たじろいだ。
「成程な。それで、ホムラの奴はどうするつもりだ?」
「どうするって、そんなの決まってるじゃないか」
「はっ、そうかよ。じゃあ、どうするかを言ってみろ」
「それは」
口に出そうとしたが、喉が詰まったようになり、なかなか言葉にならない。それでも、何度も何度も声を出そうとしたが、結局続きが出てくることはなかった。
いや、言えなくて当然かもしれない。そんな現実を、口になんてしたくない。
――言えるわけ、ないだろ。
ホムラを斬るだなんて、言いたいわけがない。
ケイトの気持ちを読み取っているのか、クロウズがまた舌打ちした。
「言えねえか。そりゃそうだろうよ。てめえで、ホムラを斬ろうってんだからな。てめえのような甘ちゃんが、そんなことを口にできるはずもねえ」
「そんなこと」
「ないってか。だったら、ここで宣言してみろ。ホムラをこの手で斬り、壊してやるってよ。それがあいつを救える方法なら、迷う必要はないはずだぜ」
「できるわけがないだろ!」
思わず、叫んでいた。クロウズに掴みかかり、その鋭い目を睨みつける。
「ホムラは、大切な仲間なんだ! たくさんの苦労を分かち合った、友達なんだ! そう簡単に、切り捨てられるわけないだろ!」
「だったら、最初からそう言えばいいはずだぜ。何をためらう必要がある?」
「お前に何がわかるんだよ! 鉄鬼化したら、もう元には戻らないんだぞ!? どうやっても斬らなきゃいけないのに、その苦しさをお前なんかにわかってたまるかッ!」
激情に身を任せて言葉を吐き、息がひどく乱れる。顔も、少し熱い。それでも、クロウズを睨みつける。
その顔が、不意に反転した。いや、反転したのはケイトの方だ。クロウズに掴み返され、ケイトは放り投げられていた。
地面に叩きつけられ、強い衝撃に顔を顰める。しかし、それも一瞬だけで、ケイトはすぐにクロウズを見た。
瞬間、これまで以上に鋭い眼差しが、ケイトを射抜いた。
怒りに満ちた、恐ろしいものだ。ケイトの爆発した激情が、嘘のように鳴りを潜めていくのを感じる。
「諦めるのか」
低い声音で、クロウズが言った。
唐突な言葉に何も返せないケイトへと、クロウズがさらに続ける。
「鉄鬼になったモノが元には戻らないと聞かされて、てめえは諦めるのかって聞いてんだ」
「で、でも、シルクが」
「関係ねえだろうが、誰かの言葉なんざよ」
地べたに座り込んでいるケイトを無理やり立ち上がらせ、クロウズが顔を寄せてきた。本気で怒っている。そんな感じの表情に、ケイトは戸惑いを隠せなかった。
「嫌なら、抗えばいいじゃねえか。何があろうが、最後の最後まで可能性を諦めない。俺が知ってるてめえは、そういう奴だったはずだぜ」
「あっ……」
思いがけない言葉に、ケイトはハッとした。
確かに、そうだ。これまで、どんな戦いだって諦めずに切り抜けてきた。多少の無茶はあり、傷だらけになることはあったが、それでも諦めることだけはしなかった。そうやって、最後には何とかなった。
だったら、今回だってまだ諦めるには早い。鉄鬼になったモノを戻す方法がないなんて、シルクが言っていただけで、ないと決まったわけではない。ホムラのことを諦めるのは、本当に何とかできなくて、やむなく壊してしまってからでいい。
――そうなるまで、僕はホムラを諦めたくない。
胸の内ではっきりとそう思った時、クロウズが口元に笑みを浮かべた。いつもの獰猛なものではなく、どことなく優しさの滲んだものだ。
「やっと、てめえらしくなったな」
突き飛ばすようにケイトを離すと、クロウズはすぐに背を向けた。
「どこに行くんだ?」
「決まってんだろ。別の場所に行く。ここには、もう用はねえよ」
「用はないって、君は何を探しているんだ?」
「はっ、話す気はねえよ」
表情に勝気な笑みを浮かべたクロウズが、ゆっくりとこの場を去って行く。誰も何も言わずにその背を見送り、やがてクロウズの姿はこの場から消えた。
「……本当に強かったのね、あの人」
ウルが、ぽつりと呟いた。
シルクが困ったように呆れ、溜息を吐いた。
「まったく、まだわかってなかったのかい? あいつは相当強いって、ちゃんと言ったろ?」
「だって、じかに見るまでわからないじゃない。あたしを止めるために、脅かしたって可能性もあったし」
「そんなことあるかい、この馬鹿狼」
「い、今はやめて! ゲンコツはやめて!」
シルクが拳を振り上げ、ウルが涙目になって頭を押さえる。
その様がおかしかったのか、シルクが小さく笑った。ウルは頭を押さえたままきょとんとしているが、シルクは笑うのをやめない。ケイトも、釣られて笑ってしまった。
さすがのシルクも、頭から血を流しているウルにゲンコツを落とすことはしない。それくらいはわかるだろうに、ウルが必死なものだから、ついついおかしくなってしまったのだろう。
「……さてと、どうする、ケイト?」
一頻り笑ってから、シルクが話題を振ってきた。
答えは決まり切っている。考えることなく、すぐに答える。
「行くよ。セイラを倒し、ホムラを救う」
「セイラを倒すことは賛成だ。だけど、ホムラは」
「やってみなきゃ、わからない」
シルクの言葉を遮るように言い、ケイトは弾き飛ばされた刀のもとへ向かい、拾い上げる。
刀に、加護が戻る。さっきまでの頼りない力ではない。溢れんばかりの力を感じる。
両の刀を構え、一度思い切り振り抜く。刃が空を裂き、吹き荒ぶ風の繋がりの糸を捉えた。風が呻き声のような低い音を立て、やがて消えていく。
振り返り、ケイトはもう一度シルクを見た。
「僕は、最後まで諦めない。ホムラが本当にいなくなってしまうまで、諦めたくない。だから、先に向かいたい」
「今度は、焦ってないみたいだね」
「うん。焦ってどうにかしようとしても、空回りするだけだからね」
それは強がりでも何でもなく、正直な気持ちだった。不思議と、今は大分落ち着いていられる。ホムラがあんなになってしまったというのに、冷静に状況を見極められる気がした。
「だったら、今度は私が手を貸そう。元々、私も力を使う気だったし。セイラとやり合う時は、私が引き受けるよ」
「わかった。でも、大丈夫なの? ウルが、あんなに止めていたのに」
「いいんだよ。出し惜しみして何とかできる状況じゃないんだから。だから、気にしなくていいさ」
頷き、それからちらと、ケイトはサラの方を見る。相変わらず顔色は青白く、心なしか息は少し荒いし、体も震えている。過干渉が起きている場所に近づいたからだろうか。何はともあれ、このまま連れて行くのは、危険かもしれない。
「サラ、ここで待っていてくれる?」
「ど、どうして?」
「調子が、とても悪そうに見えるんだ。多分、ここに近づいた時からじゃないか?」
サラは少しの間黙っていたが、やがて力なく頷いた。
「やっぱりか。なら、私もケイトの判断に賛成だ。ここから先は、さらに過干渉の影響が出てくる。無理をして着いてきたら、どうなるかわからないよ」
「……そうだね。今回は、わがままは言わないよ。実は、すっごく辛かったんだ」
ずっと張っていた緊張の糸が解けたのか、サラがぺたりと座り込んだ。胸を押さえながら、辛そうに何度も息を吐いている。
やはり、ここまでだろう。そしてそれは、ウルにも言える。
「ウルも、ここで待機してくれないかな。回復が追いついてないだろうし」
「だ、大丈夫よ、これくらい! まだまだやれるわ!」
「無理しないで。僕よりも、直撃をもらってたんだから。まだ痛むんだろ?」
「で、でも……」
すがるような目を向けてくるウルの頭を、ケイトは優しく撫でる。さらさらの髪の感触が掌に伝わり、どことなく心地良い。
「君の力なら、すぐに回復できるって言いたいのはわかる。でも、今は無理をさせられない。それに、ただ居残りをしてほしいってわけじゃないんだ。ここに残すサラを見てくれる人が必要なんだよ。君の力なら、安心して後を任せられる」
「ケイト……」
寂しそうにウルはケイトを見ていたが、やがてそれも自信に満ちたものに変わった。
「わかった、サラのことは任せて。その代わり、ケイトたちも無茶しちゃダメよ? 絶対、無事に戻って来ること。いいわね?」
「もちろんだよ」
一度笑みを投げかけると、ウルが安心したように笑顔を見せた。
それから、サラを見る。不安そうな瞳と、目が合った。
「ホムラのことは任せて。必ず、救ってみせるから」
「うん。ケイトたちのこと、信じてるから」
弱弱しい笑顔を見せるサラに頷いてから、ケイトは前を見た。
既に、シルクとツクノがケイトの何歩も前にいる。何か思うところあってか、ずっとだんまりだったツクノは、遠目から見ても十二分にやる気に満ちていた。シルクに至っては、これまで見たことのない真剣な表情をし、全身から闘気を迸らせている。
ケイトも、遅れてはいられない。
「行こう」
二人のもとに駆け寄り、先を急ぐようにケイトたちはブリズ平原の奥を目指した。




